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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第一章《Utopia》
63/167

惨敗



 ハルカも、恐らくアンナも、村人達の救援作業にはまったく集中できていなかった。



 ほとんどをセツナが残した分身達に任せ、自分達も表面的には村人達の崩壊した精神にも届くように言葉を尽くしたが、意識はずっと、激しい戦闘音こだまする崩壊した旅館の方角に向いていた。



「早く逃げなさい!」



 最後の一組は一人暮らしの男だった。娘をベテルギウスに連れて行かれたと訴え、助けに行くといって聞かない男にハルカの声は荒くなった。



 一刻も早くセツナの元に駆けつけたかった。はやる気持ちがハルカを焦らせ、男に向ける優しさを怠った。



「あなたの娘は必ず私が助ける! あなたがいても足手纏いなの! だから、お願い……!」



「ハルカ、もうその辺で」



 傍らのアンナがハルカに代わって男を宥め始めた。アンナが追い抜き際、掠れる声で言った。



 ──行ってあげて。



 ハルカは礼を言うのももどかしく地面を蹴った。矢のような速度でセツナとその敵との距離を中程まで詰めた、直後だった。



 上空から赤色と青色の隕石が一直線に墜落し、数十メートルの高さまで土煙を巻き上げた。蒼い方の光はセツナだと確信する。



「セツナ……!」



 ハルカは【シックスセンス】でセツナが闘っている相手を初めて感知したとき、心から震えた。あまりに化け物でありすぎて、その驚異度をレベルで表すことさえできなかったのだ。



 村に入って最初に発動したときはそんな圧倒的存在には気づかなかった。その時にはまだいなかったのか、力を抑えていたのか、それとも感知されないようなスキルでも使っていたのか。



 あの時に旅館にいたベテルギウスが全員既に抜剣状態だったのは彼らが同胞の死に気づけなかったことから明らかだから、後の二つの線が色濃い。



 巻き上がる砂塵の奥、ハルカには見えている。【シックスセンス】の熟練度が上がったことで、スキル発動中ハルカは例え暗闇の中でも白煙の中でも、砂煙の中でも周囲にある生命体の反応がぼんやり見えるのだ。



 それによってこの村の門を潜る際、ベテルギウス達の包囲に前もって気づけたわけだが──



 ハルカの視界に映る、紗のかかったような二つの人影。一つは得体の知れない力を強烈に纏った怪物。レベルはやはり測定不能。



 少なくとも、ハルカが十人束になっても勝てないことは確かだった。



 それでもハルカは足を止めない。そんな怪物が相手なら、尚更放っておけないに決まっている。



 ハルカに見えているもう一つの生命体。怪物の足下で這いつくばる弱り切ったそれは、もうそこらのゴブリンと変わらない危険度だ。戦意を完全に喪失し死を待つだけの心理状態に陥っている。



 ハルカを幾度となくその淵から救い出した、ハルカの知る中で最も強い人間である彼が。



 距離、残り十メートル。鋭敏になった感覚は化け物の声をはっきり捉える。



「さようなら、セツナ」



 その声を聞いた途端、恐怖なんて跡形もなく吹き飛んだ。



 腰の剣を抜き放ち、ハルカは【イグナイトドライブ】を放った。一条の閃光となって化け物に向かって臆すことなく突進する。砂塵を切り裂いて突っ込んだ先には、恐ろしいほどに整った顔の少年が驚いた様子で立っていた。



「わお、速い」



 言葉とは裏腹に難なく体を反らして、少年はハルカ渾身の突進スキルを躱した。しかしハルカは強烈な意思によってスキル発動中にも関わらず僅かに左手を動かし、地面に転がるセツナの襟を掴んで救出に成功した。



