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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第一章《Utopia》
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暁の湖

「海!?」



 ハルカが目を輝かせた。アンナもその反応にすこぶる満足した様子で、にししと笑う。



「せっかく季節は夏なんだしさ。四季が反映されてるエリアって意外と少ないんだよ、知ってた? 五大都市で言えばセントタウンとタイロン、あとはノ国ね。あそこはザ・和風って感じで色んな国籍の人からウケがいいんだよ」



「へえ。色んな旅先での話を聞かせてもらったけど、その話は初耳だな」



「五大都市は馬車や川下り船の便も多いからね、ちゃんとした道さえ通れば安全に行けるよ。おっと、話それちゃったね。私達が今向かってるのはここ」



 アンナは可視化したマップを開き、ぐいっとこちらに身を寄せてきた。俺の胸に後頭部を預けるようにして寄りかかる。



 急な接近にドギマギするが、俺とハルカ、二人に見えるようにするにはアンナはこれくらい体勢をねじらなければならない。俺は努めてアンナの髪の香りを嗅がないようにしながらアンナの指さす一点を見た。



 メルティオールから南東に、直線距離にして百キロあまり。大陸を穿つようにぽっかり空いた穴がある。《暁の湖》、と表記されている。



「……って、湖じゃんか」



「かーたいこと言わないの! 本物の海なんてフィールドの端に行かなきゃ拝めないの! 極北のメルティオールから一番近い海っつったら、《暗黒海》でしょ!? 行くの!? あそこに!?」



 密着状態のままこちらを振り向き、俺をジト目で見上げながら指をびしっとさしてくるアンナ。すごい剣幕だ。



「暗黒海って言ったら、例のラスボスがいる《鬼ヶ島》に行くために絶対に渡らなきゃ行けない海のことよね? この間新聞に書いてあった」



「さすがハルカ、よく知ってるぅ。あそこは墨汁みたいな真っ黒い海と紫色に焼けた空しかないよ。おまけに海中には推奨レベル90オーバーの海獣系モンスターが無限にリポップするスポットが設定されてて、海水浴なんて不可能ね」



 なんて恐ろしい場所だ。鬼ヶ島とやらも俺にとっては初耳だが、マップを見る限りそんな島は見当たらない。むしろ、このユートピアという世界は一つの大陸で、島という概念はないはずだった。



「旅先で知り合った人に聞いた話だけど。当初予定されてたメインストーリーのシナリオでは、この大陸のクエストのクリア報酬の中には、暗黒海を渡る船の部品が用意されてるものがあって、それを集めていくと船が完成するって寸法だったらしいの。その船は耐久力が規格外に高く設定されていて、その船だけが、暗黒海を渡ることのできる船ってことにされてたみたい」



「なるほど。それでその鬼ヶ島とやらは、メルティオールを更に北に行ったところに広がる暗黒海を越えた先にあるんだな。つまり、マップの向こう側が用意されてるわけだ」



 心躍るシナリオじゃないか。この世界には続きがあったのだと知らされたプレイヤーの興奮が目に浮かぶようだ。もちろんそれは、このゲームがゲームとして世に出ていたらの話だが。



「そーいうこと。それ以外の世界の端は普通に綺麗な海だって噂だけど、バカでかい山脈とか奈落の谷底とかが邪魔してて、なかなか行こうって物好きもいなくてホントのとこはなんにも。その点暗黒海は、見に行くだけなら簡単に行けるよ。メルティオールから十五分くらい北に歩けばいいだけ」



「……ちょっとセツナ。なにうずうずしてんのよ」



 ハルカが怖々と俺の肩に手を置く。



「いや、この旅が終わってあの街に戻ったら、ちょっと見てみようと思っただけだって。ほんと、ちょっと見るだけ」



「嘘っぽいなぁ……セツナなら、緊急用の転移玉一つ握り締めて、泳いで渡るとか言い出しそうだし」



「なぜバレた」



 ハルカがためいき。アンナがけらけら笑う。穏やかな時間が馬車内を流れていた。



「てなわけで、ここから行ける海っぽいとこって言ったら暁の湖しかないの。塩湖だから海水気分も味わえるし、どんな仕組みか知らないけど波もある。今日の気象設定は晴れ。その上あそこら一帯は、四季が反映されてるエリアなの。行くっきゃないでしょ!」



 この世界の時間は現実の日本時間と連動している。つまり今は七月の下旬、夏真っ盛りである。メルティオールで生活していればその感覚も狂うのだが。



「なるほどな。……って、俺水着持ってないけど」



「私も。準備の前に言ってよー」



「だいじょーぶ、現地で買えるって! あそこにはNPCが開いてる湖の家があるからさ!」



 そう言って、アンナはとびきりの笑顔で親指を立てたのだった。



─────────────────

───────────────



 突き抜けるような青空。綿菓子をちぎったような雲。潮の香りを孕んだ風に細める目の先に、広がる大海原。実は湖なので海原ではないのだがだが、それを言っちゃあ野暮というものだろう。



