爆発
俺と、俺に触れているハルカの身体が同時に硬直した。電流に射貫かれたような衝撃。
ザガンが──ここに来た……!?
瞬間、長い時間をかけて浮き上がりかけていた、以前までの平和ボケした俺が凄まじい力で上から沈められた。
代わって、底に沈みかけていた果てしなく黒い俺が急浮上し、内側からじわり、じわりと俺を塗り潰していく。
もはや道徳や倫理なんて崇高な思考は完全排除されていた。ローテーブルをブーツで踏みしめ、身を乗り出す。
「あら、もしかしてあなたも彼らと同じ極悪人なの? いいわねいいわね、ゾクゾクする」
「あんな奴らと、俺が一緒に見えるのか?」
それは最大級の侮辱の言葉だった。今すぐにでも喉元を鷲掴みにしたいところだったが、険しい顔つきで俺達を見守るハルカの存在が俺を踏みとどまらせた。
「質問にだけ答えろ。それ以外で口を開けば──殺す」
半分本気の脅しだった。サクヤは言うことを聞いて黙ったが、少しも俺に恐怖する様子がない。あまつさえ面白がっているようにも見える。
ただ者ではない雰囲気が、余計にこの女とザガンの関与を肯定する。
「ザガンは、ここに来たのか?」
「ええ」
「いつだ?」
「店をオープンした翌日よ。丁度、システムが書き換えられたって大騒ぎになる前日だったかしら。あの時はさすがの私も怖かったわよ、最初のお客さんが不気味な黒ずくめの集団だったんだから」
口惜しいのは、この女が嘘を吐いているかどうかが判断できないことだ。嘘を吐くメリットの有無や辻褄の合致を参考に考えていくしかない。
「人数は」
「五人くらいだったかなぁ。その中でリーダー格だろう人がフードをとって、私に礼儀正しく頼むわけよ。特大のギルドハウスが欲しい、譲ってくれって。その彼がまたいい男で……」
「黙れ」
むう、とサクヤは不満げに口を閉じる。苛立ちばかりが募り、俺の声は酷くしゃがれた。
容姿の整ったザガンと聞いて一番に思いつくのはあの男。白髪の青年ソーマだ。といっても俺はソーマくらいしか素顔の知れているザガンがいないが、あれは確かに人を引きつける容姿をしていた。
しかし、オレンジ色の髪となると彼ではないだろう。もっとも、システムカラーで髪の色を変えただけという可能性もあるが。
サクヤは妙な声で笑って俺を見上げた。媚びるような、誘うような妖艶な上目遣い。生半可な覚悟ならこの色香に惑わされて終いだろう。
だが、俺の中心に据えられた重たく黒い柱はぴくりとも揺るがない。それに、俺の後ろにはハルカがついている。
「奴らの目的はなんだ」
それは、恐らく全人類共通の疑問。
なぜザガンは世界を変えたのか。なぜ、人が痛み、傷つき、死んでしまう世界に変えてしまったのか。
なぜ、シュンは死ななければならなかったのか。
その意味さえ見出せないままでは気が狂ってしまいそうだ。どれだけご大層な理由でシュンを、ハルカの母を殺せたのか、是非教えてほしいものだ。
サクヤは憐れむように小さく息を吐いて、素っ気なく言った。
「知るわけないじゃない。だって私と彼ら、ただの客と店主の関係だもの」
「もっとマシな嘘を吐けよ」
「ホントだってば。あー、まあ正確に言うなら、金銭的なやりとり交わしてないからその関係でもないか」
あっけらかんと言う。俺は目つきにより剣呑な光を帯びさせて問うた。
「じゃあ、お前はザガンにタダでギルドハウスをくれてやったのか?」
「そ。だからまあー、私は……彼らの協力者ってことになるわね」
「だよな」
脳で何かが焼き切れた。ずっと握りしめていた拳を振りかぶったとき、後ろのハルカがそれを抑えた。
「……すまんハルカ、バトンタッチ」
これ以上は本気で暴力衝動を抑えられそうにない。俺はまだまだガキなのだ。背を向け、足を机から下ろしてハルカの肩に手を置く。よろけそうになって体重をかけた。彼女はしっかり支えてくれた。
「私のモットーはね、気に入ったお客様には格安で、気に入らない客にはぼったくり価格で家を売ることなの」
サクヤの邪気のない声が投げかけられる。
「私はザガンが気に入った。そんで、あなた達のこともすごく気に入ったわ。彼らと同じ目をしているもの。だから、よかったらタダで物件紹介したげるわよ?」
「どこまで……」
まずい。そう思ったがだめだった。
「どこまで人を馬鹿にすれば気が済むんだッ!!!」
解放された蒼い炎が核爆発のような熱と衝撃を生んだ。サクヤを、この建物を、そして──必死で止めようと俺にしがみついたハルカを、炎は容赦なく吹き飛ばした。




