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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第一章《Utopia》
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邂逅

 俺と分身達はザガンの影を捜し続けた。無事な建物の屋根から屋根へ飛び移り、血走った両眼をぐるぐる動かす。



 居住区を下りきって商店街に差し掛かった俺の耳に、微かに助けを乞う声が聞こえてきた。



 瓦を蹴って飛び上がった隙に声の出所を探れば、眼下に崩落した家屋の下敷きになった男性の姿が見える。苦痛に歪めた顔で助けを探していた彼の目と俺の目が合った。



 俺は気がつけば、その崩壊した家ごと男性を飛び越えていた。助けに行かなければ、と訴える俺が頭から凄まじい力で押さえつけられる感覚。



 焼け付くような憎悪が理性を押し殺し、蒼く煮えたぎる目だけを狂ったように回転させるのだ。彼にすまないと思う余裕さえ、情けないことにこの時は殆ど無かったと思う。



 ──そのとき。



「っ!?」



 脳の筋が一本ぷつりと切れたような衝撃。分身の一体が、消滅したことを知らせるサインだ。感覚的にだが、俺は分身が消滅した地点をおおよそ掴むことができる。



 二時の方向。近い。



 俺はほぼ反射的なレベルの反応で進行方向を転換した。HP1の分身は言ってしまえば目にゴミが入っただけでも霧散してしまうやわな存在のため、今の一体がザガンによって消されたとは言い切れない。



 だが直感した。この先に、俺が何よりも憎む存在があると。



 俺は呼吸も忘れて飛んでいた。一際高い屋根にブーツを引っかけて跳躍し、視界が開けたとき。



 眼下に、まさしく探し求めた仇敵がいた。全身の血液が一瞬動きを止める。時間が止まる。



 ボロボロの黒布を纏い、フードを目深に被ったそいつが、俺の気配に気付いたのか空を仰ぐ。細い鋼鉄の矛のような金属剣を肩に担いだそいつと俺の視線が交錯する。



 フードの下から覗く凶悪な三白眼が間抜けに丸くなる。



 ──ミツ、ケタ。



 ついに理性が完全に消し飛んだ。頭と足の位置を入れ替え、俺は両足を揃えて空中を蹴った。ブーツが発光し【二段ジャンプ】が発動、俺は混乱しているザガン目がけて隕石の如く滑空する。



「死……ね……!」



 殻を破るようにして溢れ出した蒼い炎を身に纏い、俺は彗星と化してザガンに激突した。脳を震わせるような金属音。



 旅の間ひたすら練習を重ねた居合い斬りは細長い金属剣によって阻まれた。衝突の威力の凄まじさを物語るように膨大な火花が弾け飛び、遅れてザガンの足場が陥没する。



「お前、さっきの……!?」



 競り合いの最中泡を食ったような声が飛んでくる。俺の分身を斬ったならこの反応も当然。──何も分からず死ね。



「口を開くなッ、このクズがァァッ!!!」



 地に足を着けるや否や俺は己の憎悪が命じるままに腕を振り続けた。全細胞が一刻も早くこいつの血を、痛みを、恐怖に歪む顔を渇望し、それが復讐の刃を加速させる。



 しかし──全力の連撃は、一発として仇の体には通らなかった。



「ちぃっ!」



 悪態を吐きながら、ザガンは秒間数発の勢いで殺到する刃を全て弾き返した。刀身の側面が頑丈なのは刺突武器の特徴だ。この男の武器は見たところ大型のレイピア、《エストック》。



 俺がようやくそこまで分析が及ぶまでに冷静さを取り戻したのは、埋められない力の差を感じた後だった。これほどの攻撃を全ていなすとは尋常ではない。



 ザガンはシステム変換の際、自分達のステータスを好き放題にいじった可能性がある。それは俺も当然考えていた。



 しかし、ユートピア・オンラインの戦闘は簡潔に言ってドスキル制。脳みそ筋肉のボディビルダーと軽量級の凄腕柔道家が現実で手合わせすれば後者に分があるように、この世界でも単純な筋力値、ステータス値が勝敗を分かつ絶対条件ではない。



 つまり、戦闘センスや反射神経によって強さの優劣は逆転しうるということだ。そしてそれらの要因はレベルを上げても向上することはない。天性の素質に加え、実戦の中で鍛えていくしかない。



 更にここでは異能じみたスキルという存在があるため、レベルが高い方が勝つ、というRPGのお約束はまったく当てはまらない。だから俺は、ザガン相手にだって勝機はあるとこれまで信じて疑わなかった。