「あ、やられちゃった。……へえ、バットマンが言ってたハルカさんか」



 頭上のプレイヤーネームを確認したらしい少年は、何とも不気味な美しさを持つ赤色の電流を纏っている。セツナの蒼い炎に共通するところのある、美しく恐ろしい輝き。



「転移──」



「やらせるわけないじゃん」



 にっこり不気味に笑った少年の顔が至近距離に迫っていた。ポケットに手を突っ込んだまま転移玉を握り、小声で詠唱しようとしたハルカの全てを見透かすような声。



 彼の電気を纏った長い人差し指が、ハルカの首筋に添えられていた。



 転移は、周囲三メートル以内にいるプレイヤーを共に連れて行くことができる。セツナを自分の背に護るように回し、右手で剣を握り左手を転移玉を忍ばせたスカートのポケットに突っ込んだ状態のハルカ。



 後は詠唱を終えるだけで安全な場所まで移動することができたのに。少しでも身動きすれば、この少年の指がハルカの急所ポイントを掻き切るだろう。



 装備は完全武装状態に戻してあるが、ハルカにはこの状況を打開するスキルを保有したレアな装備は持っていない。ジョブスキルもこの少年に一矢報いることはできたとしても、なまじ怒りを買うだけだ。



 即ち、ハルカがここでとるべき行動は決まっていた。



「どうすれば、セツナを見逃してくれる?」



 真っ直ぐ彼の紫色の瞳を見つめる。少年──ケントはしばらく意外そうに目を丸くしていた。



「そんなゴミを庇いたがる神経は疑わしいけど……逞しい女だね。セツナはもう立てないし、今度は君と遊ぼうかな」



 ふわり、と電流が失せた。逆立っていた緋色の髪はストンと落ちて金髪に。瞳は濁った青色に。西洋人形のような顔の造作だが名前を見るに日本人だ。



 それに、その名前。ケントという名前。聞き覚えがある。



「あなた、セツナのお友達じゃないの?」



 酒場で酔ったセツナが言っていた。親友を斬って旅に出たと。それを今は、すごく後悔していると。



 彼の口から出たケントという名。その名を口にするセツナの顔は、昔を懐かしむように穏やかに緩んでいた。



「俺が、こいつと? ……そんな時もあったかもね」



「そう……。私ならいくらでも遊び相手になってあげる。だからセツナから手を引いて」



「泣かせるねぇ。おいいいのかよセツナァ、女の子に護られちゃって情けないんだ」



 ハルカはケントの言葉を黙殺し、ポケットから手を出して立ち上がった。体の震えを抑え込み、右手で細剣を構える。



「良い構えだ。それに、綺麗だ」



 細剣を握る手に力が籠もる。紅い電気が収まった途端ケントの危険度が大きく低下した。それでもレベルで言う130は固く、それはハルカの倍近い数値だった。



 実際のところ、ケントのレベルが130越えだとは限らない。【シックスセンス】のスカウティングはあくまで直感した危険度でありあらゆる要素で上下しうる。



 極端な話、ケントはレベルこそ100に及ばないものの、現実の身体能力及び戦闘センスが常軌を逸しているという可能性もある。それを加味した危険度が130という概数になるのだ。



 相対したケントの様子を見るに、後者の方である可能性が高いように思えてくる。それほどまでに──隙が、無い。



 武器の構え方や扱い方はレベルが上がろうが筋力が上がろうが頭に入るわけではない。システムが教えてくれるわけでもない。それこそがセンスというもの、もしくはこの世界で後天的に習得した武というものだ。



 勝てる気は全く起きないが、やるしかない。意を決して突き込もうとしたハルカの索敵範囲に、新たにおぞましい反応がいくつも侵入した。



「うっ……!?」



 それは、ケントのすぐ背後。数は五つ。



「あら、もうお迎えか。もしかして俺がセツナを殺そうとしたの、ソーマ様感づいちゃったかな?」



 ケントの背後で五つの転移の光が弾けた。それが治まると、そこには新手のベテルギウスが五名。



 左から、推定レベル113、120、106、118、97──その、唯一100を下回っている男に目を移してハルカは言葉を失った。



 フードを被って顔も見えないのに、天啓に打たれたように体が硬直する。低身長に鼻が曲がるような異臭、フードの隙間から覗く黄色い歯と無精ひげ。一つは金歯で、二つが欠けている。



