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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第二章《Lost》
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デュラハン・バットマン

 流れでコーメイまで付き添いを増やし、ハルカはいつもの部屋に連行された。四隅に灯るろうそくの炎だけが照明の薄暗い小部屋。



 唯一のインテリアである簡素な机と椅子のセット。ハルカに面会を希望した人物は、既に向かい側の椅子に腰掛けてこちらに空洞の顔を向けていた。



「よう、連れて来たぜ。話があるならさっさと済ませろよ。無いなら今すぐ出て行くが?」



 トーリの冷淡な言葉が聞こえているのかいないのか、男は空洞をただハルカにのみ向けていた。顔の無い、ザガンのローブを羽織った男。彼の名はバットマン。



 フードの奥の空洞にじっと見つめられる薄気味悪さに耐え、ハルカは久しぶりに彼に口を利いた。どうせトーリとコーメイ相手に沈黙を破ってしまったのだし、こいつには本当は聞きたいことがたくさんあったのだ。



「あなた、誰なの?」



 バットマンは嫌悪感丸出しのハルカの言葉よりも、ハルカが口を利いたことそのものがこの上ない喜びだというように、無いはずの顔を上気させた。



「ようやく口を利いてくれるんだね。あぁ、私はとても嬉しい」



「あのねぇ。質問に答えてもらえないかしら。あなたは誰。どうして私をここに攫ってくるように、ベテルギウスに命令したの」



 バットマンは、ハルカを傷一つ付けずこの城に連れてくるようにベテルギウスに命令していた。彼らは主たるソーマの命、即ちセツナの連行を優先し、ハルカは見逃されるはずだった。



 しかし不思議な力によってハルカとセツナの位置が入れ替わり、ここに連れてこられたのはハルカになってしまった。



 ベテルギウス達は図らずも、主の命令に背き、得体の知れないコウモリ男の命令を完遂してしまったわけだ。



 ここに転移したとき、ハルカはカイジを筆頭にしたベテルギウスの一味にその場で襲われかけたが、このバットマンが一も二もなく現れカイジ達を一瞬で蹴散らしてしまった。



 そこにザガンの面々(確かトーリもいた)が合流し、彼らはベテルギウスに、ハルカの身柄はザガンが預かるということで異論は無いかと半ば脅迫した。



 返ってきたのが苦虫を噛み潰したような返事だったのでハルカは今も五体満足でいられている。



 あの時の気持ちは忘れられない。仇に助けられた居心地の悪さと、絶対悪であるはずの彼らに感じた親しみやすさ。そしてそれに対する違和感。



 セツナがトモヤというザガンの青年に出会って復讐の意味を見失いかけた理由が分かるぐらいには、ハルカはザガンに対して狼狽えた。



 バットマンはハルカを一番最初に助けてくれた存在で、ザガンのローブを着ていることもあり、当初疑いなくザガンとバットマンを同一視してしまった。



 つまりは、この敵地ど真ん中に放り込まれた最悪の状況においてなお、どういうわけか厚遇してくれる「味方」であると両者を判断したのだ。



 結果、それは色々間違いだった。



 確かに軟禁部屋は申し訳ないほど清潔でゴージャスだし、トーリを除けばザガンの連中は皆妙にハルカに優しい。



 どうにも、ザガン全員共通の知り合いがハルカにそれはそれはよく似ているらしく、中にはハルカの顔を見た途端涙を流す者もいたほどだ。



 だが彼らは決して、ハルカをここから逃がしてやろうとは考えない。彼らは確かに優しいが、味方では有り得ないのだった。



 何よりこのバットマン。こいつが意味不明だ。初日、カイジ達に襲われた際助けてくれたのは感謝するが、彼は見た目もさることながらとにかく不気味。



 どう考えてもハルカをよく知っている口ぶりなのに本名も顔も明かしてくれないし、今日のように執拗に面会を要求してくる。



 こちらが沈黙を続けてもお構いなしにじっと空洞で見つめてくるのだ。それが長いときは小一時間にも及ぶ。トーリが再三催促してやっと満足したように去って行くのだ。意味が分からない。



「次質問に答えてくれなかったら、また黙りますからね、私。あなたは誰? 私のことどこで知ったの? あなたは私のなに? なんで私をここに攫ったり、カイジから助けてくれたりするの? こんなに面会をしたがる理由も分かんない」



