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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第二章《Lost》
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出発

 旅立ちの朝には相応しくない曇天模様だった。



 しかし一ヶ月以上を雲の上で過ごしてきた俺にとって、むしろ頭上に分厚い雲が垂れ込めている感覚は懐かしく、決して悪い気分ではなかった。その証拠に隣で早速アンナがポエミーなことを言っている。



「んー! やっぱり人間は大地と空の間にいないと落ち着かないのねー」



「確かに、土の感覚も久しぶりだ。……にしても」



 俺達は一様に、目の前に聳え立つ巨大な塔を見上げた。



「……でかいな」



 眼前にそそり立つ摩天楼は、漆黒の頑強な外壁に包まれた円筒形の塔だった。しかし何しろ高さが尋常ではない。



 見上げていればこちらに向かって倒れてきているように見えるほど圧倒的な標高。それも螺旋状に円を描くように緩やかに湾曲しながら遙か遙か先まで伸びて、灰色の雲海を突き破って比喩でなく天を貫いている。



 これが摩天楼の迷宮──正確には、便宜的にその外面を実体化している入り口だ。実際に目の前の分厚い鉄門を潜れば、中はこの見た目とさえ比較にならないほどに広大だという。



「でっけぇー! テンション上がってきたなぁ、なぁ!」



 背中をバシンと叩かれて振り返ると、例のキラキラ青年カレルがえらく鼻息荒く笑っていた。



「俺らのパーティーとお前らのパーティーで、完全攻略目指そうぜ! な!」



「あ、あぁ……おう」



「負けねえからな!」



 相変わらず眩しいカレルに俺がしどろもどろになっている内に、カレルはさっさと仲間の元に戻ってしまった。全く嵐のような男である。



「……元気な人達ですね」



 冷めた視線を送るソラに苦笑する。その隣ではソーヤが、三組目の攻略パーティーに怯えた視線を向けていた。



「いいか野郎共。ぜってぇこの迷宮クリアすんぞ」



 リーダーの男に続々といかにもな男達が蛮声を上げる。思わず苦笑した。



「大した慕われようだなぁ」



 昨日俺に噛み付いてきた狂犬のような男。黒髪の総髪を後ろで括った盗賊じみた装束姿。確かジンとかいったはずだった。今日、あの大柄なゴロツキ五人を引き連れていきなり攻略参加を申し出てきたのだ。



 参加する攻略パーティーはこれで三つ。俺、カレル、ジンがそれぞれリーダーを務める。俺とカレルのパーティーが四人編成なのに対し、ジンのチームは限度の六人。総勢十四名での攻略となる。



「準備はいいか?」



 またしても背後から声をかけられた。俺達をここまで転移で連れて来てくれた男の声だ。振り返りもせずに答える。



「とっくに。そっちこそ、忙しいのにわざわざ見送りなんてらしくないじゃん」



「一応父親だぞ。見届けるに決まってるだろう。永遠の別れになるかもしれないんだし」



「ちょ……縁起でもないこと言うなよ」



 うんざり振り返ると、シンジが俺を複雑な表情で見下ろしていた。本気で心配している顔だ。本気で後悔している顔だ。



 本当にらしくない。



「なんて顔してんだよ、リーダー。俺は死なねえよ」



 思いの外上手く笑えたことに驚いた。父も驚いたようだった。



「お前……ちょっと見ない内に背が伸びたんじゃないか」



「伸びるかよ、この世界で」



「いや……本当に大きくなった」



 感慨深そうに呟く父は、取り直すように咳払いして大声を張った。



「攻略メンバーの諸君。これから先、とてつもなく過酷な旅が予想される。だが君達は我々アルカディアの最後の希望だ。切り札だ。期待している、どうか世界を救ってくれ」



 父の檄にメンバーの士気が大きく高まったのを、変わった空気で肌で感じた。主にカレルのパーティーは凄まじい盛り上がりだ。



「頑張れ、セツナ兄ちゃん。留守は僕たちに任せて」



「そーいうことだ。気張れよセツナ。アンナも」



 見送りに来てくれたジグとリンドウが、シンジの両脇から俺を激励してくれた。アンナはリンドウに「ありがとう」と笑った。



「アンナ。ソラ。ソーヤ」



 三名の仲間の名を呼ぶと、全員の視線が俺に集まった。気持ちの最終確認をしようと思ったのだが……彼女たちの目を見てそれこそ野暮だと思った。



「……行くぞ!」



 アンナは「おー!」と美声を響かせ、ソラは静かに頷いた。ソーヤは緊張した面持ちで「は、はいっ!」と叫んだが完全に声が裏返った。



 他の二組も気合いを入れ直したらしく、元気の良い声が二箇所で合わさった。



「よし。それじゃあこれより摩天楼の迷宮に潜ってもらう」



 シンジの声が低く響いた。



 目の前に聳え立つ塔の麓に、いかにも重々しい鉄の門がある。砂漠の迷宮は入り口が突発的に出現する流砂だったが、この迷宮ではここが入り口らしい。



「覚悟の決まった者から扉に触れろ、手続きが開始される。パーティーリーダーが手続きすればパーティー全員が迷宮に転送される仕組みだ」



 とっくに覚悟はできていたが、最初をカレルに譲ったのは俺の控えめな性分だ。カレルは飛びつくように門扉に触れた。



「先に行ってるぜ!」



 俺達を振り返って笑顔で叫んだカレルと、彼のパーティーメンバーが同時に不可思議なエフェクトに包まれた。何種類もの絵の具をかき混ぜたような混沌としたカラーリングの効果光。



