支配された村
アンナに手を引かれるまま、俺達は最初の民家を訪ねた。藁葺きの屋根。質素な造りの平屋だ。不動産で最安価の物件だろう。この村にはそんな家がほとんどだ。
部屋から灯りは漏れてこない。どこまでも、静か。玄関先で立ち止まった俺達はその異様さに息を呑んだ。夏の夜特有の不気味さも相まって、何か悪い夢を見ているかのような感覚になる。
とても中に人が住んでいるとは思えない閑寂たる様相だが、ハルカは【シックスセンス】でこの中に人がいると確信していたのか、最初に玄関扉に手をかけた。華奢な手が扉を軽く叩く。
造りがボロだからか、ドンドンと存外派手な音がした。応答はない……が、中の住人が身を固くしたような気配を感じた。
「ごめんください」
ハルカの呼びかけにも返事はない。ハルカが俺に、指示を仰ぐような顔を向ける。俺は一つ頷いて、ハルカの代わりに前に出た。
「入りますよ」
それまで、プレイヤーホームとは登録者以外何人たりとも絶対不可侵の聖域とされていた。それまでとは、即ちシステムがジャックされたあの日までだ。
あの日以降、家の施錠は意味を為さなくなった。悪意ある者の侵入を阻むシステムはベテルギウス達によって撤廃され、人々はいつ家に誰が上がってくるかも分からない恐怖に怯えて毎晩を過ごしている。
スライド式の木製扉。その取っ手部分に手をかけてゆっくり左に引く。がつん、と堅い手応えがして扉は開かなかった。無意味と化したシステム的施錠の代わりに、物理的な施錠を中からしているようだ。手応えからして、つっかえ棒といったところか。
やるせない気持ちを噛み砕き、俺は更に力を込めた。あっさりと扉は悲鳴を上げ、つっかえ棒をへし折って開け放たれる。ズガン、と静寂を破った大音響。
ひしゃげた扉から中へと目を移す。真っ暗な部屋。異常に狭い。家具の類いもほとんど見当たらない。──そんな部屋の隅。声にならない悲鳴を上げながら身を寄せ合う、酷くやつれた家族の姿。
「な、何のご用でしょうか!!? まだ納税の期限は先のはずでは……!」
十歳くらいの少年と、まだ齢五歳にも満たないであろう女の子。二人とも簡素な肌着一枚姿だ。そんな二人を護るようにして背に隠し、俺に怯えた目を向けて問う若い男。父親か。
三人、家族か。母親はどこだろうか。
追い詰められた小動物のような目。しかしどれだけ傷付いても、子供達だけは守り切るという強い意志が宿った目。父親と思われる男のそんな目を見て、そんな目を向けられて俺の胸は締め付けられた。
慎重に言葉を探す。ゆっくり、一番彼らが落ち着けるような言葉で。
「怖がらなくても大丈夫です。あなた達を助けに来た」
ようやくそれだけ言った。男の目が少しずつ冷静さを取り戻していくのが分かる。目の前に立っているのが恐怖の対象ではなく、ただの子供であるとやっと理解したようだ。
「……よし。説明してる時間はない、あんたら早く逃げウゴッ!!?」
後ろから盛大にひっぱたかれた。目の前を星が飛び散る。後頭部をさすりながら振り返ると呆れ顔のハルカが立っていた。
「バカ! そんな入り方したら怖がられるに決まってるでしょ! ただでさえ紛らわしい真っ黒な格好なんだから!」
「じゃあどうやって入るんだよ。扉を刀で切り刻んだ方が良かったか?」
「まーまー二人とも、言い争いしてる場合じゃないって」
仲裁に入ったアンナが、部屋の隅で寄り添い合っている三人の元へ駆け寄る。膝をつき、若き父親と目線を同じにすると、心落ち着く声で囁いた。
「怖かったよね。もう大丈夫。あなたも、あなたの大切な子供達も。私達が護るから」
恐怖のあまりか泣くことさえ忘れていた女の子が、瞳をふるふると潤ませた。アンナに母親の面影を見たかのように、父の背中を越えてよたよたと歩み寄る。アンナは聖母のような笑顔をたたえ、少女を抱き締めた。
か弱き幼子はそれに安心したのか。大声でわんわん泣き始めた。男の子の方は父の背中に顔を埋めて涙を耐えているようだった。──あんなに小さいのに。妹のためにそこまで強くなれるのか。
