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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第一章《Utopia》
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亀裂

 ヨシシゲの店をあとにした俺達はその足で、NPCの運営する喫茶店へと入っていた。



 しょっぱいものを食べると水分と甘味が欲しくなる、という本能的欲求も見事にこの世界は再現している。俺達はドリンクとデザートを所望する、という点で意見が一致していたのだった。



「ご注文はお決まりですか?」



 磨き上げられた窓際の席に向かい合って着席して、きっかり一分でプログラミングされたNPCの女性がオーダーを促しに現れた。メイド服のような制服はこの世界観では常識である。



「えーと、チーズケーキと牛乳で」



 発声から音声認識システムが作動し、それを解析したサーバーが注文を把握。「かしこまりました」とウェイトレスが頭を下げると同時に、俺の脳内で所持金が引かれる音がした。



「牛乳って……なんかお子様って感じね」



 自分の注文をするより前に、向かいの席からハルカが愉快げに細めた目を向けてくる。俺はむすっとして唇をとがらせた。



「なんだよ、悪いか。まだ俺は身長百七十台の夢を諦めてはいない」



「この世界で身長が伸びるとは思えないけど」



 思わずむっとして、うっかりマズいことを口走ってしまう。今朝俺が顔を埋めていたブツについてだ。



「ハルカだって、もうちょっとおっぱい欲しいとか思わ……」



 言い終わる前に、俺の顔面を鋭利な刃物が無数に往復した。



「次言ったら殺すから」



 備え付けのナイフで顔面を切り刻まれた俺は首をかくかく動かすしかない。



 現在俺達はパーティー契約を交わしており、お互いの攻撃は全てすり抜ける仕様になっている。広範囲魔法などに味方を巻き込まないためのシステム的配慮だ。



 しかしそうだと頭では分かっていても、まさかナイフで細剣スキルを発動してくるとは思わなかった。縦横無尽に顔面を刃が往復するのだから痛みもダメージも無くてもそりゃあ恐怖する。



 金髪のショートボブが愛らしい美人ウェイトレスの表情は明らかにひきつっていた。NPCをドン引きさせるなんて並のことではない。



 ハルカはそんなことなど意に介さない様子で、笑顔でメニューを読み上げ始めた。



「私はー、季節のフルーツ盛り合わせタルト粉雪ガトーショコラかぼちゃのモンブランスペシャルマンゴーパフェエクレアプリン粉雪ガトーショコラチョコレートシュークリーム……」



「どこで区切るの!?」



 恐らくだが同じメニューが二つ入っていた気がする。ハルカ自身でさえ収拾がついていない魔のオーダーラッシュだ。



 ウェイトレスはしどろもどろになってハルカの発声を読み込もうとするが、あまりの情報量にサーバーが混雑して把握が追いつかないようだ。エラーを起こして機能停止する寸前まで追い込まれているのが分かる。



「ハルカ、お前そんなに食べたら《糖尿病》かなんかの状態異常付けられるぞ……」



「女の子に向かって糖尿とか、失礼でしょ。デザートは別腹なの!」



「この世界でも当てはまるのか、それ……?」



 ハルカは結局、口答注文ではなく、メニューをタッチして個数を選択することで注文する方法で十数種類のスイーツを頼んだ。あの可愛いウェイトレスはなんとか一命を取り留めたわけである。



「一度やってみたかったのよねー。向こうの世界では、こんなに自由にできるほどお小遣い無かったじゃない?」



「限度ってあるだろ……」



 確かに俺達のようなフィールドに積極的に出ているようなプレイヤーにとってみれば、ケーキの十個や二十個も駄菓子感覚の値段である。



 宝石のように輝くケーキ達に囲まれ目を輝かせているハルカに、俺は苦笑を禁じ得ない。しかしそんなハルカも結局は可愛いのだ。大抵のことは許されてしまうのだから美人はずるい。



「ところで……ハルカ、お前の飲んでいるそのジュースはなんだ……?」



 ハルカがストローをくわえて静かに吸っているのは、赤と青と緑色が混同したなんともカオスな飲料だった。



「オススメって書いてあるから頼んでみたんだけど。けっこうイケるよ、この"三原色ジュース"」



「ネーミング……」



 あまりのネーミングセンスの無さに愕然とする。誰だよこんな絵の具みたいな名前付けたの、と名前も知らぬアルカディア研究員を問いただしたくなった俺の目と鼻の先に、まさにその三原色が飛び込んできた。



