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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第二章《Lost》
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ソラ

「えーと、君は……」



 見覚えのない顔だった。そもそも志願兵の中で女性が占める割合は一割を下回る。あろうことか、こんなに小さな女の子だ。一度見たら絶対に忘れないと思うのだが。



「あ、ごめんなさい。私、今日から志願兵としてここに来させていただきました。ソラと申します」



 れ、礼儀正しい。



 ソラと名乗った少女の、深々と下げた後頭部を見下ろしながら俺は呆気にとられていた。身長は140センチ程度で、この落ち着きようを考慮に加味しても中学生以上には見えない、ここにいるにはあまりに若すぎる少女。



 この年頃の女なんてピーチクパーチクうるさい低俗な猿というイメージだったのだが。俺の通っていた小中学校が悪かったのだろうか。



「えっと……気持ちは嬉しいけど、めちゃめちゃ危険だよ? 3年間もここに帰って来られないんだよ?」



「……? はい、さっきセツナさんがそう言ってたじゃないですか」



 当たり前のように聞き返してくる。覚悟なんてとっくにできているといった顔だ。



 だけどなぁ……──俺は改めて少女、ソラを観察した。



 空色のショートヘア。切り揃えられた前髪の一束一束がサラサラ揺れている。瑞々しい肌と唇は若さの証拠だ。



 それでいて、夜空に星が散ったような大きな瞳で俺をじっと見上げている。いかにこの世界がプレイヤーの力量をほとんど見た目で測ることができない特殊な仕様であるとは言えども、この少女は余りに見目無害すぎる。



「えーと……とりあえず紹介しとこうかな。こいつがアンナ。今のとこ決定してる唯一のパーティーメンバーだ」



 俺の爆弾パスにアンナは「私に振るな」と言いたげな目で睨んできたが、少し膝を屈めてソラの目線に合わせた。



「ソラちゃん、よろしくー!」



 やはりこういうのはアンナに任せた方が吉だ。ふう、と人安堵していたところに、ソラがとんでもないことを言い出した。



「……子ども扱いやめてください。私、これでももう高校生ですよ」



「え? ……えええ!!?」



 目をまん丸に開いて叫んだアンナ。俺のリアクションも似たようなものだった。ソラは慣れていると言わんばかりに目を伏せる。



「ご、ごめん失礼な反応しちゃって!」



「いえ。容姿が幼いのは自覚してますから。でもこれで私の加入を拒む材料が一つ減ったんじゃないですか? セツナさん、あなただって私とそう変わらないですよね」



 事務的にアンナの謝罪を受けたソラは、後半は俺に視線を向けてそう言った。心中でどうやってやんわり断ろうかと頭を悩ませていた俺は、その瞳にどきりとする。



 確かに見た目や年齢、性別で判断するのは良くない。それは分かるが、三年間だ。こんなか弱そうな女の子に、俺でさえ想像も付かない過酷なサバイバルが耐えられるとはどうしても──



「レベル62。ジョブは《フェアリーテイマー》です。足手まといにはきっとなりません」



 俺の思考を全て先回りするようなソラの言葉。俺は心の底から驚愕した。



 こんな子がレベル六十オーバーだとは。間違いなく志願兵トップクラスだ。少なくともアンナより六つも上である。



「……足りませんか?」



 少し不安そうな表情になったソラに、俺とアンナはいよいよ狼狽えてぶんぶん首を横に振ったのだった。



 あれ、俺達どこに行くんだっけ。



 暫定的なメンバーを見渡してみると、一体これがなんのために結成されたパーティーだったのか忘れかける。もやしっ子に美少女二人。これならピクニックでも行くと言われた方がよほどしっくりくる。



 あと三つの空きには是が非でも頼れる屈強な大人が欲しいと思う俺だったが、残ったプレイヤーを見渡してみてそれは早々に打ち砕かれた。



 今この場にいる、俺、アンナ、ソラを含めた九名のプレイヤーは揃いも揃って十代でしか有り得ない顔ぶれだったのだ。志願兵の五割が十代、四割が二十代であることを考えると自然と言えば自然かもしれないが。



「怖いもの知らずってのは、怖いなぁ」



 苦笑混じりに呟いて、一人一人に視線を向ける。



「あのー」



 俺と目が合ったとき手を挙げた青年。恐らく俺より一つか二つ年上の爽やかな青年だ。



 山吹色のショートレイヤーと左耳に光る金色のリングピアスが特徴的だ。服装も今はカジュアルな私服装備で見た目はチャラついているが、気の抜けたような糸目と腰に差した青竜刀が妙に油断ならない空気を醸し出している。



