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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第一章《Utopia》
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鎮魂歌

 人差し指を少女が突き上げれば湧き起こる大喝采。彼女は背中に背負っていた何かを下ろして素早く胸の前に持ってきた。



 赤いボディに白で稲妻型のデザインが施された細身のギターだった。この世界でも向こうでも、初めて生で見る本物のギター。



「いっくよー!」



 満面の笑みのまま、彼女は素早く虚空に指を這わせ、空中に出現したマイクをもぎ取るように掴み取った。どこからともなく現れたスタンドにマイクを固定し、そのまま桃色のグロスが塗られたぷるんとした唇を近づける。



 そして唐突に、歌い出した。ハルカは次の瞬間に、全身の肌がぶわっと震えるような衝撃を受けた。



 ──なんて綺麗な声……。



 高い、しかしちっともやかましく響かない魅惑の声だった。かなりの声量を出しているはずなのに目を閉じてうっとりと聞くことができる、優しい声。



 彼女の歌う歌は、ハルカは聞いたことのない曲だった。比較的アップテンポの曲で、聞いているだけで底無しに力が湧いてくるようだ。



 向かいに座るセツナは感動のあまりか完全にフリーズして間抜け面を張り付けている。観客と化した店内の人間は皆、身体を揺さぶりながらその歌を口ずさむ。



 有名な歌なのだろうか。見渡す限りハルカ以外の全員が知っているようで、何だかここにいるのが申し訳ない気持ちになってくる。



 向こうの世界ではそういえばどんな曲を聴いていたっけと考えて、あまり思い出せないことに気が付いた。他のメロディーを聴いている状態だからだろうか。



 カッコよく、可愛く美しいその曲をハルカは一発で覚えてしまった。二度目のサビが来る頃には皆と同じように口ずさみながら身体を揺らしていた。



「……ふう。ありがとー!」



 ギターを打ち鳴らして余韻を掻き消したアンナは、少しだけ照れたような笑顔で手を振った。ハルカは感動冷めやらぬままセツナに問う。



「すっごかったね!! ねえセツナ、あの人って誰なの? 有名な人?」



 アンナに聞こえては失礼だと思い声を落としたその問いに、セツナはようやくフリーズから復帰したかと思うと信じられないという目を向けてきた。



「え、ハルカ『ANNA』知らねえの!?」



「ちょ、バカ! 声が大きい!」



 慌てて彼の口を押さえると、セツナはひん剥いていた目を更に丸くしてモガモガ苦しそうな声を出した。正気に戻って手を離す。



「……ANNAといえば、歌番組にバラエティーにドラマに、とにかくテレビ付けたら見ない日は無いってくらいだったじゃん。歌唱力は聞いての通り。おまけに見ろよあの顔、国宝級だろ。特に俺達の年代で、ANNAの名前も知らないなんてやついないと思ってたなぁ」



「ほえー……。でも、セツナとそういう話するのって初めてね。なんだか新鮮」



 忘れがちになるが、彼もまた、この世界に来る前の日常がある。彼の謎めいた雰囲気から、とても以前は普通の男子高校生として普通にアイドルに憧れたりしていたなんて想像できなかった。



「うーん、俺の場合は普通の高校生よりはかなり陰気だったかな。アイドルとかアーティストとか興味なかったし。アンナだけは別だけどな」



 そんな話をしている間に、アンナという有名人は本当に溌剌とした様子でマイク越しに叫んだ。



「いやー楽しかった! みんなもノリノリだから嬉しいな-! 昨日掲示板に書いただけなのにこんなに来てくれるなんて嬉しいよ! 二週間前に初めて歌ったときよりも、たくさん集まってくれてありがとう!」



