褐色の海に秘められた黄金の砂浜──神の食い物に相応しいその料理の名はカレーチャーハン
俺達はそれから、なんと二時間近くも待たされた。ヨシシゲは俺達のことなど忘れてしまったかのように興奮しながら、分厚い書類を繰ったり何やら調味料を調合したり試作品を作ったりし続け、店内には芳しい香りがこれでもかと充満する。
香りだけ嗅がされて料理を食べられないこちらはたまったものではない。朝食を食べていないこともあり腹の音が引っ切り無しに鳴り続ける。
そして。時計が午後四時を回った頃、おあずけを食らい続けた俺達の前に、とうとうヨシシゲの試行錯誤の結晶がゴトリと置かれた。ハルカはそれがやはりカルボナーラではなかったことに絶望したようで、眉間を指で押さえた。
こんもり山盛りされた焼き飯の右半分に、布団を掛けるように被せられた褐色のルー。まさしく、カレーチャーハン。
スパイシーなカレーの香りと食欲をそそる濃厚なチャーハンの香りが合わさり、筆舌に尽くせぬ芳香となって鼻腔を刺激した。
「食べてみてくれ。君の注文をヒントに作った僕のカレーチャーハンだ」
俺はいただきますもそこそこにスプーンを握りしめ、黄金色の炒飯と照りのあるカレールー、その境目たる絶対領域にそっと銀色の匙を差し込んだ。
すくい取られた二つの存在は匙の中で絡まり合い、燦然と光り輝く。口に入れるのも恐れ多いそれを、俺は一思いに口に運んだ。
瞬間、舌に衝撃が走った。
──これはッ!!
「美味いっ!!」
これほど濃厚な組み合わせであるにも関わらずなんと少しもしつこくない。カレーは辛さをほどよく抑えてあるからスプーンも進むし、チャーハンにマイルドなコクが付加されている。
「チャーハンは、油の代わりにマーガリンで炒めてみた。カレーと乳製品は相性バッチリだし、我の強い二者をケンカさせないための触媒の役割になってるはずだ」
見計らったかのような解説が頭上から降り注ぐ。俺はわなわなと震える全身をしかりつけて、痺れた唇を動かしなんとか一言紡ぎ出した。
「そうか……あなたが神か……」
「僕はしがない料理人だよ」
もはやそれ以上の言葉は不要だった。無我夢中でスプーンを動かし続ける俺をヨシシゲは神の名に相応しい慈悲深い眼差しで見下ろしていた。
「大袈裟……」
そういうハルカも、注文外の商品を出された不満を補って余りあるぐらいにはこの料理を気に入ったらしく、微笑ましそうに俺の様子を眺めていた。
「ふわー、旨かったっ!!」
結局三杯もおかわりした俺は大満足だった。膨らんだ腹を撫でて大きく伸びをする。
この世界では別段、料理の得手不得手を決定するステータスは存在しない。全てはプレイヤーの腕次第である。ヨシシゲは、向こうの世界でも料理関連の職に就いていたのだろう。
「すっごく美味しかったです。ごちそうさまでした」
と、ハルカも両手を合わせてヨシシゲに礼を言った。
「いやいや、こちらこそ。新メニュー開発に協力してくれてありがとう」
「えっと……ちなみにお値段っていくらですか?」
商業系のジョブを持つプレイヤーの営む店、通称プレイヤーショップの商品の価格は、基本的に営業するプレイヤーが決定する。
NPCのショップと違い、値切りやサービスなどの融通が利くのが楽しいところだが、プレイヤーショップは絶対数がかなり少ないためその楽しみを味わう機会は多くなく、同時にどうしても値は高価になりがちである。
商業系のジョブは解放条件が意地悪な場合が多く、戦闘系ジョブとは別の意味で根気が求められるからだ。
だがヨシシゲはハルカの言葉に大袈裟に両手を振った。
「いやいや、受け取れないよ! メニューにない品を僕が勝手に出したわけだし、一度も練習してない料理をお客に出してしまったわけだから……」
「そんな、こんなに美味しいのに!」
これほどの絶品料理をご馳走になってタダというのは申し訳なさしかない。なんなら万でも十万でも払う価値があった。
「じゃあ、二人には、このお店のことを色んな人に広めてもらう。それでどうかな? 掲示板だけじゃあまり効果なくてね、困ってたところなんだ」
