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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第二章《Lost》
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深窓の令嬢



 窓外の景色からは想像もできないほど、まともな内装の部屋だった。



 少なくともハルカは、冷たい壁と鉄格子に拘束具の一つや二つは覚悟していたから、まさしく高級宿屋の一室といった感じのこの部屋に連れてこられたときはかなり面食らったものだ。



 ハルカはベッドに腰掛けて、カーテンをめくって窓から外を見下ろしていた。この部屋はビルで言えば三十階相当の高さにあるため、本来ならかなりの絶景が見渡せるはずなのだが。



 生憎、外は二十四時間真夜中のようで、月明かりはおろか集落の灯り一つ望めない。濃紺の瘴気が垂れ込め、不気味な生物の唸り声がバックグラウンドミュージック。



 何度ここから外を見たかもう数えるのも馬鹿馬鹿しいが、とても助けが来るビジョンなんて浮かばない。



 ここは渡ることさえ至難の暗黒海の沖に浮かぶ島。ラスボスの地鬼ヶ島。救助が来ると期待するだけ無駄というものだ。それでも……ハルカは彼の姿が窓の外に映るその日を待たずにはいられなかった。



 彼なら、彼ならもしかしたら。そんな気を起こしてしまうほどに、彼はいつもハルカの予想を超えてくるヒーローだったから。



 セツナの身代わりとなってハルカが鬼ヶ島にやってきて、丸一ヶ月が経過していた。



「おい、起きろ」



 ノックの後に無愛想な声。ハルカの返事を待たずして入室してきた男に、ハルカは冷めた視線を返した。



 起きてましたけど、と目で訴える。



「いつ見てもムカつく態度だなお前」



 そっくりそのままお返ししたい。ハルカを起こしに来たのは、黒い生地に青と白で豪奢な昇り龍の描かれたローブを纏った青年──ザガンだった。



 ハルカはザガンによって軟禁されている状況にある。この男はハルカの世話係といったところなのだが、常に上から目線かつ命令口調でいちいちかんに障る。



「……今日も口を利かねぇつもりかよ。まぁいいや、出ろ」



 ハルカは目を大きく広げることで驚きを伝えた。



「何期待してんだよ、釈放じゃねーっつの。例のアイツが、また面会希望だ」



 ハルカは今度は思いきり眉間に皺を寄せることで、うんざりした気分を伝えた。



 ベッドに腰掛けるハルカにザガンが歩み寄ってくる。何を考えているか分からない冷たい琥珀色の瞳を、ハルカは努めて睨むようにしてじっと見上げる。



 この青年、名前をトーリというらしいことは頭上の表記を見れば分かった。一言で言って、恐ろしいほどの美青年だ。いつぞやのケントという少年やデザーティアでお世話になったワタルと並ぶと言ってもいいだろう。



 ただ彼らのような優等生オーラは皆無で、乱暴で刺々しい、クラスの不良然とした近寄りがたさを感じる。



 そのイメージを際立たせているのが、煌々と染め上げられたオレンジ色の髪の毛。それが無造作なようで造作的にツンツン仕立て上げられているからもう真面目な印象を持てという方が無理だ。



 乱暴で、粗忽で、チャラチャラしてて。ハルカの一番苦手なタイプ。



 そんな彼は、見た目とは裏腹に口数は少ない。言葉は乱暴だが、今のように黙ってハルカを見下ろすような場面が多々ある。まるで言わなくても察しろと命じているかのように。



 ハルカもそこそこ付き合いが長くなってきた身であるため、彼がハルカに何を命じているか分かる。睨み合いが続いたが、結局いつも折れるのはハルカだ。



 ん、と両手を差し出す。トーリはハルカの出した両手首を、無骨な鎖でグルグル巻きにした。



「分かってんなら最初からやれよ」



 外に出るときはさすがに拘束具をつけられる。見た目ただの鎖だがこいつが曲者で、どうやら拘束している対象の筋力ステータスを大幅にカットしてしまうようなのだ。トーリに引っ張られる形でよたよた歩くのが精一杯なぐらい、身体に力が入らない。



「さっさと立て。おら、歩け」



 ぐいっと鎖を引っ張って先を歩くトーリの背中を睨み付け、ハルカは三日ほどぶりに自室から出た。



「あっ! こら、トーリ!」



 T字の廊下でかち合った別のザガンが、ハルカの様子を見るなり血相変えてトーリに詰め寄った。



「お前はまた、そんな無理矢理引っ張るような真似して! ハルカちゃん痛がってるじゃないか!」



 トーリより少し背の低い青年。栗色の茶髪に縁の細い眼鏡をかけていて、これまた不気味なことにかなりの美形なのである。それも今度はちゃんとした優等生オーラがある。彼の名はコーメイというらしい。



