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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第一章《Utopia》
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サクヤのぼったくり不動産

 本当は、ケーキを食べ終わった後にでもそれとなく切り出そうと思っていた提案だった。



 この街に家を建てる。断じてプロポーズの意図ではないが、結局のところは同棲の提案である。言うにはかなり勇気がいるだろうと思っていたのだが……その場の勢いとは恐ろしい。



「い、家を買うって、急にどうしたの……?」



 突飛すぎる提案は俺達の間に流れていた微妙な空気を解消するのに丁度良かったようだ。ハルカは涙を拭いて少しだけいつものハルカに戻ってワケを聞いてきた。



「い、いや。ザガンは遅かれ早かれここに来るっていうのが結論だったけど、それがいつになるのかは分からないだろ? だったら、いっそのこと家を買った方が結果的に安くつくかも、と思ったわけなんだが……」



 ハルカはあの宿屋を一週間という最大スパンで契約していた。今日で丁度最後の契約日だ。



 明日には契約を更新せねばならず、今度は二人で折半するとは言え看過できぬ出費となるだろう。ヨシシゲからプレイヤーホーム購入の話を聞いて、丁度良い機会なのではないかと思ったわけだ。



「……なるほど。確かに、それはいいかも」



「だろ? あの部屋じゃもう一つベッドを置く広さもないし、ずっと並んで寝るのもその……狭いしな」



 両者苦笑。お互い、昨夜から今朝にかけての時間は黒歴史に記されたようだ。



「……じゃあ、明日の朝にチェックアウトを済ませて不動産へ行きましょうか、って……そんなところ、あるのかしら……?」



 最後に鼻をすすってハルカは完全に泣き顔を改めた。本当に強い女性だと思う。



「ああ、実はヨシシゲさんとメッセージのやり取りしててさ。なんでも、格安で家を売ってくれる不動産屋があるってさ。えーと……丁度、この通りを真っ直ぐ行ったところだな」



 マップを見て確認する。「いつのまに」と目を丸くするハルカと目を見合わせて、俺はこんな提案を持ちかけた。



「まだ開いてると思うけど……どうせだし、今行ってみるか? 今夜はあの部屋に帰るにしても、良い家は早い内に抑えておくに越したことはないだろ」



 かなりこじつけた建前だが、すぐにでも家を見たいという欲求が抑えられなかった。何かと理由を付けては見たが、マイホーム購入という夢物語に浮き足立っているのは事実なのだった。



 ハルカは急展開に困惑を拭えない様子ではあったが、一つ、こくりと頷いて笑った。



 その不動産屋は、本当に突き当たりにあった。散在する煉瓦造りの家屋に挟まれた街路を歩くこと五分、行き止まりのような形でそれは俺達の前に立ちはだかったのだ。



 ピカピカの白壁に真っ平らな青い屋根。傷も汚れも全く見当たらない新築臭い建物だった。



 屋根のへりに掛けられた看板曰く、『サクヤのぼったくり不動産』。かなり攻めた店名にハルカの顔が僅か引きつった。



「せ、セツナ、まさかここって」



「ああ……俺も信じられないけどな」



 ヨシシゲの文章の言い回しにひっかかるところがあり、もしかしたらそうなのではないかと思っていた。彼は、「格安で」家を買えると書いていた。



 値段設定が低めの店は探せばあるかもしれないが、値切りができる店となるとそれは間違いなくプレイヤーショップだ。ヨシシゲは恐らく同じプレイヤーショップ経営を志す仲間として、この不動産屋の店主にレストランハウスを値引きしてもらったのだろう。



 売上金からローンを返済していくなんて都合を聞いてもらえるのもプレイヤーでしか有り得ない。



 そもそもユートピアの建物には全てランダムに腐敗レベルが設定されており、古い建物、新しい建物それぞれの趣を忠実に再現している。



 周囲と比べて明らかに浮いているこの真新しい建物はNPCショップと考えるより、つい最近建てたばかりのプレイヤーショップと考える方がしっくりくる。



 料理店ならいざ知れず、不動産屋を開きたいなんて物好きも物好きなプレイヤーがいたものだ。



「なんだか、ものすごく怪しいけど……本当に大丈夫なの?」



「でも、あのヨシシゲさんの知り合いだし、彼も店主については好意的なことを言ってたぜ。ヨシシゲさんの名前を出せば、案外安く買えるかも」



 仮に平均的な値段であったとしても、例の迷宮攻略報酬に加えて、母からもらった金色の豆を売って得た一千万ルビーがある。二人暮らしならそれほど大きな家もいらないだろうし、一括でも買えないことはない。