 バットマンは空洞をじっとハルカに向け、しばらくしてそのぞっとするような機械の声を発した。



「その鈍感さ。それでこそ君だ。どうして? どうしてって? 君をここに連れてこさせたのも、汚らわしいベテルギウスから君を守ったのも、こうして会いたいと願うのも……決まってるじゃないか」



 空洞が笑った。



「君を愛しているからだ」



 総毛立つとはこの感覚をいうのだと思った。あの日、カイジに麻痺ナイフで刺され、全身をまさぐられた時と似た、根本から生理的に人間を受け付けられないときの震え。寒気。



「だ……だから、あなた誰なのよッ!! 顔隠して告白とか、バカじゃないの!!?」



「今は見せられない。けれど心配いらない、顔は悪い方じゃないから」



 そういう問題だと本気で思っているのなら、もうこいつとこれ以上話すことはなにもない。ハルカは怒りも寒気も噛み殺して俯いた。



 バットマンは聞くところによると現ゲームマスター。この世界の神に等しい。しかもまるで得体の知れないカオナシ。



 そんな奴に勝手に好かれて、勝手に攫われた。そんな身になってみろということだ。



「……もしその寒々しい愛の言葉が真なら、今すぐ顔を晒して自己紹介して私をセツナのところに帰して。どこで私を見かけたか知らないけど、チート能力にかまけて本人の意向無視して攫ってくるなんて、ストーカー以下だわ」



