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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第一章《Utopia》
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喪失



 虚無感だけが残った。



 転移のサウンドエフェクトの残響が途切れたキノ村の中心で、冷夏の風が砂塵を切り払った。晴れた視界に映るものは何一つない。漆黒の空が覆う世界で無様に立ち尽くす俺がいるのみだ。



 ケントも、突然現れた五人のベテルギウスも、ハルカも。全員が青い光と共に目の前から消失し、その場に俺だけが残された。伸ばしかけた手も、行き場を失った。



「……おい」



 全てが消えた一点を焦げるように凝視するも、そこにはもうハルカがいた痕跡さえ残されていない。するりと芯が抜き取られたように力が入らなくなり、俺は膝を折って崩れ落ちた。



 なぜだ。なぜだ。なぜだなぜだなぜだ。



 俺は確かにベテルギウスに囲まれていた。あの状況からハルカが俺を救うことは不可能だったはずだ。



 なのに俺は、護るはずの彼女に護られた。不思議な力によって俺とハルカの位置が入れ替わり、ハルカは俺の身代わりにベテルギウスのアジトへ──



「あ……ァァァァァァァアッ!!!!」



 握った右手を地面に叩き付け、俺は声を嗄らさんばかりに泣いた。無力、役立たず、口だけ野郎、人でなし。あらゆる悪罵が脳内を渦巻いて俺を攻撃する。



 脳の血管がブチブチと音を立てて引き千切られる。全力以上を絞り出してもケントに手も足も出なかった、あの惨めな戦いの記憶が頭の中で繰り返される。



 空中でケントに打ち落とされ、トドメを刺されかけた時に助けてくれたのはハルカだった。本来なら絶対に有り得ない、スキル発動中のシステム規定外行動によって俺を救出した。



 俺に、俺に強さがあったなら。



 ケントを圧倒し、あれだけの人数のベテルギウスを前にしてなおハルカを護り通す力があれば。



 ザガン、ベテルギウス、それらに対する憎悪は圧倒的な別の憎悪によって掻き消された。それは俺自身に向けられた、百度殺しても生温いというまでの強烈な自己嫌悪。



 復讐をやめる、なんて甘いことを言って旅行気分でこんなところに来て、ベテルギウス達の急襲をハルカ一人に対処させただけに留まらず、弱いくせにヒーローぶって村にのこのこ首を突っ込んだ。



 俺はどうしようもなく醜い。こんなことなら村人全員を──ジグ達を見捨てて転移で帰っていれば良かったと心から思っている。



 それは余計に自分自身への暴力衝動に拍車をかけ、俺はすんでの所で刀を腹に刺すところだった。背後で、息を切らせながら俺を呼ぶ声を聞かなければきっとそうしていた。



「セツナ! ……セツナ?」



 振り返らなくても、今こんな俺に声をかけてくれる存在はアンナだけだった。地につけた手を握り込むと、爪に湿った砂が入り込んだ。



「……どう、したの? ハルカはどこ?」



 俺は振り返らないのではない、振り返ることができなかった。俺を庇ってハルカが奴らに連れて行かれてしまった──そんなこと、そんな情けないことを俺はどんな顔でアンナに伝えられる?



 この場に後一秒でも留まることを全細胞が拒絶していた。すぐにでも自室に転移して、分厚い布団にくるまって塞ぎ込んでしまいたい。



 シュンを護れなかったあの時、俺は復讐のために強くなったつもりだった。しかしその代償として、母の窮地に参じることができなかった。



 だが、今の悔しさはその比ではない。俺が全てを犠牲にして得たはずの、仇を殺すための強さがまったくと言っていいほど通用せず、護りたかった存在に結局助けられたのだ。こんな時に支えてくれるはずのケントは、俺に剥き出しの殺意を向けた。



 全てを失った。自信も後ろ盾も最愛の人も親友も。俺の選択は何もかもが間違いだった。



 復讐をやめたのはハルカを護るためだったんじゃないのか。ならなんで俺は今日、ハルカよりも見ず知らずの村人を優先した。



 簡単だ。俺は単に気持ち良かったのだ。半端な強さを振りかざしてチンピラを撃退し、助けたアンナに英雄と呼ばれたことが。



 ジグに兄と呼ばれ、ジグの父親に頭を下げられ、感謝され憧れられることが。そしてムカつくベテルギウスを殺すことが──快感だったのだ。



 ゲイルやトモヤに力の差を見せつけられてから、俺はただの一つもレベルを上げていないのに。俺は勝手に強くなった気になっていた。俺とハルカがいれば何もかも上手くいくと本気で信じ込んでいた。その結果失ったものはなんだ。俺が本当に護るべきだったたった一つの存在だ。



 ──俺は……俺は……!



