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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第一章《Utopia》
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吟遊詩人



 ゴトゴトと小刻みに揺れる馬車の車窓が、流れていくのどかな風景を切り取っている。だがしかし生憎俺には、心地良い揺れも爽やかな窓の外の景色も、楽しむ余裕は皆無なのだった。



「馬車って初めて乗ったけど、快適だね。運賃もそこまで高くないし、こんなことならもっと早く利用しとくんだったなー」



 右隣、柔らかいクッション素材の背もたれに体を預けて楽しそうな歓声を上げるのは赤毛の美少女。もう取り分け新鮮味もない見慣れた顔だが、いつ見ても浮かぶ感想は美しいの一言だ。



 しかし、別段彼女が隣にいることが俺の精神的余裕を失わせているわけではない。原因は、反対側、左隣の方だ。



「乗馬なんてちょっと勇気なくてさ-、旅の移動は専らこれなんだ。ハルカも気に入ってくれたみたいで嬉しいよ! ところでセツナは楽しそうじゃないけど、もしかして車酔いしちゃった?」



 左隣。ピンク色の柔らかい髪の毛をくしゅくしゅのヘアスタイルに仕立てた超美少女。向こうの世界では画面の向こうの存在だった彼女が、どうして今2センチ弱の距離にいるのか意味が分からない。



「い、いや、酔ったわけじゃなくてだな……席の編成がちょっと、心臓に悪いというか」



 俺達が乗る馬車の車内には、進行方向に向けて定員三人の長いすが一つだけ。両脇に大きな窓がもうけられ、濃い抹茶色の遮光カーテン付きだ。



 三人乗りと聞いて安心して契約したのだが、これでは必然的に乗客同士は隣り合わせで座らねばならない。なぜか俺が真ん中のポジションに決まってしまい、世界一贅沢な両手に花状態なのが現在である。



「えー、だって私窓際がいいもん」



 アンナが口をとがらせて言う。ハルカも乗るとき同じことを言ったため、あれよという間に席順はこうなってしまった。



 種類の違う二つの女の子の香りが混ざり合って車内に満たされている。とても十六時間の長旅を俺が正気で耐えられるとは思えない。こんなことなら節約なんて言わずに、今話題の寝台付き蒸気機関列車に乗るんだった。



 どうして俺が世界的大スターのアンナと、三人ぐるみで馬車になんぞ乗っているのかと言えば、理由は少々時間を遡る。



 アンナとこの世界で初めて会ったあの日、あの酒場でのことだ。俺は朝っぱらからハルカを巻き込んでやけ酒に興じていたのだが、そこに突然、アンナが現れた。



 なんと酒場でのライブが予定されていたようで、俺達は幸運にも彼女のナマ歌を拝聴することができた。俺は大いに感動したのだが、その気持ちに水をさす輩がいた。



 そもそもマナーの悪さが目に余る連中だったが、腹が立ったので朝から溜まっていた鬱憤晴らしをさせてもらった。それをきっかけに意図せずアンナに恩を売る形になってしまったのだが……



 ──君、私と来ない?



 突然アンナにそう言われたのだ。作詞作曲の旅に、同行しないかという誘いだった。



 脈絡のない展開についていけなかったものの、それはこれからの運を全て使い切ったと言えるほど幸運な出来事だった。



 想像してみて欲しい。人気も実力も顔もトップレベルの芸能人と、二人きりで大自然を旅する権利が舞い込んできたのだ。



 だがしかし、即答はできなかった。それは話についていけない困惑もあったが、何よりハルカの存在だ。



 確かに俺はアンナの曲を始めて聞いた去年の秋から、ずっとアンナの大ファンだった。アーティストにのめり込むなんて柄じゃなかった俺が、アンナの出す曲は全てチェックして何度もリピートした。



 しかし、ようやく気持ちの通じ合った最愛の少女を置いて甘い誘いにほいほいついて行ってしまうのはいくら意志の弱い俺でもはばかられた。



 あれほど大好きだったアンナより今、俺はハルカが大切なのだと知って驚いた。



 俺は結局それを断った。だが、アンナは俺のその自分でも思う天晴れな決断を事も無げな一言で覆したのだ。



 ──え? ハルカちゃんも連れてくればいいじゃん。



 かくして、俺達はアンナの旅に同行することになった。復讐の旅をやめると決意した矢先の旅立ちである。すっかり変な癖がついてしまったようだ。



 だが、ずっと同じ場所に留まっているよりは良いかもしれない。何しろ今や俺はベテルギウス側に敵と認識されてしまっているのだから。逃げ回るみたいで癪だが、ハルカを護るためには接触しないに超したことはない。