 本当に笑顔の素敵な女性だ、と思う。全体的に細身で小柄な彼女は、しかしこの中の誰よりも大きな存在感がある。普通に並べば、ハルカより三センチほど小さいはずなのに。



「すっげえなぁ……アンナがこっちに来てたってだけでも驚きなのに。ナマ歌聞いちゃったよ……」



 さっきからずっと呆けているセツナに、ハルカは少し面白くない気分もある。



「可愛いなぁ……。なあ、ハルカも思うだろ?」



「そうね。可愛い」



「可愛いなんてもんじゃないぜあれは。目でも合っちまったら気絶するな」



「……なによ、もう」



 本気でふて腐れかけたところで、セツナが可笑しそうに笑い出すので遊ばれたのだと悟る。頬が一気に熱くなった。



「拗ねんなって。お前の方が可愛いよ」



 そんな、今時死滅してしかるべき気障なセリフを屈託の無い笑顔で吐くな!



「もう、酔いすぎ! お酒それで最後だからね!」



 セツナの握るジョッキを厳しく指さして、ハルカは火照った顔を隠すべくアンナに視線を戻したのだった。



 アンナのリサイタルはその後も大いに賑わった。二曲目、三曲目もハルカには聞き覚えのない曲だったが、セツナのハミングになんとなく合わせていく内に理屈無しで楽しくなってきて、柄にもなく皆に交じってはしゃいでしまった。



 曲と曲の間には数分ほどトークの時間が挟まれる。にこやかな笑みを浮かべたアンナが、ギターをいじりながら軽快にとりとめもないことを喋っていく。



「ところでね、私イメチェンしたんだけどどうかな? 似合ってる?」



 ピンク色のゆるふわパーマヘアを細い指でいじりながら、また照れたようにやんちゃな笑み。男達から一種狂気的な歓声が上がる。



 歓声を心地良さげに頷きながら聴くアンナ。一つ一つの身振り手振りと、笑顔と良く通る声、それにギターを弾く音で歓声の波をコントロールするタイミングが神がかっている。



 彼女は本当にプロなのだ、とハルカは感動の視線でアンナを見つめていた。



「やっぱいいね、髪の色簡単に変えられるってのはさー。前は高校の校則とかあったから、黒と茶色以外は試せなくて」



「超似合ってるよ-!!」



『アンナLOVE』と書かれた自作のウチワまで用意している、よほど熱狂的なファンなのだろう中年男性の叫びに、アンナは本当に嬉しそうに表情を弾けさせ、「ありがとー!!」と手を振ったではないか。



 その男は尾を踏まれた犬のような悲鳴を上げて失神し、椅子の背もたれにぐったりともたれかかった。その恍惚の表情には生涯に一片の悔いさえないかのような清々しさがある。



「確かに、ピンクや赤なんて髪の色、なかなか人を選ぶよなぁ。アンナもハルカもバッチリ似合ってるけどさ」



 ハルカの髪を見ながらセツナがしみじみ言ってくる。



「お母さんが、私に似合うって言ってくれたから。今でもちょっと恥ずかしいけどずっとこれにしてるの」



 そんな時だ。アンナがふとこんなことを言ってきた。



「ねえねえ、さっきから気になってたんだけどさ、あそこにチョー可愛い子いるよね!」



 ビシッ、と元気いっぱいにアンナが指をさす。その綺麗な人差し指は真っ直ぐハルカを示していた。突然指を向けられたことにハルカは大きく動揺する。



「ほんっっと可愛い! 芸能界にも君みたいな子はなっかなかいなかったよ! ねえ君名前は!?」



 溌剌とした、一切の邪気のない笑顔。国宝級のそれが間違いなく自分一人に向けられていることにハルカは狼狽えた。周囲からの視線が熱い。



「え、えと、ハルカです……」



「オッケーハルカちゃん! お年はいくつかな?」



「じゅ、十六、です」



「うっそーほぼタメじゃん! 私も三ヶ月前まで十六だったんだよー!」



 まったくオチのない話も彼女が言えばなんだか和んでしまう。自然と口角が上がる、と言えばいいのだろうか。



「そっかー、世の中広いねえ。お向かいの黒い彼は恋人君かな? イイ子捕まえたな色男こんにゃろー!」



 セツナにまで話題の飛び火が行き、セツナはアンナと目が合った瞬間もの凄い勢いで背筋を伸ばして硬直してしまった。



「さってと」



 やがて、弛緩した空気を切り裂くように、アンナが豪快にギターの弦を弾いた。短く軽やかな音が駆け抜ける。



「あっという間だったけど、最後の曲になっちゃった。皆一緒に歌って盛り上がろう! ……といいたいところだけど、それは無理かなぁ」



 初めて見せる打算的な笑顔。にやにや笑う彼女も奥ゆかしくて魅力的だ。女であるハルカでさえアンナの魅力に惚れ込んでしまったのだから、これほど男達が熱狂するのも頷ける。



