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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第一章《Utopia》
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寒くない夜

それからほどなくして、ハルカは元気を取り戻した。初めて迷宮で会った時から思うことだが、逞しい女だ。数分と待たずして「よし」と顔つきを変え、くよくよモードにケリをつけたのである。



 鍋を手早く片付けたハルカはベッドに腰掛け、俺は床に座って色々な話をした。セントタウンとはどんなところか、メルティオールの観光名所、お互いの武器やスキルについてなど。



 時間は瞬く間に過ぎ、そろそろ入浴を済ませて寝ようかということになった。彼女が何気なくこんなことを言い始めたのはその時だ。



「ねえ、今日はベッド君が使いなよ。ずっと野宿で大変だったでしょ?」



 ハルカは言葉通り既にベッドから降りようとしていた。俺は慌てて彼女を押しとどめる。



 確かに度重なる野宿により、そろそろ柔らかい布団が恋しくなってきてはいたが、女の子を床で寝かせてベッドを独占するのは何かが明らかに間違っている気がする。



「いいよ俺は、寝袋あるし! むしろ俺寝袋じゃないと寝られないから!」



「そ、そうなの……? 変わってるね……。じゃあ、お言葉に甘えて」



引き気味に笑ってベッドに座り直したハルカ。ああ、なんと惜しいことをしたと心の中で項垂れるも、これで良かったのだと自分に言い聞かせる俺だった。



「んじゃ俺、ちょっとシャワー浴びてくる」



確かこの宿には共用のシャワールームがあったはずだ。受付での記憶を辿りながら部屋を後にしかける。



「え、それならこの部屋の使ったらいいのに。広いしなんなら湯船もためられるよ」



この女正気か、と俺は耳を疑った。



「お……女の子の部屋に泊まるってだけでも緊張すんのに、風呂なんか借りれるわけないだろ!」



「……なんで? あ、別に私、誰が入った後のお湯でも気にしないよ? 現実世界なら別だけどココじゃお湯綺麗なままだし冷めないし」



「そういう問題じゃねえの!!!」



ダメだ、この女色々おかしい。思えばあんな真顔で部屋に招待された時点で気づくべきだった。エンケの苦労がよく分かるというものだ。



「久しぶりの湯だからけっこう長居する! ついでに散歩して帰ってくるからハルカもその隙に風呂済ませとけよ!!」



「あ、ちょっと」



なおも呼び止めようとしたハルカに背を向け、俺は不思議な敗北感を感じながら部屋を後にしたのだった。



 その後、俺は予定通り宿屋備え付けの共用シャワーで入浴を済ませた。そもそもこの世界では汗はかくが一定時間で通常状態に戻る仕様なので、好きな者を除けば別段入浴の必要性はない。



 とは言え人間、なんとなく一日中水も浴びないのは精神的にスッキリしないものだ。俺は特に、意外とよく言われるが入浴好きな一面がある。久方ぶりの温水を心ゆくまで堪能した。



「ただいまー、すまん遅くなっ……あれ」



 俺が入浴を終えて、夜のメルティオールを少し散策してみるなど(風呂上がりに厚着して外へ出るのが好きなのだ)、20分ほど時間を潰して部屋に戻った俺は目を丸くした。



ハルカの姿がない。湯冷めしないように着込んでいた上着を武装解除しながら遠慮がちに無人の部屋へ。



耳をすますと、浴室へ続くと思われる暖簾の向こう側から微かに、水音が暖色の灯りと共に漏れてくる。



……マジか、わざわざ被らないように時間を潰してきたというのに。女の子の入浴時間を甘く見ていた。これだけ寒い雪国ならそうのぼせることもないだろう。しくじった。



 どうする。待つか。いったん退室するべきか。湯上りの女の子なんて迎えて、果たして俺はどんな言葉をかけてどんな顔をしてどこを見ればいいのか全くわからない。



鬼から逃げるように部屋を後にしようと、ノブへ手をかけたその時だった。



「ふー、サッパリしたぁ。あ、セツナおかえり。ここのお風呂って広くて熱くて気持ち良いでしょ? やっぱり雪国だからかな?」



「ひいっ!」



「……なんて声出してんのよ?」



 髪を後頭部で丸め、ミルク色の頬を上気させた満足顔を、ハルカは訝しげに歪めた。白い湯気をあげる、先の桃色がかった細い肩を剥き出しにしたバスタオル一枚の姿である。



「こっちのセリフだ! なんてカッコで出てくるんだよ!?」



「なによ、嫌なら見なけりゃいいでしょ? 見られて恥ずかしいところは全部隠してるんだから、別に良いじゃない」



 ハルカの逞しさは想像を超えていただった。「ほらあっち向いて」と言われて慌てて向くと、一応俺を待たせていることには気を遣ったのか一瞬で着替え終わった。メニューパネルから一括で装備したのだろう。



 ハルカは先程と同じ、タオル生地の白パーカーにホットパンツという姿だった。こんなザ・女の子の部屋着みたいな服は都市伝説だと思っていたが。そういえばここはゲームの中だった。とは言っても……その短いズボン、寒さしのぐ気ゼロだろ設計者。



と、そんなこともこの世界ならノープロブレム。体温調節ボーナスは服のデザインに関わらず全身に適応されるため、同じ数値なら半袖も長袖も体感気温は変わらない。アルカディアのおっさんたちの趣味か知らないが、ミニスカートとか丈の短い生足大胆露出の装束に限って優秀な数値が設定されていたりする。



