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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第二章《Lost》
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天空要塞での日々

「うぅ……うぉぉ……」



「なにゾンビみたいな声出してんのよ、セツナ」



 食堂の机に突っ伏して呻いていた俺の頭上から、もうすっかり聞き慣れてしまった美声が降りてきた。



「アンナか……聞いてくれよ、ワタルさんがひどいんだぜ」



「昨日言ってた新しい修行ってやつ、そんなに厳しかったんだ?」



 顔を上げると、向かいの椅子を引きながらアンナはいい気味だと言わんばかりの表情で俺を見下ろしていた。こいつにも少なからずサディストの気質があるのだ。



「言っときますけど、こっちの鬼教官だってそーとー厳しいんですからね」



「……その割には元気そうじゃないか」



「君とじゃ潜ってきた修羅場の数が違うのよ」



 ふふんと得意げに言う目の前の少女は、確かに向こうの世界では超の付く売れっ子歌手だったのだ。ゲームオタクで引きこもりがちだった俺には想像もできない波瀾万丈な人生を送ってきたに違いない。



「昼ご飯、まだなんでしょ? セツナの分も取ってきてあげるわ、何がいい?」



「いいのか? じゃあ、いつものやつで頼む」



 俺の注文に「りょーかい」と軽く敬礼したアンナは、笑顔のまま妙に軽い足取りで注文口のNPCの元に向かっていった。本当に元気なやつだ。



 この世界を開発したゲーム会社アルカディア。その本拠地ギルドである浮遊要塞レガリアの最上階に位置する展望レストランが今俺のいる場所である。



 全方位をドーム型の窓ガラスで覆われたこのレストランは、詰まるところ青空に囲まれた食堂なのだ。ここに来てそろそろ一ヶ月が経とうとしているが、未だにこの絶景には慣れない。



 展望レストランと言えば聞こえは良いが、出す品はカツカレーだのラーメンだのといった学生食堂然としたものばかり。俺はむしろそれが親しみやすく気に入っているのだが、味は可も無く不可も無くといったところだ。



「お待たせー」と言ってアンナがトレーを持って戻ってきた。そのすぐ後ろで、アンナの顔ぐらいのサイズの生き物が、パタパタと小振りの羽を震わせながらついてきている。



 小さな頭の上に俺の分のトレーを器用に乗せて羽ばたいているその生き物は、サイズこそミニマム級だがれっきとした《ドラゴン》である。



「サンキュー、《フォルテ》」



 俺の目の前まで配達してくれたフォルテの頭からトレーを受け取ると、そいつはふるるる、と可愛らしく鳴いてから主の肩に止まった。



 美しい金色の鱗がびっしりと生え揃った、ザラザラとした肌。対称的に腹部は短い羽毛に包まれてとても柔らかい。



 縦長の光彩を持つ鋭い瞳は飼い主と同じブルーアイ。小さな顎門には既に立派な牙が生え揃っている。この愛くるしい姿で骨付き肉を貪る姿を見たときは絶句したものだ。



 ドラゴンの最高位に位置する種と言われている、《神竜》。その幼竜こそがこのフォルテである。システムもフォルテ自身も、アンナを主人であると認めている。



「いいよなぁ、ドラゴンが使い魔なんて……」



「セツナの戦闘スタイルに使い魔は必要ないでしょー?」



「分かってないなぁ、使い魔ってのはロマンなんだよ」



「なにそれ」



 談笑しながら食事を開始する。俺がいつもの、と言って頼んだのはカレーライスとチャーハンだ。ドリンクは不動の牛乳である。



「いつも思うけどさ、米多くないの?」



「ほんとは、チャーハンとカレーのルーで食べたいんだけどな。生憎NPCレストランじゃ、そんなアレンジは聞いてもらえない」



「うげ、何それしつこそー」



 サラダとたらこスパゲティのセットを食べているアンナに向けて俺は不敵に笑った。



「言ったな? 今度二人でメルティオールに行くぞ」



「ど、どうしたのよ急に」



「死ぬほど美味いカレーチャーハンを食わしてやる」



 フォークを口にくわえてキョトンとしていたアンナは、やがて可笑しそうに吹き出した。



「うん、いいわ、楽しみにしてる。とーぜん、君の奢りなんでしょうね?」



「げっ、それは話が違うぞ!」



「レディを食事に誘うなら、常識だからね」



 すました顔で言いやがるのだ。芸能人だったアンナがこれまでどれだけの男に高級ディナーの誘いを受けていたのかを想像して、果たして口に合うだろうかと今更になって不安になるのだった。



