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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第二章《Lost》
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ソーヤ

「なあ、よかったら親睦会をしないかい?」



 解散の雰囲気が微妙に固まらないままだった絶妙のタイミングで、エリオットはそう言った。この面子の中ではアンナに次いで社交的な彼である。



「うん、いいねー! なんていうか、このまんまいきなり背中を任せるってのもあれだし……お互いのこと、もっとよく知っておきたいよね!」



 本音を言うと乗り気ではなかったのだが、アンナまで賛成してしまったら参加しないわけにはいかない。一応パーティーのリーダーであるわけだし、この異色メンバーをアンナ一人に対処させるのは少し酷だ。



「……そうですね。ソラとソーヤ君もいいか?」



「構いません。お酒飲まなくていいなら」



「ぼ、僕も大丈夫です!」



 エリオットは満足げに一つ頷いた。



「うん、じゃあ会場は僕の部屋を貸しだそう」



「あー、なんか悪いですね。この食堂を使ってもいいんじゃないですか?」



「君が気にしないなら構わないけど……気を悪くしないで欲しいけど、さっきの感じだと志願兵の全員が僕らの挑戦に好意的じゃないみたいだ。公共の食堂で目立って、妙な反感を買うのは避けたいかなって」



 なるほど正論だ。こちらこそエリオットさえ構わないのなら個室での親睦会の方がありがたい。「僕らの」挑戦と言ったところに彼の人の良さが見え隠れしているように思えた。



「じゃあ、僕は下の売店でちょっと買い出しに行ってくるよ。安心して、ジュースもちゃんと買ってくるから」



 最後の一言はソラに向けて微笑みかけて、エリオットはテキパキした動きで買い出しに出かけた。手持ち無沙汰になった俺達はそのまま雑談に入る。



「まったく、どっちがリーダーか分かんないわねー」



「悪かったな、頼りなくて。……でも、あんな風に仕切ってくれるやつがいるのは助かる」



 本来そういうことには不得手な俺だ。紳士的な仲間が一人いるというだけでもかなり救われる。



「あ、あの、セツナさん!」



 急に上擦った声で呼ばれ、俺は危うく前につんのめりかけた。ソーヤがその可愛らしい顔を緊張でガッチガチに固めて俺の方を見ている。妙に鬼気迫る目だ。



「な、なにかな?」



「……あの、ほんとに、覚えてないですか? 僕のこと」



 本当に泣いてしまいそうな表情で、心から悲しげな声でソーヤはそう問うてきた。



 俺は目を皿のようにして俺より背の低い少年を観察した。どこかで見覚えが無いか自分の記憶に聞いて見るも、やはり答えは。



「……ええと、ごめん。どこかで会ったか?」



 絶対に初対面のはずだ。ソーヤの表情が見る見る落ち込んでいくのが分かる。アンナが鬼の形相で俺の胸ぐらに掴みかかった。



「ちょっと、しっかり思い出しなさいよ! セツナのことだから、どうせ会ったこと忘れてるんでしょ!?」



「人聞き悪いこと言うな! 俺は記憶力には自信がある!」



「まーどの口が言うのかな!」



 ソーヤの西欧少年然とした儚い雰囲気に母性を刺激されてしまったようだ。アンナは完全にソーヤの味方である。



「ほら、よく思い出して! ありふれた顔でも無いでしょ!」



「んんー……。ソーヤ君、ちなみに俺達ってどこで会ったのかな」



 ソーヤは申し訳なさそうに頭を下げた。



「いえ、その、ごめんなさい困らせちゃって。その……会ったっていうか、僕が一方的に助けられたってだけで……だから、覚えて無くても仕方ないっていうか」



「助けた?」



 まるで身に覚えが無い話だ。アンナはこの話のどこに感情移入したのか、更に俺を睨み付ける目の温度を低くした。



「あの日、あの場所です。僕らの故郷……セントタウンが、奴らに襲われた日」



 空気が一瞬にして凍ったかのようだった。



 ソーヤの遠慮がちな表情には悪意の欠片も無い。だがそれ故に救えない。お前は今なにを思って、それを口にした。



 事情を半分ほどは知っているアンナが、俺の内心を察したかのようにフォローを差し挟もうとするが、完全部外者の彼女にできる仕事は僅かだった。ソーヤはぽつりぽつりと、しかし楽しげに続ける。



「セツナさん、セントタウン出身ですよね。セツナさん達のギルド、あの街でレベル上げてる連中の中じゃかなり有名だったから、僕、セツナさんのことかなり前から知ってました。《月見の丘連盟》……あの3人組の中に、交じって一緒に戦うことに憧れてて」



 やめろ。そんなキラキラした笑顔で地雷を踏み抜くのを今すぐにやめろ。



「あ、そうだ! 僕、シュン君とは一度だけ即席パーティーを組んだことがあるんですよ! 彼、すっごく強くて優しくて、役立たずの僕のこと仲間って言ってくれて……」

 