「なあ、アンナ。そろそろ聞いていいか?」



 最初こそガチガチに緊張して「アンナさん」と呼んでいた俺だが、あれから一週間、固さも取れ随分とフレンドリーに会話できるようになった。まさかあのアンナと友人関係が構築できるとは、まさに夢にも思わなかった。



「んー? なんだろーか」



「なんで俺を誘ってくれたんだ? 旅の用心棒、のつもりで俺はいるんだが」



 アンナの目の前であれほど暴れ回ってしまった直後の誘いだったから、そう考えるのが普通だ。しかしアンナは意味深に笑ってこんなことを言ってきた。



「それはね、君が私の出会った人の中で一番、"英雄"に近いヒトだったから」



「英雄……? 俺が?」



「なんていうかね、私の中では君は、正義のヒーローって感じなの。あの人達を追い払ってくれたこともそうだけど……君には、この嫌な感じの世界をなんとかしてくれるんじゃないかって、期待しちゃう。そんな何かを持ってるの」



 マリンブルーの瞳に真っ直ぐ見つめられ、俺は萎縮した。人間国宝にそんな大それたことを言われても恐縮しかない。



「俺は、そんな大したもんじゃ……。すぐカッとなっちまうし、まだまだ弱いし……あ、てかそれって俺の質問の答えになってるか?」



「もっちろん。私の旅の目的に直結することだよ」



 花が咲くような可憐な笑顔で、彼女は夢を語り出す。俺なんかに、最高に楽しそうな表情で。



「私のジョブは《バード》。"吟遊詩人"って意味ね。吟遊詩人は英雄を唄い、語る者。私はこの狂った世界を旅する詩人になって、この世界をなんとかしてくれる英雄を唄いたいの」



「……素敵な夢だな。でも、どうしてそんなことを? アンナの歌は、英雄を唄わなくたって、すごい力があるのに」



 アンナは照れたように頭をかいた。



「えへへ、ありがと。でもね、私知ってるんだ。この世界が必要としてるのは対症療法じゃなくて、歪みの根本を断つ刀なんだ。私の歌は人を少しの間癒すかもしれないけど、それだけじゃ何も解決しない。……私は、この世界を変えてくれる英雄を見つけたい。そしてその人が頑張れるように歌うんだ。そうすれば私も……その場しのぎじゃない、世界を変えるための貢献が、できたって思える気がするの」



 アンナの語る夢は、俺には理解や共感のできる次元ではなかった。ただ、なぜそこまで君が背負わねばならない、と思う。



「だって、悔しいもの。地球では、自慢じゃないけど私の影響力ってけっこー大きかったんだよ? なのにここじゃ、私がどう足掻いたって声が枯れるまで歌ったって、理不尽に殺される人の数は減らないんだから」



 それは、天下を統べたアンナだからこそ感じられた無力感だったのかもしれない。だからアンナは、歌でこの世界を変えるための助けができないかと、そう考えたわけだ。



 アンナが体ごとこちらへ向けた。露出した艶やかな眩しい太ももが俺の膝に触れる。アンナの端正な顔が近づく。ふわっと花の香りが舞う。



「君のことを、唄わせて」



 至近距離で囁かれた一言は、俺を狼狽えさせるに十分すぎた。世界を救うだの、取り戻すだの──よくよく他人の口から聞かされれば途方も無いことだ。



 俺は復讐をやめた。かつての俺ならアンナにこんなことを言われれば簡単にやる気を上げただろう。だが今の俺は、世界を取り戻すことよりもハルカを護ることを優先している。



「期待を裏切らないよう、頑張るよ」



 結局、苦笑してそう言うのが精一杯だった。



「うん、こんな世界ぶっ壊しちゃえ! ご褒美は弾むよ? お姉さんがなんでもしてあ、げ、る!」



 純粋に世界の改変を願うアンナの言葉に、俺は耳を疑いドキッとする。可愛い女の子に聞いて欲しいお願いなど人には言えないようなものしか思いつかない。



「ちょっとアンナ!!」



「ごめんごめんハルカ。セツナが真剣に答えてくれたから照れちゃってさ、ちゃっとふざけただけだよ」



 すまなそうに両手を合わせるアンナだが、舌を出してウインクなんぞする。なんにしても仲いいなこの二人は。



 この一週間で二人はすっかり意気投合した様子だった。旅の準備を整えるための一週間だったわけだが、必要品を揃えるために街を歩いたりするうち打ち解けてしまったらしい。



「あー……で? 俺達どこに向かってるんだ?」



 実は行き先を聞いていなかったことを思い出す。アンナに何度聞いても語尾にハートマーク付きの「ひみつ」ではぐらかされてきたが、さすがにそろそろ教えてくれる頃合いだろう。



「えへへー、知りたい? じゃあ教えちゃう! 私達は今、"海"に向かっているのです!」

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