「もう、ごめんねハルカちゃん」



 コーメイは眼鏡の奥の柔和な瞳でハルカを気遣わしげにのぞき込んだ。ハルカが首を振ると安心したように笑って、引っ張られた手首に目を移す。



「痛かっただろ?」といいながら手首を軽くさすられる。だが、コーメイがそのときそれとなく鎖の締まり具合を確認したのをハルカは見逃さなかった。紳士的な性格は演技ではないだろうが、コーメイは優しくても決して甘くはない。



「失せろコーメイ。こいつに優しくするだけ損だ。こんなので痛い痛いって泣き言いうタマかよ」



「そんな言い方かわいそうだろ。ハルカちゃん女の子なんだし、お風呂とかも週一じゃなくてもっと増やしてあげようよ」



 コーメイの過保護はどちらかといえば鬱陶しいし、弱い者扱いされているみたいで気分は良くなかったが、入浴の回数を増やす提案に関しては全面的に応援したい。この城の浴室は清潔感もあって広く、悪くない。



「はあ? 週一で風呂に入れるのもコーメイ、てめぇが無理矢理押し通した案件だろうが! そのせいで見張りのシフトはキツくなるわ覗こうとする馬鹿共に余計な体力使わされるわ……これ以上増やすなんて冗談じゃねえ」



 覗きを撃退してくれていたらしいトーリにはそこだけ感謝しようと思うハルカだった。



「そもそもこの世界じゃ風呂なんて入らなくても関係ねーんだ。なあ」



 意見を仰ぐように、もしくは助け船を求めるようにトーリがハルカの方を見た。本当に僅かだが、彼の弱った顔をハルカは初めて見た。危うく声を出して返事をしそうになる。



 不服従の決意を示すためにハルカはここに来て数日が経った頃から、誰とも口を利かず無言を貫いてきた。



 結局、俯いて黙りを決め込んだハルカにトーリが苛立たしげに舌打ちした。臆した姿など死んでも見られたくない、と思い顔を上げて正面から睨もうとすると、トーリの顔がさっきよりかなり近くにあった。



「えっ?」



 声が出た。完全に不覚を打った。一文字なので自分の中でセーフ認定する。



 すぐそこの距離で、トーリがハルカの長い髪の毛をすくって、その顔を近づけていた。表情は露骨にイライラしているし雑な態度だが、手つきだけは思いのほか……優しい。



「……ほら、臭くねえから。だから風呂は週一でいいよな。な?」



 脅しているようで懇願するようなその表情は絶対にズルい。ハルカは気が付けば頷いていた。



 ハルカが平常心を取り戻すのに要した数秒で、もうトーリは再び歩き出していた。ずんずん先を進んでいるようでいて、ハルカは一度も転倒したことがない。



 ハルカの力量を正確に計った上で、ギリギリのラインで意地悪をしているのだ、こいつは。



 泣き言いうタマかよ──なんだか自分のことをなんでも理解されているような言い方が、妙に居心地悪い。ハルカは訳の分からない思考を無理矢理叩き出して必死に後を追った。コーメイも横をついてくる。



「まったく、いつも空気の読めないやつだけどあんなセクハラ紛いのことするとは……ほんとごめんハルカちゃん、アイツ悪気ないんだ。壊滅的に女心が解らないだけで。……ハルカちゃん?」



 コーメイに話しかけられたことが分からないくらいには動揺していたようだった。二度名前を呼ばれたところで気づき、またしても声が出そうになったところを慌てて堪えてコーメイの方を向く。



「……顔、赤いよ」



 意地悪そうな顔で笑ってコーメイが言った。こいつもただの紳士だなんてとんでもなかった。腹黒くてイタズラ好きの似非紳士だ。



「うっさい!」



 もういいや。さっきの一件でそろそろ無言が限界になってきていたところだったハルカは、ここぞとばかりに叫んでやった。コーメイは目を丸くして、前を歩くトーリは立ち止まった。



「……おいコーメイ、どんな手使いやがった。俺がどんだけ手を変え品を変え試してもずっと黙りこくってたのに……」



「あれ、なんだか悔しそうだね? トーリはどうせただ脅したり怒鳴ったりちょっと真剣な顔で頼んでみたり脅したりしただけだろ? そんなんじゃ逆効果だよ」



 完全にトーリの貧相な手と品を言い当てているコーメイはやはりかなりの曲者だ。敵に回すと一番厄介なタイプ。



「ハルカちゃん、トーリはずっと君の声が聞きたかったみたいだから、なにか言ってあげてよ」



 とんでもないボールが飛んできた。有り得ない! そもそも何を言えば──



 トーリの方を見れば彼は何か怖々と期待するような目でこっちを見ていた。今度こそ明らかに初めて見る表情だ。



「い……いいからさっさと引っ張りなさいよ、バカ!!!」



 思い切り叫んだらコーメイが盛大に腹を抱えて笑い出した。どうやら笑い上戸だったらしくなかなか笑い止まない。



 トーリが居心地悪そうに頭を掻いて歩き出したが、いつもより歩くスピードが遅めだった。

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