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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第二章《Lost》
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決断

「それじゃ、俺は訓練あるから」



「あ、待てよセツナ、俺見学してく」



 腹ごしらえも終わったところでワタルの元へと戻ろうとした俺に、リンドウが同行を申し出た。



「いいけど……珍しいな。お前、研究員遠くから眺めるだけでも緊張するのに」



「だからだよ! だっていつ攻めるか攻められるかも分からないんだぜ? そろそろ研究員さんのオーラにも慣れておかないと共闘できないだろ?」



 ニカリと笑うリンドウ。憧れの研究員に背中を預けてもらうことが彼の後生の夢であるらしい。とんだ物好きがいたものだ。



「分かった。じゃあついでに俺の師匠を紹介してやるよ。良い人だぜ、基本的にはな」



「なんだよその含むような笑いは……怖えよ! 時には良い人じゃない場合もあるのか!?」



「ああ、アレはもはや一種の多重人格だな」



「失礼だな。僕はちょっと人を痛めつけると興奮するだけだよ」



 突如話に割って入ってきた声に仰天して振り返ると、白衣姿のワタルがすぐ背後でにこやかに立って手を振っていた。



「いきなり現れないでくださいよ……丁度よかった、今から向かうところだったんです」



 どうせだからリンドウを紹介しておこうと傍らを見やると、リンドウの姿がない。よくよく足下を見るといわく言い難い恍惚の表情を浮かべて失神していた。



「眩しい、眩しすぎる……これがアルカディア様の輝きかぁ……オーラが違えや……あ、川の向こうでお師匠様が手を振ってる……お師匠様、

生きてたんですね……」



「……だめだこりゃ」



 向こうの世界での恩人の幻覚が見えているらしい。こんな様子では当分、研究員と背中合わせに戦う夢は叶いそうもない。



「ユニークな友達がいるんだね。セツナ君、シンジさんが呼んでるよ」



 思いもよらない言葉が飛んできて、俺は思わず首を傾げたのだった。



──────────────────

──────────────



 シンジの部屋は通称、主任室と呼ばれている。研究主任なのだから当然と言えば当然だ。その主任室はレガリアの最奥部、即ち最下層に設けられ、俺でさえ滅多なことが無い限りは立ち入りを禁じられていた。



 そんな父の隠れ家に招かれた俺は、ワタルに連れられて中央部の巨大エレベーターに乗り込み、一分半ほどかけて最下層へと降りきって、ワタルに部屋の前のホロパネルに暗証番号を入力してもらい、そしてようやくそこに辿り着いたところだった。



「来たな。まあ座れ」



 狭苦しいジメジメした室内で、背を向けて何やらパネルに向かっていたシンジはこちらに顔を向けることもせずそう言った。



 薄暗い室内にシンジを半分取り囲むように展開した五つほどのディスプレイが、チカチカするブルーライトを発して部屋の中を薄気味悪く照らしていた。



 地下室の更に地下室、とでも言えばいいだろうか。空気洗浄もボタン一つの仮想世界なのだから気のせいでしかないのだが、なんだかこの部屋の空気は埃っぽい。



 床にはマテリアル化された何やら俺には理解の及ばない数字の羅列する書類が散乱し、四方の壁は全て本棚。その棚に空いたスペースはほとんど無い。これだけの膨大な情報量をたった一部屋に閉じ込めて、父は今何と戦っているのだろうか。



 座れ、と言われたもののソファなんてまともな家具はこの部屋にはない。椅子と言えばシンジが座っている黒い簡素なオフィスチェアのみだ。俺とワタルは顔を見合わせて苦笑し、数百枚の書類がばらまかれた床に胡座をかいた。



「よし」



 一区切りついたようで父はくるりと椅子を回転させ、俺達に向き直った。かけた黒縁のメガネは、脳の回転速度を上げる効果でもある装備なのだろう。なにしろこの世界において、近視や遠視などの症状は完全に撤廃されている。



「セツナ、五秒で答えろ。大切な人とやらを取り戻すために、無限の絶望を見る覚悟はあるか」



 メガネの奥の父の目は、追い込まれた獣のそれだった。



「待ってくださいよシンジさん。薮から棒に何を……」



 ワタルが父の態度を不審に思ってか宥めるような言葉を発するが、シンジは貧乏揺すりを止めずに俺だけを見据えている。俺には分かる。父には、全く時間が足りていないのだということを。俺は最初から分かりきっている答えを口にした。



「今、こうしてお預けを食らい続けてることよりも、絶望なことがあるのかよ」



 誰一人護れなかった俺が、一人だけのうのうとこの完全安全地帯で暮らしている。良い友人に恵まれて、最近は笑うことさえ多くなった。



 こんなもんだ。俺なんてこんなもんなんだ。ザガンへの復讐心もハルカとの幸せな日常の中で薄れ、そんな彼女を取り上げられてなお、燃え上がるような感情が少しずつ冷めつつあるのを俺は自覚していた。



 それが怖いんだ。ハルカとケントのことを考えると衰えかけていた炎は再び猛烈に燃えるが、その頻度が、少しずつ、だが確実に減っている。いつか、彼女たちのことをまるで思い出さない日が来るかもしれない。それが、たまらなく怖いのだ。