「あ、あなた達は……?」
「そう聞かれると説明するのも難しい、かな。よかったら、正義のヒーローってことにしといて?」
アンナが笑って男の手を取り、立ち上がらせる。そうして、「今なら逃げられる」、と強い口調で言った。
男は、アンナに支えてもらわなければ立っていられないほどに衰弱していた。足ががくがくと震え、顔色が酷い。いったいいくつの状態異常を抱えているのだろう。
「つ、つま……」
からからに乾いた声。聞き返すアンナの両肩を掴んで、若い父親は決死の形相を向けた。その鬼のような顔にぞっとする。
「妻が……連れて行かれたんだ! 早く、助けないとッ!」
俺は硬直するアンナに代わって男に肩を貸し、強引に歩かせた。ハルカとアンナに子供達を任せ、父親に言う。
「そんな体で何ができるんだ。あんた、分かってんのか。あんたが死んだら……もう、子供達をああやって護ってやる大人はいなくなるんだぞ」
男に俺の声が届いたのかは分からない。うわごとのように女性の名前を呟き続け、やがて声を上げて泣き崩れた。男の精神状態は最悪の一言だった。
家の外まで引っ張り出すと、俺は分身をもう一人出現させて男を任せた。遅れて出てきた子供達を見ると、泣き喚く女の子も唇を噛み締めて俯く少年も、男に比べてまだ救いようがありそうに思えた。
「なあ、君」
ハルカとアンナにあやされている女の子を心配そうに見つめている少年に俺は歩み寄った。すす汚れた肌は黒く、アフリカ系の血筋であると予想される少年の黒い瞳が俺を見据えた。
「お父さんと妹を、護れよ」
「……ぼくが?」
「ああ。君が」
「……ねえ。なんで?」
白い肌着が映える黒い肌の少年が俺のコートの裾を掴んだ。凄まじい力だった。胸が痛い。どんなスキルを受けた時よりも。
「なんでお母さんは連れて行かれたの? なんであいつらはあんなに威張ってるの? なんでお父さんは毎日泣いてるの? なんで外で遊んじゃいけないの? ……ねぇ、なんで!? ぼくが悪い子だから!? なにか悪いことをしたなら謝るからッ!! だから、返してよッ!! 前みたいに戻してくれよッ!!!」
首筋にナイフを突きつけられて詰問されているかのような恐怖に襲われていた。俺は何一つとして、彼に答えをあげられなかった。
「セツナ、次に行こう。その子は落ち着くまで私が見てるから」
ハルカが俺の肩に手を置くが、俺はそれに答えなかった。代わりに、ウィンドウを展開して指を踊らせる。一つのアイテムを具現化し、少年に差し出す。
「やるよ」
俺の胸ぐらを掴む少年の手が緩み、涙を浮かべた目がそれに向けられる。
それは鞘に納められた短剣だった。《ベアズクロウ》──強力な武器だ。人を殺すことのできる力だ。
「どう使うかは任せる。答えはそいつと見つけるんだ。君にとっちゃ、俺はやっと出会えた質問できる相手なんだろうけど……悪いな、俺だって何も分からないんだ。なんで君みたいな子が泣かないといけないのかも、どう答えたら君が泣かずに済むのかも」
俺は少年の短い髪を撫でて立ち上がった。少年は短剣を両手で受け取り、握り締めて俺を見上げる。
「よければ君は……その力を護るために使ってくれ。まあ、俺が言えたことじゃないんだけど。でも俺だからこそ言えることでもあるっていうか」
「……ぼく、ジグ。……名前、教えて」
少年は短剣を一度半分ほど抜いて、鞘に納めた。俺が短剣を選んだのは、初期ジョブでも確実に装備が可能であるからだ。
「俺の名前か? それならここに書いて……ってそうか。アルファベット読めないのか」
自分の頭の上を指差しかけて気付いた。アフリカ系の子供なら、読み書きのできる子の方がよほど珍しい。
「セツナ。セツナだよ」
「セツナ……お兄ちゃん。そう呼んで、いい? ずっとお兄ちゃんが欲しかったんだ。ぼくやアイシャやお父さんやお母さんを助けてくれる、強いお兄ちゃんが」
瞬間、身をナイフで切られるような痛みに襲われたと同時に、俺の口は勝手に動いた。
