同室
「……冗談だろ?」
俺の問いに、ゲームキャラクターの店主は冗談ではないと生真面目に返答する。ハルカが長期で契約している宿屋へと案内された俺は、ハルカの隣にでも部屋を借りようと思ったわけだが……。
満室。なんと満室だ。宿屋なんて利用するのは本来俺達みたいな旅人ぐらいのはずで、これがゲームでなければ即座に潰れてしまうような儲からない商売のはず。それが満室とはいったい何が起きた。
アルゴリズムに従って行動するNPCは、簡単なAIが内蔵されているとは言え細かい質問の応答ができない。ワケを尋ねることもできず黙り込む俺の横で、ハルカだけがワケ知り顔だった。
「この街って、変に広々してるでしょ? あれって最初からそうだったわけじゃなくて、あのスペースには元々民家があったらしいの。……黒ローブを纏った一人の男に、面白半分で破壊された、らしいけど」
「え……?」
俺は半ば絶句して目を見開いた。ハルカは整った横顔を痛々しく歪め、忌々しそうに歯を食いしばった。そこからは、ザガンへの計り知れぬ怒りが見て取れた。
「犠牲者は……!?」
せっつくように聞いた俺に、ハルカは首を横に振った。僅かばかり安堵した俺にハルカが補足する。
「丁度雪祭りイベントが重なって、皆が留守中の凶行だったのが幸いだったみたい。怪我をしたり亡くなった人はいなかったらしいわ。住処を失った彼らは今、街の宿屋を仮の家としている。満室なのはそういった理由ね。私が部屋を借りたときはまだ空きがあったはずだけど……」
「いや、そういうことなら仕方ない。じゃあ俺は別の宿屋……って、どこも同じ状況だよな」
今夜も野宿か。今日こそはベッドで眠れるとぬか喜びしていた分やはり落胆する。
しかし、背を向けかけた俺にハルカが思いもよらぬ提案をしてきた。
「私の部屋、泊まれば?」
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女の子の部屋というものに、図らずも入ってしまった。といっても内装は宿屋のデフォルト仕様なのだが。
雪国風の木張りの床。水色と白のストライプ柄の壁紙。壁際に設置された赤レンガの暖炉と壁に掛けられた鮮やかな抽象画。あと特筆すべきはセミダブルサイズのベッドと暖炉の前の揺り椅子くらいか。
「い、いい良い部屋だなあ!」
「どうしたの? 妙にギコギコ動くけど……寒さにやられちゃった? ちょっと待っててね、今暖炉の火を起こすから」
この寒さの中野宿というのは自殺行為であると押し切られ、誘惑に負けてハルカの部屋へと来てしまった俺はかつて無い緊張に襲われていた。
ダンジョンで一緒にいたときは全く何も感じなかったのに、エンケとの決闘辺りで意識し始めてからというもの途端にこれだ。さっきからろくに会話も交わせていない。
よくよく見てみれば全くもって眩しい少女だ。よくも今まで普通に接していたものだと思う。
コートにブーツ、加えて剣と剣帯を武装解除したハルカは、腰まで伸びたサラサラのストレートヘアを一つに括って右肩から前に出し、長袖の白いタオル生地のパーカーとホットパンツのセットというラフな部屋着姿になっていた。
剥き出しの生足が暖炉の火を反射して妖艶に輝き、とても直視できない。そんな気持ちなど知る由もないハルカは、
「わあー、もう九時だよ。セツナお腹空かない?」
などと小首を傾げて聞いてくる。
「ん……ああ、言われてみれば」
視線は情けなく彷徨わせたままで、俺は腹の虫に聞いてみた。ぐぅぅ、と思い出したような音を立ててしきりに空腹を訴えてくる。
「確かに減ったな。でもここに来るまでに粗方手持ちは食べ尽くしちゃったんだよなあ……」
ハルカは待ってましたとばかりにニンマリと笑い、ちょっと待っててと背を向けた。ピンク色に染められた暖簾の奥へと消えていく。
所在なくなった俺は女の子の部屋の果たしてどこに座れば良いものかも分からず、取り敢えずベッドだけはいかんだろうと思い揺り椅子に甘んじた。
ギコ、ギコと揺れながら待つこと数十秒。「お待たせー」と若干照れたような顔で、赤い鍋つかみをはめたハルカが大きな鍋を持って現れた。美味そうな香りが部屋いっぱいに立ちこめる。
「あ、机しまってたんだった! やばい、セツナ出して!」
「ええ!? 俺机なんか持ってねえよ」
「なんでも良いから出して! やば、熱い熱い早く早く早く!!」
「うわああ待て落ち着けぇぇぇぇえっ!!」
結局、俺はこの間ドロップした真四角のハンマーを真横にして立てることで机の代用とした。凄まじく無骨なテーブルとなってしまったがこれはこれで味があるということにしよう。
ハルカがマテリアル化してくれた可愛らしい水色の座布団の上に胡座をかいた俺は、同じくピンク色の座布団に座るハルカとシュールな机を挟んで向かい合った。
「ふう……あと少しで中身ぶちまけるところだったよ。……にしても、このテーブルはないんじゃないかな」
「仕方ないだろ……男のソロ旅でちゃぶ台なんか持ち歩いてる方がおかしいって」
ハルカは「まあそれもそうね」と笑って、鍋ぶたに手をかけた。フタを開けた瞬間、モワッと膨大な湯気が広がった。
俺は芳香によって既に中身の見当を付けていた。彼女の考えることは単純で、そこが可愛いというものだ。
「シチューか。義理堅いやつ」
「あの時はホントに助かりました! 死ぬかと思いました!」
深々と、おふざけ半分だが本気で頭を下げてきた。目の前で沸々煮えるシチューは、母が作る具がごろごろ入ったものとは少し違い、細かく刻まれた野菜と程よいサイズの肉、そしてホタテやエビ、そしてカニなどの豊富な魚介類が贅沢に使用されたホワイトシチューだった。
「私、料理には自信あるの! しかもこの地域、いかにも使ってくれとばかりに上等な魚介類がたくさん採れてさ。だからその……セツナに食べてもらいたくて」
そう言ってにっこり笑う。何か気のきいた言葉を返したかったが思いつかず、目をそらして「おう」と返すのが精一杯だった。