 そうなってしまったら、俺は本当の本当に、生きる資格を失った人型の塵だ。今俺が生かされている理由はたった一つ、俺の業によって苦しめられている善良な二人を助け出すという使命そのものだ。



 そしてアンナの言うように、俺みたいなどうしようもないやつでも、もしかしたらこの腐った世界を元に戻すことができるかもしれない。世界のために──なんて枕詞が冠するような戦いを、ちんけな引きこもりだった俺に参加する権利がある。そう思うと、自分でも滑稽だがなんだか高揚して──まだ、もう少しだけ、生きて頑張ってみようと思えるのだ。



「やるよ。どんな絶望だって望むところだ。俺に、ぬるい逃げの選択肢なんて用意されちゃいけない」



 父はその言葉に、複雑そうに一度視線を落とした。だがそれは本当に一瞬だった。



「よく言った。ワタル、セツナを《摩天楼の迷宮》へ潜らせる。俺の代わりに説明してやれ」



「ちょ、冗談ですよね……!?」



 ワタルは父が俺を潜らせると言った場所の名を聞いた途端に目を剥いて反駁の声を上げ立ち上がったが、シンジは断固として遮るようにまくし立てる。



「セツナ。三日後だ。三日後にお前はとあるダンジョンに潜る。ワタルの説明を聞いたら、一緒に地獄についてきてくれる物好きを集められるだけ集めろ。世界を救う、お前の《パーティー》を作るんだ」



「ああ、分かった」



「待つんだセツナ君! シンジさん……あなた、それでも父親かよ!」



 珍しく声を荒げたワタルに、ほんの少しだけ俺の心が不安に揺れた。



 だが、葛城慎司は間違いなく、俺の父親なのだ。それだけで俺は彼の全てを信じることができる。



「ワタル、お前にも子がいたな。……今のうちに、いっぱい可愛がってやれ」



「狂ってる……狂ってますよ、シンジさん。どうして、セツナ君じゃなきゃいけないんだ! 迷宮なら僕が潜ります、それでいいでしょう!?」



「くどい。セツナは強さを欲している。全てをなぎ倒して大切なモノを奪い返す強さだ。俺はセツナに、何一つ買い与えてやったことがなかったからな。最後ぐらい、欲しいものをなんでも与えてやりたいと思ったのさ」



「……軽蔑しました」



 ワタルは険しい表情で吐き捨てると、まだ座ったままの俺の手を引っ張って立たせ、部屋を出ると扉を思い切り音を立てて閉めた。



 エレベーターに乗り込むと、ワタルは俺の手をようやく離して諭すように言った。



「セツナ君、考え直すんだ。……確かに、彼の言う通りにすれば君は強くなれるだろう」



「だったら、構いません」



「最後まで聞くんだ」



 ワタルは俺の肩を掴んで自分の方を向かせると、俺の目をその金色の瞳でのぞき込んだ。



「君は強くなれる。けど、君は強くなりたいという気持ちそのものを忘れてしまうかもしれない。もし忘れなくても、ハルカちゃんやお友達を救う戦いに、世界を救う戦いに、参加できないかもしれない。更に悪ければ、二度と出てこられないかもしれない。もちろん、死ぬかもしれない」



「え……?」



 矢継ぎ早に明らかになった俺の運命に動揺を隠しきれない俺に、ワタルは告げた。



「君が潜ることになるのは《摩天楼の迷宮》。ダンジョンだ。一度入れば完全攻略するまで決して出ることができない。──アルカディアの計算では、クリアにかかる時間は約三年と言われている」



「三、年って……」



「ダンジョンの中は時間の流れが地上と違うのは知っているよね」



 俺は半ば放心しながら頷く。ハルカと出会った砂漠の迷宮は、半日足らずで攻略したにも関わらず地上では一ヶ月の実質時間が経過していた。



「その逆も当然存在するんだ。摩天楼の迷宮がまさしくそれ。時間軸が一/三十に収縮されたダンジョンだ。つまり、一ヶ月潜っていても外ではたったの一日しか経過していない」



 ここまで聞いて、俺は全ての疑問が紐解けた。そんな夢のような迷宮があるのなら、経験値効率は当然規格外に破格である。一ヶ月分のレベリングがたった一日で終わるのだから。



「けれど、それでも三年間潜っていれば外では単純計算で三十六日、つまり一ヶ月以上が経過している。その時、この世界がどうなっているかはスーパーコンピューターでも予測不能だ。戦いは始まっていないかもしれないし、とっくに終わっているかもしれない。僕たちが勝利しているのか、それとも全滅しているのか。──君の大切な人が何人生きているのか」



