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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第一章《Utopia》
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蒼炎VS紅雷

 呻き声を上げて吹き飛んだケントは大地を滑りながら減速し、ごろんと地面に投げ出された。砂で煙る大の字になったケントの体は、ぴくりとも動かない。



「目、覚めたかよ……」



 母やハルカ達や父に向けて、殺すなんて言葉を平気で吐いた親友。それが俺にはどうしても許せなかった。相手がケントだからこそ、かつてないほど頭がカッとなった。



 未だに信じられなくて。なんだか悪い夢を見ているような感覚だ。



 ケントからの応答は、乾いた笑い声だった。悪役そのものの乾燥した音に、神経が震える。



「目が覚めたかって? そんなのとっくに覚めてるさ」



 ケントは思いきり殴ったはずの頬をさして痛がる様子も見せず、ゆらりと立ち上がった。不敵な笑みは少しも改められていなかった。



「人を斬るのがこんなに気持ちいいなんて知らなかったよ。取り分け、俺に親しげに近づいてくる奴をぶった切る感覚は最高だ」



 その言葉にとてつもないショックを受ける。何から何まで、俺の知っているケントの面影が残らず消滅している。



「本当は、君も早く斬り殺してやりたいんだけど……ソーマ様が君に会いたがっていてね」



「ソーマが……?」



「やっぱり面識あるんだ。ムカつくなぁ」



 ケントのこめかみに青筋が浮かぶ。瞳が凶暴に縮み、歪んだ口角の隙間から鋭い犬歯が覗いた。



「やっぱ殺そ。言い訳なんていくらでも浮かぶし」



「……上等だ。正気に戻るまで何度でも殴ってやるよ」



 俺は投げ捨てていた刀を拾い直し、素早く腰のポーチからピンク色の宝玉を取り出した。それを握力で砕くと、派手な感触と共にそれは粉砕し、無数の欠片へと姿を変える。



 アイテム名《治癒玉》。宝玉系アイテムの一種だ。効力はHP、SPの全快。



 ポーション類と違い呷る手間も無いし、何よりその効果が魅力だ。その分値は張るのだが、俺ぐらいのハイプレイヤーになれば手が出ない代物でもない。



 いい感じだ。炎が発動しているときはすべからく理性が奥深くに押しやられていた感覚があったが、今は煮えたぎる全神経の外で、頭がいい具合に冷えているのが分かる。



 悪くない集中状態だ。それに、さっきの感じだと、今ならケントの超身体能力にも互角以上に渡り合えている手応えがある。



 これまでのどのシチュエーションよりも明らかに動揺すべき今、ここまで脳の一部が落ち着いているのは、それだけこの炎の扱いに俺が慣れてきたということなのだろう。



 その名を唱えれば決められた動きがオートで繰り出されるスキルと違い、このオリジナルスキルは使用者のイメージ力が不可欠となる。俺がイメージしたように炎は顕現し、行動する。



 例えるなら、この炎を使うのは絵を描く感覚に似ている部分がある。絵は描いていけば上達していくもので、同様に炎の扱い方の幅を俺は少しずつ広げていっているのだろう。



 刀に炎を纏わせたり、拳に炎を集中させたり。まだまだやれることは多いと思われる。



 まずはケントを拘束する。そしてワタルのところへ連れて行こうと思う。原因不明の錯乱は、俺一人の手には余る。



 俺の数少ない信頼できる知人の中で最もケントの助けになりそうなのは、この世界の《心》を創り出したワタルだ。



「来いよ……ケント……!」



 全身が緊張でぐっと強張る。ここまで人が変わってしまったとは言え、外見はあの日の親友そのもの。殴るはともかく、とてもこの刀で斬るなんてことはできない。



「余裕だよねぇなんかさぁ。エレメント系のオリジナルスキルの恩恵の一つ、その身体能力の向上を過信してるんじゃない?」



「エレメント系……?」



「あれ、知らない? オリジナルスキルは大きく分けて三つに分類されるのさ。《超人サイコ系》、《亜人メタモル系》、そして《仙人エレメント系》」



 どこか自慢げに語るケントの話は初耳だった。オリジナルスキルなんてそもそも超が付くほどレアな能力で、手にしているのはほんの一握りのプレイヤーのみだから必然的に情報は流通しない。