「ああ、いいよ。俺も弟を護りたかったから。ジグ。今度こそ、お兄ちゃんが助けてやる」
滲みかけた涙を引っ込めて笑ってやると、ジグは俺の腰に抱きついた。ずっと長男として強くあろうとしてきたのだろう。ようやく、ようやく安心したかのようにジグは大声で泣いた。
俺は今、確かに一人の少年を救ったのだ。その実感が俺を、ジグの痛みに触れた切なさの中でどこか陶酔させていた。
「さあ、ジグ。俺の弟なら泣くのは今じゃない。行け。お父さんとアイシャを連れて逃げろ」
「セツナお兄ちゃんは……?」
「まだ行けない。ジグみたいな子達が他にもいるから。だから俺の代わりに、お前が二人を護れ。いいな」
ジグは首を横に振る。俺は微笑んで続ける。
「ワガママ言うな。これまで俺がいなくたって、ジグは強く生きてきたじゃんか。 俺にはやらなきゃいけないことがあるけど、もしそれが終わって俺がまだ生きてたら。必ず会いに行くから」
「でも……ぼく……!」
「約束だ。また必ず会える。こんな狭い世界だろ? だからもう泣くな」
意地でも首を縦に振ろうとしないジグに、一人の陰が歩み寄った。見るとあの父親だ。分身を払いのけここまできたようだ。一人でしっかりと立っている。
「行くぞジグ。お父さん、お前に護られるほど落ちぶれちゃあいないぞ?」
そうして、俺の方を向き直ったかと思うと。勢い良く深々と頭を下げた。無言のそれから、言葉より多くのものを感じ取った。
「お父さん……お母さんは?」
去り際、ジグが心配そうに言うのが聞こえてきた。父親はジグの手を引きながら、一瞬足を止めて、そしてまた歩き出した。
「始まりの街に帰ってるそうだ。さっきあのお姉ちゃんが教えてくれたんだ。だから心配いらない」
「え、本当!?」
「本当だとも。さあ僕達も帰ろう」
「あのねお父さん! ぼくにお兄ちゃんができたんだよ! これ、もらったの!」
門に向かって歩いていくジグと、妹のアイシャを背負ってジグの手を引く父親の背中を俺はやるせない思いで見送った。父親はジグとアイシャを護る道を選んだのだ。
「……ねえ、セツナ」
同じく彼らを見送っていたアンナが、険しい表情で俺に声をかけてきた。
「あの子達のお母さん、きっとあそこにいるんだよね」
アンナは例の旅館を指差した。改めてみれば、先程より一層騒がしくなっているように思える。
「期待しない方がいい。生きてたとしても、精神状態はさっきの男とさえ比べ物にならないほど荒んでいるだろう」
「そんなの関係ない! 助けに行こうよ! あの子達のお母さんだけじゃなくて、たくさんの人が捕まってるに違いないんだから!」
「落ち着けよ。行くにしても村人を全員逃がしてからだ。気付かれていない今しか、皆を逃がせる好機はないんだぞ」
当初こそ存在したハラスメント防止コードは、施錠システムと同様完全に撤廃されている。
ワタルの開発した感情パラメータが一枚噛んでいると思われるが、当初は、邪な感情の下他人のアバターに接触すると、保安官NPCが駆けつけペナルティが与えられる仕様だった。例えば胸や尻を触る痴漢行為、その先にある強姦行為などだ。
警察という統治組織に代わって治安を維持していたのが絶対神のシステムと、その代行者である保安官NPCだった。
だが今は、システムという名の絶対神は冷酷なまでに豹変してしまった。無敵設定だった保安官NPCは明確にレベルが規定され、その気になれば倒すことができる。
俺とハルカもメルティオールで雪合戦をした際、近所迷惑の通報で駆けつけた彼らを撃退した経験がある。
ハルカがカイジに襲われたように、絶対神は痴漢も強姦も見て見ぬ振りをする。障壁に阻まれることもなく、合意を得る必要もなく、悪意ある者は弱者を思うままに汚すことができてしまう。
ジグの母親は、父親の年齢を見る限りおそらく若い。ベテルギウスの毒牙に犯され玩具にされ、未だ正気でいる保証は全くなかった。更に言えば、生きているのかどうかさえも。