 ハルカが「飲んでみる?」と、ジュースを差し出したのだった。



「お、おう……」



 真上からのぞき込むと、一層エグい。色が顔料から絞り出したのかと疑いたくなるほどに濃いのだ。



 しかし、重要なのは眼前に突き立つこのストローをさっきまで吸っていたのが誰かということである。例えこれがヘドロであろうとも俺はハルカの間接キスを断固として奪取する。



 一思いにその液体を吸い上げると、なんというか、とても栄養のありそうな味がした。青汁とトマトジュースを混ぜたような感じだ。俺は得意ではないが、女子はこういうの好きかもしれない。



 ともかく、思ったより大分常識的な味をしていた。



「うん、けっこうイケるな」



「でしょ?」



「……てか、ハルカは気にしないんだな」



「え?」と、ケーキを頬張り続けながらハルカは小首を傾げる。本当にさっき彼女に切り刻まれたのかと思うほど、その様子は無害で愛らしかった。



「いや、その……間接キスだよ」



 俺自身は、余程生理的に受け付けない人間以外なら別段そんなことは気にしないが、女の子となると未知の領域である。てっきり冴えない男とそんなことをするのはイヤなのかと思っていたのだが。



「あ、ごめんセツナってそういうの気にする人だった?」



「いや、俺は全然。ただ意外だっただけでさ」



「だって……こんな欺瞞ばかりの世界でそんなの、気にする方がどうかしてるわよ」



 するり、と何気なく滑り出たその一言に、俺は一瞬にして全身の血液が凍結したような錯覚を覚えた。それほどまでに信じられなかった。



 信じたくなかった。



 父の創ったこの世界そのものを、これほどの憎しみの籠もった言葉でもって揶揄する人間がいるなんて。



 それも、一番して欲しくない人間にされたのだ。



「……どうしたの?」



 ハルカは不思議そうに顔を近づけてくる。一欠片も悪意がないだけに、ものすごくタチが悪い。心臓をナイフで抉られたような痛みが疼く。



「ハルカは……この世界が、嫌いなのか?」



 信じたくないあまり、俺は馬鹿なことを言った。分かりきったその問いは、逆にハルカを大きく刺した。



「え……?」



 空気が、一瞬にして鉛のように重くなった。口の中に広がるチーズケーキの風味が凍結し、視界が色を失う。



「ちょ、ちょっと待って? セツナ、君はどうなの? 弟さんを殺した世界なのよ、憎くないの!?」



 違うだろう。それは大きく違うだろう。弟を殺したのはザガンの悪意で、この世界は父の全てだ。この世界がなければ、人類は全滅していたんだ。



 世界がシュンを殺したなんて、そんな考え方はしたこともなかった。



「当たり前だろ……。俺はこの世界が大好きだ」



 これを言ってしまえばハルカとの何かが切れてしまう。その確信はあった。それでも、これだけは否定するわけにはいかなかった。



 ハルカは信じられないものを見るように目を見開いて俺を見つめ続けた。



 そんな目で、俺を見るのは止めてくれ。



「……そう」



 それだけ。掠れた声で呟いてハルカは俯いた。表情に暗い影が落ち、どんな表情をしているのか見ることができない。



 俺は必死で言葉を探した。もうこの話はやめにしたかった。考え方の不一致くらいどんな仲良し同士でもあるし、確かに致命的な部分ではあるが俺はもう気にしない。



 ハルカが例え俺自身を深く憎んでいたとしても、俺はハルカと離れたくないのだ。だから──



「……ごめんなさい」



「え……?」



 何が起きたのか分からなかった。ハルカは少しだけ頭を下げたかと思うとすくっと立ち上がり、小走りで店を出て行った。一度として俺に顔を見せることなく、俺の前から立ち去った。



 目の前にはまだたくさんの種類のケーキが机を埋め尽くしているが、俺にはどれも灰色に見えた。怒りとも、悲しみとも違う感情が俺を椅子に縛り付け、俺はしばらく動くことができなかった。

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