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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第一章《Utopia》
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VSシンジ(?)

 外に出た俺達を涼しい夜風が歓迎した。背の高い雑草が生え放題の高原がヒロキの自宅周辺には広がっていた。



 俺と父は一分ほど歩いたところで立ち止まり、向かい合った。遠くから聞こえる地鳴りのような唸り声は、ドラゴンのものか。



「で? どうするつもりだバカ息子よ。まさか俺にフリーバトルを申し込もうだなんて考えてはいないよな」



 図星を突かれた俺はその問いを黙殺することしかできない。



「やめておけ、勝負にならん」



「そんなの、やってみなきゃ分かんねえだろうが」



「いや、分かる」



 父は真剣そのものの口調で、



「俺の惨敗だろう」



 と断言した。……はい?



「俺に戦闘は期待するな。レベルもろくに上げてねえし、運動は昔からどうにも苦手でな」



「な、なんだよそれ! 一分前のバチバチ感はなんだったんだよ!」



「すまん、ノリだ」



 ノリ! ノリとは!? 突っ込む気力すら失せ間抜け面を晒す俺を前に、シンジは臆面も無く自分のパネルを呼び出した。



「代わりにお前には俺の部下と戦ってもらう。そいつに一撃でも入れることができたら、お前の言い分を聞いてやらんこともない」



 そうして父は誰かにコールを始めた。驚くべきことに、「今すぐ俺のところに来い」と父が告げた数秒後にそいつは父の傍らに転移光を纏って現れた。



 それは俺の見知った存在だった。長めのプラチナ色の髪の毛に、深みのある金色の瞳。凄まじく整った容貌は前会ったときとまるで変わらない。



 だが、その顔つきは仕事モードだった。以前の温和な雰囲気は失せ、油断無く目を細めて父を守るように素早く前に出た。



「わ、ワタルさん?」



「え、セツナ君?」



 両者目を丸くする。次の瞬間ワタルの表情が複雑なものになった。そういえば彼には、父と会うことを反対されていたのだ。



「なんだ顔見知りだったのか。おいワタル、今からセツナとフリーバトルしろ」



「え、ええ? なんでそんな……」



「いいからやれ。これは命令だ」



「……はぁ。久しぶりに会うってのにこの人はこれだから」



 呆れたような表情に含み笑いを浮かべ、ワタルは俺に決闘申請を出してきた。目の前に浮かぶ問答にイエスを選択した直後、俺とワタルを中心としてバトルドームが形成される。荘厳な音を立てて聳え立ったクリアブルーのドームの外で、父が叫んだ。



「殺す気でやっていいぞ!」



 父親の風上にも置けない。



「えーと、これはつまり、セツナ君が自分の実力を証明するためにシンジさんに挑もうとして、身代わりに僕が引き合いに出されたって解釈でオッケー?」



 想像力恐ろしっ。



「……まあそんなところです」



 俺の返答に弱ったような苦笑を浮かべ、ワタルは一本の剣を召還した。空中で掴み取ったその剣は華美な装飾こそ無いものの、見るも美しい黄金色だった。



 鞘から引き抜くと荘厳な音を立てる。刃はより明るく透き通った金色で、俺の顔を鏡のように映している。



「はあ、僕だって忙しいのになぁ。シンジさんはいつも勝手なんだから」



「申し訳ないですけど、少しだけ付き合ってもらえませんか。あの分からず屋に、見せてやらなきゃ伝わらないことがある」



 ワタルは達観的な視線を俺に投げ、一言。



「シンジさんはきっと、君がどれだけ強かろうと関係ないんだと思うけどね」



 ただ、と言葉を繋ぎ、ワタルは刀身を真横に向けて構える。



「シンジさんは、その先にあるものを見たいんだと思う。それに、君との手合わせなんてちょっと面白そうじゃないか。というわけで……」



 注意してみなければ分からないほど、ワタルの重心が僅かに落ちた。



「やろっか」



 語尾に音符マークが付くような一言と共に、ワタルが弾けるような笑顔を見せた。来る、そう察知した時ワタルはもう動き出していた。



 凄まじい速さで肉薄してきたワタルの振るう黄金の剣戟を、抜き放った葉桜が迎撃した。大量の火花が散る。



 ──重い……ッ!!