 だが──



「なんだか知らねえけど、やるじゃんかガキ! まさかこの街にこれだけやれる奴がいるなんてな!」



 圧巻の手際で攻撃を弾き続ける男は戦闘を楽しむ余裕さえある。超スピードで全方向から飛んでくる刃に完璧に反応する反射神経と運動能力が、この男にはあるということだ。



 つまり、こいつは、ステータスをいじったチート野郎であるか否かに関わらず、強い。



 とてつもなく。



「くそ、くそ、くそっ!! 死ね、死ねぇぇぇぇェッ!!!」



 積み上げてきた時間、自信、矜持。その全てが音を立てて崩れた。恐慌した俺は絶叫して更に加速するが、返ってきた反応は楽しそうな歓声だ。



 弄ばれている。まるで赤子扱いだ。それを自覚したとき、精神までもが瓦解した。



 無理だったのか。無謀だったのか。初めから、不遜な野望だったのか。



 男を吹き飛ばすつもりで放った渾身の一撃はいとも簡単に凌がれた。鉄の壁を棍棒で殴ったような感触だった。



 男は距離をとり、自分の剣を心配するように刀身に顔を近づけた。感心したように三白眼を丸くする。



「うっはー、折れる寸前だ。これかなりイイやつなんだけどなー」



 俺に興味深そうな目を向け、ザガンはフードを外した。現れたのは、まだ俺と年もそう変わらない、十代と思われる若々しい顔だった。身長もよく見れば決して長身ではなく、俺より少し高い程度だ。



 全方位に跳ねた銀髪。細く鋭い同色の眉毛に、ギョロリとした猫目気味の三白眼の色は赤。



「どうどうオレの素顔? 意外と悪くないだろ? 髪色と瞳の色はオレがリスペクトしてる人のマネなんだ!」



 ソーマだ、と俺は直感した。白髪灼眼の彼には、悪魔的なカリスマ性が確かにあった。



 ターゲットして頭上に浮かび上がった名は、シャビ。軽薄そうな物腰から、俺より年下なのではないかとさえ思えてくる。



 こんな少年が、平気な顔で人を殺すのだ。俺が想像していたザガンのイメージと大きく異なる少年の容貌に動揺を隠せない。



「セツナっていうのかお前! なんか、どっかで聞いたことある名前だな。オレ達に歯向かってくるバカはたくさんいたけど、お前ほど強いヤツは一人もいなかったなぁ。なあなあ、さっきの蒼い炎もう一回出してくれよ!」



 言われて、俺は自らの巨大な過ちに気付いた。俺はもう炎を纏っていなかった。愕然としながら意識を集中してSPを確認すると、綺麗に使い果たされている。



 サクヤの店での炎の暴発。それだけでなく、後先考えずに大量の分身を出現させてしまった。蒼炎は最初の突進の途中で消えてしまっていたのだ。



 最悪の失態だ。だが同時に、希望が蘇ったとも言える。蒼炎を発動している状態でなら、シャビに斬り合い勝負で打ち勝つことができるかもしれない。



 ザガンに、俺の全てが全く通用しないというわけではなかった。それだけでも救いに違いなかった。



「どうしたんだ? 早く見せてくれよ」



 急かすシャビ。俺は慎重に言葉を選びながら口を開いた。



「生憎だが、SP不足だ。見せてやってもいいが回復アイテムを使わなきゃいけない」



 返答は拍子抜けなことに二つ返事だった。



「なんだそんなことかよ。待ってやるから早くしろ」



 なめられたものだ。それとも本当にただのバカなのか。自分の命を狙う存在にアイテムを使う隙を与えるとは。



 俺は腰のポーチから青い瓶を取り出して呷った。グレープフルーツジュースのような爽やかな酸味が口いっぱいに広がる。



 SPをフル回復するポーション系アイテムだ。意識の内にある青いゲージがマックスまで伸びる。



 いざオリジナルスキルを発動させようとした俺は、ギリギリで理性を持ち直した。前に踏み出しかけた体を刀を地面に突き刺すことで抑える。



「……どうした? こないのか? 街をめちゃくちゃにしたオレ達が憎いんだろ?」



 俺は聞く耳を持たず、大きく深呼吸する。ザガンを目の前に蒼炎を発動してしまえば最後、理性は完全にぶっ飛んでしまうだろう。



 幸いにしてシャビはおしゃべり好きなきらいがあるようだし、辛うじて理性を保っている今なら俺にも会話の余地がある。今のうちに、聞きたいことをできるだけ聞き出した方がいい。



 質問の順番は慎重に選べ、と自分に言い聞かせながら頭を必死で働かせる。シャビが話に飽きて襲いかかってきてもまずい、興味を引きつけ続けるように関連性を持たせた順番でなくてはならない。



 父の血を受け継いでいるからなのか、ここ一番で俺の頭はかつてない回転速度を見せていた。渇いた喉から掠れた声が漏れる。



「お前ら……なんで、この街を襲った?」



 案の定、シャビは誇らしげに胸を張って答えた。最初の質問としてはこれ以上無い選択だったろう。



「退屈だったからだ!」



 脳の血管が引き千切られるようだったが、俺は必死で冷静さを保った。だが表面的には、シャビが喜ぶように悔しそうな顔をしてやる。半分は本心から来る表情だったが。



「ザガンのヤツらは人捜しに躍起になってて全然遊んでくれないし、ソーマ様も最近入った新人にばっかり夢中でつまんねーからさ-。同じように退屈してるメンバーにオレが声かけたんだよ」



 シャビの言葉に、俺は激しい違和感を覚えた。



『ザガンのヤツら』……?



