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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第二章《Lost》
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鎮圧

 その殺気に、エリオットだけでなくこの部屋にいる全員が凍り付いた。ギャラリーの騒がしい声が一瞬にして凪ぐ。



「ソーマ様は……ソーマ様は、俺を……」



 恐ろしい姿へと変貌したヒロキは、エリオットが鎌を振り上げたまま囈言うわごとを続けるのにも構わず、つか、つかと靴底を鳴らして歩み寄っていく。



「俺を……俺なんかを拾ってくれた恩人なんだぁぁぁぁぁっ!!!」



 エリオットは滂沱の涙を流し、絶叫しながらヒロキに躍りかかった。ヒロキは自然体のまま一言。



「下衆の涙ほどおこがましいものはないな」



 僅かに前方に踏み込んだヒロキは鎌の柄の部分を掴み取っていた。エリオットが全力を込めてもがいているのにも関わらず、ビクともしない。



「よく罪を数えてみろ。今更お前に泣く権利があるかどうか。まして後悔の涙ですらない、そんな薄汚れた自己正当化の液体……見たくもない」



「だまれぇぇぇぇぇェェェッ!!!!!」



 全身を使って鎌を取り返そうとくねくね動くエリオット。ヒロキはてこでも鎌を掴んだ左手を動かさないまま、空いた右拳を開いた。ギラリ、と光るのは黒曜石のような竜の鉤爪だ。



 それが白い装束を突き破ってエリオットの腹をぶち抜いたところで、エリオットは静かになった。声も出ないというように無言で悶絶しているのを、ヒロキは前髪を無遠慮に掴んで無理矢理前を向かせた。形のいい目を飛び出させて、なんだか見るのも忍びない苦悶の表情。



「殺してやりたいところだけど、自称幹部だし色々利用価値あるかもしれないしな。幹部がこんなに弱いなら苦労しないんだが」



 と、ヒロキはもう一発腹にぶち込んでエリオットのHPをデンジャーゾーンに入れると、まだ気が晴れていないのを努めて忘れた、というような無理のある笑顔でアンナの方を見た。



「よく頑張ったね」



「……うん、私、強くなったよね」



「あぁ、もちろんだ。そしてこれからもっと強くなる。帰ってきたら、おじさんなんてあっさり抜かれてるんだろうな」



 ヒロキは次いで俺に視線を寄越した。



「遅くなってごめんね。僕はこいつをちょっと地下の独房にぶち込んで来るから、この場は預けてもいいかな。麻痺の回復はそこの坊やにでも頼んで」



 言われるより早く、既にジグは麻痺を回復するアイテムである《シャッキリンゴジュース》の瓶にさしたストローを俺の口に突っ込んでいた。されるがままちびちびと吸っていく。



 やがて体の痺れが嘘のように消えた。俺は妙な気だるさの残った体を起こして、その場に胡座をかく。



「ありがとう、ジグ。助かったのはお前とアンナのお陰だ。他の皆も回復してやってくれるか?」



「うん!」



 元気な返事をしてジグは今度はソーヤの元へ駆けていった。俺は無意識に、ぼそりと呟いた。



「……なんにもできなかった」



「今回は仕方ないさ。君の能力はソロプレイヤーとしての資質に偏ってるからね。あんな風にだまし討ちで拘束されたら一発アウト。弱点が見えただけでも収穫としたもんだ」



「あれ、なんの騒ぎですか?」



 ギャラリーを掻き分けて現れたのはワタルだ。ヒロキが何てことのないように、《気絶》状態のエリオットを見せる。頭部以外の攻撃で気絶させたということは、あの爪そのものに気絶付加属性があるということか。



 既にヒロキは元の姿に戻っていた。



「おう、ワタル。ちょっとスパイが暴れただけだ。例のシンジさんが言ってた作戦が成功したわけだな。これから独房に連れてくところ」



「わぁーほんとですか! 実は新しい拷問器具を試したかったところなんですよ! この間タイガが捕まえてきた下っ端には旧型を試したんですけど、いやぁ吐くわ吐くわ。更に改良しましたから今回は期待していいですよ」



「相変わらずのドSぶりだな。そんないい笑顔で言われると余計怖い。今回は同情の余地ないから加減しないでいいけど、間違って殺したりするなよ?」



「もうヒロキさん、僕を誰だと思ってるんですかー? そんなうっかりしないぐらいの心得はありますよぉ」



 穏やかな笑顔で大人二人がとんでもない会話を繰り広げている。アンナはヒロキのことを鬼軍曹と呼んでいたが、なるほど俺の師匠とまともに会話できるレベルじゃないか。



「あ、ワタルさん。そう言えば俺、前にベテルギウスを尋問したことがあって。その時、ザガンについて質問した途端にそいつ自爆したんです。可能性の話ですけど、そいつも特定の問いに答えると爆発する、呪い系統のスキルをかけられてるかも」