「俺、カレルっていうんだけど。俺ら四人さ、これまでパーティー組んで旅してきたんだ。良かったら、君のパーティーとは別口で攻略に参加させて欲しいんだけど……」



「ああ、なるほど」



 カレルと名乗った青年の周りには、同年代と思える三人の男女。さっきからひそひそ仲良さそうに話していた理由が解けて俺は納得した。



「いいですよ」と苦笑した俺にカレルも「よかったー」と笑った。長身で強面の青年がダン、一番背の低い鋭い目の少年がキース、紅一点の少女がスズというらしい。



 カレルの紹介に俺とアンナとソラがめいめい挨拶をし、カレルの仲間たちも温度差こそあれ返してくれた。



「そういや今日火曜日じゃん。スズ、曜日クエストいかなくていいのー?」


「あ、やばー! 忘れてたっ! 日付変わるまであと二時間じゃん! 今日の内に素材集め終わらせときたかったのに-!」


「ドジだな相変わらず。ところでキースお前、それ寝間着か? ダサすぎるぞ」


「んだとノッポくらぁっ!! ネコちゃんプリントだろうがこの可愛さが分からんのかぁ!」


「えーあたしはかわいいと思うけどな-!」



 四人はまるで誰かの家に遊びに来たかのようなアットホームな空気を垂れ流して緊張感のない会話をしている。なんだこいつら、と脱力する俺に、カレルは溌剌と解説を始めた。



「俺達、始まりの街が一緒でさ。システム書き換えより前からずっとつるんでるんだ。シンジさんの演説聴いて、いてもたってもいられなくなっちゃってここに来たってワケ!」



 若さの滲み出る声だ。俺は自分が急激に老け込んだような錯覚を起こしていた。年上のはずのカレルが右手を伸ばす。



「シンジさんの息子ってことでちょっと近寄りがたかったけど、君サイコーだな! 敬語も堅苦しーからやめてくれな! 俺らの出会いが世界を救うのでした、なんつって!」



 俺は圧倒されるままその手を握った。ぶんぶん上下に振られた後あっさり解放され、カレルは仲間たちの輪に飛び込んでいった。わいわいと騒ぎながら4人はもう勝手に俺達から遠ざかっていく。



 中高生時代を思い出す。カレルは、社交的で運動のできる、言ってしまえば学級カースト最上位に位置する男子生徒のような男だった。数人の友人と隅の方で盛り上がっていた俺は、クラス全体を巻き込んでわいわいするような彼らに少し苦手意識はある。



 ただ、カレルは俺より余程パーティーのリーダーに相応しい男だろう。ああいう連中は漲る自信故なのかその活発な性格故なのか、発言にそもそも説得力が違う。



「楽しそうな四人組だったね-。なんか、懐かしいもの見たような気がする」



 アンナが感慨深げに言うので俺も笑った。



「アンナは、高校時代はあの輪の中にいた感じ?」



「うーん、うち芸能科クラスだったから変人揃いで。活動忙しくなったら授業なんて行く暇なかったし。あんなマンガみたいな、なんていうの? ザ、青春! って感じの連中見たのは中学校以来かも」



 世界全体が暗い蓋をされたような現在で、なおもあそこまで脳天気に騒げるのは貴重な存在だろう。同時に、あのなにも考えていないような雰囲気が少し危うくも思えるが。



「……ほんとに、死んだら終わりだって分かっているんでしょうか」



 ぼそりと呟いたソラの一言は、ソラが言わなければきっと俺が言っていた台詞だった。



 それをソラが言ったことは、なんだか彼女が俺達のパーティーに違和感なく溶け込むことの証明みたいで、少し気分が良かった。



「でも、いいの? 二つのパーティーで攻略するってなったら、取り分減っちゃうわよ」



「まあ、いいだろ。見るからに仲良さそうだったし、俺はあの中で同じテンションでやってく自信ないよ。あいつらには悪いけど、ダメージ総量とかラストアタックボーナスとか、本気で競わせてもらおうぜ」