 まるで自分はザガンでないかのような言い方が俺は猛烈に引っかかった。せっかく組み立てた段取りを全てぶち壊して、それを尋ねてしまう。



「待てよ、お前ザガンだろ……? お前はザガンのメンバーじゃないのか?」



 シャビは「うわー出た」とうんざりしたように顔を歪めて独りごちた。俺の脳内を無数の疑問符が埋め尽くす。



「その誤解よくされるんだよねー。俺はザガンじゃねーよ。俺はギルド《ベテルギウス》のシャビだ」



「ベテルギウスだと……?」



「そ。この黒いボロを着てるヤツはみーんなベテルギウスだぜ。アルカディアを襲撃したときにザガンだけが名乗ったから、俺らまでザガン扱いされて迷惑してたんだよねー」



 俺は懸命にシャビの話を咀嚼しようとした。あまりに意外な事実に把握が追いつかない。



 分かるのは、ベテルギウスはザガンとは別の集団で、かつザガンと交流があるということ。



 ソーマもゲイルも、シャビの話が本当ならベテルギウス所属ということになる。つまり、俺が今までザガンだと思い憎み続けてきた存在は全て、実はザガンではなかった。



「じゃあ、ザガンってなんなんだよ……!?」



「はあ? なに言ってんだお前」



 シャビは早くも話に飽きたようで、うずうずと体を揺すり始めた。俺は困惑のあまり憎悪が上手く増幅できず、蒼炎を発動することができない。



「ザガンが何者かなんてオレ達も知らねーよ。ただ、感謝はしてるんだぜ? あいつらがシステム書き換えの話をオレ達に持ちかけてこなかったら、オレ達はずっと、こんなぬるゲーのつまんねー世界で、はみ出しものとして肩身の狭い生き方をしなきゃだったんだから、よっ!」



 耐えかねたようにシャビは俺目がけて地を蹴った。目を凶悪に見開き、鋭い犬歯を見せて笑いながらエストックを突き出す。俺は咄嗟に葉桜の腹でひし形の切っ先を受け止めた。



「くっ!」



 火花が盛大に散る。俺は大きく仰け反った。そんな俺にのしかかるようにシャビは跳躍する。



「【白鯨】っ!」



 気付けば、咄嗟に刀専用の上位ウェポンズスキルを唱えていた。絶妙の発動タイミングにより俺はノックバックを打ち破って、システムにより体勢を無理矢理立て直す。



 【白鯨】はひし形を描くように刀を振る四連撃のスキルだ。エストックの追撃を最初の一撃で弾き、残り三つの斬撃が浅いながらもシャビの体を切り裂いた。



「いっ、てえな……」



 ほんの僅かHPを減らしたシャビから笑顔が消えた。不覚にも背筋に寒いものが走る。



「【ストレートフラッシュ】」



 鋼鉄剣が強烈な深紅の光を帯びた。シャビは右手に握ったその剣を、切っ先を俺に真っ直ぐ向けたまま大きく後方に振りかぶって、左手を狙いを定めるようにまっすぐ開いて伸ばす。



 直後、銃声にも似た空気を切る音。



 それは俺が見た中で最速のスキルだった。【フルカウンター】を発動する暇もなく剣は俺の肩口を深々と貫いた。駆け巡る激痛。



「がぁ……ッ!!」



 突き刺して瞬間的に抜くというそれだけの技だったが、攻撃力値が高いからかそれとも攻撃の速度が速すぎるからか、俺のHPはそれだけで四割も損なわれた。ほぼ不可避の攻撃にしては大きすぎるダメージ。



 あと二発くらえば俺はそれだけであっさり死んでしまう。首にでも当たれば即死だ。



「うーん、お前誰かに似てるんだよな」



 尻餅をついた俺の鼻先に剣先を据え、俺の顔をじっと見下ろしていたシャビがそんなことを言い出した。



「ああ、分かった。さっき殺した女に似てるんだ」



 合点がいったとばかりに頷くシャビ。肌が粟立つような不快な感触が走る。



「あそこの、ほら、坂上ったとこにある家。キレーな女だったな……真っ黒な髪とか白い肌とか、お前あの女に似てんだよ。ん? 待てよ、そのセツナって名前……」



 次の瞬間、何か面白いものを見つけたような、凶悪な笑顔がシャビの顔に浮かんだ。エストックの腹を手の平でぺちぺちと叩く。



「あの女……殺す直前さぁ、お前の名前呼んでたぜ? セツナ、セツナってさぁ!! お前あの家のガキだったのかよ、なにそれ傑作じゃん! お前の姉ちゃん? 母ちゃん? サイッコーに泣き叫んでたぞ! そこを俺がこの剣で、喉をこう、ブスッ! って一突き!」



 音が消えた。



 視界は蒼で埋め尽くされた。



 そしてひたすらに感謝した。今ここで母の仇を討てることを。



「──殺す」

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