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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第一章《Utopia》
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父に

 目覚めは、酔ったように意識のはっきりしない状態だった。漠然とした幸福感と大量の涙に溺れていたような感覚。意識が覚醒するにつれ、少しばかりの羞恥心が鎌首をもたげてくる。



「おはよ。よく寝てたね」



 至近距離にあった顔の開口一番だ。昨日は昼過ぎまで爆睡していたくせによく言えた台詞である。



「うるせ」



 上半身を起こして目をこする。本当によく寝た。母を殺され、人を殺したその夜だというのに、それはきっと隣でハルカが寝てくれたから。



「ハルカ、ちょっといいか?」



「え?」



 ハルカが同じく体を起こし、俺の傍らに寄り添う。



「昨日あったこと、結局ほとんど話せてないからさ。全部話そうと思う」



 胸の奥にへばりついていたヘドロのような重みが消えている。今なら、全て告げられると思った。



 故郷が襲われていたこと。ベテルギウスの存在。その一人に母が殺され、俺はそいつを殺したこと。その後ベテルギウスに囲まれて、ザガンに助けられたこと。



 それら全て、ゆっくりと、最後まで話した。ハルカは一度も口を挟まなかった。だが、その揺れる瞳は酷く狼狽えていた。



「……セツナ、辛い?」



「今はそうでもないよ」



「そっか。それならよかった」



 安心したように笑った。事実、俺はハルカのお陰で母の死や人を殺したことから立ち直りつつあった。忘れようとするのではなく、飲み込んで耐えきれなかった分を思いっきり泣いたことで前を向けているような気がする。



なぜだろう。母とはあの日喧嘩別れしたっきりのはずなのに。今では無色透明な言葉をそっと交わしたように、彼女の愛を信じられる。



ハルカが教えてくれたのだろうか。



 あとは、母を殺した仇を討てたことに妙な感慨が残るだけだ。達成感とも爽快感とも違う、もう少し粘度の強い何か。



「じゃあ、カイジもベテルギウスなのね。ザガンは青い昇り龍の刺繍が入ったローブかぁ、見たことないね」



「……ザガン、か」



 俺はトモヤという青年を思い出していた。あの目、あの顔、あの言葉。どれも半端な物じゃなかった。俺は果たして今、奴らを心から憎んでいるのだろうか。



「……俺さ」



 ハルカが傍らで小首を傾げる。昨日から、考えていることだった。



「俺さ、やめようと思う。復讐」



 ハルカは黙って聞いてくれている。



「大事な人を喪った悲しみに突き動かされて旅に出たけど、その結果また大事な人を亡くした。だから、あいつらのこと、今でも全然許せねえけどさ……俺、復讐の旅はもうやめる」



 ハルカの方をじっと見つめる。



「ハルカの傍にずっと居る」



 そうして、今度こそ。今度こそ大事な人をこの手で護るのだ。生かされ続けた命は今やそのためだけにある。



ーーそれと、もう一つ。これは折を見て話そうと思っているのだがーーケントを、探したい。



生きているのならどんな手を使ってでも探し出して、あの日のことを謝りたい。今俺が抱える後悔の全てを、唯一予言してくれたあいつを俺はあろうことか斬り捨てた。



謝りたい。誠心誠意今の想いを伝えて、できればもう一度……親友に。



「……私もね、同じこと考えてたんだ」



「え?」



「昨夜セツナがいなくなって。セツナのことが好きだって気付いたとき。私は一人で復讐の旅を続けるより、セツナを探す旅に出ることを考えてた。自分でもビックリしたんだけど……」