「海だな……完全に」



「すごいねぇ、一気に夏だよ」



 十数時間の順調な馬車の旅を経て、俺達が辿り着いた暁の湖なる場所は完全に見た目海だった。砂浜まできちんと存在し、規則的に波が打ち付ける。水面積もかなり大きいため、強化された視力でもってしても水平線の先に陸は見えない。



 海だと言われれば海でしかない湖だった。さっきそこの店で買った長めの青い海水ズボンに着替えた俺は、感動のため息を吐きながら熱い日差しを全身で浴びていた。



 隣で同じく感嘆の息を吐くハルカのことはつとめて見ないようにしている。赤と白の水玉という、言ってみればイチゴ模様のビキニ姿のハルカは眩しすぎて目のやり場に困るのだった。



「ほーら、来て良かったでしょう! 暗黒海に行きたいセツナ君はどーぞいつでもご勝手に-?」



「むっ」



 一方、無い胸を張ってふんぞりかえるアンナは白い半袖のパーカーを羽織っているためまだ直視できる。だが白い肌に光る汗を浮かべて溌剌と笑う様子は、別の意味でとても眩しい。



 夏という季節は暑いばかりで嫌いだったが、今日でその認識は改まった。



「……でもアンナ。俺達はなんのためにここに来たんだ?」



「え? そんなの、泳ぐために決まってるじゃん」



「いやだって、アンナは俺を例の夢を叶える旅に誘ってくれただろ? だからてっきり、ここに来たのもなにか目的があるとばかり思ってたんだが」



 アンナは俺の方を、可哀想なものを見るような目で見つめた。決まり悪くなって黒い髪をかく。



「セツナ……私達まだ向こうじゃコーコーセーだよ? 君もハルカも何と戦ってるのか知らないけどさ、いっつも怖い顔しすぎ。そりゃ、あの時私を助けてくれた君のその怖い顔に、私は惹かれたわけだけどさ。でも、ちょっと肩肘張りすぎじゃないかにゃ?」



 ちょん、と鼻を指で小突かれた。



「やれやれ、世話が焼ける。私がいなきゃ君達は気晴らしもできないんだから。今日くらい、思いっきり羽伸ばしてよね!」



 今日のことが、アンナが企画した俺達のための旅行だったのだと俺はようやく気付いた。俺はいったいアンナの前で、どんな顔をしていたんだろう。



 復讐をやめると決めたとは言え、俺達が完全に気持ちを切り替えられているかと言えばきっと違うのだろう。それには多分、長い時間が必要なのだ。



 そのために今日の海水浴があるのだとしたら。



「……ありがとな」



「どーいたしまして! ほら、泳ぐよ! 終わったら、今度は君達のこと、たくさん聞かせてもらうから覚悟してなさい!」



 言うだけ言って、きゃーと悲鳴を上げながらアンナは波打ち際に突進していった。



 辺りに俺達以外のプレイヤーの姿は見当たらない。それも当然だろう、今時外を出歩くプレイヤーの方が稀なのだから。



「セツナ」



 きゅっ、と右手が何かに包まれたので驚いた。触れあうほどに接近したハルカが俺の手を握っていた。



 俺はハルカが危惧していることの全てを感じ取った。触れあっている指先と肩から、彼女の憂いが伝わってくるようだった。



 アンナにはまだ、俺達のことをほとんど話していない。アンナは俺達がどこでどんな出会いをしたかなどを根掘り葉掘り聞いてきたものだが、俺もハルカも、本当のことを言い出せずにいた。



 せっかくできた気の良い友人を失いたくないという思いが、俺はもちろんハルカにとっても強くあるのだった。



 ザガンとベテルギウスを殺すために旅をしていたなど、他人が聞けば頭のおかしいガキだと思われるのが関の山だ。今はもう旅をやめたとは言え、そのことを隠し続けることに若干の後ろめたさがある。



「……よし、泳ごう!」



 ハルカがそう叫んだのは、決意が固まったからじゃないだろう。



 こうして考え込んでしまうきらいのある俺達を、リフレッシュさせるためにアンナが連れて来てくれた海を前にしてまで、性懲りもなく思い悩み続けることはアンナに悪い。



「そうだな。ビーチバレーボールも買ったし」



「わっ、いつのまに!」



「二対一でいいぜ。かかってこいよ」



 不敵に笑う俺にハルカも毒素のない笑みを浮かべ、俺達はアンナを追って白砂の上を駆け出した。

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