 奴らの力量は未知数だが、俺達より明らかにレベルが劣るならむしろ平等の経験値を分けてやる方が勿体ない。なんて、少し意地が悪い考えだろうか。



 それに、奴らは少しでも急ぎたい俺やアンナの仲間にするには少々呑気すぎる。



 さて、残るは二人。僥倖なことに両者とも男である。ハーレムパーティーで何をしにいくかも分からないような攻略に出発するという最悪のパターンは避けられた。



「えっと……二人はパーティー参加希望ですか?」



 俺は二人の内長身の方に声をかけた。随分長いこと放置してしまっていたが、彼はなにも気にしていない様子で上品に頷いた。



 金髪の長髪を靡かせる優雅な青年だった。白いスーツのような装束を着込んだ姿はどこぞの王子様かと突っ込みたくなる。左目の下にある泣きぼくろが印象的だ。



「僕はエリオット。できれば君たちのパーティーに参加希望なんだけど……レベルとか、言った方がいい?」



「ああ、いや」



 薔薇の花でも咥えてそうな青年、エリオットの申し出を俺は慌てて断る。



「いいですよ。この人数だし、もうあなたら2人メンバー決定だ。それに、死んだら自己責任だし」



「おっと、おっかないな」



 苦笑を漏らしたエリオットは二重まぶたをついと持ち上げてアンナに視線を向ける。



「よろしく。まさか本物のANNAがいるなんて驚きだよ。僕の国でも君は大人気だった」



「えぇーどこの国ですかー!? 嬉しいなぁ!」



 バカ正直に喜んでぴょんぴょん跳びはねるアンナ。エリオットは「君を僕だけがこんな近くで見られるなんて、死んだ国民に呪い殺されるな」なんて歯が浮くような台詞を吐いている。



「あー……おほん。じゃ、最後は君だ。名前は?」



 真剣に先行き不透明感を覚え始めた俺が縋る思いで目を向けたのは、最後の一人。一瞬で期待は消し飛んだ。



「あ、あの、えと、ぼ、ぼ、僕は、その……」



 そこにはいかにもか弱い少年がいた。俺より更に背が低く、栗色の落ち着いたヘアスタイルにエメラルド色の丸い瞳は垂れ気味。顔立ちそのものは、エリオットとは趣向が違うものの可愛い系の美男子であるのだが……なぜ既に半泣きなのだろう。



 結局、彼が名乗るより早く俺達はタグが付いたことにより名前を知ってしまった。



「えーと……ソーヤ君って言うんだな。よろしく……」



「ひっ、あの、ごめ、ごめんなさいぃぃぃっ!!」



 なんで来たお前! と危うく叫びそうになる。だが彼もここまで残ってくれた一人なのだということを思いだしなんとか気持ちを落ち着かせた。



「……この五人で、百層の迷宮を攻略するのか」



 口に出してみて、思った。不安だ、とてつもなく。



 なにもソーヤの情緒不安定な感じとか、平均年齢の若さとかだけが原因ではないだろう。俺はアンナ以外、彼らの戦闘を一度も見たことがない。それどころか今日まで会話を交わしたこともないのだ。完全なる初対面。馬が合いそうな予感もクソもない濃い面子。



 あまつさえ俺はコミュニケーション能力が覚束ない引きこもり出身だ。



 そんな俺が、そんな連中と三年間の時間を箱詰めにされて共有することが、ここまで恐ろしいことだと今更になって思い知った。



 それでもやるしかない。俺とアンナ二人だけでは確実に不可能な挑戦なのだから。



「……皆の、事情とか、覚悟とか、分からないですけど。俺のために集まってくれたわけじゃないってことぐらい分かってるけど」



 アンナはうん、と頷いた。



「ありがとうございます。仲間になってくれて。俺達で、一人も欠けずに迷宮を攻略しましょう」



 エリオットが薄く笑って頷いた。



「皆、仲良くして欲しいな」



「……ソロで旅していれば、行きずりのプレイヤーと野良パーティー組んで死線をくぐり抜けるなんてこともままありました。初対面とか、気にしませんよ」



 ソラは生真面目に呟いた。彼女なりのフォローのつもりだろう。アンナが苦笑する。



「まったく、ソラちゃんのただ者じゃない感半端ないんですけど! 私も負けてられないねー!」



「ぼ、ぼぼ僕、頑張って皆さんのお役に立ちたいです!」



 ソーヤはシャキッと気を付けして叫んだ。俺は全員を見回して、何とか頷いた。



「出発は明日。今日はゆっくり休んでください」



 解散を宣言したが、五人とも、なんとなくその場に残ってしまった。

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