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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第一章《Utopia》
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容赦ない朝

 この街の朝はすこぶる冷える。と、ハルカから聞いていた。



 だが、あれほど眠れないと確信していたというのに、俺は今までに無い温もりに包まれて夢も見ることなくぐっすりと眠ってしまっていた。



 緩やかに目が覚めても、俺を包む分厚い布団の中身は南国のように温かくて。顔さえも柔らかな温もりが控えめに圧迫している。全身が外に出るのを拒んでいた。こんなに心地良く眠れたのは、きっと生まれて初めてだ。



 だが、開けた目に映る景色がだんだんと鮮明になり、そしてそれが何であるかをようやく寝惚けた脳が理解した瞬間。そこは南国からサウナへと一変したのである。



「うわぁっ!!」



 悲鳴を上げて顔を遠ざけると、美しい寝顔が至近距離に映し出された。今度は悲鳴を上げることもできず更に後退する。



 俺はあろう事か、ハルカの胸の膨らみに顔を埋め込んで爆睡していたのだ。なんと恐れ多いことをしたのだろう。そして俺はなぜそんな幸せの中バカみたいに寝ていたのだろう。



 デジタル時計を視界に任意表示して時刻を確認すると、なんと午前十時を回っていた。ハルカは昨日、朝八時にアラームをセットしたとか言っていたが、どうやら気付かずに眠り続けてしまったらしい。



 アラーム機能は設定した人の聴覚に直接目覚まし音を聞かせるため、ハルカの設定したアラームは俺には聞くことができない。ハルカに起こしてもらえるだろうと俺はアラームを設定していなかったのだった。



 それにしても、理想的な目覚まし音、と名高いあの絶妙にやかましくて清々しいアルカディア特製アラームを聞いてなお寝続けられるとは。ハルカも大概、幸せな神経をしているようだ。



「……」



 俺は一つ生唾を飲み込んだ。今ハルカはとても幸せそうな顔で眠っている。今からもう一度、一分前の状態に俺が何食わぬ顔で戻ったところで、ハルカは可愛い寝息を立て続けるに違いない。



 俺は慎重に行動を開始した。ゆっくり、ゆっくり体を動かし、スーツが擦れる音さえ立てないように少しだけ上体を浮かしながら、慎重に距離を詰めていく。



 近づくにつれ頭がぼーっとするようないい匂いがしてきて、俺に緊張を走らせる。もう少し、もう少しであの至高の感触を枕に二度寝することができる──



 まさに鼻先が触れるというその時。俺の顎に、下から突き上げるような凄まじい衝撃が走った。



「ぐはっ!!!」



 冗談みたいな声を出して俺はベッドの外まで吹き飛ばされた。なるほどベッドの外は確かに極寒だ、なんて呑気に考える間もなく尻から床に着地する。顎を押さえて七転八倒する俺をよそに、ハルカは「うぅん……」と唸って再び寝息を立て始めた。



 寝ながら拳を固めてアッパーなんてどんな寝相の悪さだ!



「いってぇ……バチが当たったかな」



 珍しく反省しつつ、患部をさすりながら立ち上がる。パーティーメンバーからの攻撃は全てすり抜ける仕様だが、素手によるものはその限りではない。どちらにせよダメージは入らないし痛みもかなり鈍いのだが、殴られた顎はまだまだじんじん痺れている。



 ベッドに戻ることを否応なしに断念させられた俺は、仕方なく揺り椅子に甘んじた。暖炉を見ると薪が残量ゼロ表示となっており、火も消えていた。どうりで寒いはずである。



 暖炉をタップし、薪になる木材アイテムをあるだけ選択してぶち込んでおいた。空っぽの暖炉に綺麗に組み上げられた薪がマテリアル化される。



 木材アイテムは武具の素材とするには俺にはもうランクが低すぎるため、薪ぐらいしか用途がないのだ。それに、その気になればその辺のフィールドでいくらでも調達できる。



「……ったく、よく寝るよ。男が隣で寝てたってのに呑気なもんだ」



 気持ちよさそうなハルカの寝顔を眺めながら独りごちた。



 ハルカは昨夜も、風呂上がり、タオル一枚巻き付けただけの姿で俺の前に現れた。全くもって女の自覚が足りない。加えて言えば、完全に俺は男として認識されていない。少しだけへこむ俺だった。



 あれこれ浮かんでは消える女々しい感情と煩悩を削ぎ落とすため、俺は龍刀をマテリアル化して刀身を抜いた。薄紅色の刃が暖炉の火を反射して幻想的にチラチラと輝く。



 武器の耐久力は使う度に遅々とした速度で減少していき、手入れをしなければ最終的にポッキリいってしまう。刀は特別頑丈に設定されており、意識すれば目視できる耐久力ゲージもほぼ満タンの数値だったが、俺は刀の手入れを欠かした日は無かった。



 今日も、鉱石なんかと一緒に採取できる《砥石》と呼ばれるアイテムをマテリアル化し、それを刃にゆっくり擦らせて研いでいく。こうすることで切れ味と耐久力が回復するのだ。葉桜が嬉しそうに、上質な金属が擦れるような音を立てる。



 刀の研磨を終え、揺り椅子に背を預けぼーっとしていた俺に、ハルカのまだ半睡半醒といった感じの第一声が投げかけられた。



「……おはよ」



 上体を起こし、メニューから時計を確認した様子のハルカは愕然とした表情になる。



 俺は既に寝癖を直していつものヘアスタイルに整えていたが、ハルカは毛先がぴょんぴょん色んなところに跳ねていて面白い。いつも凜々しいハルカの寝起き顔を見られただけでもとんでもない僥倖である。



「よ、おはよう。随分ぐっすり寝てたなあ」



 努めて気楽に挨拶を返す。パジャマが着崩れて左肩が露出しているのは気付いていないていでやり過ごす。



「う……。た、たまにはいいでしょ」



「まあ、俺もさっき起きたばかりだから人のこと言えた身じゃない」



 胸に顔を埋めて寝ていたとは口が裂けても言えない。



 何はともあれ待ち侘びたハルカの起床だ。俺は揺り椅子から立ち上がって大きく伸びをした。服装は既に、黒色の寝間着からいつもの装備に戻してある。刀は流石に今日は腰に差さない。



「ハルカも早く支度しろよ」



 寝惚けているハルカに催促する。ハルカはそこでようやく思い出したようだった。今日は第二主街区を案内してもらう約束である。



「あ、ごめん! 五分で準備するから待ってて!」



 頬にくっきりシーツの痕が付いているハルカは飛び起きて浴室に駆け込んでいった。蛇口から盛大に水が出る音とガチャガチャと忙しない音が漏れて聞こえてくる。



「おーい、そんなに急がなくていいぞ-?」



 苦笑して、暖簾の奥で悪戦苦闘しているハルカに声をかけたのだった。

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