それに、ハルカはともかくアンナまで連れて下衆の巣窟にのこのこ入っていくのは頭のいい行動とは言えない。現に先程も、ハルカが蹴散らさなければ確実に二人はベテルギウスの新しい性奴隷となっていただろう。
だから、今軽率にあの旅館に突っ込むことはしない。俺のことを英雄と言ってくれたアンナを、護る義務が俺にはある。
分身がジグの父親に聞いた話を整理すれば、村の住人達の正体は、システムが書き換えられたあの日たまたまこの観光地を訪れていた人々であるということだった。
この美しい世界を娯楽目的で旅する者は当時なかなかの数いた。性格上自由人の多いアメリカ系の人間が多かった。ここは有数の観光地であるという話だし、この程度の規模の集落ができるくらいの人数がその日揃っていたとしても不思議ではない。
彼らは危険なモンスターであふれかえったフィールドを逆戻りして始まりの街に戻ることの方がかえって危険であると考え、ここに住み着いた。それまで旅人だった彼らは当然レベルも水準よりかなり上をマークしており、しばらくは周辺のモンスターを狩るなどして平穏に暮らしていた。
しかし三週間ほど前、黒ずくめの旅団がここを訪れた。その日から日常は崩壊した。
──こんにちはー、テロリストでーす。
それが第一声だったという。明らかな悪意を感じ取った村人達は当然追い返そうとした。皆、自分達の力量にそれなりの自負を持っていたそうだ。
そこからは想像に難くない。常識を逸脱した強さを持つベテルギウスの一団によって、腕に覚えのある男達はあっさりと半殺しにされた。それまで頼もしい存在だった大人達が赤子のように遊び殺される様は、子供達の目にどのように映ったのだろう。
ベテルギウスはこの村で一番大きな旅館を拠点として占領し、そこに食料と金、そして女を次々に貢がせた。逆らう者、逃げようとする者は容赦なく殺した。
愛する妻、恋人、娘を取り戻そうと、村の男達全員が武器を取ってベテルギウスに一揆をしかけたのが回数にして二度。その度システムの許す限界まで痛めつけられた男達は反抗の意思を根刮ぎ失い、ただ怯えて暮らす生ける屍となった。
ジグの父親のレベルは聞くところによると35。俺が故郷を旅立った頃のレベルより上だ、かなり高いと言っていい。
そんな男達が数十人束になっても勝てなかったのだ。そんなところにアンナを連れてはいけない。
「アンナはこのまま村人の救出を続けてくれ。分身を一人連れて行くといい。ジグの母親を含む村の女性達のことは、俺とハルカに任せろ」
俺のできる最大限の柔らかい笑みを作って、膝を少し曲げてアンナの顔をのぞき込んだ。マリンブルーの瞳が悔しげにそらされる。
「……分かった。でも、約束して。必ず生きて帰ってくるって」
「当たり前だろ。俺だって死ぬのは怖いよ。それに、今では自分の命も大切なんだ」
ハルカが俺の生きる意味になってくれたから。アンナが俺に戦う別の意味をくれたから。アンナは俺の答えに笑った。
「どうだか。……ねえ、ちょっと待ってて。そのまま、動かないで」
唐突な言葉を不思議に思う俺をよそに、アンナは虚空で小さな右手を開いた。そのまま俺には見えないウィンドウ上で指を這わせる。
程なくして、目を閉じるアンナの全身を美しい光が包んだ。時間にして一秒弱の発光。短めの髪がふわりと浮き上がる。
まるで、驚異的長寿を誇るジャンル、魔法少女系アニメを見ているかのようだった。目の前で美少女が変身したのだから無理もないかもしれない。
水着の下にパーカーを羽織った服装だったアンナは、今、恐らく戦闘用の装備であろう衣装を身に纏っていた。俺と同じく、登録してあるマイセット機能を使って一括装備変更したのだろう。
不思議な装束だった。黒く滑らかな生地でできた袖無しの衣が胸から腰までを覆う。肘から手首までにかけてふわりと広がる黒い袖は控えめなフリルの装飾が施されたドレス風。肩から二の腕までは素肌がむき出しという状態だ。
