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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第二章《Lost》
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攻略パーティー急募

 窓際の椅子の上に立って食堂全域を眺める俺は、正直呆気にとられている。見渡す限り俺の視界はプレイヤーの好機と疑心の表情で埋め尽くされていた。



 リンドウやアンナを筆頭に最前列のプレイヤーが三メートルほどの距離を開けて俺を半周取り囲み、その後方に二列目、三列目と続いていく。だが中にはかなり後方でテーブルに頬杖を付き、俺に鋭い視線を向けるような者もいる。聞くだけ聞いてやる、と目が語っているようだ。



 恐らく二百人以上が集まった。まさに嬉しい悲鳴というやつだが、これだけの人数を前にして俺は果たして満足に口を利くことができるのだろうか。既に帰りたい。



 だが、全てはハルカとケント、そして俺自身のために。支え続けてくれるアンナに報いるために。俺はアンナから借りた、以前アンナがメルティオールの公演で使用していたマイクを口に近づけた。



「きょ、今日は……集まってくださって、ありがとうございます」



 声は情けなく震えたが、俺はありのままを伝えるだけだ。小さく頭を下げると、水を打ったように静かになっていた群衆が少しだけざわついた。



「俺はシンジの息子です。だからこそ、知ってます。アルカディアは着々と、打倒ザガン、ベテルギウス、ひいてはアルカディアシステムの奪還のための準備を進めていることを」



 よりにもよって父の名を出したことに、何人かが心ない言葉を発したようだったが、構わない。俺はシンジの息子だ。それは事実で、俺はそれを誇りに思っている。



「父はすごい男です。彼の語る未来は明るい。彼はもう、この世界を取り戻す算段が九分九厘付いています。けど……それにはアルカディアの力だけじゃ足りないんです」



 俺はシンジの息子だ。父はこんな人数の前で演説することなんて屁でも無いだろう。大丈夫。俺ならできる。



「シンジは言いました。そのためには俺と、あなた達志願兵の力が必要だって。だから俺達は少しでも、強くならなくちゃならない。今回俺がダンジョンに挑戦しようと思ったのはそういうことです」



 シンジのように、無根拠な信頼を勝ち取るようなことは俺にはできない。俺にできることは、父の名を出して、アルカディアの名を出して彼らに希望を持たせることだ。



 そして主役は俺では無く、俺を含めた一般プレイヤー全員なのだと伝えることだ。



「今から挑戦するダンジョンについて説明します」



 最難関ダンジョン、摩天楼の迷宮。



 百層に及ぶ階層型迷宮。ただ次の層へと進む手段は次階へと続く階段を探すことでは無く、各層ごとに用意されたヌシを討伐すること。



 つまり、百体のヌシを屠るまで脱出できない血も涙も無い設定なのである。無論これがゲームなら、従来で言うセーブ機能のログアウトによってちまちま攻略することは可能だったはずだが、どのみちクリアするまでレガリアにもフィールドにも帰っては来れない。



 予想されるクリアタイム、三年。一ヶ月強で三年分もの経験値を獲得できると前向きに考えられるプレイヤーはどれだけいるだろうか。



 クリアできない可能性。途中で死ぬ可能性。それらの可能性が併せて九十九パーセント。これはシンジが一切の希望的観測を排除して算出した数値だった。ワタル経由で伝わってきた情報である。後に引けない今更になって告げてくるあたりが流石シンジと言ったところだ。



 なぜなら摩天楼の迷宮は、シンジが研究に行き詰まったときに憂さ晴らしに創った極悪設定の迷宮。メインストーリーをクリア、つまりかの魔王アノンを討伐するに至った廃人プレイヤーの心を、更に三年間掴んで離さないために、鬼畜仕様に鬼畜仕様を極めた別名《第二のユートピア》。



 シンジ曰く「裏面が用意されてなきゃそんなのRPGじゃねえだろ」らしい。



 そんな言わば廃プレイヤー向けの"やりこみ要素"を、絶対的にプレイ時間の少ない俺達せいぜい中堅プレイヤーにクリアさせようというのだ。俺の演説がいかに大ホラか分かるだろう。



 アルカディアは崖っぷちなのだ。こうでもしないと対抗できないほどに、現在先方との戦力差は目に見えて歴然なのである。



 だから。



「俺と一緒に、地獄に来てください。お願いします!」



 全ての説明を終え頭を下げた俺に、聴衆達は声も無かった。包み隠さず摩天楼の迷宮について語ったのは、やはり失敗だったろうか。



 だが途中脱出不可なのをいいことに騙すようなマネをすれば、取り返しのつかない確執を生むことになると思った。全てを語り、望む者を受け入れたい。



 そう思えたのは、アンナが言ってくれたからだ。二人きりの攻略でも構わないと。だから俺は真摯でいられた。



「……おい、ガキ」



 どれくらい頭を下げていたか分からない。やがて投げかけられたその一声に、俺は顔を上げた。



 最後列付近に立つ男だった。群衆達が蜘蛛の子を散らすようにスペースを空け、男の姿がよく見えるようになる。



 灰色がかった黒髪はボサボサの総髪。無精ひげの目立つその顔は、剛毅というか野蛮というか、とりあえず清潔感とは縁遠い野武士面。身に纏うゆったりした白装束が、程良く引き締まった腕や腹を出すいかにも砂漠の盗賊然としたものだから余計に拍車がかかっている。



