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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第一章《Utopia》
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ゆりかご

 五分きっかりでなんとか準備を終えたハルカと玄関先で合流し、俺達は街へと繰り出した。



 上機嫌で隣を歩くハルカのいつもとは異なる姿に、俺は目を奪われていた。



 モフモフの白いファーが付いた白いコートに赤いミニスカート。その先で伸びたしなやかな脚には体温調節ボーナスも優秀そうな黒いタイツが着用され、クリスマスカラーのチェック柄マフラーが、ハルカの美しい緋色のロングヘアーの上から巻かれている。



 髪の色こそ奇抜だが、これではまるで普通の女子高生のようだ。ここがモンスターと冒険者の行き交う異世界、という設定の仮想世界であることを忘れてしまいそうなほどに、俺は彼女の存在を今までに無く近しく感じていた。



 装備アイテムには、厳密には《私服》と《戦闘服》の二種類が存在する。前者は後者に比べてかなり廉価であり見た感じも洒落ているが、当然のごとく一切のステータス補正がない。私服は戦闘面では裸と同じだ。



 俺はろくに私服の手持ちがなく、いったいどういった服を着れば洒落ていることになるのかも分からないため普段から戦闘用の装備姿で過ごしている。



 そもそも今となっては世界のどこにいようとも身の安全は全く保証されていないのだ。ステータス補正のない布きれに費やす金など勿体ないというのが持論だった──のだが。



 グッジョブ私服。



「似合ってるな、その服」



「え、ほんと? 一応今日のために揃えたんだよ。普段は私もずっと完全装備なんだけど、セツナもちょっとくらい私服持ってた方がいいよ?」



「ちょっとそういうの疎くてさ。良かったら今日見繕ってくれないか」



「あ、いいねそれ! 私いいプレイヤーショップ知ってるから、案内したげる!」



 我ながら上手く誘えたと、内心小さくガッツポーズ。



「でも、ハルカは戦闘用の装備も前と変わってたよな」



「そんなの当たり前じゃない、初めて会った時は砂漠で、ここは雪の都市なんだから。同じ装備じゃ季節感とか体温調節ボーナスとか……って」



 ハルカは足を止めてまじまじと俺の全身を見つめた。信じられないという顔だ。



「君、そう言えば前と一つも変わってないじゃない」



「失礼だな、インナーだけ変えたよ。ダンジョン攻略報酬でより優秀な装備がドロップしたからな」



 ハルカはなぜか絶句してため息を吐いた。俺は何かおかしなことを言っただろうか。



「このセットが一番ステータス補正も高くて俺の戦闘スタイルに合ってるんだ。気温はホットポーションとかクーラーポーション飲めば気にならないし。それに、この世界じゃ服の洗濯とか必要ないし」



「いや、そりゃ最優先はレア度とかステータス補正だけどさ。気分的に……って、まあこれが女子と男子の価値観の差なのかな?」



「かもな。……でもハルカに言われてなんだか無性に気になってきた」



 俺は羞恥心に顔を赤くして左上腕部をとんとん叩く。



「こんなにオシャレしたハルカの隣で、こんな腕輪までつけて完全装備してるのが今になってむちゃくちゃハズい」



 ハルカは数秒ぽかんとして俺を見つめていたが、ぷっと吹き出して笑い出した。余計に顔が熱を帯びる。



「うんうん、いい傾向ね。それならご飯より先にまずは服を買いに行きましょ! こっちよ!」



 ハルカが俺の手首を握って走り出したので、俺はひとまず腕輪だけは装備を解除して引かれるがまま後を付いていった。



 ──その後が大変だった。



 数軒の服屋に連れ込まれた俺はハルカに着せ替え人形の如く遊び倒された。服を着る手間のないこの世界のシステムが裏目に出て、試着した数はおそらく二百通りは下らない。



 だが、まともな服を着ると顔つきさえも変わった気がして、ショッピングというのもなかなかバカにできない行楽なのだというのは新たな発見だった。暇さえあれば電気屋にこもっていた自分が情けない。