「その負けん気……それでこそ君だ」



 身を乗り出しかけたバットマンを遮ったのはトーリの手だった。



「はい、面会時間終了。ほらとっとと失せろストーカー以下野郎」



 いつもより随分と短い。この不器用な男の助け船に、今だけは有り難く乗っておくことにする。



「えぇ、まだいいじゃないか。私も暇じゃないけど、後三十分ぐらいは会話したい気分だった」



「お前会話の定義知ってんのか? キャッチボールだよキャッチボール。寒い口説き文句の一方通行は会話って言わねえんだよ」



「……やれやれ。ナイトがいたんじゃ仕方が無いね」



 嘯いたバットマンは半分椅子から腰を上げた。ふぅ、と力を抜いたトーリが次の瞬間明らかに凍り付いた。



「コーメイ君、ろうそくの火を消してくれ。面会が終わったなら次のステップに行くまでさ」



「てめぇ、まさか!」



 バットマンに掴みかかる勢いでトーリが血相を変えた。



「そう恐い顔をするなよ。もともと今日、決行する予定だったんだよ。色々事情がありましてね、早めることにした」



「こいつに手ェ出すってことは……ザガン全員を敵に回すってことでいいんだな?」



 その脅迫はどうやら筋違いだったらしい。同じく動揺している様子のコーメイが、トーリを小声で諫めた。



「君にしては眠たいことを言うじゃないか。僕がいなくなって困るのはそっちだろう? そもそも僕無しに、この子をベテルギウスから守り切れるのか?」



「だからって……!」



「変更はナシだ。そもそも君達にとってこの子は、例の女の子に顔が似ている、たったそれだけの存在なんだろう? 時間をかけて飲み込むことをお勧めするね」



 とうとうトーリが押し黙ってしまった。ハルカはよく状況が読めないが、ただ、何かこれからハルカはバットマンによくないことをされるらしいということだけは分かる。



 そしてそれを、トーリもコーメイも助けてくれないことも。



 コーメイが数秒かけて動き出した。四隅のろうそくの火を一つ一つ消していく。しかし最後の一つを消す時になって、ふと足を止めた。



「……もしもし。トモヤか? どうしたんだよ」



 どうやらコールだ。トモヤという青年にはハルカも面識がある。ハルカの顔を見るなり鋭い目をまん丸にして驚いていた。



「え? うそ、冗談だろ?」



 コーメイの声は笑っていたが、冷や汗を隠しきれていなかった。バットマンが興味を示す。



「どうかしましたか、コーメイ君?」



「はぁ、それが……アルカディアが攻めてきたとかなんとか言ってて。まさかハルカちゃんを助けに?」



「まさか。トモヤ君の悪い冗談でしょう」



 バットマンは機械の声で高く笑った。だが余裕そうな中で僅かに焦りの色が仄見える。



「わざわざコールして冗談言うような奴か?」



 トーリの言葉の方が的を得ているようだった。



「うん。うん。分かった、すぐにそっちに向かう」



 コールを切断したコーメイはバットマンに向き直った。



「トモヤの"眼"なら何かを察知していてもおかしくない。何らかの手段でアルカディアがここに向かってきているのだとしたら、すぐさま迎撃の用意が必要です」



「セツナ……なの……?」



 ハルカは誰にも聞こえないように小さく呟いた。



 彼が、ここに向かってきている。その可能性が少しでも脳に過ぎっただけで、ハルカの世界が色を取り戻した。



 この世界でも恋をすることができる。ハルカにそれを教えてくれた人。二人で時間をかけて復讐心を噛み砕いて、二人で辛いときは支え合って、二人でこの世界の美しいところをたくさん見つけてきた。



 まだ長い月日を共に過ごしたわけではないけれど、ハルカにとって彼は既に心から愛する男性になっていた。彼を取り上げられて隔離された今だからこそはっきりそれが分かる。



 彼のいないこの世界は驚くほどに詰まらない。家族を失ったハルカにとって、今や復讐に取って代わって、セツナだけがこの世界で生きる希望だった。



「今城にいるザガンとベテルギウスを全員浜辺に集めましょう。トーリ、お前はハルカちゃんの護衛だ」



「……ああ。分かってる、任せろ」



「行きましょうバットマンさん。今日のところは儀式は延期ですね」



 バットマンもやがて重い腰を上げた。



「……致し方ない、な。さっさと不安の芽を摘んでからにしようか」



 なんとしても今日中に儀式とやらを終わらせたいようだ。ハルカは意地でも、唯一の見張りとなったこのトーリから逃げてアルカディアの懐に飛びつくつもりだが。



「じゃあトーリ、しっかり護れよ」



 コーメイはそれだけ叫んで、慌ただしくバットマンを連れて部屋を出て行った。扉が閉まり、残り一つとなったろうそくの火が揺れて、ハルカはトーリと二人取り残された。



 共に取り残されたトーリはなにやら所在なさげにキョロキョロと視線を彷徨わせ、さんざん辺りをうろうろ動き回った末、椅子を引いたかと思うと座らずにため息を吐く落ち着きの無さだった。



「……ま、まあ、汚いところだけど座ってろよ」



 ここはお前の部屋かと突っ込みたくなったが、鎖の効力で体に力が入らない今は有難い。ハルカはトーリの引いてくれた椅子に腰掛けた。



 トーリは相変わらずうろうろしていたがやがて、鎖の先端を持ったまま向かい側の席に着いた。ハルカが入り口側に座ってしまっているこの状況は、護衛の意味でも監視の意味でも色々問題があるのではないだろうか。よほど余裕を失っていると見える。



 視線のやり場に困りながらふとトーリの方を見ると、同じタイミングで目が合ってしまった。トーリが慌てて逸らす。なんだこいつ。



 なんだか分からないが今なら隙を見せるかも。一挙手一投足を観察すべくじーっとトーリの方を見つめていると、十数秒経ってもう一度目を合わせてきた。何やら言いにくそうな提案を持ちかけようとしている、そんな顔。



「お前、さ。ここから逃げるか」



「……は?」



 素っ頓狂な声が勝手に漏れた。無意識にまばたきが多くなる。



「いや、だから。俺だって苦渋の決断なんだよ。でも悩んでる暇ねえし……今が最初で最後のチャンスなんだ」



 悪態混じりに頭を掻くトーリ。この男は何を言ったのか。ここから、逃げる? それはつまり、逃がしてやる、ということか?



 ──罠だ。



 普通ならそう考えるべきだ。ザガンは人柄こそある程度親しみやすいが、決して味方として信頼していい存在ではない。


「決めるのはあんただ。さっさと決めてくれ。ここから逃げるか、それともここに留まるか」



 けれど、トーリのこの目はどうだろう。真っ直ぐ突き抜けるような琥珀色の瞳。



 これが演技なら素直に諸手を挙げて降参しよう、そんな風に考えたくなってしまう。



 トーリは触れていた鎖をストレージに納めた。軽快な音を立てて消滅した鎖に手首の感覚が軽くなる。



 ハルカは妙な開放感に包まれた両手に一度視線を落としてから、さして間を空けずして頷いた。



「逃げる」



 昔から、後先考えるタイプではなかった。

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