 頬をかいて照れくさそうに笑うハルカは、やはり何よりも愛おしい。



「だから、私も復讐やめる。カイジのこと、許せる日は一生来ないと思うけど。セツナと一緒ならそんなこと忘れられる気がするから」



 お互い、なんだか可笑しくなって笑い合った。ハルカは一層軽やかになったようにピョンと俺の上に飛び乗ってくる。



「ぐえっ! おい、腹の上に乗るな!」



「えへへー。というわけで、私たちここに住もうよ! この宿の契約は更新しちゃったけど、来週にでもまた不動産屋に行って家を買おう!」



 こんなに無邪気なハルカは初めて見た。俺も身体が一気に軽くなって、不敵に笑って上体を起こした。



「そうだな。そうと決まれば金を貯めないとだな、近くにダンジョンがあるみたいなんだが行ってみないか?」



「ええー、またあんなとこに潜るの? 攻略してみたら外では一ヶ月経ってました、なんてのは二度とごめんですからね」



「あはは、それもそうだな」



 上半身を更に起こすと、腹の上に座っているハルカに短いキスをした。朝から変な気を起こしそうになったのでその先は思い留まる。



「あ、そうだ。悪いハルカ、少し電話かけるな」



 俺はウィンドウを開いてとある人物にコールをかけた。ハルカが上から降りて俺の隣に回り込み、不思議そうに俺の肩に顔を預けてきたのでハルカにも見えるようにパネルを可視化する。



「知り合いのアルカディア研究員だ。すげー良い人なんだぜ」



「『Wataru』……ワタル? あれ、それってデザーティアに住んでるワタルさんのこと?」



 コール画面に表記された名前を見て、意外なことにハルカはそんなことを言ってきた。



「え、ハルカワタルさんのこと知ってんの?」



「うん。私も始まりの街はデザーティアだから。あの人、あの都市じゃ結構有名人だよ。あの見てくれだし、性格もあんなだし。何よりあの白衣着てるもんだから、ヒーロー扱い」



「ははあ、なるほどね」



 装備名《アルカディアの研究着》。非売品の超レア装備というカテゴリとなっているが、この世界に来ているアルカディア研究員は全員それを着用しているらしい。この話は割と有名で、白衣姿とくれば一番にアルカディア研究員が連想される。



 アルカディアは世界を救った英雄と言っても過言ではないから、多くの人間から畏怖と尊敬の眼差しが送られる。加えてワタルはあのルックスだ、そりゃあ有名にならない方がおかしい。



 ワタルは中々応答しない。やはり忙しいのだろうか。



「ワタルさんとセツナが知り合いだったなんてねぇ。で、なんの用なの?」



「いや、ちょっと野暮用」



「……ふーん」



 と、ここでようやく応答があった。ガチャッというお決まりのサウンドに続いて久方ぶりの彼の声が聞こえてくる。



『もしもし、セツナ君。君からかけてくるなんて珍しいね』



「あ、お久しぶりですワタルさん。話すのは二週間ぶりってところですかね」



 ハルカにも聞こえるようにスピーカーモードに設定する。



「報告が遅くなりましたが、無事メルティオールに到着しました。今は旅先で知り合ったプレイヤーと合流して宿をとっています」



『はは、用件ってそんなことかい? フレンド追跡機能を使えば、君が今ハルカちゃんと同じ宿に泊まってることくらい僕は知ってるんだよ?』



「ふぇっ!?」



 凄まじく気持ち悪い声が出た。



「は、ハルカ! お前ワタルさんとフレンド登録してたのかよ!」



 小声でハルカを問い詰めるのだが、このコールシステムというものはマイクに向かって喋る通話とは異なり俺の肉声をダイレクトに相手の内耳に届けるものなので、ワタルにはバッチリ聞こえていることだろう。



 逆に、ハルカの声はワタルには聞こえない。背景の騒音も同様だ。設定次第ではその限りではないが。



「え? ええ、まあ。ワタルさん、母と二人暮らしの私を何かと気にかけてくれてて」



「マジかよ……」



『用件はそれだけかい? とにかく元気そうで何よりだ、それじゃあ……』



 少し素っ気ない感じのワタルの声。もしかしなくても、今彼を含むアルカディア研究員はかなり忙しい身であるのだろう。



「ああ、すみませんワタルさん、用件は別にあるんです」



『へえ? 言ってごらん、僕にできる範囲のことなら力になるよ』



「──親父に会わせてください」



 脳内で、ワタルが息を呑む音が聞こえた。



「葛城慎司……いや、この世界のどこかにいるはずのシンジです。ワタルさんなら、知っているんじゃないんですか? 親父の居場所」



 ワタルが沈黙する間に横に視線を向けると、傍らのハルカが目をまん丸にしてこちらを見ていた。



「せ、セツナのお父さんって、研究員とは聞いてたけど……あの、テレビに出てた人だったの!? 超有名人じゃない!」



 父が有名人だなんてなんだかむず痒い響きだ。ワタルがようやく口を開く。



『……どうして、急に葛城さんに会おうと?』



「母が死にました」



 自分で言ったその事実は一定量の疼痛を俺の胸に宿らせたが、不思議と涙は出ない。前を向いて話せる。



『……そう、か』



「ベテルギウスに殺されたんです。親父には、まずそのことを伝えたい」



 なんて、俺は今更何を強がっているんだろうか。



 本音を言えばいいのだ。たった一人となってしまった家族に会いたい。父に、よく頑張ったと抱き締めて欲しい。母の仇を殺したことを褒めて欲しい。そのために会いたいのだと。



