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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第一章《Utopia》
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対面

 父が俺の前に現れたのは本当にすぐだった。転移で来るものとばかり思っていたが、実際は玄関からの訪問だった。よくよく考えれば俺と父はフレンド関係ではないのだった。



 床を軋ませながら、難しい表情で姿を現した父を一瞥し、俺は腰を下ろしていたソファからそっと立ち上がる。



 細長いシルエットに、丈の長い白衣。黒髪の短髪の下から覗く双眸は少しばかり濁ったように思えた。随分やつれているようにも感じる。



 父に、それまでの、ヒロキとの会話の中でも見せていた傲慢で自信家然とした態度はもう無かった。むしろ、俺に怯えているようにさえ見える。



 彼の方から何か言うのを待ったが、シンジはいつまで立っても一定の距離を空けて佇むのみ。わき起こった奇妙な苛立ちを噛み殺しながら、俺はそっと口を開いた。



「……久しぶり」



 父は何も応えない。だが、ようやく俺の傍まで歩み寄ってきた。長身の父を、俺は見上げる格好である。



 数十秒の沈黙が続いた。俺は言葉を探しているわけではなかったが、言葉が見つからない、という心理状態だった。



 やがて、俺は前のめりに体重を傾けた。意識的ではきっとなかったと思う。



 父の胸の辺りに、額を押しつけて寄りかかる格好。父の身体が強張るのをじかに感じ取る。



「セツナ……お前、俺を殴らないのか……?」



 父の困惑した声音は始めて聞いた。どうやら父は、なんとも見当違いな心構えで俺の前にやって来たらしい。



 自然に乾いた笑いが漏れた。



「……バッカだなぁ。頭は良くてもそういうことは分かんねえのか」



「生憎だが、父親としての経験はほとんど無いんだ。大目に見てくれ」



 生真面目な口調に少しだけ救われたような色を滲ませて、父は言った。



 口に出すのも発狂ものだが、俺は本音を振り絞った。



「ずっと……会いたかったんだ。親父に、ずっと……最初からずっと」



 どこまでも不器用な父は、俺の言葉に露骨に硬直した。ぎしぎしと音を立てるような挙動で、ぎこちなく俺の背に両手を回した。



「母さんが死んだのは、もう知ってるか? 俺のせいだ。シュンも護れなかった。そして、やっとできた大切な人も……」



 堰が切れたように溢れ出した懺悔の言葉を、父の力強い抱擁がせき止めた。息が詰まり、次の瞬間に俺は声を上げて泣いた。



「よく、頑張った。本当にお前は……俺の自慢の息子だ」



 それまで全くと言って良いほど直接的な関わりがなかった男の一言で、こんなにも救われるとは俺自身不思議であった。



 父に認められた。それだけで満たされた気分になる。俺のユートピアでの生き方の全てが、報われたようだった。



「頼むから、自分を責めるな。全て、俺の責任なんだ。ベテルギウスのような奴らがこの世界に強引に侵入する可能性、そんなことさえあの時の俺には頭に無かったんだ。あまつさえ……俺は創り上げたシステムのセキュリティを過信した」



 痛ましいほどの悔しさを滲ませた父の言葉は震えていた。



「後悔したって始まらないのは分かってる。だが、どうしたって今回ばかりは俺の失態だ。それ以外は有り得ないんだ。そのせいでシュンを死なせ、マキを死なせ、多くの命を死なせ……お前に計り知れない苦悩を強いた。俺は殴られて当然、殺されて当然のクソ親父なんだよ……」



 父が俺に対して、これまで全くコンタクトをとってこなかった理由が今分かった。彼は俺に会うことを、恐れていたのだ。まして、会う資格は己には無いと思い込んでいた。



 ベテルギウスへの対抗策を弄すことに没頭することで、俺から逃避していたのだ。本当に、不器用な父親である。



「……なんにも、分かってねえんだなぁ……。俺は、俺はさ、今あんたの一言で、こんなに救われたってのに……」



 涙で喉を詰まらせながらも、俺はどうしようもない馬鹿親を愛しく思いながら言葉を繋ぐ。



「俺はこの世界が大好きだ。どんな理不尽が起きたって、俺はこの世界を呪ったことは一度だって無かった」



 ハルカはこの世界を憎んでいた。そう考える者も今となっては多かろう。



 だが、俺は断言する。後にも先にも、この世界に勝る発明は無い。父やワタル達、アルカディアによって創られたこの第二の地球ユートピアは断じて憎まれるべきものではない。



 この世界が無ければ俺はケントとも、ハルカともアンナとも出会うことはできなかった。この世界を否定する感情は一度として抱いたことが無い。



 そして。



「親父を恨む気持ちが過ぎったことなんて、ほんの一秒だって無いんだよ……。だから、そんな似合わないマネすんなよ……」



 父が泣いているのは、声を聞けば分かった。



「……何よりの、言葉だ……!」



 俺を抱く力が強くなったと思ったら、父は子どものように声を上げて泣き出してしまった。



 それからおよそ十分後。行儀の悪いことにローテーブルに腰掛けて、俺と向かい合う父の顔は決まり悪そうだった。



 自分の感情に素直になるだけに留まらず、涙さえ流したことはガラでもなかったと自覚したのだろう。俺自身、先までのやり取りは小っ恥ずかしくて思い出すのも発狂ものである。



