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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第一章《Utopia》
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尋問

 足下に転がる、ボロボロの小汚いローブを纏った大柄な男の体。ハルカとアンナが笑いあう様子を一瞥し少しだけ口角を緩ませた俺は、表情を引き締めてそのローブを掴んで引き上げた。



 ここからは俺の仕事だろう。



「よう、起きろよ」



 目線と同じ高さまで持ち上げた男の垂れた額を、刀の柄で押し上げて面を拝む。



 白目を剥いて気絶しているという間抜け面だが、顔立ちはまだ若い。二十代前半、といったところか、ボサボサの白い長髪がまったく似合っていない大男だった。



 ベテルギウスに白髪、銀髪が多いのは、やはりソーマへの狂信的な敬愛があるからなのだろうか。



「起きろって言ってんだよ」



 額からずらした柄で、頬めがけ横一線に容赦ない一撃。顔を勢い良くしならせた男は間抜けな悲鳴を上げて目を白黒させ、なんとか意識を回復させた。



 俺の存在に気付くかどうかというところに、間髪入れず鳩尾に膝を入れる。



「ぐぉっッ!!」



 身体をくの字に曲げて苦悶の声を上げる男の前髪をひっつかみ、強引にこちらを向かせる。血走った赤い瞳が俺を捉えた。怒り半分、怯え半分の目。



「お前、この世界を元に戻せるか?」



 半ば諦めかけた問い。男は案の定目を瞬かせるだけで、質問の意味さえ理解できていないようだった。



「やっぱりいい。もっと上の奴に聞かないと駄目だろうな。じゃあ別の質問」



 男の黒ずんだ喉元がゴクリと音を立てた。ハルカの強烈な攻撃で既に気絶していたところを更に俺が痛めつけたことで、男の生命力は文字通り底を尽きかけていたのだ。



 下手を打てば殺されるという恐怖に苛まれているところだろう。これだけ弱っていればある程度情報に信憑性が期待できる。



「お前、ベテルギウスだよな。ベテルギウスの総人数は分からないか?」



 俺の記憶が正しければ、アルカディア本部を襲った武装集団は百名近くいたと放送で言っていた。しかしゲイルやソーマのようにその時それに参加していなかった者も多かろうし、その人数の中にはザガンも含まれる。正確な数はまったく把握できていないのだ。



 そう、俺はこれよりこの男を尋問する腹積もりだ。得た情報はワタルにでも伝えようと思う。ハルカもそのつもりで一人だけ生かしたのだろうし、このまま寝かしておいてやる義理もない。



 男の怯えきった声で告げられた事実は、俺を驚愕させるのに余りあった。



「せ、正確な数は分からない……毎日のように増えたり減ったりしてるからな……。だが、昨日の時点でギルド名簿には三百人近くの名前があったはずだ……」



 それはあまりにおぞましい数値だった。今日ハルカが減らした数はざっと六人というところだが、そんな穴は数日のうちに埋まってしまうだろう。



「嘘じゃないだろうな」



「嘘なんて、吐くかよ。ああついてねえ、こんな貧乏くじ引いちまうとはな。復讐が怖くて犯罪者なんてやってられねえが……もう釣りが返ってくるなんてよぉ」



 他人事のような台詞に頭が熱くなるが、ここはぐっと堪える。尋問する側が熱くなってしまっては元も子もないだろう。



「お前はなんだ? 家族か? 恋人か? 誰が死んで俺達を恨んでんだ? それとも自惚れて正義のヒーロー気取ってる偽善者の方か? そんな死にたがり野郎はこれまで何人も返り討ちにしてやったがよ、お前らはイイ線行ってる方だ……まあ、今回闘ったのはあそこのカワイ子ちゃんだけだが俺には分かる。お前も相当強えんだろ?」



 最期を悟ったかのようにベラベラと良く喋るようになった男。強ばった笑みを乗っけた醜い顔を、今すぐ踏み潰してやりたくなる。



「俺の強さか。今すぐその身に教えてやってもいいけど、今は知りたいことがたくさんあるんだ。特に──ザガン、そう名乗ってる奴らについて」



 男の表情が強張る。



「……あんな奴らの何に興味があるってんだ……?」



「運が良かったな、俺はもうお前らにもザガンにも興味は無いんだ。ただ、アルカディアにとったらそうもいかないだろ」



 コール越しに聞いたワタルの声を思い出す。彼の言葉は厳しかったが、彼や父シンジ達は今世界を取り戻すために戦っている。復讐を止めると決めた俺だが、せめてアルカディアの助けになりたいという気持ちが代わりにここ数日大きくなっていた。



 多分、アンナに影響されているのもあるのだろう。俺のことを、彼女は世界を救う英雄だなんて呼んでくれる。ちょっと浮かれてしまっている感は正直なところ否めない。



 人数。拠点の位置座標。分かる限りのメンバーのレベル、所持スキル、ジョブ、武器、性格、苦手とするものなど。ベテルギウスとザガンについて、何か一つでもアルカディアにとって有益な情報をここで聞き出してみせる。