 仰け反った俺に楽しそうなワタルの追撃が迫る。ノックバックに抗わず、後ろに飛ぶ要領で身体を反転させた俺は背後に刀を持って行き、それを凌いだ。



 力強く背中を度突かれたような衝撃とともに俺の身体は飛ばされる。地面を削りながら減速。停止と同時、俺は身体をもう反転させて前に向き直ると弧を描くようにしてワタルに突進した。



 今度はこちらから打ちかかる。右方向からの一閃を危なげなく受け止めたワタルは、余裕の笑みを張り付けて俺を見ていた。



「ちっ!」



 身を翻して一時後退し、俺は刀を引き戻した。ワタルの表情がぴくりと動く。



 この距離。十分間合いに入っている。このタイミングなら──いける!



「【鳳仙──」



 スキル詠唱を終えない内に、腹部に鈍痛が走った。



 目にも留まらぬ速さの蹴り。ワタルの靴のつま先が俺の鳩尾にめり込んでいた。既にエフェクト光に包まれていたはずの刀身から光が消え、俺には正体不明の硬直時間だけが残った。



「《スキルキャンセル》。技の出始めに特定の強攻撃を特定の部位に与えることで、スキルの発動をキャンセルさせる技術だよ。最も、タイミングもシビアだしなかなか狙えるものじゃないんだけど……セツナ君、素直だからバレバレだよ」



 スキル発動のタイミングが読まれた……?



 更にそのスキルキャンセルなる技術は俺も聞いたことのないものだった。



 確かに、スキル名を詠唱するには当然息を吸い込まねばならない。注意してみればある程度予測は可能だろう。さっきはワタルが敢えて作り出した隙に、まんまと引っかかってしまったということか。



 そこまで理解すると同時に、黄金の剣が俺の喉元に迫っていた。スキルキャンセルによる硬直時間の中にいる以上、俺自身に避ける術は無い。



 だが、俺にはこの死と隣り合わせの旅の中で、無意識に染み付いた癖がある。



 俺に致命的な隙が生まれたとき、咄嗟にこのスキルを発動するのだ。──【分身の術】。



 数は一体、場所は俺の真横。実体化するや否やそいつは主人である俺を躊躇なく蹴り飛ばした。俺の身体は真横へと倒れ込み、危うく必殺の一撃から逃れる。



「わ、すごいな。信じられない反応速度だ」



 賞賛しながらもワタルは一切手を緩めない。無防備な分身を雑に蹴り飛ばすと、地面を転がる俺の残像を次々と剣先で突き刺していく。徐々に迫ってくる、大地を貫く重い音。



 転がりながらの力任せの一撃で突きを弾いた俺はその隙に跳ね起きて体勢を立て直した。ぐるぐる回る視界と荒い呼吸を同時に整える。



 未だ、一撃も入れることが叶っていない。



 ワタルは恐らく本気を出していない。レベルは間違いなく俺よりあるのに、スピードはあくまで俺と同じ程度に合わせている。



 それでもここまで弄ばれるのは、彼がこのゲームを知り尽くしているからなのか。



 俺は再度、雄叫びを上げて斬りかかった。ワタルはその場から一歩も動くことなく、俺の乱舞を捌き続ける。重複する金属音と数え切れない量の火花が焦燥感だけを積み重ねていく。



「迷いのない、真っ直ぐな太刀筋だ。けれどもそれが仇になっている。君の手は非常に読みやすい。オリジナルスキルを使うまでもなく、ね」



 ワタルは乱打の間隙を巧みに突いて、俺に接近した。胸ぐらを掴まれ、足を綺麗に払われる。抗う術も無く俺は背中から叩き付けられた。



「スキルを使用しない攻撃は通常攻撃と呼ばれるけど、それにさえシステムのアシストはきちんと働いている。特に力を込めた強攻撃は、振り途中で引き戻すというようなことができない。そこが隙になる」



 俺の攻撃の雨をかいくぐったカラクリを親切に教えてくれたワタルは、剣を逆手に握り直して俺の眉間スレスレに据えた。刀を握る方の手はワタルの膝に抑えつけられ完全に封じられている。



 俺はこれがフリーバトルであることを忘れ、迫り来る痛みと死に怯えた。



「く……!」



「これがベテルギウスなら君は死んでいる。目を潰され、舌を引っこ抜かれてから、無残に殺されるんだ。いざ殺されるというときに、君はかつての自分の覚悟を呪わずにいられるのかい?」



 試すようなワタルの瞳は、信じられないほど冷たかった。俺を応援してくれていたワタル。だが今は、父の気持ちを代弁してくれたつもりなんだろう。



「これで、もう気は済んだかな」



 カチャリと音を立てて、剣が振りかぶられる。



 ──今だ!