「ま、まあ、あれだな。なんつーか、セツナ。あー…………大きくなったな……?」



「なんで疑問系なんだよ。それに、容姿登録したまんま身長は変わってないと思うんだが」



「う、うっせえな、こんな時に父親がなんて言うのが正解なのか分かんねえんだよ」



 いい歳のおっさんが頬を染めて目を背けるなど見ていて忍びないとも思うが、掴み所のなかった父の意外な人間らしさに新鮮味を覚えてもいた。



「と、ともかくだ。俺を呼び出したからにはそれなりの理由があるんだろうな。俺は忙しいんだ」



 体裁を取り繕うための精一杯の強がりなのだろう。つくづく、面白い男だと思う。自然に頬が緩むのを感じる。



 今まで可愛がられていなかった分を取り戻すかのように、つい、イタズラ心が疼く。



「用なんて……大したものじゃないんだ。会いたいだけで呼び出しちゃ、迷惑だったか?」



「……あまり父親をからかうもんじゃねえぞ」



 その手に乗るかとばかりに顔をしかめて吐き捨てる父親は、それこそ俺の思う壺なのだ。



「悪かったよ、でも本心だ」



「……ふん」



 息子の素直な感情表現への耐性など皆無な父は、唸るだけで何も言わなくなった。まったくもって爽快だ。



「冗談はさておき」と言って目をそらした俺に父は盛大にずっこけるが、目の色を変えた俺の雰囲気を察したのか真面目な顔つきになった。



「本題だ。俺の大切な人が二人、ベテルギウスの手に渡ってしまった。親父の……アルカディアの力を貸して欲しい」



「お前の……大切な、人」



 何か感慨深そうに繰り返し呟く。俺は頷いて、口を開いた。



「一人はこの世界でできた親友。もう一人は俺が初めて愛した女性ヒトだ。ガキが何をと思うかもしれないが、彼女を本気で愛している。どうしても、助けたい……でも俺じゃ、片方だって救えないんだ……」



 随分気分を落ち着かせてから打ち明けたというのに、握り拳が無意識に固められていた。思い出すだけで、自分の無力さに虫酸が走る。



 父は難しい顔で腕を組んだ。何を考えているのかは、皮肉にも関わりの浅い俺には理解及ばない。



「……お前は、戦いたいのか? 殺戮のプロ集団を相手に、お前は立ち向かう覚悟があるのか?」



 試すような口調では無かった。それはやめてくれという懇願だった。



「セツナ、お前に刀を与えたことは俺の過失だ。この世界の主人公になって欲しい──その願いがお前を苦しめた。システムが死神に乗っ取られた後でさえ、お前は戦うことを選んだ」



「シュンを殺した奴らが許せなかった」



「ああ、お前は勇敢だ。だがその何倍も無謀だ。いいか、よく聞け。これは子どもが出しゃばって良いヤマじゃないんだ。敵の大きさを見誤るな」



「……それでも、俺は」



「お前の強さを見くびっているつもりは無い。セントタウンからここまで生きて旅を続けているだけでもその証明になる。だが断言するぞ。ベテルギウスを相手に戦えば、お前は確実に死ぬ」



 冷たく放たれた言葉の裏に、父の願いが込められていた。父は死んでほしくないとも、戦うのをやめてくれとも言わなかったが、俺には不器用な彼の本心が手に取るように分かった。



「ベテルギウスならアルカディアにとって最大の敵だ。お前に言われなくたってぶっ潰すさ。その親友と恋人とやらも任せておけ、アルカディアが必ず助ける。だから──」



 顔を上げた父は、黒曜石の瞳を真っ直ぐ俺に向けた。



「もう、ゆっくり休め。お前は十分以上に良くやったよ」



 それは堪え難い無力感だった。今、俺は戦力外通告を受けたも同然なのだ。唇を噛み締めることしかできず、情けなく立ち尽くした。



「……だったら」



 俺は歯を食いしばり、拳を爪が食い込むほどに握り、そして目を見開いた。



「俺が使えるって……戦力になるって……──絶対に、死なないって、証明してやるッ!!」



 内に煮えるような力の塊を感じる。力強い父の瞳に映る俺の瞳は、蒼く燃えていた。



「表に出ろ、親父!」



「……良い度胸だ、バカ息子」

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