「てめぇ……アルカディアのクソの使いっ走りかよ。なるほど、どーりで強えわけだな」



 侮蔑気味に笑ったベテルギウスは、ふと、その表情を硬くした。



「ザガンについて、話すことは一つもねえ。他を当たってくれや」



「なんだと?」



 素で嗄れた声が出た。最初の質問、ベテルギウスの人数はすんなり答えたのに。



「妙なことを言うんだな。ベテルギウスは売ってもザガンは売れないのか」



「違えんだよ、頼むこれ以上聞かないでくれ。ほんと、後生だからよ、な……!?」



 表情を余計に強ばらせながら男は胴間声で喚く。いったいそんなにも、何に怯えているというのか。



「意味が分からん。説明しろ」



「だ、だ、だからよ、無理なんだって。答えたらお、俺はザガンに殺されちまうんだ! ザガンには──」



 刹那。



「なっ……!?」



 男の全身が眩く発光した。俺は反射的に男の髪の毛を掴んでいた手を離し、男を突き飛ばして後ずさる。次の瞬間、目の前で男が盛大に爆発した。



 赤い光が目を刺し、凄まじい高熱が肌を焼く。大気の鳴き声に混じって、男のアバターが砕け散る儚い音が聞こえてきた。



「じ、自爆……?」



 その場にへたり込んでしまった俺の口から情けない声が漏れる。



 自爆。本当にそうなのか。男が怯えていた何かによって彼は殺された、そんな気がしてならない。



 まるでザガンについて何かを語ろうとした男を、阻止するかのようなタイミングでの爆発だ。まさか、ザガンについて男が語れなかったのはこれが理由なのか……?



 だとすれば、今のやりとりをどこかで聞いているザガンによる遠隔スキルか。いや、もっと別の能力かもしれない。



「ベテルギウスについてだけでも吐かせればよかったな……くそ」



 相手もバカばかりではないらしい。探りを入れられた時のことを考え、ベテルギウスメンバーに仕掛けをしていたとすれば恐ろしいほど頭の回る奴だ。



「セツナ、平気!?」



 駆け寄ってきた二人に問題ないことを告げる。さて、これからどうするべきか。



「……村の中、覗くだけ覗いてみるか」



 俺はそう提案した。上手く言えないが、このまま知らぬ振りをして転移で帰ることはどうしてもできなかったのだ。



 この村にはベテルギウスがいる。絶対に何かある。きっと、アルカディアの助けになる情報や人間が、いる。



「そう……だね。あいつら、この世界をこんなんにしちゃった張本人だよね?  ここがアジトかもしれないし……何か、世界を元に戻す手がかりが掴めるかも」



 アンナは予想通り、正義感満載の見解。同時に少し怖じ気づいている様子もあったが、転移玉をマテリアル化して肌身離さず携帯していれば大丈夫だろうということになった。



 二人にそれぞれ目配せし、全員が頷いたのを確認してから俺は村へ視線を向ける。火の灯る門の向こう側は、どんな有様だろうか。



「行こう」



 不思議と恐怖の類いの感情はない。ただ、俺の故郷が襲われたのと同じような状況が目の前にあるという事実に、憎しみとは別のベクトルで頭が熱を帯びる。それに、後ろにいるのは頼もしい仲間だ。



 ハルカにしばらくの間【シックスセンス】を発動し続けておくように言ってから、俺は先陣切って歩き出した。ハルカがさっきベテルギウスの包囲を察知できたのもそのスキルのお陰だろう。



 残りの距離を素早く踏破し、俺は門を潜った。濃紺に染まる空の下を、点在する民家の灯りが浮かんでいる。意外と、静かな夜だ。村が荒れ果てているなんてこともない。



「セツナ。明らかに一般人じゃないレベルのプレイヤーが集中してるポイントがある。あっち。たぶんあの建物」



 拍子抜け感が否めない中、後ろをついていたハルカが俺の肩に手を置き、小声で囁きながら一点を指さした。小さな民家が無造作に建ち並ぶ村の中で、それは確かに目を引く建物だった。



「あの屋敷か。旅館……なのかもな」



 それは煙突付きの小城のようなシルエット。瓦葺きの三角屋根に板張りの壁。坂を登る途中に、俺が温泉のある旅館だろうと見当を付けていた建物だった。



 煌々と灯る中の照明の光量も他の家とは比較にならず、耳を澄ませば男達の宴会中のようなどんちゃん騒ぎの喧噪が、夜風に乗って聞こえてくる。



 距離はここから50メートル。ハルカの【シックスセンス】が届くギリギリの範囲だ。アンナがぴょこんと顔を俺の前に出してその建物を指さした。



「あ、あれ! 一番高級な設定の旅館だよ。あそこにさっきの連中が泊まってるのかな?」



「やっぱりか。泊まってる、なんて生易しいもんならいいけどな。……けど妙だ」



「なにが?」



「プレイヤーが死ぬと、死亡通知がその人のフレンドに届く仕組みなんだ。死亡地点も一時的にマップに表示されるから、奴らがベテルギウスの仲間なら今頃血相変えてこっちに向かって来てるはずなのに」