 刀を握る右手と反対側の、左手。拘束の緩いこちらの手を、俺は気取られないように動かしていた。



 袖口に隠していた細工が、軽やかな音を立てて飛び出し、俺の手に収まる。割った黒曜石のような鋭利な刃物。



 仕込み武器──サブウェポン《クナイ》。《シノビ》というジョブの特性の一つに、武器を装備している状態でもこのクナイを装備することができる、というサブウェポンシステムがある。



 閃いた左手が唸りを上げて、ワタルの無防備な背中に迫る。



 しかし。それがワタルの背中に突き立つことはなかった。



「……あっぶな……」



 ワタルは、後ろに目でも付いているような動きを見せた。起用に右手を後ろに回し、俺のクナイを握る左手を掴み取った。クナイの刃先は背中に触れるギリギリで、止まった。



「君のジョブがシノビなのは、あの日ステータスを見せてもらった時に知ってたはずだったのに、うっかりしてた。危ないところだった」



 そう言って笑った表情を真顔に戻し、ワタルは剣を握り直す。俺はもう、万策尽きた。



「さあ、今度こそ最後だ」



 黄金の刃は無慈悲に俺を貫くだろう。蒼炎を発動すればワタルに多少のダメージを与えることはできるかもしれないが、そんな攻撃で父が納得してくれるとは思えない。



 それに、憎しみという感情が爆発しないことには蒼炎を出すこともできない。



「……俺は」



「ん?」



 まさに剣を振り下ろすところだったワタルの手が止まる。声の震えを気合いで抑えつけ、力強く言う。



「ここであんたらに説得されちまった弱い俺を、一生恨むと思う」



 ワタルが訝しげな顔になる。この期に及んで、何を言い出すのかという顔だ。



「死ぬのは怖い。殺される瞬間にはきっと戦場に出たことを後悔するだろう。けど……ここで逃げたら、その何倍も、後悔する!」



 今俺がワタルに勝てないのは分かった。だからといって戦うことを諦めたりなんてするものか。



「だから……ワタルさん……! 親父……! 俺に戦いを教えてくれ! 俺を強くしてくれよ!」



 プライドもへったくれもないが、これしかない。俺はどうしても、この手でハルカとケントを助けなければ気が済まないのだ。



 そのためには、どうしたってケント以上の強さがいるのだ。



「降参」



 俺の言葉と共にドームは崩れた。ワタルが剣をストレージに納めて、俺に手を貸してくれた。彼の手を借りて起き上がると、父が俺の前まで歩み寄ってきたところだった。



「……駄目だって言っても俺は戦いに行くぞ。だったら少しでも死ぬ確率を減らすために、俺を強くした方が賢いんじゃないか?」



「ふん、負けた奴が屁理屈をこねよって。そんなところばかり俺に似たな」



 父は溜め息を吐いて俺に言った。



「お前の弱点と、今後の方針は今の戦いではっきりした。……最初から、止める気なんてないさ。俺にその資格なんて無いんだからな」



 ワタルが意外そうに目を丸くする。



「うわー、やっぱりあなたの頭だけはさっぱり読めないな。まさかセツナ君の戦闘を分析するためだけにけしかけて、僕を呼び出したんですか?」



「お前も楽しんでたからギブアンドテイクだ。この戦闘狂のドSヤローが」



「いやだなぁ、善良な一般市民を捕まえて」



 食えない男同士の会話は、殆ど俺の耳には入っていなかった。



「お、おい! 止めないって……本当に、いいのか? 俺は親父達と、戦ってもいいのか?」



 父はしかめっ面で頷いた。



「そう言ってんだろ。息子の気持ちを尊重するのが父親だ」



「あなたが父親を語るなんて、良い世の中になりましたねぇ」



「うるせえ。おいセツナ、いいか? 正直言ってな、うちは戦力不足だ。お前は十分に俺達の助けになる。俺の頭の中にある、この世界を取り戻す作戦に、お前は既に頭数に入ってんだよ。俺の目に狂いがなければな、セツナ。お前は必ず、アルカディアの切り札になる」



