竜の乗り手
「問題は、どうやって親父に会うかだ」
俺の言葉が引っかかったのだろう。アンナがきょとんとして小首を傾げる。桃色の毛束がひらりと揺れた。
「え、どういうこと?」
「あー……親父の居場所、知らないんだよなぁ」
アンナは俺の苦い告白に心底驚いていた。
「えぇ!? 実の親子でしょ!? フレンド登録もしてないなんて……」
「とんでもない自由人だからな」
「その親あってこの子ありってことか……」
合点が言ったというようにアンナが溜め息を吐いたが、失礼な言葉が聞こえた気がした。
「……知り合いの研究員に会わせてくれとは一度言ったんだが、渋られた」
「知り合いの研究員、か。私にも一人、心当たりがないこともないけど」
予想外な発言が飛び出した。アンナは曖昧な記憶を辿るように眉根を寄せながらぽつぽつと語り出した。
「えーとあれは確か……そう、丁度二週間前くらいかな。デザーティアの南西にある《マンダ広原》を馬車で横断してたの。そしたら途中、ヤバいモンスターに襲われてさ」
「ヤバいモンスター?」
アンナは引きつった笑いと共にとんでもない名を口にした。
「ドラゴン。褐色の鱗の飛竜だったなぁ。たぶん十五メートル級。後から聞いた話、小型な方らしかったけど」
ドラゴン。竜。それはファンタジーの中でも最強の種にカテゴライズされる。天災や魔神のような捉え方をされている物語も枚挙に暇がない。
そんな恐ろしい存在が平和な旅路に突如立ちはだかったというのは身の毛もよだつ話だ。何しろこのゲームのグラフィックデザインは度を超えて精緻。ログイン初日は底辺Mobの猿にさえ俺はあまりの見た目の醜悪さに腰を抜かしたのだ。
「よく生きてたな……」
「そこが問題なのよ。私が助かった理由は、危ないところを助けてくれた人がいたからなんだけど……その人が、アルカディアの研究員」
「なるほど」
俺は納得した。ワタルに聞いた話によれば、あの日以来フィールドに放たれた凶悪な新モンスターや、ベテルギウスを始めとする悪意あるプレイヤーから人々を護るため、研究員の中でも腕の立つ者が数名、世界中を飛び回っているということだった。
アンナをドラゴンから助けたというヒーローもその口だろう。しかしアンナの苦笑を見るに、どうにも少し違うようだ。
「その研究員さん、どうやって私を助けたと思う? 自分も同じぐらいのサイズのドラゴンを召還して戦わせたんだよ!? もう私意味が分からなくて、夢かと思ってしばらく目が点になってたんだから!」
「召還って……」
「ホントなんだってば! 名前を呼んだら急にその人の後ろがピカーッって光って、その光の中から真っ赤なドラゴンがガオーッって!」
思い出すだけで興奮が揺り戻ってきたようで、アンナは鼻息荒くその滅茶苦茶な状況を説明する。
モンスターの召喚。それはゲーム内の概念の話であれば新しいものではない。王道ファンタジーゲームであるこの世界でも可能である。俺の知る限り、手懐けと呼ばれる技術を使えば。
専用の餌アイテムとスキルを併用すれば、低確率でモンスターを自ら使役することができるようになる、という夢のような話である。テイムしたいモンスターのHPを減らしていればいるほど確率が上がるため、俺の【峰打ち】はそれに重宝する。
最も、例えば騎馬職や召還士というようなジョブのジョブスキルが無ければ叶わない。ライダーならば野生の馬が、テイマーならば小動物系のモンスターが、といったように、ジョブによってそれぞれ対応するモンスターの系統が設定されている。
ちなみに俺は、テイムに成功したプレイヤーには一度も会った経験が無い。
そしてドラゴンなどという規格外のモンスターを手懐けるなんてふざけたジョブは、勿論ついぞ聞いたためしがない。
「彼は結局そのドラゴンもテイムしちゃって、私を助けたわけなんだけど。その人なんて言ったと思う? 『あれ、こんなところに人がいたのか。危ないなぁ君』だよ! その人ドラゴン捕まえることしか頭になかったんだから!」
ぷんぷん怒るアンナ。それならばその男は人々を助けるために駆け回っているアルカディアの戦闘員とは少し勝手が違うように思える。アンナがその人を俺のように《英雄》と呼ばないのもそういう了見か。