 浮かんだネーム、『Kaiji』──



「カイジッ!!!」



 理性がぶち壊れ、意識の監獄に閉じ込められる。右手右足が勝手に動いてカイジ目がけて突進を敢行しようとする。それを止めたのはケントだった。ハルカの右手首を掴んで離さない。



「カイジ、君この娘に何したの? えらく殺気立っちゃってるけど」



「えぇぇ? あー、んー……分かんねえ! ヒハハハハハハ!!」



 何が可笑しいのか、声帯がぶち壊れたような甲高い声でがらがら笑うカイジ。久方ぶりに聞く肉声は、ハルカの暴力衝動を天井知らずに跳ね上げさせる。



 殺したい。今すぐに。今、母を護れなかった過去ごと精算するのだ。



「この手を離しなさい……」



 カイジ目がけて突き出した右手首はケントが握っていた。万力のような握力で締められびくともしない。この拘束さえなければ、一も二もなくハルカはカイジに飛びかかっているだろう。



「今離したら、君殺されちゃうよ?」



 ケントが苦笑する。カイジは動けないハルカの全身を何往復も舐め回すように見つめていたが、やがて窪んだギョロ目を剥いて諸手を打った。



「お、おおっ! 思い出したぜ俺は! あの時のカワイ子ちゃんだ! イイトコだったのに邪魔が入ってよぉ、やれなかったんだよなぁ……」



 よだれを垂らさんばかりに口角を変形させ、カイジは愉しげに身をよじらせる。身も毛もよだつような不快感を覚えてハルカはわなわな震える。



 カイジの隣、長身でメガネをかけた優男風の男がため息を漏らした。



「相変わらず下品な方だ」



「……あぁん? なんだよノートン、文句あんのかよ」



「三分前の命令も忘れる鳥頭に文句を垂れても仕方ありませんよ」



 ノートンと呼ばれた皮肉屋は冷めた口調でカイジをあしらう。占めて六人のベテルギウスがハルカの目の前に立ちはだかっているという状況だが、不思議と恐怖の類いは感じない。



 ただ、目前の仇敵に対する無尽蔵の憎悪を、抑えることに意識を集中させるのみだ。



「ソーマ様の命令は、セツナとハルカという人物を連れてくること。加えて、ハルカという人物には傷一つ付けてはいけないということ。これ三分前ですよ、言われたの。傷一つ付けずに何を可愛がるつもりですか?」



「…………あぁ、この子がそのハルカなのか!」



「そこから理解してなかったんですか……」



 心底軽蔑したように嘆息するノートンと、汚らわしく笑って誤魔化すカイジ。ケントが面倒くさいとばかりに頭を掻いて、



「コントはそこまでだ。ソーマ様の命令なら仕方ないね、まだ遊び足りない気分なんだけど。二人を連れて帰還しよう」



 背後で、セツナが小さく呻いた。HPを限界まで減らした彼は激しく咳き込みながら立ち上がろうとする。



 あれほどの高さから地面に突き落とされて、しかも恐らく頭を打ったはず。ハルカはただ、もう動かないでくれとだけ願った。傷付いた彼がなおも傷付こうとするところは、これ以上はとても見ていられない。



「……勝手に、話進めてんじゃねえよ…………」



 よろりと立ち上がり、そう呻いたセツナの目は虚ろだった。焦点の合っていない白濁した瞳。蒼炎も完全に鎮火している。



「お前らのリーダーが会いたがってるってんなら………連れてけよ、早く。けどな……ハルカは、ここに置いてけ」



 支えようとしたハルカを追い越し、セツナはケントの胸ぐらを掴んだ。ケントはあくまで冷たい眼差し。



「ハルカが用があるのはそこの、カイジって野郎だけなんだよ……ソーマのとこには、俺一人で行く……」



 ハルカの目から次々に涙が溢れ出した。セツナは復讐をやめると決めたのに。向こうがそれを許してくれない。ハルカを護るために、セツナが連れて行かれてしまう。



「おいおい、何好き勝手言ってくれちゃってんの」



 ケントはせせら笑ってセツナを突き飛ばす。よろめいたセツナをハルカが抱き止めた。



「今のこの状況分かってるかな? こっちは六人。その一人にだって君は手も足も出ないザコなんだよ。そんな奴がカッコつけて偉そうに言うなよ。選択権も拒否権も、ないんだよ」



