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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第一章《Utopia》
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ANNA



「ちょっとセツナ……それくらいにしといた方が」



 分厚い木製テーブルの向こう側でやさぐれている少年に、ハルカはそれくらいしかかける言葉が見つからない。



「だいじょうぶだってー、この世界じゃアルコールはジュースみたいなもんだからさー」



「べろんべろんに酔っちゃってるじゃない……」



 父に会いたいという要求をはね除けられたセツナは、しばらく電池が切れたように硬直して落ち込んでいたが、ふと、「……飲もう」と呟いたかと思うとハルカをこんなところに連れ込んだのだ。



 メルティオールの繁華街ど真ん中に位置する巨大な酒場。世界観からすればバッチリはまっている建物と言えるが、ハルカはもちろんセツナもどう見たって未成年だ。まさかこんなあっさり入れてしまうとは。



「セツナって、十六歳だったよね……?」



「そーだよ-?」



 確認する。やはり同い年だ。



「おいおいハルカ、この世界に法律なんてないんだぜー? それに、飲酒でなんかの状態異常が発動する設定もないみたいだし-」



「それはそうかもしれないけど、酔いはバッチリ再現されてるみたいじゃない。飲み過ぎを避けるために値段もかなり高く設定されてるし……」



 セツナはもう、樽型のジョッキでなんたらエールという名前の酒を五杯は飲み干している。身体に悪くないと分かっていても心配だ。お財布もである。家を買うという話もこの勢いでは頓挫しかねない。



 彼が、アルカディアとの間に未だ線引きがあることに対する疎外感と、父に会うことを拒絶された悔しさで酒の力を借りていることは理解している。



 彼が弱ったところを見せてくれているのは嬉しくもある。それまでは、常に強くあろうとしているような人だったから。



「……今日だけだからね」



「さっすがハルカ! 愛してる!」



 情けなく破顔したセツナはテーブルから身を乗り出して唇を突き出してきた。普段の彼なら逆さに振っても出ないような行動である。少し可愛い。



「調子にのるな!」



 ぱこんと頭を叩いて押し戻し、ハルカは周囲を見渡した。明るさを絞ったオレンジ色の照明がほの暗く照らす室内は、老若男女問わない顔触れで賑わっている。



 まだ午前中だというのに大した客の入りようだ。この世界での酒場は、酒を飲む場、と言うよりは市民の憩いの場という意味が強いらしい。それにしても客が多すぎる気もするが。



 働く必要もなくなったユートピアの住民達は慢性的に暇を持てあましている。それまではそれを紛らわす意味でもフィールドでの狩りが盛んに行われていたのだが、ゲームオーバーで本当に死んでしまうとなってはそうもいかない。



 よほど無鉄砲な死に急ぎ野郎を除けば、全ての住民が朝から晩まで暇なのである。やることと言えば飲み食いと、お互い暇同士の語らいぐらいのもの。よって酒場は必然的に大盛況となるのだ。



「お酒かあ。身体に悪くないのなら、逆説的かもだけど余計に人を駄目にしそうね」



 周りを見渡す。いい大人が昼間から酔い潰れてどんちゃん騒ぎをしているというのはなんだか見ていて忍びない。普通に談笑と軽食に来ただけの客層も、店のど真ん中で騒いでいる男達には迷惑そうな視線を向けている。



「確かに、あいつらはちょっと節操がないな」と、セツナは急に素に戻って呟いた。さっき頭を叩いたときに我に返ったのだろうか。それとも、無理矢理酔おうとしていただけなのか。



 どうやらセツナはかなり酒に強い男らしい。



「確かに、働くことも風呂に入ることも全部個人の好きなようにってのがこの世界だ。人は堕落する一方だろうな。あそこまで目障りな奴らと一緒にされたくはないが」



 セツナの言葉にはトゲがある。やはり母の死と今朝のことで気が立っているようだ、無理もない。無理矢理忘れようと、酒の力を借りてまでふざけていただけで。



 そういえば、彼は誰の迷惑にもならない程度にしか羽目を外していなかった。



 店内の真ん中に位置する大テーブルではしゃいでいるのは三十代前後の男達十名あまりの集団だ。大量の酒と食事を散らかしたテーブルの上に土足で上がって大声で歌ったり、取っ組み合いをしたりしていて大変喧しい。



 彼らもまた、見えない恐怖と惰性に溢れた日々から逃げるようにして毎日を過ごしているのだろうとは思う。しかしそれにしても、いい大人なのだからもう少し分別をわきまえられないだろうか。