「おふたりさん、そこの席空いてる?」



 背後から俺の肩に誰かの手が乗った。陽気な少年の声に振り返ると、馴染みの顔がそこにあった。



「リンドウか」



「よっ、セツナ。随分疲れた顔してるじゃん」



 快活な赤茶色の総髪を、後ろで一つの三つ編みにして括っているこの少年。名前をリンドウ、年は十五歳。俺の一つ下である。



 その髪型と中性的な顔立ちから、少女にも見えなくはない。スカートも似合いそうなこいつの服装は、しかしながら随分と奇抜なのだった。



 深紅の生地に緑色のラインが効果的にあしらわれた戦闘服。幅広の袖とゆったりとしたそのスタイルは、まるで中国のアクション映画に出てくるような拳法家が着ているそれそのものだ。



 実際、リンドウは中国出身の拳法家だったという話だから、髪型も含め妙に様になるのも頷ける。



「俺もう腹減って死にそうー」



「今日も朝から訓練所通いか? 相変わらず飽きないな」



 俺の隣の椅子に腰掛けたリンドウのトレーには、十人前はあろうかという山盛りのチャーハンが異質な存在感を放っていた。この食堂の裏メニュー、《チャーハン破壊盛り》。



 十五分以内に完食すれば食堂一年間無料券を獲得できる仕様となっており、それまで多くの猛者たちを撃墜してきたが、他ならぬリンドウによって打ち破られた。今日もリンドウは無料券を行使して食堂で暴れ回るのである。



「なんだよ、俺は羨ましいんだぞ! 研究員さんに直々に鍛えてもらえるなんてさ。俺達《志願兵》はその時が来るまで、ひたすら自分で鍛えなきゃいけないんだからな」



 レガリアには、現在二百名あまりのプレイヤーが集結している。俺とアンナを含む、研究員以外の全てのプレイヤーは、リンドウの言ったように《志願兵》と呼ばれている。



 というのも、アルカディアの研究主任でもある俺の父、シンジによる『打倒ザガン・ベテルギウス』の呼び声により集まったのが彼らだからだ。



 一週間ほど前。ユートピア全域にシンジは音声放送を流した。彼が放送用のマイクを取ったのは、ザガン、ベテルギウスによりシステムを乗っ取られたことを人々に報告したとき以来だった。



 シンジの話術の巧みさは、何も今に始まったことでもない。冷静で、理論的で、かつ情熱的なシンジの演説に、多くのプレイヤーが心打たれた。元々好き好んで腕を磨いていた血気盛んな者達を筆頭に、既に二百名近くの猛者がこのレガリアに集結している。



 その数は現在進行形で増え続けており、昨日も20名強の人数が追加されたらしい。来るものは拒まずというのがアルカディアの方針で、プレイヤーのレベルや力量は一切査定していないという。そもそも今は猫の手も借りたい状況なのだから当然といえば当然だ。



 とは言え、フィールドボスなんかより余程凶悪な殺人鬼たちを相手にしようというのだ、その覚悟ある者達は必然的にかなりの強者ばかりである。



 このリンドウは、俺の知る限りその中でも群を抜いて強い。一般プレイヤー最強、などと恥ずかしくも自負していた俺だが、まだまだ井の中の蛙だったことを思い知らされる。



「だから言ってるだろ、俺が親父に掛け合ってやるって。リンドウの実力を見れば、親父は絶対育てようとするぜ」



 そう、俺は何度も提案したのだ。リンドウが余りに俺達を羨むから、という理由もあるが、何よりこいつがきちんとしたゲームの知識をつければとんでもなく心強い味方になるという確信があったからだ。



 だが、決まってリンドウは同じ反応をする。



「そ、そんな……! お、俺なんかがシンジさんのお仕事の邪魔をするわけにはいかないし……! 他のアルカディアの皆さんだって忙しそうだし、てか、顔合わすだけでも俺絶対緊張で死ぬし!!」



「死なねえよ……ったく、紹介しようにもこの調子じゃあな」



 顔を真っ赤にして悶えるリンドウは、この通り異常なほどアルカディアのファンなのだ。アンナと一緒にいたヒロキに偶然居合わせたとき、リンドウが泡をふいて気絶した事件は記憶に新しい。とても幸せそうな顔で昇天していたっけ。



