毎日修行
「おい、あいつまだやってるぜ」
誰かが囁いたあざ笑うようなその声は、ギリギリの綱渡りを続けるような修行の最中にも関わらずはっきりと届いた。
四方八方から殺到する深紅のレーザービームを躱し続ける傍ら、俺は小さく舌打ちする。
集中力を僅かに欠いた俺を目敏く指摘するが如く、背後から甲高い飛翔音を纏った光線が突っ込んできた。振り返る時間も惜しく、咄嗟に横に跳躍することで難を逃れる。
俺を捉えきれなかったレーザーは床に着弾するなり一瞬ピカリと閃いて反射した。そのまま向こう側の壁に突撃しまた反射して、天井で更に跳ね返って俺目がけて突き進んでくる。この間、ほんの1秒足らずだ。
ジョブスキル【鷹の眼】による俯瞰視野があるとは言え、全方位鏡張りのこの部屋でひたすら光線を避け続けるという修行は決して楽ではない。しかも、だ。
『うん、まだまだ余裕そうだね。もう一本いっちゃおうか』
音符マークが付きそうな軽やかな声が部屋の隅のスピーカーから聞こえてくる。俺の修行のコーチを担当してくれているドS研究員の声だ。
「ちょ、ワタルさん! さっき、二本に、増やした、ばっかじゃないですか!」
それぞれ自由に躍動する二本のレーザービームをかいくぐりながら必死の思いで説得を試みるが、サディストな師匠は聞く耳を持たない。
『それー』
ワタルの死刑宣告に等しいかけ声と共に天井が開き、そこから顔を覗かせた光線銃が火を噴いた。真っ赤に燃えるレーザーが俺の肩を掠める。
「ちっ……!」
『あっ、やべ、手が滑った』
わざとらしい台詞がスピーカーから響くや否や、今度は天井の二箇所が開いて二丁の光線銃が現れた。顔から血の気が引く音がした。
「ふ……」
発射。入り乱れる計五本の光線弾の雨をボロボロになりながらいなしつつ、俺は絶叫した。
「ふざけんなぁぁぁぁぁぁ!!!!」
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「いやー、お疲れさま。よく生きてたね」
まったくもって白々しい。白衣姿のワタルがにこやかに手を振って現れたのを、俺は床に這いつくばったまま思い切り睨み付けた。
「殺す気ですか……!!」
「大丈夫だって。定期的にヒーリングガスを室内に注入してたからね。ほんとにヤバそうだったら止めてたし」
俺は納得できない。いかに回復系ガスを充満させた修行部屋とは言え、体をレーザーが通過する痛みは本物だ。根性焼きなんて目じゃないレベルの激痛と高熱に、15分も追いかけ回される身にもなって欲しい。
「強くしてくれと言ったのは君だ。僕は別に、明日からデザーティアに帰ったっていいんだよ?」
「ぐっ……!」
その通りだ。ベテルギウスに囚われてしまったハルカを助ける、そのために俺は力が欲しかった。
エンケの言う、この世界での強さ。それを教授願う相手として、アルカディア研究員以上の存在はいない。
「……すみませんでした。引き続き、よろしくお願いします」
「うん、素直が一番だ。これは危機回避能力を鍛える修行だよ。加えて、【鷹の眼】の強力な効果をもっと戦闘に役立ててもらうために、俯瞰視野に慣れてもらおうとも思ってる。間違っても、覗き見だけが取り柄のジョブスキルじゃないんだよ」
ハルカの着替えシーンを覗くために使うか使わないか逡巡した経験のある俺には刺さるジョークだ。
「さて、少し休んだらもう一度やるよ。時間はいくらあっても足りないくらいなんだ」
15分を10セット。今日から始まったこの修行は今までよりも更に厳しそうである。
──望むところだ。
「うん、やる気だね」
俺の顔を見てワタルは満足そうに笑った。そしてその笑顔を悪戯を思いついたようなものに変える。
「じゃあ休憩はいらないか。さ、立って!」
「ええ!? ちょ、休憩なしは無理ですよ!」
「今度は六本にチャレンジしてみようか」
「聞いちゃいねえ!」
こうして、地獄の特訓は血も涙もなく再開されるのだった。




