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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第二章《Lost》
89/167

ケントVSトーリ



 ここのところ億劫な任務がどうにも多い。



 せめて敬愛するソーマの命ならば少しはモチベーションも違うのだが、根源的な依頼者はいつもあの薄気味悪い顔無し──バットマンだ。ケントは上がらない気分にため息を吐く。



 しかし、バットマンのことを気に入っているソーマが結局ケントに頼んでくるので、ケントとしては断るわけにも当然いかない。今回の任務は脱走したハルカの奪還ともう一つ。



 ザガンナンバー2。トーリの抹殺だ。



「どこに逃げたのかな。そう遠くへはいってない感じするんだけど」



 相手は二人とも世界屈指の強者である。有り体に言って強くなりすぎたケントは、それこそソーマ以外文字通り敵がいないのでここのところ退屈していた。あの二人は久しぶりにかなり楽しめる。



 オリジナルスキル無しでは少々分が悪い程度には、二人の戦闘と連携は熟達している。本当に合わせるのが初めてなのか疑いたくなるほどだ。



 ケントは僅かな物音を察知した。視線を上へ投げると、五階建てビルの屋上からトーリが身を乗り出しているのが見える。挙げた片手が小刻みに震えている。



 ハルカの姿は無い。トーリが気を引いている間に逃がす腹か。それとも──奇襲か。



 ケントはトーリに視線を向けたまま、周囲の気配を探った。だが、野次馬共の騒ぎでとてもじゃないがハルカ一人の気配など割り当てられない。あの人混みに紛れて飛び出されたら、少しマズいか。



「……いいね」



 これくらいの窮地の方が面白い。丁度、少し物足りなくなってきたところだった。何をしてくるつもりなのか知らないが、何でもいいから見せてみろ。



 ケントは久し振りの集中状態に入った。意識に蓋をして、トーリと、いつどこから飛び出してくるかもしれないハルカが何をしてこようとも対応できるように腰を落とす。



 トーリはケントに挑戦的な笑みを向けると、挙げた片手を思い切りよく振り下ろした。──何も、起きない……?



 油断した直後、ケントは突如視界を覆い尽くした存在に目を見張った。



「うわ……」



 一辺三十メートルは越えているだろう。真っ直ぐケント目がけて落っこちてくるのは巨大も巨大なキューブだった。



 今まで透明化していたのを、直前で解除したのだろう。付近のビルを削り、窓ガラスを割り、電信柱をへし折りながらみるみる迫ってくる。



 目の前に迫ったかと思うといきなりぐん、と加速し一瞬の内に肉薄した。



「うっ!!!!」



 刀で迎撃。さっき牽制用のキューブを斬った時のようには全く行かなかった。凄まじく硬い。斬撃に弱いというデータはあったが、それでも斬れないとはこの一つにいったいどれだけのSPを注ぎ込んだというのか。



「ぐぅぉぉぉぉ……!」



 靴裏が火花を発生させながら擦れ、少しずつ後方へ押されていく。どれだけ力を込めても、前へ向け足を走らせてもどんどん押し流される。



 オリジナルスキルを使うか。ケントはその逡巡を即座に斬り捨てた。それはケントにとって負けを認めたも同然。



 トーリが全身全霊をかけた攻撃をしてきたのなら、ケントはそれを片手間の力程度で打ち破らなければ爽やかに勝てない。



 ようはこの箱、ぶった切ればいいんだろう。箱の角が地面に触れ、目の前の道路が凄惨な音を立ててがんがん削れていく。それによって少しずつケントを押す力が弱まってきた。今なら──斬れる。



 ケントは押される力を利用して後方へ飛んだ。道路の亀裂が段々深くなりながら、ケントが空けた距離を再び詰め迫ってくる。ケントは刀を水平に構え、唱えた。



「【明鏡止水】」



 水色の光芒を纏ってケントの妖刀が音速を超えた。一瞬堅い手応え、そして一気に始終を通過。爽快な感触と共に透明な特大キューブは真一文字に切り裂かれた。



 パックリ裂けた半透明のキューブが、力を失ったようにズシンと音を立てて道路に横たわり、間もなく砕け散った。



 煌びやかな粒子が舞う様の美しさに圧倒されそうになるのを切り替え、すぐさまハルカの気配を探る。



 もし万が一、このキューブを斬られるところまで想定していたとしたら、狙ってくるのはスキルの硬直時間で動けない今だけだ。ケントはそれを見越して、硬直の少ない単発攻撃の【明鏡止水】を選択していた。