 俺は急激に照れくさくなって目を伏せた。シンジという男はリーダーの器だ。なぜなら今、彼は俺の士気を天井知らずに上げたのだから。



「……さっきは死ぬって断言したくせに」



「今のままならそうだろうな」



 あっけらかんと言い放ち、シンジはワタルに目を向ける。



「さて、役者は揃った。思いがけず最後のピースが埋まった気分だ。これなら絶望的だった作戦の成功率がちっとは上がるかもな。今すぐ本部に帰るぞ、ヒロキを呼んでこい」



「とうとう動くんですね。僕も行かなきゃだめですか?」



「当然だろ。奥さんと子どもの傍にいたい気持ちは分かるがな、もう少し辛抱してくれ」



 諦めたような顔でヒロキを呼びに行こうとしたワタルを俺は呼び止めた。



「あ、俺が行きます。連れが一緒にいるはずなんで。そいつも、たぶんついてくるって言うと思います」



「なに?」とシンジが反応する。



「そいつ、強いか。協力してくれるかな」



 息子の俺はともかく一般プレイヤーのアンナにさえ期待してしまうほど切羽詰まった戦力状況であるのだと、父の様子からは伝わってきた。



 そんな状況にも関わらず俺に戦うななんて言ってけしかけ、戦闘を分析しつつ覚悟を計ったのだから恐ろしい策士だ。



「強い……と思う。援護系のスキルを使う、たぶん希少な存在だ。俺は巻き込みたくないけど……あいつが、もし協力したいって言うなら──」



「協力したいです」



 いつのまにか、背後に一人の少女が立っていた。傍らにはヒロキもいる。



「ベテルギウスに捕まってるのは、私の親友でもあります。今頃、どんな怖い目に遭っているか……。何か、何かしないと気がおかしくなりそうで」



 シンジの目がまん丸になっていた。俺の連れというのが少女だったことが意外だったのだろう。俺の首根っこを掴んで引き寄せ耳元で詰問される。



「おいお前、あの子俺でさえ知ってるぞ。ANNAじゃねえか。人気歌手じゃねえか。めちゃくちゃ可愛いじゃねえか。超イイ匂いするじゃねえか。お前あんな子がいるのに他の女に惚れてんのか。バカなのか」



「う、うるせえな。アンナとはそういうんじゃないし、俺の惚れた娘だって負けないくらい可愛いんだからな」



「ほう。それは是非とも拝まねばならんな。……で、どこまでやった?」



「死ねエロ親父!」



 軽くどついたつもりが、父は悲鳴を上げて大地に頭をめり込ませてしまった。驚くほどに弱っちい。これはスキンシップにも注意しなくてはうっかり殺してしまいかねない。



 父はほどなくして復活すると、泥まみれの顔を白衣で拭ってアンナに向き直った。



「息子がお世話になってます、父のシンジです」



「え、ええ、こちらこそ。アンナです……」



「ファンです」



「はい?」



「間違えました。さっきの話ですが、こちらとしても願ってもない話です。力を貸してください」



 爽やかに笑って右手を差し出す父に、アンナも喜んだ様子で握手を交わした。しかし、五秒を過ぎても父は手を離さない。それどころか離そうとするアンナの手を逆の手で包み込んでぶんぶん上下に振り回し始めた。



「大ファンです」



「いい加減にしろ!」



 またも地面に埋まり込む父親。ヒロキは笑い上戸だったようで腹を抱えてひいひい笑っている。



 心強い後ろ盾ができた安心感と、微かに見えてきた希望の光。そして父やアンナ達との穏やかな空間に身を置いて、俺もようやく笑うことができた。



 復活した父がポケットから転移玉を取り出す。俺達は父を取り囲むように位置取り、手を繋いだ。



 ここにいる全員が、仲間だ。



 きっと、ハルカを助けられる。



「転移、《レガリア》」



 父の詠唱と共に、視界が青白く発光した。

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