「その人のジョブは《ドラゴンライダー》。竜の乗り手。やっぱ研究員ってのは持ってるものが違うよねえ」
アンナのひがみ半分の言葉には全く同意する。
研究員と言うとどうにも肉体労働の苦手なインテリを想起してしまいがちだが、忘れてはならないのがこの世界が異世界ではなく仮想世界であるという点である。
ゲームの中。それはつまり、制作者であるアルカディア研究員にとって土俵中の土俵。多少ゲームマニアであるというだけの俺を高校球児とするなら、彼らはさしずめメジャーリーガーである。
実際、この世界での戦闘には《コツ》が存在する。システムという強力なアシストがある以上、実際に体を動かすセンスとレベル的数値両方を兼ね備えた者でさえ研究員には及ばない。
ゲームのルールを表も裏も完全熟知し、膨大な試行回数のテストプレイによって一般プレイヤーとは比較にならないプレイ時間を経験している彼らは、正当な勝負なら恐らくこの世界に敵はいない。
更にジョブの解放条件さえ勿論知り尽くしているのだから、俺達が聞いたこともないようなレア職業にあっさりとついていたりする。俺が彼らの力を借りたいと思った大きな理由は、それだ。
アルカディアの協力が得られれば、ハルカ奪還の未来も明るいと信じている。信じるしか、今の俺にはできることが無い。
「その人とはフレンド登録してるんだ。私が猛アプローチしたからね。仲良くしとけば、もしかしたらドラゴンの背中に乗っけてくれるかもしれないじゃん?」
「不純な動機だな」
「ひがまないひがまない。その時はセツナも誘ってあげるわよ、尻尾の先っちょの方譲ったげる」
「落ちちゃうだろ」
軽口を交わす間にも、アンナは俺には不可視のパネルを操作してフレンド一覧画面をスクロールしている様子だった。
その指の動きから、かなりの人脈の広さが推測された。フレンド上限は千人だが、恐らくその天井に迫る数値だろう。世界中を旅していたアグレッシブさに加えて周囲に壁を作らないフレンドリーさ。俺も見習いたいものである。
「あ、みっけ。ヒロキさんっていうの。この人に、セツナのお父さんの居場所を尋ねてみようと思う」
スピーカーモードにしたウィンドウからコール音が響く。辛抱強く待っていると、とうとう応答があった。
『……もしもし?』
怪訝そうな声は、予想より若い。親父と近い年を想像していたが、どうやらむしろワタルの方に近いようだ。
「あ、私だよ私! 覚えてるよね!」
『………………えっと、どちら様でしょうか?』
アンナの笑顔がぴしりと凍り付いた。俺自身、こんな可愛い子に連絡先をせがまれるなんて経験をしたなら一生忘れられない自信がある。加えてアンナは日本のトップアイドルだ。この研究員気は確かか。
「ちょっと前、ドラゴンに襲われたところを助けてもらった者ですけど!」
『…………あ、あのしつこかった子か。あーはいはい思い出した』
俺はほとんど感動のていでコール画面の向こう側の声を聞いていた。アンナをここまで雑に扱う男は世界を捜してもこいつぐらいだろう。
「きょ、今日お電話したのはですね、一つお願いがあるからなんですけど」
引きつった声でなんとか絞り出したアンナ。アンナにとって無関心とは最も慣れない態度に違いない。
『えぇ? 無理だよこっちだって忙しいんだから。助けてもらった相手に更にお願いって、君なかなか厚かましいな……』
ブツリ。ツー、ツー。
コールは切断された。俺は希望が絶たれたショックよりもむしろ目前のことに驚愕していた。相手はあの、アンナだというのに。
「……セツナ」
「ど、どうした?」
険しい表情を俺に向けたアンナに、一歩後ずさる。アンナはつかつかと距離を詰めてくる。凄まじい威圧感だ。
身構える俺の肩に、華奢な腕が勢い良く回された。そのままぐいっと引っ張られ、意味も分からぬまま俺とアンナは頬がくっつき合うほどに接近する。
「え、おい?」
肩を組まれた状態の俺は困惑の絶頂にあった。これは八つ当たりのヘッドロックなのだろうか。
「動かないで。近くにいないと一緒に連れてけないんだから」
目の据わったアンナが逆の手で握り潰さんばかりに掲げたのは、眩く光る転移玉だった。
「転移!」
マップの一箇所を叩き潰すように押して座標を指定したアンナの詠唱により、俺達は転移を開始した。