「なぜならぁー?」とためるアンナに、群衆は「おお!?」と彼女の期待通りなのだろう反応を見せる。アンナは満足げにニンマリ笑って、言った。



「最後の曲は、この世界に来てから作った新曲だからです! ぱんぱかぱーん!」



 店の外にいた者は、きっと酒場が爆発したのかと勘違いしたはずだ。それほどの大歓声が店内をぐらぐら揺らした。ハルカも両手を組んで歓声を上げてしまった。



「知ってる人も多いと思うけど、私がこの危険な世界を旅しているのは、作詞の良いインスピレーションになると思ったからなの」



 マイクを両手で握って静かに語る彼女の瞳は真剣だ。



「色んな人の話を聞いて、その人の痛みとか、悲しみとか、それでも前を向いて生きようとしている姿勢とか、そんな、前みたいにただ女子高生やってるだけじゃ絶対触れられなかったものに触れて、私の世界はすごく広がった。今から唄う唄は、だから、これまで私が作ってきた唄とはかなり雰囲気が違うと思うけど……よかったら、聴いてください」



 例の喧しい集団だけが構わず歓声を上げたり口笛を鳴らしたりしているが、それ以外の者はみな、アンナの違う一面に心を打たれたように静まりかえった。



 アンナは全員が静かになるまでたっぷり待ってから、目を閉じ、ギターは首から提げたままで両手でマイクを握り、その小さな唇をそっと開いた。





 きつく抱かれる 濡れた命が また一つ



 世界を紅く 紅く染めて 静かに消える



 欠片は集めた 端から溶けて 生きた証は 影すらも(uninstall……)



 私の唄が 聞こえますか



 嗄れるまで唄えば もしかしてそこまで届きますか



 そこが寂しいところでないことを 祈りながら唄います



 闇を切り裂く 冷えた刀が また一人



 狂気を前に 涙を燃やし 吼え斬り捨てる



 私の唄が 聞こえますか



 大声で叫べば どうか君に届きませんか



 聴いて 傍にいて ずっとそう笑っていて



 どうか私の唄を聴いていて



 あなたはきっと 誰にも負けない 



 けれど 刃を汚すたび 



 黒い背中に 亀裂が走るの



 だからどうか この手を離さないで



 ぎゅっと 握ってて



 その身を灼く 蒼い火も



 きっといつか 世界を照らす



 長い夜明けの 陽になるから






 アンナの別の顔がそこにはあった。



 それまでポップミュージシャン、という印象だったアンナの今の雰囲気は、歌姫。ソプラノの美しい声が、切なく哀しく、どこか胸の痛い詩を紡いでいく。 



 まるで、死者に捧げる鎮魂歌レクイエムのようにハルカには聞こえた。騒がしかった男達でさえ息を呑んで彼女の声に耳を傾けている。



 涙する者が大勢だった。ハルカも、死んだ母の、二度と見ることのできない笑顔が次々と網膜に刻まれて目頭が熱くなった。



 これまでのどの曲よりも緩やかなリズムであるはずなのに、一番激しい熱量が一文字一文字に込められているように感じる。



「──ありがとう。聞いてくれて、ホントに。……みんな、愛してるっ!」



 切ない余韻の中、儚い表情で頭を下げたアンナは、再び顔を上げたときにはすでに元のアンナだった。観客から惜しみない拍手が送られる。ハルカも手が痛くなるほど叩いて感動を伝えた。

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