形の良いヘソが見え隠れするような中途半端な丈。下は同じく黒を基調としたショートパンツで、そこから伸びる細長い脚は漆黒のタイツがピッタリとくっついている。
ヒールの高い黒の革靴には銀色のチェーンがあしらわれ、首にも細いシルバーの装飾が光る。ピンク色の髪は左側の上の方で真っ赤な細紐で括られたサイドテールになっているが、髪が短いためにテールの部分は耳の辺りまででこじんまりと揺れている。
これは──まさしく『ANNA』の再現と言えた。黒を基調としたロックかつ艶やかなタイトドレス姿と短いサイドテール。あの時と髪色は異なるし、服装も雰囲気が近いだけで同一とは当然いかないが……その姿は俺が何度となく画面の向こうに見ていた、憧れの女性。
「滅多にしないんだよ、このカッコ。騒がれちゃうし、一応カンペキ戦闘装備だから機会も少ないし」
アンナがこんな近くで俺に笑いかけている。その事実がこんなにも恐れ多いことであると、自覚したのは今更だった。
可憐だ。言葉では表せないほどに。ネコ科を思わせる顔立ちと海のような瞳。常に少しだけ朱の挿した頬はどこまでも滑らかで。はにかんだ顔は今俺のみに向けられている。
アンナは背中に背負った細身のギターを前に持ってきて構えた。そして細い指が鉤爪のように折り曲げられ、稲妻の如く閃く。
「【ビート・オブ・ストレングス】!」
かけ声と共に掻き鳴らされたギター。闇夜に染まる海沿いの村で響く、美しく激しい旋律。血液が沸騰し全身の筋肉が踊り出すかのような活力が全身に漲ってくる。
俺のアバター体が深紅のライトエフェクトに包まれ、弾けた。アンナの周囲の空気も赤色の波紋を生じさせ、旋律のリズムに合わせて激しく波打つ。
俺だけでなく、ジグ達を見送って戻ってきたハルカにも同様の演出が現れていた。紅のオーラを纏った俺のシステム的筋力値が大幅に上昇しているのは、試さなくても漲るエネルギーが示している。
「【ビート・オブ・バイタリティー】!」
続いて趣向の大きく異なる新たな旋律がアンナの五指によって奏でられる。今度は穏やかで、しなやかで、かつ力強いメロディ。
今ならば大砲に吹き飛ばされても平気ではないかと思えるほどに、体が丈夫になったような気がした。例えるなら、あの日シュンの形見の腕輪を初めてこの腕に通したときの感覚に酷似している。
「……ふう。どう? 吟遊詩人サマのありがたみが分かったかな?」
「あ、ああ。援護系のウェポンズスキル……か。すごいな、今なら神でも殺せそうな気がする」
「物騒だなぁ」と笑うアンナ。まさかあのギターがアイテムではなく武器だったとは想像だにしていなかった。
「こんな最低なことする連中、さっさとぶっ倒してきてよね! 私は君の分身クン達と村の人達を助けて回るからさ」
「アンナ……気をつけてね」
ハルカが親友の無事を祈るように両手を差し出した。アンナもそれを両手で握る。
「……さあ、行くか。覚悟はいいかハルカ」
これから飛び込むのは化け物のナワバリ。幹部クラスがいる可能性も捨てきれない。ハルカは力強く頷く。
「言っとくけど、やばそうだったらすぐに転移するんだからね。絶対に無茶しないって約束して」
「たく、俺は何回約束すればいいんだよ」
俺に言わせればハルカの方が心配だ。もしここにカイジがいたなら、ハルカはどうなるのだろう。その疑問は口に出さず、ハルカに頼む。
「とりあえずもう一度【シックスセンス】を発動してくれないか? 動きがあるかもしれない」
首肯し、ハルカは目を閉じた。周囲の様子を探る非常にレアで利便性の高い索敵系ジョブスキル【シックスセンス】を発動したのであろう彼女の、その美しい小さな顔に、明確な狼狽の色が浮かんだのは次の瞬間だった。
「なっ……」
驚愕に目を見開いたハルカの頬を汗が伝った。明らかに尋常な様子ではない。
「どうした?」
「……減ってる」
「え?」
ハルカは次の瞬間よろりと体勢を崩し、俺のコートの襟を掴んで縋り付いた。俺に弱った目を向けて見上げる。
「減ってるの……敵の数が、さっきよりずっと!」