「けど考えても見ろよ、ハルカ。俺達十万の人口はさ、これから減ることはあっても、増えることは絶対にないんだぜ」



 分かりきっていたはずの事実が、彼の口から聞くだけで大きく胸を刺すようだった。



 この世界で子は生まれない。生まれたとしてもそれは命ではない。ただ決められたように生きるデータの集合体だ。



 昨夜の幸せな気分が嘘のように瓦解した。これからハルカは体が成長することもなく、お腹が大きくなることもない。愛する人の子を産むこともできない。



「そう思ったらさ、働きたくないやつに働かせて、飲みたいやつに飲ませないってのは頭固いんじゃないかな。親が働くのは子のためで、そうじゃなくても、仕事ってのは次の世代次の世代が同じように生きるためにできたシステムなんだからさ。俺達が向こうの世界で寿命で死ぬまで、この理想郷なんつって大層な名前冠してる世界で、せめて向こうでできなかった分も好きなだけ遊んで生きようってのが、たぶん親父の考えなんだよ」



 珍しい長広舌。少し酔いは回ってきているらしい。彼の話はハルカの目を覚まさせるような内容だった。



 今まで深く考えたこともなかったけれど、結局はこのユートピアは、延命処置に過ぎないのだ。これほど美しい世界に、人々は次の系譜を遺すことはできない。ハルカも、セツナも、皆最後の人類として生き、死ぬのだ。



 息苦しい、生き苦しい世界だ。ザガンとベテルギウスがシステムを変えなければ寿命を待つほかに死ぬことさえできなかったのだと考えたら、それはそれで一定数を相当に参らせていたかもしれない。



 セツナはあれほど美しかった元の理想郷を取り戻したいと言うが、ベテルギウスがかつての理想郷で閉塞感を感じていたであろうことがハルカには少しだけ分かってしまった。



 なんのために生きているのか、分からなくなる──セツナに会うまで、もしくはカイジを憎むまで、ハルカも同じ思いだったから。



 今この世界で生きている、いや生かされている人類の精神状況は、きっとベテルギウスという脅威が無かったとしても深い部分で淀んでいたのかもしれない。皆それを努めて考えないように、一生懸命怠惰に生きているのだ。



 ──それは、喧しい男達の声も気にならなくなってきたころだった。



 ギコリ。と、入り口の扉が音を立てて開いた。西部劇に出てくるような、中途半端なサイズの開き戸だ。



「……え」



 入り口の方に何気なく目を向けたセツナが、思い切り目をまん丸にする。入り口に背を向けて座っているハルカはそれを見て不思議に思い、振り返った。



 その直後。



「はぁーい! お待たせみんなー! 元気にしてたかなー!!?」



 高く、澄んだ良く通る声。店内の喧噪が一瞬にして淘汰され、意識が出入口に向けられる。



 そこに立っていたのは、漏れる逆光を背に立つ一人の少女だった。



「あ、あ……」



 セツナが見たこともないほど狼狽えている。それについて何か問うより先に、店内中を割れんばかりの歓声が支配した。



「待ってましたぁぁぁぁァアッ!!」「アンナァァァァァァァッ!!!」「大好きだー!!!」などなど、主にさっきから騒いでいた男衆団が一層騒ぎ立てる。他の客も相当に興奮している様子だ。



「アンナ……!?」



 そう喉の奥から絞り出したセツナは彼女のことを知っているらしい。というより、ハルカを除く全員が彼女のことを存じていて、むしろハルカ達以外は彼女の来店を知ってここに集まっていたような雰囲気だ。



 どうりでこんな時間から満席なわけである。ハルカはどこかで見覚えがないかどうか、もう一度少女の方を振り返った。



 可愛らしい、くりっとした猫目気味の大きな目。瞳は宝石のように澄んだマリンブルーで、量感のある睫毛がその上で存在感を放つ。



 落ち着いたランプの光に照らされた髪の毛は、ハルカの赤毛に負けず劣らずの奇抜なチェリーピンク。細く柔らかそうな髪を全方位に程よく跳ねさせるセットは彼女の人形のような顔の小ささをより目立たせている。



 顔立ち的にはサラサラの黒髪ロングだって似合うに違いないが、彼女のやんちゃな笑顔にはこちらの活発ショートヘアの方が合っているかもしれない。



 服装は空色の生地に蛍光色の緑と紫の星マークが散ったパーカーと、ジーンズ生地のショートパンツという格好。



 総じてヒップホップダンサーのような印象を受けるボーイッシュな服装だが、そんな薄着で寒くないのだろうか。



「さーってそれじゃあ、さっそく始めよっか! ANNAの出張ライブ、inメルティオール!」

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