「確かに変ね」とハルカ。俺は顎に手を当てて考え込んだ。



「通知に気が付かないほど酒が入っているのか……? いや、頭に直接鳴るようなあの通知音に気付かないなんてことがあるのか?」



「どうする? どこか民家を訪ねて話を聞いてみる?」



 ハルカの提案は、俺を硬直させるに十分すぎるほど見当違いなものだった。



「……おいおい、何言ってんだよ? こんなフィールドど真ん中に一般のプレイヤーがいるわけない……だろ?」



 だが、見当違いをしていたのは俺の方であったのだ。



「それがそうでもないみたい。【シックスセンス】で感知した時に分かったんだけど、この村けっこう人が住んでる。レベル設定のないNPCとは全然違う反応の感覚。普通のプレイヤーが、どういうわけか何人もここに住んでるの」



 瞬間、頭を最悪の想像が支配した。ハルカが俺の顔色を見て不思議そうに首を傾げる。



「どうしたの? 人がいるならいいことじゃない、事情も説明してもらえるだろうし……」



「違う」



 俺は静かにハルカの舌鋒を封じた。ハルカが息を呑んだような声を出して押し黙る。



「法も統治組織もない世界の、誰の目にも届かない辺境の村で、暴力に近い力を持った集団が居座っている。そこに人が、平気に暮らしていけるもんかよ。──この村は、ベテルギウスの残党に完全に支配されてるんだ」



 二人とも、俺と同じ最悪の想像に辿り着いたらしい。一気に血の気が失せた。



「独裁者にでもなったつもりなのかもな……。いくらなんでも静かすぎると思うだろ、この村。だから俺は、この村にNPCでない人間が暮らしてるなんて思いもしなかった」



 今は夕食時だ。それなりの人数が住んでいるのなら家族の団らんで村は賑やかな声で溢れるのが普通。こんなボロい民家の壁は防音設定も高が知れているはずで、それなのに。



 聞こえてくるのは最高品質の防音壁を誇るであろうあの旅館から漏れてくる騒音だけで。村全体が恐怖で息をひそめているかのよう。その息づかいさえ、今なら聞こえてきそうだ。



 ベテルギウスが無力な人間達相手にどんな屈辱を強いるかなど考えたくもないことだ。だが、想像するのも恐ろしいことほどそれは容易であってしまう。



 無法地帯における、暴力による独裁。金も酒も肉も、女でさえも。かの董卓も青ざめるほどに望むがままだ。



 これが真実だとするならば、今早急にすべきことは一つ。通知音をミュートにしているのかそれともあの喧しい連中はベテルギウスとは別の集団なのか、何はともあれ奴らに気付かれていない今しかない。



「すぐにここの人達全員を逃がす。今しかできない。今なら門番もいない。村を回るぞ」



「わ、分かった! じゃあ手分けして……」



「駄目だ。お前ら二人とも、絶対俺から離れるな」



 珍しく声を荒げたことが意外だったのか、ハルカとアンナの目が丸くなる。



「俺には分身がある。まあ俺が何人もいるのを見たら村人達を怖がらせちゃうかもしれないけど……仕方ないだろ。アンナは一人にしておけないし、ハルカの【シックスセンス】の情報は常に把握しておきたいから固まって動く」



 同じ轍は踏まない。俺が出現させた分身は五体。重複するボン、という音と共に俺の周囲に出現した俺の姿をした分身達にアンナが悲鳴を上げる。



 ああ、アンナには見せたことなかったっけ。



「全力で動け。全員助ける」



 俺の言葉に全員が頷き、散っていった。さて、と二人の方に向き直ると、アンナがほんのり頬を赤く染めて俺を見つめていた。



「……どうした? 怖いなら、無理せず今すぐ転移してもいいんだぞ」



「いや、そうじゃなくて。……やっぱり、セツナは私の捜していた英雄だ」



 後半は良く聞こえなかったため聞き返そうとしたのだが、「なんでもない」と勝手に切り替えられて出鼻をくじかれる。「早く行くよ!」なんて言って俺の腕を引っ張る。



「お、おい!」



 意外に強い力だった。やはりソロ旅歴が長いだけあり、レベルもそこそこ高いのか。これはいらない心配だったかもしれない。



「顔も名前も知らない人達のためにそんな顔できるセツナ、カッコいいと思うよ!」



 最後に前を向いたままそんなことを叫んで、それきりアンナは黙ってスピードを上げ続けた。俺の胸に、奇妙な感情が去来した。



 復讐はやめたというのに、それとはまた別の動機でベテルギウスに立ち向かっているというのはなんとも奇妙だ。自分でも寒々しいが、俺は──この世界を救いたいなんて本気で思っているみたいだ。




 この時の俺は、何も疑ってなんていなかったのだ。気持ちの通じたハルカと一緒なら。俺を英雄だと言って応援してくれるアンナと一緒なら。俺は全てを護り世界を救うヒーローになれると本気で思っていたのだ。

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