 その細身ながらも屈強な体つきを見る限りまだ二十代だろうが、だらしない姿から少し老けて見えなくもない。目の下が隈っぽいのも合間ってかなり凶悪な目つきだ。



「俺はジンってもんだ。ガキ、お前自分が何言ってるのか分かってんの? 俺ァゲームなんてのにはちと疎いが、それでも分かるぜ。百フロアもある大迷宮を、一度も死なずにクリアすることの無謀さをよ」



 大仰な身振り手振りで語るジンの言葉は全く的を射ていた。



「こういうゲームってよ、死んで、死んで、そんで何度もコンテニューして少しずつ敵の動きのクセとかパターンとかを把握してきて、やっと次に進めるってのが醍醐味じゃねえのか?」



 群衆から同意の呟きが上がる。



「一度も死ねなくなった今、俺達は必要以上にビビりながら、万が一でもヘマやらねえ格下のモンスター相手にちまちま経験値稼いでよ、そんでなんとか少しずつ強くなってんだ。それをお前……正気かよ? そんな危ねえところをノーコンでクリアするなんてマジに言ってんのか?」



 他人の口から聞くだけで、やはり説得力は段違いだ。俺はとんでもなく無謀な挑戦をしようとしている。アンナや、これだけの人間を巻き込んで。



 ──それでも俺は。



「はい」



 決然と肯定する。それ以外の返事は有り得ない。



 俺の返答にジンは気圧されたようだったが、やがて一言吐き捨てた。



「……早死にするぜ、お前」



 ジンはくるりと踵を返すと、「おら、行くぞお前ら」と鋭く言い放ち、周囲のいかにもチンピラといった感じの取り巻き達を従えて去って行った。志願兵の中でも目に見えて浮いていた厳つい男達の、ジンはリーダー格だったらしい。



 それが呼び水になった。一人、二人と、ある者は足早に、ある者は少し名残惜しそうに、俺の前から去って行き始めた。



「セツナ……」



 アンナが心配そうな目で見上げてくる。その華奢な肩に乗るのは金色の幼竜、フォルテだ。俺はなんとか笑顔を作って頷いた。



 そこに一人の人間が進み出た。俺にばつの悪そうな顔を向けるその少年は、リンドウであった。



「あー、セツナ、その、俺さ。お前らとは一緒に行けねえや」



「え?」



 予想外の言葉に、俺の動揺はそのまま跳ねた言葉になって表に飛び出した。。



「俺はアルカディアの力になりたいんだ。いざって時に確実にそこにいたいんだ。そりゃ、更なる強さに憧れはあるし、その方がアルカディアのためにもなるってことは分かるんだけど……」



 リンドウはニカッと笑って俺の足を叩いた。



「お前がいるからさ。その役目はお前に任すわ! 俺はお前が帰ってくるまで、アルカディアの傍にずっといて、何があっても皆を守る」



「リンドウ……」



「俺も一緒に行って、帰ってきたとき全てが終わってましたじゃ一生後悔するだろうしな。だからセツナに託すよ」



 俺の知る限り、強さというものに最も執着する人間はリンドウだった。冒険も戦闘も己の強化も、リンドウが何より求めて止まないものだったはずだ。だから俺もアンナも、なんの疑いも無くリンドウを頭数に入れていた。



 だがリンドウはそれ以上に、アルカディアの身を案じたのだ。そして俺に代わって、レガリアの留守番を申し出てくれた。



 迷宮に潜ることだけが戦いではなかった。情けないことに、俺はそんなことさえ考えになかった。



「ああ、リンドウ。きっと帰ってくる。帰ってくるから……だから頼む」



「任せとけ。トモダチだろ!」



 この時俺の胸を支配した得体の知れない感情に、俺は名前をつけることができなかった。失われていた何かの隙間が少しだけ埋まったような、そんな感覚。



「じゃ、俺は修行でもしてくるわ。ここでだって強くなることはできる!」



「ああ。また」



「またねリンドウ」



 アンナも名残惜しそうに別れの言葉を交わす。リンドウは照れくさそうに笑ってから走り去ってしまった。気づけばあれほどいた人数は影もなく、アンナを含めて十名ほどが残るのみだった。



「……あの。私、参加したいです」



 予想を超えた幼いその声に、俺もアンナも驚愕して声の方角に目を向ける。そこにはあどけない声の持ち主に相応しい、若い少女がいたのだった。

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