だからって男の俺がいる前でそんな太もも出して……こいつマジで危機感ゼロか。ハルカは俺の内心など知る由もなく無邪気にこちらに近寄ってくる。



「男の子でもこっちでお風呂入るんだー。ウチのギルドの人はけっこう入らなくて平気って人が多かったから」



「……せっかくの温水を浴びない手はない」



「うん、ほんとそれだよね!」



 なんだかんだ、ハルカが元気を取り戻している様子なのは何よりだ。



「わ、もうこんな時間。明日は第二主街区を案内してあげなきゃだし、もう寝よっか。あそこにはね、でっかいモミの木があるんだよ! 巨大なクリスマスツリー!」



 無邪気なハルカに、俺は素直に笑って返した。



「ああ、楽しみにしてる」



歯磨きもお互い済ませてしまったようだったので、もう電気を消すことにした。ベッドの横に寝袋をセッティングし、もぞもぞと潜り込んだところでハルカが電灯のスイッチをオフに。先に暖炉の火も消したので一転して部屋は暗闇に包まれる。



窓から差し込む銀色の月明かりが、ベッドに身を滑らせていくハルカの姿を妖艶に映し出した。



今更ながら、やばい。すぐそこに女の子が寝ているんだぞ。それも世界中どこを探したって見つからないような美少女だ。それがあんな無防備な格好して、いい匂いバカみたいに放出しやがって。



寝よ! もう変な気を起こす前にさっさと寝てしまおう! 幸い今日は早朝から過酷な旅路を歩き、到着したかと思えばエンケとの決闘。その後はこの女に無茶苦茶に街を連れ回された。久しぶりに温水も堪能して、睡魔などいつでも召喚できる状態にある。



そうこう考えているうちに眠くなってきた。あぁ、部屋はやっぱあったかくて最高だ。気持ちいい。ハルカ、おやすみ……



「……ねえ、起きてる?」



「ぃいっ!!?」



遠慮がちな声で呼びかけられて、俺はびくりと覚醒した。急にそんな声出すなバカ! バカバカ!!



「お、起きてるぞ。たった今寝るとこだったけどな!」



「あ、ごめん……今日は疲れたはずなのに眠れなくて」



 しおらしい声。ハルカらしくない。いったい何の用だ。



「……これから、よろしくね」



 それだけ。それだけ言って、ハルカは楽しそうな笑い声を漏らした。用など何も無かったのだ。



 何も無かったからこそ、俺の胸は強く打たれた。



「あ、ああ……こちらこそよろしく」



 所在なく天井を睨みながら俺は答えた。



「護るって言ってくれて、嬉しかった。私、また君に会えて本当に嬉しいの。エンケのことも……今なら、君の行動の意味が分かる気がする。エンケの思いを私の代わりに受け止めてくれてありがとう。私には、できなかったことだから」



「お、俺は別に……」



 あの時は、ただハルカが遠くに行ってしまいそうな気がして。



 それが嫌で、エンケに身勝手な決闘を申し込んだだけなのだが。



「一人で旅に出たときも……エンケや、他の仲間ができたときも。旅がこんなに楽しかったことってなかったよ。寝ても覚めてもザガンのことばかり考えて……ホントはね」



 ハルカは、悲しそうに言葉をとぎった。



「ホントはね、気付いてたよ。《赤い星座》の皆がザガン討伐に興味が無いってこと。今日のエンケの態度を見て、心のどこかで、"やっぱり"って思ったの」



「……辛いが、仕方ないことだよな。モチベーションを仲間全員が同じ水準で維持できなきゃ、討伐ギルドなんて成り立たない」



「うん。《赤い星座》にいたときは、毎日が辛かった。私が皆のお尻を叩いて、無理矢理連れ回してるみたいで。知らない内にちょっと参っちゃってたみたい。……でも、君といるときはそれを感じない」



 ハルカは、まさしく俺の気持ちを言葉にした。ハルカといると以前の無邪気な自分に戻れるのは、俺とハルカが、共に同じ水準で、ザガンを強く憎んでいるからなのだ。



 だから居心地が良い。巻き込みたくないなんて野暮な思考も生まれず、共に戦いたい、そして護りたいとさえ思う。



 だから、俺はハルカに惹かれたのだ。



 俺はなけなしの勇気を振り絞ってハルカに伝えた。



「……俺も、今すっげえ楽しいよ。雪合戦したり、こうして……その、一緒の部屋に泊まったり。色んなことをハルカと共有している今は……なんか、悪くない感じだ」



「うん。お互いそうなら大丈夫ね。……あの、思えばちゃんと言われてなかったなあって思うから、私から言います」



 ハルカが体を起こしたのが、月明かりを遮られたことでわかった。ベッドの上に正座した彼女のシルエット。闇に目が慣れた俺は、もうハルカの姿がよく見えた。真剣そのものの瞳で見つめられて、どきりと硬直する。



「これから、ザガンを倒すまで。ずっと一緒にいてくれませんか」



 彼女自身、意外にもそれなりに勇気を絞ったようで、すぐに目をそらして珍しく動揺した様子だった。俺としては最初から──エンケの決闘が終わってからずっとそのつもりだったから、自分でも驚くほどあっさり「あ、ああ……。もちろん」と答えていた。



「はあ……よかったぁ……。君と別れてからの一人旅、寂しくて。明日にでもここを発つなんて言われたらどうしようかと思ってた」



 俺も、もう一人での旅など考えられない。ハルカは同士で、仲間で。彼女の存在は、辛いだけだった復讐の旅を彩るのだ。



「よし、それだけ! 安心したからようやく眠れる! おやすみ!」



 凄まじい勢いで向こうを向いたハルカの背中から、俺は目が離せなかった。



その背に密着して眠りたい衝動に自分で驚いて、当然だが実行に移すことはできなかった。かわりに、音を立てないようにそーっと、ずりずり移動してベッドと寝袋との距離を少し狭めたのだった。

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