 ワタルが興味を示した顔になる。



「あ、それそれ。僕がこの間ごうも……尋問にかけた下っ端もね。他のことはなんでも吐くのにザガンに関することだけ異様に渋るんだよ。最終的に自爆。危うく巻き添え食うとこだった」



「呪い系統のスキル……そんなの、あるのかワタル?」



「んー、あんまり聞いたことはないですね。スキルのデザインはほぼシンジさんがやってたからなぁ。……けど、呪術の類いならスキルっていうより」



 ワタルの言葉にヒロキは喉のつっかえが取れたような顔になった。



「そうか……《魔法》、か」



「はい。次に捕虜を捕らえたらその視点から検証してみようと思ってたところです。魔法ならヤマトさんですよね、拷問に立ち会ってもらえるよう頼んでみます」



 拷問って言っちゃったよ。



「僕から頼んでおこう、ワタルはこいつ連れて先に行っててくれ。ヤマトさん、起きてるといいけどなぁ」



「一日の三分の二は寝てますもんね」



 和やかな会話が終わってヒロキはヤマトという人物を呼びに出かけた。話の流れから察するに、《魔法》のデザインを担当した研究員らしい。



 さて、という感じに地下牢へと踵を返したワタルを俺は呼び止めた。



「あの、俺もそこに立ち会っちゃダメでしょうか。アンナを部屋に運んでからになりますけど。俺はこのまま部屋に戻っても眠れない気がして」



「あ、私も行きたいです」



 意外なことに名乗り出たのはソラだった。あんなことがあった後だというのにその飄然とした物腰はまったく変わらない。ジグがぎょっとした顔で叫んだ。



「え、お姉ちゃん、動いて大丈夫なの!? てか動けるの!?」



 ジグの手には未使用のシャッキリンゴジュースが虚しくストローをさされていた。ソーヤの麻痺を回復し、これからソラを回復する段取りだったらしい。



「私、妖精の加護がありますから。自分の状態異常だけならいつでも治せました。他の皆さんの回復をするには、少々エフェクトが派手で時間がかかるので……気取られないようにするのは無理でした、ごめんなさい」



「そ、それなら、どうしてアンナさんを助けなかったんだよ!」



 ソーヤが信じられないと目を丸くしている。ソラはあくまで冷静な眼差しだ。



「エリオットさんは明らかに格上でした。私一人が加勢したって状況は良くなりません。私もどちらかというと援護型のプレイヤーですし」



「だ、だからって……ぼ、僕は弱いけど、弱っちいけど、それでもこの体が動けば、動けばってずっと情けなく思ってた! そんな中、自由に戦える君だけがなにもせず床に転がってたんだぞ!」



 ソラは少し苛立たしげだ。



「常に熱血なのがイコール本気なんですか? チームのためになるんですか? 私だって、良くしてくれたアンナさんが痛めつけられるのは見ていられなかった。けど、その場の下らない感情で私が加勢に出たら、今度こそセツナさんやソーヤさんを回復する人がいなくなる。私は既に……」



 ソラは水色のワンピースの裾に入れていた手を抜いて見せた。その小さな手には黄緑色の大きな結晶が握られている。



 あれは《リフレッシュクリスタル》。パーティーメンバー全員の全ての状態異常を回復するアイテムだ。



「これをマテリアル化して自分の身体に隠して持ってました。好機が来れば使うつもりで。ソーヤさん、その間あなたは何をしてました? ひたすら己の無力を悔いてアンナさんの戦いに一喜一憂して、文字通り戦闘放棄の傍観者だったんじゃないですか? すべきことはいかにして麻痺から立ち直るか、もしくは麻痺状態の中でも何かできることはないか、脳をクールにして考え続けることだったはずなのに」



「そこまでにしとこう、ソラ。君の言ってることは正しい」



 たまらず制止をかけたのは、他でもない、ソラの言っていたことがそっくりそのまま俺に当てはまるからだ。ソラの機械的な思考能力は、取り分けシステムが絶対神であるこの世界において非常に重要なことだろう。



 極論逆説的だが、この世界は現実ではなく、ゲームであると割り切れる者こそが生き残る。



「けど、俺はソーヤも間違ってないと思う。この世界じゃ、人の強い感情がシステムの絶対を覆すことがままあるからな」



「……なんですかそれ。精神論、根性論。現実世界でさえ無価値だったのに、数字が統治するこの世界でそんなバカみたいなこと」



「あるんだよ。それに、俺達は現実世界から来た人間だからな。誰もが皆、ソラみたいに上手く割り切れないよ。ソーヤの気持ちは、人として大切なことだ」



 まるでソラが欠陥のある人間と言ってしまったような気がして、慌てて付け加える。



「色んなやつがいて、なかなかいいパーティーじゃないか」



「……変な人ですね、あなた」



 ソラがそう呟いた。

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