 俺は激しく戦慄した。まるでお伽話の浦島太郎ではないか。望む強さを手に入れて戻ってみればそこには誰もいなかったなんて、笑い話にしても出来が悪い。



「僕が人の心を読めるの、知ってるよね」



「……はい。心理学者としての知識、経験とオリジナルスキルの併用による神業、でしたよね」



「そんな大したものじゃあないさ。ただ僕が言いたいのは、君が今でさえ、戦いの強烈な動機が日々少しずつ薄れていくのに怯えていることについてだ」



 お見通しだったのか。自分の醜い感情を人に言葉にされるのはとてつもなく不快だ。



「三年間、君は死に物狂いで闘い続けることができるのか? そもそも、摩天楼の迷宮のランクはSS。君のレベルじゃ三年でもとても足りない可能性が高い。むしろ一緒に潜った仲間たちと、攻略を断念して中の世界で暮らす決断をする可能性だってあるんじゃないか?」



「俺は……」



 そんなことはない、と叫びたかった。しかし、ワタルの言葉は痛いほどに正しかったのだ。心にツボのように点在する弱点を、的確に針で突かれているかのような苛立ちを感じる。



「これまで通り修行を続けようよ。僕の方からシンジさんには話をつけておくから。君は十分強い。ベテルギウスの下っ端程度なら複数相手にしても問題ないぐらいにはね。立派以上の戦力だ」



 その言葉こそが天啓だった。俺は父の意図を、恐らく今寸分の狂いなく汲み取ることができた。



 気づけば呟いていた。



「……俺、潜ります」



 ワタルは無言で目を剥いた。



「今までレベル上げそっちのけで危機回避能力や戦闘カンの養成にばかり時間をかけていたのは、俺がその迷宮に潜ることを見越してたから。きっとそうなんですよ」



 そこに潜れば俺にこの世界での戦い方を教えてくれる者はいなくなる。父の口ぶり的に、俺のパーティーとやらにアルカディアの研究員は含まれないようだったから。



「ワタルさんも言ってましたよね? こんな修業ばかりして、少しはレベリングにも手をつけないといけないのにって」



 ワタルは何も言わない。彼は俺なんかよりよっぽど早く、その意図を見透かしていた。その上で、シンジの考えは最低だと断じた。



 確かに最低な親父だ。失敗すれば死ぬか、出てこられないか、出てこられても何もできずじまいか。クソみたいな作戦だ。リスクがデカすぎる。



 でも。



「それでも俺に賭けてくれた。ワタルさんやヒロキさんみたいに元々強い人の方がいいに決まってるのに、俺に希望を託してくれたんだ。それは、俺が息子だからなんですよ、きっと」



 その言葉は刺さったようだった。彼にも、可愛い息子がいるのだ。



「やり方はぶっ飛んでますけどね。それに、潜る前からこんなこと考えるのはちょっと野暮かもしれないですけど、親父は多分、俺を守ろうとしたんだとも思います」



 ワタルは少し考えて、合点が言ったという風に喘いだ。



「そうか……! もし出てこられなくても、生き延びてさえいてくれれば。相手は悪意あるプレイヤーじゃなくてモンスターだから、隠れていれば殺されることはまずないわけだし」



 流石優秀な頭脳をしている。俺を守ろうとした、この一言でワタルは完璧に俺の言わんとすることを察してしまった。



 父は、もし俺にダンジョンを攻略する器量が無かったとしても、ベテルギウスの脅威から俺を永遠隔離して、自分たちだけでこの世界を救うつもりだったのだ。



 そもそも俺は、父にとって思いがけず手に入った最後のカードのようなものだった。俺が欠けた状態でも発動する策があるに違いない。そして勝利したならば、奪還したGM権限で俺達を迷宮から掘り出す手はずだったのだろう。



 負けたとしても。せめて俺だけでも一緒に潜った仲間と共にそれなりに楽しく生きて欲しい、という、シンジにしては後ろ向きな思考が働いている。



 ──まったく、親バカすぎるんだよ。



「いつまでもガキ扱いしやがって」



 俺は笑った。父は、どんな結末になっても俺だけは幸せになるようにこの作戦を立てているのだ。勝利よりも、たった一人となってしまった家族のことを優先しているのだ。



「ナメすぎなんだよ」



 全身から温かなエネルギーが無限にわき出てくる。父の期待する最大の結果を残して、彼の喜ぶ顔が見たい。それはつまり、最終決戦に間に合うように俺が帰ってくることだ。



「三日後なんて言わない。さっさと仲間見つけて、すぐにでも出発してやる」



 何一つ説明されず、ひたすら効果の実感できない修行を続けさせられ、散々抑えつけられてきたフラストレーションが、今、全て前向きなエネルギーに昇華している。これさえも父の策略通りなのだろう。



 エレベーターのドアが開いた。チン、と軽やかな音が、俺の背中を押したようにして俺は外へ飛び出す。



「セツナ君!」



 背後からワタルの声。足踏みしながら振り返ると、彼は微笑んでいた。



「シンジさんの言う通りだった。君こそ、この世界の主人公だよ」



 父は俺に、この世界の主人公になって欲しいという願いを込めて刀を授けてくれた。俺は数え切れないほどの過ちを犯し、散々立ち止まり、時にはしゃがみ込んでしまったけれど。



 今再び走り出した。そんな実感が駆け巡る。



 健闘を祈るというように親指を突き出す彼に、俺は笑顔で返した。



「ありがとうございます、師匠!」

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