「救えねえ馬鹿野郎だ……っ!!」



「セツナ!」



 俺を叱る母を思い出すような力強い声だった。自然と背筋が伸び、涙が引っ込む。



 何一つ説明していないはずなのに、アンナは状況を正確に把握していた。それほどまでに俺は分かりやすく落ち込んでいたのだ。



「自分を責める時間があったら頭動かしなさいよ! 今セツナが無駄にした数分で、何匹のメタルが狩れると思ってるの! そんな暇、一秒だって無いんだから!」



 メタルとは《メタルタートル》の略で、知られている中で最も経験値効率の良いモンスターの名称だ。光沢のある金属の甲羅を背負ったチャーミングなデザインのカメ型モンスターである。



 もっとも、その存在は俺やアンナのようなレベル上げに積極的な、非常に奇特なプレイヤーにしか知られておらず、奴らが多く生息する穴場的スポットも仲間内でのみ厳重に秘匿されるのが通常だ。



「君は、私の英雄なんだから。君は間違いなくこの世界で最強の一般プレイヤーなんだよ。世界中を旅してきた私が言うんだから間違いない。そんな君とハルカでも歯が立たなかった相手なら、もっと強くなって倒すしかないじゃん」



 どこまでも強い青い瞳に見つめられ、俺はそらすことができなかった。



「私の知ってるとっておきの穴場を教えたげる。そこで一緒にレベル上げだ! さあ、くよくよしてる時間が勿体ないぞ? ほら、行くよ!」



 痛々しいまでの、空元気。その強さのメッキは今にも剥がれ落ちてしまいそうだ。



 アンナも、俺とケントの空中戦を見たことだろう。紅と蒼にそれぞれ発光する俺達は非常に目立ったはずだ。ケントがどれだけ遠い世界にいるのか、それは遠くから見ただけで十分すぎるほど分かる。



 無理だ。俺がレベルを十、二十、いや、五十上げたところでケントには及ばない。まして敵の数は三百人を超え、ケントの向こうにはケントさえ服従させるソーマがいる。



 そいつら全員を相手にハルカを救出するのに、俺はいったいレベルをいくつにすれば良い? 仮に最高の効率を誇る穴場を独占して不眠不休のレベリングを続けたとして、何年続ければハルカは帰ってくるんだ。



 無理だ。そもそもそんなに長い間ハルカをベテルギウスの所に置いておくなんてできない。今すぐ暗黒海に飛び込んで、腕の一本だけでも向こう側の岸にたどり着くように尽くした方がよほど報われる。



 俺はアンナの言葉を否定すべく顔を上げた。



 しかし。



 彼女の顔つきを見た途端、言いかけた言葉全てが飲み込まれた。



 それは俺を叱ってくれる母の顔では無かった。傷付き、押しつぶされそうになりながらもなお、この救いようのない現状をどうにかして欲しいという──縋るような、弱々しい妹のような顔がそこにあった。



 揺れる海のような瞳は今にも泣き出しそうで。そんな状態なのにアンナは俺を叱ってくれた。



 俺を英雄などと呼んでくれる少女。彼女のお陰で俺は、この村の人達を残さず救うことができた。それは、エゴでしかなかった復讐の旅が確かに誰かを救ったということだった。



 アンナが、俺が間違いだったと断じた選択に意味を与えてくれた。そしてこれからも与えてくれようとしている。



 その力を、今度は大切な人を助けるために使えと。



「……アンナ」



「ん?」



「ありがとう……アンナがいなかったら、俺、馬鹿なこと考えてたかもしれない。だから…………こんな俺を、まだ頼ってくれて、本当にありがとう」



 滑り出た本心の言葉。アンナは「もう」と呆れたように笑って俺の額を小突いた。



「手のかかるヒーローなんだから。意思が固まったんならさっさと行くよ! ほんと、とっておきの穴場なんだから!」



 俺はそれに、強く首を振った。



「いや、メタル狩りはしない」



「え? 何言ってるのよ、今のままでハルカを助けられるわけないじゃん! 焦る気持ちは分かるけどさ、死んじゃったら何もかも……」



「そうじゃない。確かに数秒前まで死に急ぐつもりだったけどな、気が変わった」



 前を向いたら、これからどうするべきかは見えてきた。今一番しなくてはならないこと。



「親父に会いに行く」



 アンナの目が丸くなる。



「セツナのお父さんって…………確か、研究員さんだっけ?」



「ああ。アルカディアの力を借りるんだ。頼れるものには全部頼って、使えるものは全部使って、俺の全部であいつらと闘う。……かっこ悪いヒーローだろ?」



 自虐的な笑みにアンナはしばし沈黙していたが、やがて薄く笑って首を横に振った。



「超カッコいいよ、それ」



「お……おう、予想外な高評価だ」



「照れちゃって!」



 分かっている。お互い、哀しい空元気だってことぐらい。それでも今は泣くときではないと、アンナが教えてくれたから。

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