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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第一章《Utopia》
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ハルカの過去

 ハルカ特製のシチューは、魚介の旨味が溶け込んだ濃厚な味わいでとてつもなく美味かった。母のシチューとさえ甲乙つけがたい。



 鍋いっぱいのシチューを僅か数分で平らげた俺にハルカは目を丸くしながらも嬉しそうに笑っていた。



 ハルカの話では、この世界での料理は釣りや鍛冶のようにミニゲーム扱いであり、現実の料理に近しい感覚でありながらも少しばかり単純化されていて最初は慣れなかったという。



「ハルカは、向こうの世界でもよく料理とかしてたんだな」



「うん。父が早くに亡くなって母子家庭だったから……母が仕事の帰りで遅い日は、大抵私が二人分の料理を作って待ってたかな」



 どこか郷愁の念に浸るような表情。俺は次の瞬間、地雷を踏んだ。



「お袋さん、心配してるんじゃないか? 転移でたまには顔を見せてやったら……」



 最後まで、言葉は続かなかった。ハルカの顔が瞬間痛ましく強張り、俯いてしまったからだ。



「ハルカ……?」



「ごめん。君みたいに、私はまだ受け入れられてないんだ……。君が打ち明けてくれたように、私も言わなきゃって思ってたんだけど……」



 いつも騎士のように力強かった彼女の声は、影もなく弱々しく震えている。俺は気づけば、膝の上に落としている彼女の両手に手を伸ばし、包み込むように握っていた。



 初めて握った女の子の手は、思っていたよりずっと小さくて、冷え切っていた。



 ハルカはそれに一押しの力をもらったように、その沈痛な声を絞り出した。



「……私の、お母さんは…………ザガンに殺された……!」



 俺の手の甲に熱い液体が触れた。泣く姿など想像もできなかった気高い少女の涙は俺を酷く狼狽させた。何より、俺が泣かせたのだ、という罪悪感が心臓をギリギリと締め上げる。



 泣き顔を見せまいと頑として俯いたままのハルカに、どう声をかければ良いのか。



 その答えを見つけられるのは、たぶん同じ境遇の俺ぐらいのものだ。最後はその使命感だった。



「必ずザガンを見つけよう。全員、弟や……ハルカのお母さんと同じ目に遭わせてやるんだ」



 復讐は何も生まないって? よくもそんなおめでたい台詞を吐けたヒーローがいたものだ。



 俺達の大切なモノを奪ったあいつらが、今もどこかで誰かの大切なモノを奪いながらのうのうと生きていると思うと、心の底から反吐が出る。



 今すぐにでも八つ裂きにして、命乞いをさせたい。それが叶うのなら俺は何を捧げたって構わない。



 例えば、この命でも。



 俺は、悲しみの感情が復讐心で塗り潰されているのだと思う。無力な自分を責めるより先に怒りの矛先を向ける相手がいたことは、考えようによっては幸運だった。



 それをハルカにも適用しようとしたのは、とても褒められた行為ではない。俺は今、彼女の復讐心を煽ることで悲しみを忘れさせようとした。



 どう大義名分を並べたところで、それはハルカを真に救うことにはならない。



 だが、それでも一向に構うものか。



 なぜこんな少女が、テロリストの所為で涙を流さねばならない。彼女は何もしていない。ただ、幸運にもこの世界へ足を踏み入れただけ。



 これから輝かしい未来が約束されていた彼女の全てを奪ったザガンが笑っていて、心優しいハルカが泣いているなんてことは、断じてあってはならない。



「……ありがとう」



 ハルカにどれだけ、俺の思いが伝わったのかは分からない。だが彼女の掠れた声で紡がれた言葉は、少しだけ救われたような色だった。



 何がなんでもこの少女だけは守ろう。エンケに誓ったことをもう一度胸の中で宣誓した。



「ねえ、セツナ……お母さんを始まりの街に残してるって、言ってたよね」



「……うん」



 恐らく初めてソレを聞いたときから、言いたかったのだろう。ハルカは遠慮がちに、俺に泣き腫らした目を向けると精一杯と見える強い口調で俺を諭した。



「会いに、帰った方がいい。喧嘩別れなんてダメだよ。絶対、心配してるよ。せめてメッセージだけでも送ってあげた方が……」



 踏み込んで欲しくない領域だと、ハルカは察しているからこそ言い方は遠慮がちだった。その優しさが苦しい。俺はハルカを同類だと思い込んでいたが、どう考えてもこの少女の方が大人だ。



 ハルカはたった一人の家族を喪ったから復讐の旅に出た。けど俺には、まだ母と親友が残されていたのだ。にも関わらず……全てを斬り捨てて今俺はここにいる。



 果たしてそれは本当に、正しかったのだろうか。ハルカと出会ってからと言うもの、不思議なことに復讐以外にものを考える余裕ができて──最近では、思うことも多くなった。



「……会わせる顔が無い。街を出るとき、逃げ道をなくしたくて母も親友も、フレンド欄から消したんだ。だからもう連絡の取りようもなくて。転移ならいつでも帰れるけど、そのいつでもってのがさ……逆に先送りにしてる気がする」



 言い訳がましく口にする度情けなくなる。ハルカはうん、うんと優しく聞いてくれていた。



「私、セントタウン行ってみたいな。今度連れてってよ。帰りは私の転移玉使えば、消費も半分で済むでしょ?」



 その提案と、今度、というところに救われた思いで、俺は俯いたままどうにか笑った。



「そうだな。今度……一緒に行こう。俺もハルカのこと紹介したい」

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