 それをベテルギウス側が知り得ているのは恐ろしいことだ。奴らはその伝説級のスキルを、当たり前のように所持しているのかもしれない。



「エレメント系は大昔からのお約束、ど派手でど迫力な花形スキルだよ。そう、例えば君の蒼い炎とか──」



 その直後、俺はケントの自慢げな口調と、意味深な笑みの意味を悟った。




「俺の紅い雷とかね」




 数千の鳥の鳴き声のような甲高い音が大気中を走り抜けた。薄闇の視界が眩い閃光で弾け、ケントの周囲を夥しい量の電光が迸った。



 その雷電は、美しい深紅の光を放っていた。



 ケントの金髪が濃密な紅の光を受けて緋色に輝く。バチバチと断続的に空気の爆ぜる音が轟き、彼の大人しいヘアスタイルは剣山のように逆立つ。



 死んだ青い瞳は赤を帯びて、光を失ったような紫色に。ケントの無駄なく引き締まった全身を、ギザギザの紅い蛇がとぐろを巻くようにして纏わり付く。空気の悲鳴が一層甲高くなり、燃え盛るような紅蓮のオーラがケントを包んだ。



 その様は、まさしく今の俺の状態に酷似していた。炎を纏い、蒼を帯びる俺のアバター体と。



「【憤怒の紅雷ペイン・クリムゾン】。全六種あると言われているエレメント系オリジナルスキルの一つだ。君も含めて、あと四つはどんなのだろうね」



 ケントの言葉は殆ど俺の耳には入らなかった。なぜなら悟ってしまったから。



 ケントが俺と同種の力を持ち、今それを行使している。それが示す未来は──



「君は、『炎を発動した状態ならケントとも互角以上に渡り合える』、なんて余裕面してたけどさぁ。残念だったね」



 本能的に危険を感じ、全神経を目に集中──していたはずだった。それなのに。



 ケントが目の前で掻き消えた。俺にはそんな景色しか見えなかったのだ。



「ぐ……っ!?」



 直後、全身を先から先まで無数の針が貫くような激痛が走った。それも瞬間的にではなく、継続的にだ。



「ァァァァァァァァアッ!!!!」



「あれ? 電気マッサージは苦手だったかな」



 背後で愉快げなケントの声が聞こえた。腰の部分をケントの手のひらが潰さんとばかりに握り込んでいるのが分かる。炎の分厚い膜を突き破って、俺に電流を……



 今の絶望的な隙に、ケントはその気になればその刀で俺の急所を一突きにすることもできたはずだ。完全に、遊ばれている。



「く、そ……っ!」



 激痛に耐え、いやもしくは耐えきれなくなり、俺は身をよじり背後に向けて無理矢理刀を振り回した。途端、ケントの手が離れ電流による攻撃は免れる。



「くそぉぉぉぉッ!!!」



 恐慌していた俺の突進は無謀以外の何物の評価もできない。ケントの姿がまたしても一瞬で紅の残像を残して消失し、俺の蒼い一閃は虚しく虚空を両断する。一瞬遅れて蒼い炎が巨大な扇形に拡散し、十数メートル彼方の無人の集落を焼き切った。