 どこから来る。後ろの人混みか、それとも左の路地からか。もしや、上──



 その直後、とんでもないことが起きた。



「どん……ぴしゃ!」



 目と鼻の先正面の、何も無い空間から、"突如"ハルカは現れた。



「は──」



 いかにも距離が近すぎた。もう剣先は五センチにも満たない距離にあった。夥しい量の真っ青なオーラを纏って、切っ先がケントの土手っ腹に突き立つ。



「ぐおっ……!」



 焼けるような激痛。異物感。脳がビキビキ音を立てて痺れる感覚。こんな痛みはいつぶりだ。背中から道路に着地し、馬乗りになったハルカが剣をしっかり固定してケントの瞳を覗き込んでいた。



「くそ……この……っ!」



「おやすみっ!!」



 ケントはハルカの剣の鍔の部分に引き金のようなものがあるのを見た。それが今ハルカによって勢い良く引かれたのも。



 ダァンッ、と音を立てて剣先が爆発した。剣先に纏わり付いていた蒼いライトエフェクトが花火のようにケントの中で弾けた。



 痛みは無かったが、抗いようのないほど強い力で意識が遠ざけられる。



 どれだけ頑張って目を開けようとしても、それを上回る力で瞼がゆっくり閉じられていく。



 これは──睡魔、か……?



 理解した。あの巨大すぎるキューブの中に、ハルカを詰め込んで透明化した小さなキューブが入っていたのだ。



 あれだけ硬く設定しておいて、トーリはケントがあの巨大キューブを斬るところまで確信していた。そうすれば硬直の隙が必ず生まれる。



 いや、斬れなければそのまま押し潰してもいいし、均衡しているところに巨大キューブだけ解除し、前につんのめったところでハルカを解き放ってもいい。



 つまり、再び姿を現したトーリと向かい合った時点から、ケントの敗北は確定していたことになる。オリジナルスキルさえ使っていれば、話は違ったかもしれないが。



 全身が弛緩する。悔しささえ感じる暇は無かった。



 ハルカの重みが遠のいていく。刀が手から離れて大地に転がった。深い沼に沈んでいくように、ケントは長い眠りに落ちた。





 呼吸が信じられないほど荒い。もしかしてずっと息を止めていたのだろうか。自分が息を吸おうが吸うまいが透明化にはなんの影響も無いのは分かっているつもりだったが。



 剣を慎重に引き抜きながら、ハルカはどうにか呼吸音を小さくしようと奮闘していた。それでも甲斐無く、動機と呼気は荒ぶる一方だ。



 今、自分が馬乗りになっている相手は眠れる獅子そのものなのだ。寝顔は憎らしいほどに無害だが、これほどの至近距離でしかも上に乗っているという状況は心臓に悪すぎる。



「……や……やった……」



 ケント。あのケントを倒した。二人で力を合わせて、あのケントを無力化したのだ。



 ハルカはこれでもかと気を遣いながらゆっくりケントの上から降りた。なんだなんだ、すごかったな、殺したのか、などと騒がしいギャラリーに向けてハルカは声を張り上げる。



「すみません、今寝てるこの人、絶対に起こさないでください! ベテル……数ヶ月前アルカディアを襲った例の連中の中心人物、みたいなものなんで! ほんと絶対ですよ! 殺されちゃいますよー!」



 本当は彼も、バットマンに頭を書き換えられただけの被害者であり、元はセツナの親友だった。



 それを考えると言い方に迷ったが、今はとにかく過剰に怖がらせるに超したことはない。



 ハルカの切り札。《ガンレイピア》のウェポンズスキルで、名を【ヒプノショック・ボム】という。威力はほぼゼロに等しいが、命中した相手を百パーセントの確率で《昏睡》状態にする強力な効果がある。



 ボムという名の通り、切っ先が爆発するというタイプの攻撃仕様。そのため射程は無いも同然で、当てにくさで言えば射撃の比では無い。



 結局、確実に当てるにはゼロ距離で刺した後、そのまま発動するしかない。



 だが当てればこの通り。どんなにレベル差、力量差があろうとも関係ない。《昏睡》から回復する方法は特殊な回復アイテムを誰かに使ってもらうか、余程の強攻撃をその身に食らうかのいずれかのみだ。