 新たにできた気の良い友人を加えての楽しい食事の時間は、そう長くは続かなかった。



「うわっ」



「あ、悪い」



 わざとらしく俺の座る椅子の足を蹴飛ばしていった男は、さして悪びれる様子もなく謝罪して去って行った。



「なんだよあいつ、感じワリー」



「よせリンドウ」



 軽く諫めながらも、俺自身内心は穏やかではなかった。



 この手の陰湿な嫌がらせは、ここのところほぼ毎日数回のペースで続いている。今日修行中に聞こえた心ない言葉は、必要以上に鋭敏になってしまった俺の耳が拾ったものだ。



 ざっくりと言ってしまえば、俺はレガリアの住人、つまりは志願兵にあまり良く思われていない。というか、かなり嫌われている。



 なぜ俺のことが嫌いなのか、などと面と向かって問うことができるほど俺の心臓は強くないため、正確な理由は分かっていない。だが、研究主任シンジの息子という理由で俺は明らかに特別扱いを受けており、それが最大の原因なのだろうとなんとなく予想している。



「リンドウ、お前は俺のことを好いてくれていて嬉しいけどさ、その、他の奴らとの付き合いが上手くいかなくなったりしたら、だ。その時は表だって俺と関わるのは避けた方が……」



 この際だから気がかりだったことをリンドウに告げてみた。だが、当の本人は笑ってそれを一蹴した。声変わりの完了していない声で朗らかに言う。



「ナンセンスなこと言うなよ。誰と一緒にいるかを決めるのは俺だ、セツナ。お前じゃない」



「……変わったやつだな」



「堂々と俺のことを好いてくれてるなんて言うお前の方が百倍面白いって」



 可笑しそうに笑ってリンドウはチャーハンとの格闘を再開した。だが、ふとスプーンの動きを止めると、モゴモゴとこもった声で何かを言い始めた。



「まあ、セツナが良く思われない理由なんてハッキリしてるよな。なんか目つき凶悪だし、研究員さんから直々に鍛えてもらってるし、考え無しにそんなレア武器ぶら下げてるし、オリジナルスキル? だっけ、とにかくめちゃくちゃすげー力持ってて、しかもアンナと仲良くしてるんだから。俺はよく知らないけどさ、有名人だったんだろ、アンナって」



「…………なるほど」



 確かに、これは嫌われるな。



 言われてみれば、刀なんて代物を腰に差していたのは軽率だったかもしれない。俺としては少しでも熟練度を上げるためという動機があってのことだったのだが、刀なんてのはこの世界で力を付けているプレイヤーからすれば喉から手が出るほど欲しい一品。



 しかも、事実俺は父、シンジからこの刀をもらっているのだ。逆の立場なら猛烈に羨ましかったに違いない。



 オリジナルスキルは自力で発現したし、アンナと知り合ったのだって本当は単なる偶然だ。だがそれらの幸運も、他者から見れば親の七光りの内なのだろう。



「……てか、俺ってそんなに目つき悪いか?」



 むしろ俺の顔は柔弱な造作をしていると自負していた。丸い大きな目はやや垂れ目だし、眉も細いし肌も白い。女顔というわけではないが、雄々しさなどとは縁遠い顔立ちだ。



「うーん、確かにセツナ、いっつも怖い顔してるのよねぇ。なんか、思い詰めてる感じ」



「そ、そうか?」



 アンナもリンドウに賛同するようだ。そう言えば以前海に行ったときも、そんなことを言われたような……



 ──だめだ。俺は慌てて思考を中断した。今あの日のことを思い出せば、俺はきっとすぐにでも彼女の元へ向かいたい衝動に駆られてしまう。



「…………ほら、また」



「あ」



 アンナの小さな両手の平が俺の頬を包み込むようにして触れた。顔の仮想筋肉をほぐすように揉まれる。



「ハルカのこと考えたって、今はどうしようもないよ。まあ、だからって、考える暇もないほど修行に没頭しようっていう最近の君の魂胆も危ういけどさ」



 バレていた。修行の時間をスケジュールの限界を超えて詰め込んだような俺の生活は、俺自身が思考をする余裕もないようにと望んだものだった。



「なんのために私がいるの? ずっと言ってるでしょ? 私は英雄が頑張れるように唄いたいって。君が疲れたのなら、支えて、癒して、励ますのが私の仕事なの。──だから、もっと私を頼って」



 至近距離で囁かれた美声に、体の鉛のような重さがゆっくりと融解していくような感覚を覚えた。入浴剤でとろとろになった熱い湯船に、肩からどっぷり浸かった気分だ。



「うーん、こりゃあ野郎共の気持ちも分からないでもないな」



 リンドウは何故だか俺より顔を赤くして、照れたように目をそらして頬をかいていた。

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