 上等なグレーのコートと暖かいデニムを購入した俺はそれをさっそく身に纏ってご満悦だった。かなり値は張ったが不思議と損をした気分はない。



「いい買い物したな」



 ポケットに手を突っ込んで笑う俺にハルカも満足げだ。



「セツナもそんな風に笑えるのね」



「おい、どーいう意味だよ」



「別に? さ、じゃあ遅くなっちゃったけどご飯に行きましょ。なんでもこの近くに、新しくオープンしたレストランがあるらしいの」



 流石、下調べに余念が無い。今日はハルカのプランに完全お任せしているので、俺は大人しく頷いてハルカの横に並んだ。



 しばらく歩くと、賑わっている繁華街の外れたところに果たして一軒の店があった。レトロな雰囲気漂う木造ハウスだった。



「へえ、いい雰囲気じゃないか」



 一般的な一軒家より一回り大きなサイズがあるログハウスの玄関には、『お食事処 ゆりかご』と洒落たフォントで記された看板が掛けられている。



「ゆりかご……。なんか、明らかに日本人向けの店名だよな」



「うん。だってここ、プレイヤーが経営してるお店だもん。それも日本人の」



「え、マジ!?」



 俺は素直に瞠目した。このゲームはプレイヤーがプレイヤーのための店を開くことが可能なのだが、それには色々と面倒な条件がある。資金もかなりかかるし、それなりの根気と専門的な知識が店を開くために必要とされる。



 プレイヤーの開いた料理店に入るのは、もちろん今日が初めてだった。俺はもう一度、まじまじと建物と看板を観察する。その様子を見てハルカは可笑しそうに笑った。



「セツナなら絶対気に入ってくれると思った」



 にっこり笑ってハルカがドアを引くと、取り付けられた鐘がカランカランと気持ち良い音を鳴らした。店内は意外に狭く、カウンターが五つとテーブルが四つしかない。



 内装は一言で言って古典的。木張りの床に照明は天井から吊された電球。壁には絵画が効果的に貼り付けられ、寒さで曇った窓ガラスも大きく開放的だ。



 時刻も二時を回ったということで、さすがに客の姿はない。



「あ、いらっしゃい! 二名様かな?」



 カウンターの奥の調理場で皿をふいていた、料理人然とした服装の男が俺達に気付いて破顔した。俺も思わず頬を緩ませて頷く。



 どこでも空いているお席へどうぞ、と言われたのでハルカと相談した結果カウンターへ。



 料理店を開こうなどという酔狂なプレイヤーである。俺達は少なからず興味を持った。色々尋ねてみたいこともあったので、思い切って男の目の前の席に腰掛けた。男も嬉しそうに一つ頷いて、お冷やを二つ出してくれた。



「これがメニューです。決まったら声かけてくださいね」



 にこやかで愛想の良い男性にタグを付けると、彼のプレイヤーネームが明らかになった。ヨシシゲ、というらしい。



 丸めがねと割烹着、黒色のパーマヘアが特徴的な男性である。年齢は三十強、といったところだろうか。



「ほらセツナ、ぼーっとしてないで早く決めなよ」



 一緒に分け合うように一冊のメニューを眺めていた隣のハルカが催促してきた。ヨシシゲお手製と思われるメニューの一部を指差すハルカ。そこには湯気を立てるカルボナーラの写真が載っていた。どうやら彼女はもうこれに決めたらしい。



 慌ててメニュー全域を眺め回すが、どれもこれも良さそうで目移りしてしまう。この中から一つしか選んではいけないなんてなんと残酷なことだろう。



 数分かけ、ようやく断腸の思いでカレーライスとチャーハンの二択にまで絞り込んだが、どうやら俺はここまでのようだ。



「ちょっとセツナ。まだ決まらないの」



「うー、だってさ……どっちも美味そうだし……」



「ならどっち選んだって後悔しないわよ」



「えぇ、なにその前向きな感じ」



「ふふ。セツナが優柔不断だったなんて意外だなぁ」



 何が可笑しいのかクスクス愉快げに笑っているハルカは放っておいて、俺はカレーとチャーハンに視線を戻した。二つの写真が俺に縋るような目を向けてくる。



 お前ら、そんな目で見るんじゃない。俺にはどちらかしか救えないんだ。



 ──いや、待てよ。



「……よし、決めた」



 たっぷり五分を消費して答えは纏まった。メニュー表から顔を上げた俺は戦闘中もかくやという鋭い視線をヨシシゲに向ける。



 傍らでハルカが固唾を呑み見守る中、尋常でない決意を秘めた声で俺はとうとう、それを口にした。




「チャーハンにカレーのルーをかけてください」




 かくして、お食事処ゆりかごに新たなメニューが追加された。



 俺の発言にヨシシゲは天啓にうたれたかのごとく表情を強ばらせ、「それだ……!」と何か閃いたように喉の奥から呟いた。ハルカがカルボナーラを注文するより早く奥の方へ素っ飛んでいってしまい、ハルカは開いた口を閉じるしかない。



 奥の冷蔵庫から膨大な材料を抱えて戻ってきたヨシシゲは興奮の絶頂と分かるほど顔を真っ赤に上気させている。



「天才だよ君! ちょっと待っててね二人とも、最高のカレーチャーハンを作ってみせる!」



「あの、私はカルボナーラを……」

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