 視界が紗がかかったようになって、ソーヤの声が遠のいていく。



 この少年はセントタウンの出身者だ。そしてシュンとは顔馴染みであったという。急に饒舌になった彼の様子から、こいつはシュンの死を知らないのだと察するのは容易だ。



「彼もどこかで戦っているんでしょうね……また、会いたいな」



 ぼそり、と純粋そのものの口調で呟いたのが俺の許せる最後だった。気が付けば手が伸びて、ソーヤの襟首を掴んでいた。



 ソーヤが目をまん丸にして硬直する。アンナは俺を止めるべきかどうか迷うように唇を噛み、ソラは黙って状況を読み取ろうとしている。



「シュンは死んだ。強くて優しかった俺の弟は俺の弱さのせいで死んだ。俺が殺した」



 ソーヤの瞳孔がきゅっと縮まった。自分の失言を恥じる余裕さえ無いようで、喉が締め付けられたような声を漏らした。



「……え…………え……」



「お前があの日セントタウンで助けられた俺ってのは、恐らく俺の分身だ。だから俺は覚えていない。月見の丘連盟ももう無い。シュンもケントも、そして俺も、お前の知る人間はもうどこにもいない」



 俺が斬り捨てたもの、護れなかったもの、それらを勝手に拾い集めるな。こんな俺を、そんな眩しい目で見るな。



「……ソーヤ。もしお前が、俺やシュンへの憧れみたいな感情から俺のパーティーに入ったのなら、今すぐ抜けろ。俺はお前に憧れられる資格なんてない。シュンを殺したのは俺なんだ」



「でも……でも、僕は……!」



 彼にしてはかなり勇気を振り絞ったのだろう。掴みかかられてなお、俺に何かを伝えようとする。



「僕は……僕はシュン君やセツナさんみたいに、強くなりたいんです!!!」



「二度と俺を強いなんて言うな!! 次言ったら殴る!」



「だって……だってセツナさんは……」



「お前に俺の何が語れるんだよ!!」



 突き飛ばしたソーヤが机に衝突して呻き声を上げた。存外響いた大きな音が俺の頭を急激に冷まさせた。アンナとソラの顔を直視できない。



「セツナ。強くなりたいって言ってる子を拒絶するの? シンジさんは君に、強くなるチャンスをくれたんじゃないの」



 ああ、その通りだ。こんなに腹が立つのはきっと、ソーヤがまるで母を置いてセントタウンを出たあの日の俺を見るようだからだ。



 父だけじゃ無い。母もあの時、俺を送り出してくれたのだ。それなのに俺は、今俺を否定して拒絶して、突き飛ばした。



 ソーヤはいつのまにか立ち上がっていて、俺にきっぱりと言った。



「僕、抜けませんから。あの時、セツナさんは瓦礫の下敷きになって死を待つだけだった僕を助け出してくれたんです。セツナさんは旅に出たって噂で聞いていたから、帰ってきたんだって思ってすごく嬉しくて……僕じゃ1ミリも動かなかった瓦礫を片手で持ち上げたセツナさんの強さに、憧れちゃダメなんですか」



 忌々しいほどハキハキ喋るようになった。ここぞという時の胆力は、この世界での戦士における一つの素質だ。こいつには戦いの素質がある。



「まだまだ弱いけど、僕、この命はセツナさんに捧げるって決めましたから。来るなって言われても勝手についていきますから」



「……勝手にしろ。ただお前の命なんか欲しくない。絶対に、そんな下らないことで死ぬな。約束しろ」



「はい!!」



 眩しい笑顔が弾けた。俺は舌打ちして今度はソラに視線を向ける。一番動機が謎なのが彼女だ。



「……これ、私もなんか喋る流れですか」



「あ、いや、話したくなければいいんだけど、折角だし」



「話したくありません」



「……そうですか」



 つい、と顔を逸らされては追求のしようも無い。ただこの年不相応に大人びた物腰……なんだかソーヤとは違う意味で俺を見ているようだ。



 ソラの横柄な態度で少しだけ空気が和らいだところに、丁度良くエリオットが帰ってきた。買い出しを済ませてきたのだろう。手ぶらだがこの世界の場合ビニール袋でも提げている方が余程違和感がある。



「ごめん、遅くなっちゃって。……あれ、何かあった?」



「いや、ちょっと盛り上がってただけで。行きましょう」



「えー僕のいないところでずるいなぁ」



 エリオットの先導について行き、彼の自室へと向かった。俺やアンナの部屋と間取りは代わらないが、正直俺よりかなり整頓されていた。



 帰りが遅かったところを見ると、買い出しが長引いた振りをして急いで片付けたのかもしれない。その様子を想像するとなんだか可笑しかった。

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