 苛立ちを含んだ双眸がセツナを見下す。



「ケント。ハルカを所望しているのはソーマ様ではなくバットマンです。優先すべきはセツナの方かと。下手に抵抗されて死なれては我々がソーマ様に殺されてしまうかもしれない」



 ノートンがケントに一言付け加えた。ケントはふむ、と少しばかり黙考する素振りを見せた。やがて一つ頷く。



「あのいけ好かないコウモリ野郎の使いっ走りになった覚えはないしね。いいだろう、セツナ。ハルカちゃんだけは見逃してやる」



 いけない。ハルカは直感した。この流れは確実にマズい。



 話が最悪の方向に転がりつつあることに、気付いてはいた。セツナは安堵したように息を吐いて、頷く。



「ダメ!」



 ハルカは叫んだ。抵抗しないセツナをケントが引っ張って行き、ベテルギウスの輪の中に連れ込んでいく。



 私が、私が代わりに。ハルカの必死の懇願を遮って、別のベテルギウスが億劫げに口を開いた。頭上に浮かぶ名前は《Cobra》。



「どいつもこいつも……拒否権はねえって言ってんだろうが。ついて来たきゃ勝手について来いよ。もっと近くに寄れ、そうすりゃ転移で連れて行ける」



「駄目だハルカ……来るな」



 弱り切っているはずのセツナが、確かな強さで言葉を放った。ハルカは首を横に振る。



 あんな体で敵の本拠地ど真ん中に連れて行かれて、無事に帰ってこれるはずがない。確実に今が、二人の最後の瞬間になる。



 そんなの、絶対にダメだ。



「俺なら、大丈夫だハルカ。今、二人でここから無事に逃げる方法はどうしても思いつかない。だから……ごめんな」



 六人のベテルギウスの狭い輪の中に囚われたセツナが、隙間からこちらを振り向いた。ふる、ふるとハルカは首を横に振ることしかできない。



「ダメだよ……ダメ……」



「……ごめんな。本当に…………ごめんな……! 俺が弱いばっかりに、結局、お前の護り方を選べない……!! それでも、せめて護らせてくれ……頼む……」



 パン、と乾いた音が二人を遮った。ケントがうんざりと手を鳴らしたのだ。



「はいそこまで。感動的なやりとりをどうもありがとう、胸焼けがしたよ。『転移、鬼ヶ島』」



 ケントの詠唱に合わせて六人全員、そして中心のセツナを転移の効果光が包み込んだ。鬼ヶ島──ラスボスの地。途方も無く遠いところに、彼が行ってしまう。



 光が飽和する直前、ハルカは滂沱の涙を振りまきながら絶叫した。何に代えても、彼を行かせてはならないという使命感だった。



 目前を得体の知れない火花が散った。七色の燐光だった。視界が目まぐるしく変化し、内蔵がかき乱されるような違和感を覚える。転移の感覚と似ている。



 自らのSPが莫大量消費されたのを感じた時、ハルカは六人のベテルギウスの輪の中にいた。青い光の中、ケント達が目を剥いてハルカを見ていた。



「え……?」



 今までハルカが立っていたはずの場所に、ぽつんとセツナが佇んでいた。ハルカと目が合うなり、彼は必死の形相になってその手を伸ばす。



 混乱する中で、ハルカは安堵した。セツナに向けて笑う。



「ありがとう──さよなら」



 ハルカの名を呼ぶセツナの絶叫は、飽和した青い光によって完全に遮断された。

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