「そういうことなら……分かりました。また必ず食べに来ますね」
なおを食い下がろうとする俺を制してハルカが頭を下げた。ううむ、こいつは良いお嫁さんになることだろう。
「自己紹介が遅れました。私はハルカといいます。こっちはセツナ。今は人捜しの旅の最中なんです」
「へえ、二人だけで? なんだか楽しそうだけど……危なくないのかい?」
外で走り回る子供に冷や冷やする親のような表情でヨシシゲは言う。俺は苦笑して返した。
「まあ、安全で快適な旅だ、とはとても言えないですが。捜してる相手は、何に変えても見つけ出したい存在ですから」
「……若いのに、苦労してるんだね」
俺達の表情から、ヨシシゲは確かな憂いの色を読み取ったのだろう。労るような視線をヨシシゲはセツナに投げかける。
「それはそうと、いい家ですね。プレイヤーホームってかなり高額だって聞きますけど、その……ぶっちゃけどのくらい」
ハルカの問いにヨシシゲはあっけらかんと言った。
「この家は確か一千五百万ルビーだったかな」
「一千五百万!!!?」
俺とハルカの声が綺麗にシンクロした。そんな高額、日々フィールドを駆け回り勤勉にレベルを上げ続けてきた俺達でさえとてもポンとは出せない額だ。
実を言えば母からもらった一千万という大金があるため、俺に限って言えば買えないことはないのだが。
良い例を挙げるなら、あの砂漠の迷宮を踏破した際にリワードとして獲得したルビーが三百万だ。あんなところに五回も潜らなければならないと考えると寒気しかない。
しかも、ダンジョン攻略報酬は最初にクリアしたプレイヤーにのみ与えられ、その後は開拓された新フィールドとして全プレイヤー共有のものとなる。
つまりもう、あの砂漠で突発的に流砂が現れるというイベントは発生しない。五回潜るのもそもそも不可能というわけだ。
代わりに砂漠の迷宮は地上へと出現し、今では陽光を凌ぐ避暑地として数少ない旅人や観光客を癒しているのだとか。色々大変な目にあった俺としてはなんだか複雑な気分だ。
そんな高額なプレイヤーハウスをヨシシゲがどうやって購入したのかという謎は、聞いてみればとても単純だった。
「ローンを組んだんだよ。売上金から返していくシステムでね」
「へえ、そんなことができるんですか」
なるほどそれならば問題ない。しかし余計に、ただでご馳走になったのは悪かったと思えてきてしまった。
「君達も話は聞いてると思うけど、この街は一度例の黒ずくめに襲撃をされてね。僕はその時たまたま、イベントを早めに切り上げて帰るところだったからそいつの姿を見ることができたよ。といっても、遠巻きに惨状を眺めることしかできなかったんだけどね……」
己の無力さを悔やむような苦笑を一つして、彼は頭をかく。
「たった一人だったけど恐ろしい強さだった。素手で家屋を紙みたいにちぎって回るんだから化け物だよ。運営から支給されていた僕の家も、その時破壊されてしまったんだ。それが、今思えば店を出す良いきっかけだったのかな」
「……前向きですね。羨ましいです」
素直にそう思った。
俺やハルカのように大事な人を殺された、までではないにしろ、一ヶ月間住み慣れた家も貯め込んだ家財道具も全て叩き潰されて、それでもなお前向きに物事を捉え、ヨシシゲは逞しく前を向いている。
俺もそうすべきなのだ。頭では分かっている。しかし脳とは別の部分が、決して奴らを許すことを許さない。どうしたって許せるわけがないのだ。
「……初対面でこんなの、失礼だけど。もう少しリラックスしたらどうかな。二人とも少し顔が怖い。さっきみたいに無邪気にカレーチャーハンを食べてた君達の方がずっと素敵だ」
ヨシシゲが柔らかな声でそう言った。俺とハルカはハッとして顔を上げた。今俺達はどんな顔をしていたのだろう。
「よければ、またいつでも食べにおいで。悩んだとき、悲しいとき、辛いとき。例えどんなときだって美味いものは美味いんだ」
帰り際、ヨシシゲは俺達の名を確かめるように交互に呼んで手を振った。彼の素敵な笑顔に見送られて外へ出ると、もう空は雪国の長い夜の到来を間近に控えていた。