「うわ、なにこれ!?」とカレルパーティーの紅一点が叫ぶ。



 無情にも構わず続く奇妙な演出。周囲の空間がねじ切られるように歪んだかと思うと、パチンと泡が弾けるようにしてカレル達の姿は消えてしまった。



「い……行ったのか?」



「な、なんだ、ビビってんのかよ。情けねえな、お先に行かせてもらうぜ」



 俺を追い越してジンが門扉の前に立ったが、完全に足が震えている。昨日の俺への台詞からも分かるとおり、見かけによらず慎重で小心者な男らしい。



 決して悪い意味ではない。むしろ、生き残る上で必要な素質という意味でならカレルより余程持ち合わせている。俺だって怖い、退却不可の未知の迷宮に足を踏み入れるなんて。



「ど……どぉらぁっ!!」



 変な気合いの声を上げて分厚い門扉に触れた──というより張り手を食らわせたジン。おっかなびっくり手続きを進めている様子の彼が、やがてカレルと同じような現象を纏った。



 何故か誇らしげな顔で俺の方を向いたジンとその取り巻き達がまたしても消滅し、後には俺達だけが残される。アンナと一つ顔を見合わせ、頷き合うと、俺は門に向かって足を踏み出した。



 十センチほどの距離まで詰めて立ち止まる。真っ黒な門扉は、向かい合う二対の竜が彫刻された剛毅なデザインで、無機質な鉄のはずなのに魔の者の鼓動を思わせる不気味な生命の気配を感じさせる。



「行こう」



 その扉に手の平を付けると、目の前にシステムメッセージが表示された。



──────────────────────────

          《摩天楼の迷宮》


           WARNING!


 この迷宮はSS級の難易度です。腕に自信のないプレイヤーは直ちに引き返してください。推奨レベルは150以上です。


 一度入るとコンプリート、もしくはゲームオーバーするまで出ることはできません。


 この迷宮ではアイテム、通貨の持ち込みは禁止されています。現在お持ちのアイテム、通貨は全て一時的に管制がお預かりします。迷宮を出る際に返却されますが、ゲームオーバーによる脱出の場合通貨は半額に、アイテムはランダムで数点をデリートして返却されます。


 現在装備中の武具、防具、衣服の類いに関してのみ持ち込みが許可されます。


 勇者、愚者はどうぞYESに触れてください


          ◎YES/◎NO

──────────────────────────



 手続きが聞いて呆れる。二度、YESを押すだけというものだった。ゲームオーバーがうんたらという説明はシステムが改変される前の名残だろう。



 僅かな迷いを即座に振り切って警告文を消去すると、俺達もカレルやジン達と同じように、カラフルな燐光に包まれ始めた。



 父の方を振り返る。リンドウは元気いっぱいに手を振っていて、ジグはズボンの裾を握って、あの時のように涙を堪えていた。その二人に挟まれた父の表情は──



「親父……」



 笑っていた。父は穏やかに笑っていた。俺はそれだけで、もう何も怖くないような気がしたのだ。



 視界がブラックアウトする。転移に似た感覚に襲われるが、転移を浮遊感に例えるなら、今の感覚は、そう、少しずつ沼に沈んでいくような。



 もう二度と浮き上がっては来られないのではと思ってしまいそうになる。真っ暗な世界で、ゆっくりゆっくり際限なく降下していく身体。



 それでも俺は怖くなかった。じっと目を閉じて、辛抱強く待った。



 唐突に降下の感覚が失せた。草木の甘い匂いが鼻腔を擽る。そのあまりに甘美な香りに驚く間もなく、びゅう、と勢い良く真っ向から爽やかな風が吹いてきて髪を掻き乱した。



 閉じた瞼の奥で、太陽の穏やかな光を感じる。風が草木を揺らす音と、鳥のさえずりに似た晴れやかな音楽が耳に届く。



 ゆっくりと目を開けた。俺の視界に飛び込んできたのは、無限に広がる緑の海。樹海だった。俺は若葉色の丘のてっぺんから、真っ青な樹海を見下ろしているのだ。



 丘を少し下ったところで、アンナ、ソラ、ソーヤ。少し先にカレル一行。もう少し下った先にはジンと愉快な仲間たち。



 全員の視線が俺に集中していた。また一陣の風が吹いて、彼らの色とりどりの髪の毛を揺らす。



「……さぁ。出発だ!」



 全てはハルカを、ケントを、そして世界を救うため。俺はとてつもない回り道へ一歩目を踏み出した。

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