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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第一章《Utopia》
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暑き日を

 アンナの目論見は大成功だったと言える。ハルカとアンナと三人で遊び回るうち、俺は見る見る軽快な気分になっていった。



 あの日ハルカと雪合戦をした日ぶりに、体の中の毒素を抜いた気分だ。長年憧れ続けた女性と、ようやく気持ちの通じ合った女性を両手に花とは我ながら恐れ多いが。



「はーっ。遊んだ遊んだ」



「もう歩けないねー」



 粒の細かい砂浜にその身を投げ出し、俺とアンナは仰向けに寝転がった。ハルカはじゃんけんに負けたため、俺達三人分の飲み物を買いに湖の家へ向かった。



 到着したときは高かった日がもう落ちかけており、茜色を反射する水面に大きな太陽が沈み込んでいく様は実に風流だ。



「ねえねえ、なんだかさ、太陽が海に潜っていくように見えない?」



 アンナが顔をこちらに向けて無邪気に笑った。俺も丁度同じことを考えていたので驚いた。



「今日は暑かったけど、この景色見てると涼しくなってくる。海が太陽を冷やしてくれてるみたい」



「へえ。さすが詩人だな」



「むっ、バカにしてるな!」



 アンナがぺちっと俺の腕を叩く。



「悪かったわねポエミーで! 悪い癖だとは思ってるわよ」



「いや、いいんじゃないか? 表向き、作詞作曲のインスピレーションを得ることが目的の旅でもあるんだろ?」



「それはそうだけど……イタいでしょ、こんな子」



 アンナに似合わない本当に気にしている風の横顔だったので、一つ付け足しておくことにする。



「俺はアンナの歌の、曲より専ら歌詞に惚れてファンになった口だからな。少なくとも俺の前じゃ、気にしないでくれて構わない」



 我ながら気障な台詞だが、本心である。アンナの書く詩は十代の心の葛藤や抱える閉塞感、自尊心や愛の渇望を飾らない言葉で表現していて、心の引っかかりを揺さぶる力がある。



 この間アンナが最後に歌った詩だけは趣向が違ったが、あの詩も当然素晴らしかった。アンナがこの世界で感じたのだろう等身大の痛みが投影された詩だった。



 気まずくなって顔を背けたものの、一向になんのリアクションも返ってこないのでたまらずアンナの方を見た。普通なら、「やーだセツナくっさーい!」ぐらい言いそうなものだが。



 振り返った俺は、同じように砂浜に横たわりこちらに体を向けているアンナの表情を見て言葉を失った。



 紅潮した頬。とろんとした海の色の瞳。濡れてセットが崩れ大人しくなった桃色の髪の毛。初めて見る顔だった。



「……ありがと。嬉しい」



 やんちゃな笑みではない。紐が解けるような緩やかな微笑み。俺はその美しさに見入った。



「お、おう」



「セツナ」



「ん?」



「初めて言ってくれたね。君が私のファンだって」



 そうだったろうか。面と向かって伝えるのが恥ずかしく、そういえば言っていなかったかもしれない。



「君、私にも物怖じしないで接してくれるから、私に興味ないんだってばかり思ってた。なんか悔しくなっちゃって、わざとくっついてみたりしたの。だから……嬉しい」



「そ、そんなにか? それに、俺最初はガッチガチに緊張してたんだぞ?」



「ウソ。全然気付かなかった」



 こいつも鈍感なのか。どいつもこいつも勘弁して欲しい。



「そっかー、君は私のファンなのか。そうかそうか」



 さも満足そうににやにや笑うアンナに、俺はこれまで抱かなかった奇妙な感情を抱いた。



 それまで画面の向こう側の住人だった憧れの人が、今手の届く距離にこんなに無防備に横たわっているのだという実感がようやく湧いた、と言えば良いのだろうか。それは物理的な距離の話ではない。



 強烈な欲望が心臓を掴む。これは独占欲か。アンナから目をそらすことがどうしてもできない。今この瞬間、アンナは俺だけのものであるような錯覚を起こす。



「お待たせー」と、三つの缶ジュースを抱えたハルカが小走りに帰ってこなかったら。俺はどんな行動に出ていたのだろうか。自分でさえ、その過ぎ去った分岐点の先は予想できない。



 さて、ハルカの買ってきた炭酸飲料風のポーションを色んな気持ちと一緒に飲み下した俺は、低下してきた気温に急に寒気を感じた。



「もう夜が近いな。帰りも馬車か?」



 正直かなり遊び疲れた感のある俺は、いっそのこと転移でメルティオールの拠点までひとっ飛びもありだと考えていた。そんな俺を見透かすようにアンナはため息。



「これだから。旅のわびさびも分かっちゃいないわ。ねえハルカ」



「そうなの、セツナってば頭の中は合理性とか効率ばっかりで。そのくせ無茶ばっかりするし」



「あーなんか分かるかも。その矛盾に惚れちゃったんでしょ?」



「え、いや、違……!」



「おーい帰ってこーい」



 話がまずい方向に向き始めたのを感じて俺は二人を呼び戻す。



「まあ冗談はさておきさ、私が言いたいのは今日は現地でお泊まりってこと」



「え、マジ?」



「なんなのイヤなの」



「いや、嫌っていうか……こんなとこで今更野宿なんてちょっと」



 またもため息を吐かれる。俺はそんなに変なことを言ったろうか。



「あのね、ここって一応ユートピア有数の観光地なのよ? そりゃ、今は危険な世界になっちゃったから観光客なんていないけどさ。そこをちょっと上ったところに村があるのよ」



「なるほど……」



「私が前来たのはシステムが書き換えられる前だったから、そりゃもう村も賑わってたねぇ。ここの宿、上等な旅館なら温泉もあるのよ。温泉なんてあるの、灯ノ国とここくらいのもんだわ」



 アンナの持つ情報量には流石に驚かされる。彼女のマップはほとんどマッピングが完了しているんじゃないだろうか。



 アンナが来たことあるなら俺達を一斉転移で連れてきてくれれば、馬車の中で十時間以上も揺られる必要は無かったのではあるまいか……それは口に出すとまた「分かってない」だのと言われそうなので慎んだ。



「へえ、温泉かあ! 少し身体も冷えちゃったし、楽しみね」



 ハルカは両手を合わせて微笑んだ。それには俺も同意見である。



「ほら、真っ暗になる前に早く早く! 良い旅館他の客にとられちゃったらどーするの!」



「今時観光客なんていないんじゃなかったのか?」



「まったく君はどうしてそう水をさすかな!」



 そんな軽口を交わしながら、俺はアンナを追いかける。それを愉快そうに笑ってハルカがついてくる。



 ──しかし、久方ぶりに訪れた有意義な休息の時は、この時をもって終了したのだった。

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