『ザガンとは別にベテルギウスという組織の存在があることは、我々にとっても最近発覚した事実なのに……君は、いや君達は、思っていたよりずっと深くまで来てしまったんだね』



「俺の知っていることは全て話します。ワタルさんは応援してくれたけど、俺、色々考えて復讐の旅はここでやめることにしました。けど、この世界を取り戻すために戦ってるアルカディアにはできる限りの協力がしたい。その旨も、直接親父に伝えたいんです」



『……ごめん。今は、彼と君を会わせられない』



 予想外の言葉だった。



「そんなに、忙しいんですか? 親父に一言伝えてください、俺が会いたがってるって! もうたった一人になっちまった家族ほっぽり出してまでやらなきゃならない仕事ってなんですか!?」



『そうじゃない。落ち着いて』



 ハルカが、俺の強ばる手をそっと握った。俺はぐっと腹に力を入れて全てを飲み下す。



 もう二度と、怒りに任せて我を忘れないと決めた。



『葛城さんは、君の復讐の旅に反対していた。彼は、君にただ、お母さんの傍にいて欲しかったんだ。そうできない彼の代わりに』



 胸を杭で打たれたようだったが、負けない。歯を食いしばって耐える。



「……そのことも、親父に直接謝りたいんです」



『君の気持ちは、分かるよ。でもそれだけじゃないんだ』



 ワタルも譲らない。



『ザガンか、ベテルギウスかどちらかは分からないけど、とにかく向こうサイドに最低一人、恐ろしく頭のキレる者がいる。葛城さんはそう考えている』



「……だから、なんですか」



 ワタルの言う父の見立ては俺に言わせても正しいと思う。



 アルカディアのセキュリティは父が自ら手がけたもので難攻不落だったと聞いているし、そもそもこの仮想世界という超専門的な分野の設定を改変するには、とてつもない知識と頭脳が求められるはずだ。



 単に腕っ節だけが取り柄の烏合の衆では、アルカディア本部を乗っ取りこそできても肝心のシステム書き換えが行えない。鬼才が最低一人、向こうにいる。それはそうなのだろう。



『その切れ者は、間違いなくアルカディアをマークしている。葛城さんの居場所も特定しているとして間違いないだろう。なぜならそいつはシステムを牛耳ってるんだから、言ってしまえば神様みたいなものなんだよ』



「……だから、それがどうしたんです。敵の強大さなんて、今更教えてもらわなくたって充分です」



『そうじゃない。君と葛城さんが会うということは、その鬼才の目が君にも向くということ。葛城さんはそれを一番恐れている。だから、君とは会えないそうだ』



 見当違いだと思った。なぜなら俺はもう、一人ベテルギウスを殺しているのだ。奴らにとって明確な敵として認識されてしまっている。



 ゲイルの言う感じではトモヤに返り討ちに遭ったあのガリバーとかいうベテルギウスも俺が殺したことになったらしい。そうなると、いつ報復の魔手がこちらに伸びるかどうかも分からない。



「……いつまで、ガキのままだと思ってんだよ」



 それはワタルにではなく、親父に向けた言葉だった。



「もうザガンにもベテルギウスにも、半分喧嘩売っちまった! 俺が復讐をやめようと、あいつらはこれから俺達に攻撃してくるかもしれない……! 今更、そんなインテリ野郎一人にビビるわけ──」



『君がビビるかどうかじゃない。君が死んだら、葛城さんは一人なんだ』



 喉が締め付けられた。



 それを言われてしまったら、俺はもう何も言えない。



『これだけは分かって欲しい。僕は葛城さんのことも大切なんだ。彼の意思を尊重した上での協力なら、いつでも惜しまないよ』



 そうして、コールは切断された。

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