 俺がそれほどの大金を持っていることはハルカに言いそびれているので彼女は少し不安そうだ。俺はハルカの背中をポンと叩いて、入店を促した。



 二人同時に、意を決して歩みを再開する。分厚い木製の扉を、力を込めて引く。ギギギギ……と不気味な音を立てて扉は開いた。



「あら、いらっしゃい」



 俺達を迎えたのは、妖艶な美女だった。



 艶々の波打つようなロングストレートヘアは、髪色を自在にアレンジ可能な現在ではそこそこ希有となった漆黒。肌は白く、アイラインを強調した小悪魔的なメイクの施された顔は凄まじい色気を備えた整い様だった。



 細められた切れ長の目、筋の通った鼻。ぷるんとした赤い唇。その上服装は胸元をわざとらしくはだけさせた白のワイシャツと黒スーツ姿であるからいかにも扇情的だ。見とれているとハルカが小さく俺を小突いた。



「こんな寒い中よく来たわね。久しぶりのお客だもの、歓迎するわ」



 にこやかに笑う彼女は、店の奥の暖炉の側にある椅子に座っていたのから立ち上がり、俺達を営業用と思えるソファに案内した。



 中は、暖色系のランプが灯る心落ち着く空間だった。赤い壁に黒い床、黒のレザーソファにブラウンのテーブル。どこかのクラブに迷い込んでしまったような場違い感を覚える。



 ローテーブルを挟んでソファに向かい合わせに腰掛ける。店主──サクヤはいきなり商談に入るのかと思いきや可笑しげに微笑みながら俺達二人の顔を交互に見つめ始めた。



「な、なんですか?」



 これほどの美女に遭遇する経験も多くはないため妙に緊張してしまう俺だった。アリシアやハルカに出会った時に比べて、俺の頭にようやく復讐以外のことを考える余地が生まれたということだろう。



「あらごめんなさい。まだ若いのに同棲なんて、ステキだなあと思って」



 イヤミのない言い方だったが、俺は急激に恥ずかしくなって目を伏せた。端から見れば、俺達は頭の悪いカップルにでも見えているのだろうか。



「べ、別に私達、そんな関係じゃありませんからっ!」



 ハルカの必死の弁明はそれはそれで俺を傷つけるのだが、サクヤはそんな俺とハルカの様子を面白がるように頷きながら、「でも」とハルカに投げかけた。



「嫌いな男と、一つの家に住もうなんて思わないでしょ?」



「そ、それはっ!」



 顔を真っ赤にしてなおも抗議しようとするハルカだが、余裕たっぷりに舌鋒を封じられるのがオチだった。このような誤解が生まれるのは今思えば当然だった。



 俺としてはその誤解もやぶさかではないのだが、誤算だったのは店主が予想よりかなり厄介な人物だったということだ。



 余程楽しかったのか、サクヤはたっぷり五分もハルカをいじり続けた。ようやく商談に入りかけた現在ではハルカは完全敗北してうな垂れている。



 縋るようにして僅かに俺に身体を預けているのだが、体温が異常に高かった。



「それで? どんな感じの家を探してるのかしら」



 ハルカに代わって俺が答える。



「ああ……それほど大きくなくていいから、部屋が二つあって暖房設備の整ってる家。あとは……浴室が大きめの家がいいかな」



 俺とハルカの共通点は入浴好きであるということだ。ザガンからシステム権限を奪取し、アルカディアが再びこの世界の改善を再開する日が来ればいずれは発汗やデトックスの概念が再考されるだろうが、現時点ではプレイヤーは入浴を必要としない。



 少しでも現実らしくするためにわざわざこの世界を不便にしようとするアルカディア、つまり父シンジの考え方は理解に苦しむところもあるが、理想とする世界の崇高さも理解できるつもりだ。



 話がそれたが、現段階でそういう状況であるわけなので、それは断っておかないと最悪浴室無しの物件を紹介されかねない。その辺の話はここに来るまでにハルカと散々したので抜かりはない。



「なるほどねぇ、私もお風呂好きだから分かるわぁ。でも、二部屋も必要かしら? ベッドも一つなんだし」



「二つですから!」



 持ち直したハルカが顔をトマトみたいにして叫んだ。サクヤは「照れ屋さんねえ」と一蹴。話にならないと判断したのかハルカはまた撃沈した。



「それにしても……」



 さっきより少し俺に預ける体重が増したハルカにドキリとして硬直していた俺は、サクヤの視線を感じて目線を戻した。じーっ、と熱い眼差しが送られていた。俺は目を逸らせない。



「カワイイ顔してるわねぇ」



 瞬間、ハルカがなぜかギョッとしてサクヤに厳しい視線を送る。



「容姿登録があと三年遅ければ、さぞイイ男になったでしょうに。今は今で、可愛くてステキなんだけど」



 うんうんと首を縦に振り続けるサクヤ。



「どうしてウチの店のお客様はイイ男ばかりなのかしら。この間来たコックさんの殿方もステキだったし……最初来た団体の、オレンジ色の髪の彼なんかモデルかと思っちゃった。なんて名乗ってたかしら……ああ、そうだ思い出した」



 次の一言が、俺のまんざらでもない気分を吹き飛ばした。





「──ザガン」

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