 その様は、俺がこれまでより遙かにパワーアップしている、何よりの証明。それが俺を更に絶望させたのだ。



「あぐっ!」



 顎に軽い衝撃。懐に侵入を許していたことをようやく理解した。痛みは無いに等しい、加減された、人をおちょくるようなアッパーだった。



 それでも雷を帯びたことで稲妻の如き速度と化した一撃は、俺の体勢を僅かに上向かせる。



「バァカ」



 無防備となった腹に、凶暴な笑みを張り付けたケントの拳が叩き込まれた。その拳の軌道は、正真正銘まったく見えなかった。



「ヴ……ッ!!!?」



 網膜に映し出されるケントのしたり顔が白く点滅した。視界がホワイトアウトする。拳がめり込んでいるはずの腹にはもはや感覚が無い。



 一瞬後、バチィという電気の迸る音と共に俺は後方に素っ飛ばされた。背後に何があるのかさえ見えないまま吹き飛ばされる恐怖に、全身が硬直する。



「まぁだだよぉ!?」



 高速で飛翔する俺に併走する、紅い閃光。戦慄が走る。しかし俺に為す術などなかった。



 仰向けに飛んでいた俺の背中に、ケントの膝がみしゃりと入った。血を吐くような勢いでえずいた直後、高々と体が宙に打ち出される。



 ぐんぐん上昇していく体が重力を受けて減速していく恐怖。ようやく最高点に差し掛かり停止した時、胃の腑が浮き上がるような不快感が襲う。



「アッ……く、そ……ッ!!」



 真っ白な視界を何十回も瞬きすることで無理矢理正常に戻した俺は、今や遅しと真下に向き直った。ロケットみたく追随する紅い稲妻が至近距離に映る。



 考えることも、闘うことも、生きようとすることも投げ捨ててしまいたいと思えるほどの絶望的な力の差を見せつけられて、それでも俺は死ぬわけにはいかなかった。



 まだ、何一つ為していない。



「くおっ!」



 まだ覚束無い視界を切り拓くために目を見開き、有りっ丈のSPを絞り出すようにして蒼炎を拡大する。少しでも知覚の加速度を上げるため。



 周囲の動きが緩やかに見えるようになっても、俺の動きが速くなっているわけでは無い。加速しているのはあくまで、脳の情報処理速度なのだから。



 だが、それによって俺は思いつく。途切れそうな道を繋ぎ止める、見苦しい次の一手を。



 俺は空中で右足を真横に蹴った。俺の右足を覆う空色のブーツが光り輝き、蹴った空中に水面に一石を投じたような波紋を生じさせる。



 俺の体は地面と垂直に立つ透明な壁を蹴った。【二段ジャンプ】──勢い良く真横に押し退けられた俺の体を、ケントの光の矢のような突進が間一髪で掠めて通り過ぎる。



「ちっ、妙な装備を持ってるんだね」



 体を緩やかに旋回させながら自由落下する俺の上で、ようやくこちらも最高点に達したらしきケントが忌々しげに落下してくる。



 俺のように空中を蹴って移動するなんて芸当ができない以上、同じ加速度の上で落下しているケントが俺に追いつくことは一生ない。地面に着地するまでは俺を斬ることはできないだろう。



 この間に考えるんだ。体を少しでも癒しながら、ケントをどうやって打ち負かすのか。それを考える。



「はあ、このローブ予備ないんだけどな」



 上空で刀を構えるケントが、そんなことを呟いた直後だった。



 ケントの背中から突如二対の黒い影が真横に伸びた。絶句する俺をよそにその影は力強くしなり、ケントの体を舞い上がらせる。



 それは、まるで巨大な鴉の羽根だった。艶やかな漆黒の羽毛が生え揃った重厚な翼。纏っていたボロボロのローブを内側から破るようにして出現したそれをはためかせ、ホバリングするケント。



 裂けたローブは強風によって吹き飛ばされ、その下が露わになった。吸血鬼を思わせる濃紺のコートに分厚いレザーのグリーブ。夜空に浮かぶ満月を背に、悪魔のような姿を美しく舞わせる。



 コートは薄く白いライトエフェクトを帯びていた。──胴装備の、装備スキル……!?



「【常闇の翼】。この《常闇の套衣》の装備スキルさ。空中戦だって、君に勝機はない」



 ケントは嘲笑し、頭を一気に真下に持っていった。次いで一度力強く翼をはためかせる。



 まるで海の中で勢い良く水を掻いたように、紅い電気を帯びたケントがぐん、と急加速した。



「くっ!」



 俺は刀を前に出すことでケントの突きを受け止めた。凄まじい衝撃が両腕を伝って全身を駆け抜ける。電気が、刀身から流れ込んでいるのだ。



 伝導するエネルギー。しかもその速度は炎が木に燃え移るのとはワケが違う。相手が、悪すぎる──



 何もかもを手放した俺は、蒼と紅の混じり合った光を引きながら隕石のように墜落した。

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