 もしくは単純に自然回復を待つという方法もあるが、ケントほどのレベルでも数時間は目を覚まさないだろう。



 それだけの時間が稼げれば逃げるには十分だ。トーリと相談してケントの今後については決めねばならないだろう。



 もしかしたら、拘束し、定期的に《昏睡》を処方し続けることでアルカディアの本部にケントを連れて帰ることも可能かもしれない。



 そうすればセツナはどれだけ喜ぶことだろうか。あそこにはワタルを初めとする優秀な研究員もいるはずで、ケントの"これ"もきっと治る。



 ハルカは立ち上がり、横たわるケントを見下ろした。《昏睡》の効果は調べで分かっているのに、やはりいざケントを眠らせて見れば今にでも目を開いて襲いかかってきそうに思えてしまう。



 そんな一方で思う。美しい少年だ、と。さっきまでの凶暴な殺気も暴力的な笑顔も何か悪い夢だったのでは無いかとさえ思えてしまう。



 今のケントは、どうやらかつてセツナの親友だった頃のケントの顔をしているらしい。



「……必ず、助けてあげるからね」



 怖々、それでもしっかりと力を込めてハルカはケントを抱き抱えた。そうしてトーリのところへ向かおうと思った時──背後で、ガシャーンと盛大な音がした。



「えっ!?」



 度肝を抜かれて振り返ると、砂埃の巻き上がる中、コンクリートの地面に何かが転がっていた。オレンジ色の髪の毛が大量の砂を被っている。



「トーリ君!?」



 すぐさま駆けつけた。五階建てビルの屋上にいたはずの彼が真っ逆さまにここまで落ちてきたのだ。



 受け身もとらず頭から落ちたようだが、HP自体はそこまで心配するほど削れていない。呆れる頑丈さだ。



 しかし、彼の体調はいよいよ芳しくない様子だった。ハルカとさえ比較にならないほど呼吸が荒く、額や首筋には大量の汗。触れるともの凄く熱っぽかった。



 吐く息は荒いのに力が無い。閉じきった目は開く気配が無い。ケントをその場に下ろしたハルカは無我夢中でトーリの体勢を楽にして、力の入らない彼の手を上から包み込むように握った。



「トーリ君……こんなになるまで、どうして……」



 この症状は明らかに、SP過剰消費による疲労の蓄積だ。ここまで著しいものは見たことがないが、記憶の限り、ハルカは砂漠のヌシを単騎相手取った時と、キノ村でベテルギウスを六人相手にした際似たような症状になった。



 しかしトーリが使った力の総量は、その時のハルカの何倍だろう。



 あれほど巨大で頑丈なキューブの生成。高品質のキューブはそれだけ動かす際の力の消費も激しいと旅の途中に聞いた。



 トーリはしかも、同時並行で息を止め続け、中に潜むハルカの入ったキューブを隠し通したのだ。ただでさえ、ケントとのギリギリの戦闘をやり過ごした直後に。



 いや、きっとそれだけじゃない。トーリはそもそも万全じゃ無かった。この四日間、ひたすらハルカの逃亡の旅に付き合ってくれた。



 ベテルギウスの監視の目が光る道程を何てことない顔をしてすり抜けて、毎晩硬い床で座り込んで眠る。



 思ったより早く着きそうだな──そんなの当たり前だった。旅のペースが早かった。トーリはずっと急いでくれていた。



 なんの得にもならない道連れの役を、これまでずっと続けてくれて、ハルカをずっと支えてくれていた。



「……ありがとう、トーリ君。本当に。もう大丈夫だからね」



 今度は私が彼を支えよう。ここから馬車や川下り船、鉄道なんかのダイヤを調べてプランを立てよう。時間は予定よりかかってしまうかもしれないけれど、これ以上彼の負担を増やせない。



 もしまた今日みたいに襲われた時、彼が戦えなければ彼の身が危ない。



 ハルカはひとまず、トーリとケントを担いで宿に戻ることに決めた。見た目は華奢でもハルカの筋力補正値なら男五人は軽く持ち上げられる。



 スキルを使い続けると疲労を感じる、このシステムの厄介なところは、MPを回復したところで疲労は消えないことだ。



 現実同様、ゆっくり休んでご飯をしっかり食べることで時間をかけて治していかなければならない。



 トーリを寝かせてから、ケントが目覚めないように数時間起きに昏睡をかけ直す。それが差し当たってハルカに課せられた任務だ。



 ハルカの体調はトーリのお陰様でバッチリなのでこれぐらいどうってことない。



「よいしょ」



 トーリの服についた砂を払ってやってから、胸の前で抱き抱える。さて、ケントをどうやって抱えたものか。思案しながら後ろを振り返ったとき。



 そこにケントはいなかった。

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