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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第一章《Utopia》
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白銀都市

「おぉ……」



 俺の喉から漏れた、歓声とも溜息とも唸りとも取れる感嘆の声がまさしく、この街の美しさを物語っていた。



 白銀都市。その名に相応しく、メルティオールの街は見渡す限り銀世界であった。



 とても仮想のものとは思えない、きめ細かい冷ややかな雪が柔らかく降り積もる街並みは、セントタウンの猥雑な雰囲気とは異なり広々としたテーマパーク風。



 踏み心地的に石畳と思われる地面がやたらと幅広で、雪を被った木製のアーチをくぐったところから直線に街を貫いている。車が三台は並んで走れそうな横幅のストリートの両脇には可愛いサイズの街路樹がホワイトベレーを被って背比べをしている。



 クリスマスを思わせるイルミネーションが施されたその木々は、数秒おきに違う色の光を点滅させて賑やかなものだ。雪は小降りと言った感じで、銀一色の世界を色取り取りの燐光が鮮やかに演出している。



 気温は氷点下に近いと思われるが、事前に《ホットポーション》を飲んでおいた俺は体の芯までポカポカだ。効果が切れるまでは心ゆくまで雪国の美しさを堪能できよう。



「綺麗……だな」



「でしょ? もう一週間は滞在してるけど、飽きないんだなあこれが」



 この街の案内を買って出てくれた少女は得意顔だ。エンケを引き留めようとするハルカを俺が制止したもんだからしばらく不機嫌だったが、微妙な空気の中森を歩き、こうして街に辿り着いた今、ようやく機嫌も回復してくれたようだ。



 俺やエンケのことを少しずつ納得してくれたのかもしれない。せっかく美少女と冬のイルミネーション街を歩けるのだし、笑ってくれるに超したことはない。俺は安心した。



「……ここに、ザガンがいるかもしれないんだよな?」



「ええ。それらしき人物は今のところ見てないけど……街の人の話では、定期的にここに現れているみたい」



 思いがけない朗報だった。雲を掴むような手がかりを頼りに旅を続ける苦しさは想像を絶する過酷なものだったが、その話が本当ならもう旅を続ける必要は無い。



 ここに滞在していれば、いつか向こうから現れてくれるのだ。胸の隅に引っかかっていた異物が取れたような気分になる。



「そりゃ良いこと聞いた。……うーん、急にやることなくなっちまったな」



 ザガンについての情報収集……と言っても例の如く聞き込み調査であるが。これからそれを始める予定だった俺は出鼻をくじかれ手持ち無沙汰になってしまった。



 ハルカがそれを聞いて呆れた顔をする。



「何言ってるの。街を案内してあげるって話、もう忘れた?」



「え? ……ああ、そういやあ」



 言い終わる前に、手を取られた。「ほら、こっちこっち!」と妙に上機嫌で手を引っ張られる。彼女は急にどうしてテンションを上げたのだろう。



「実はこの街かなり広くてさー、三つの区域に分かれてるのよ。二つの街は既に粗方歩き回ったんだけど、三つ目は君とのためにとっといたの!」



 小走りで引っ張られながら、ハルカは後ろを振り向いて無邪気な笑顔と共にそんなことを言ってきた。そんな汚れの無い笑顔でそんなことを言われたら誰だって嬉しいに決まってる。顔が熱を帯びるのはきっとホットポーションのせいだろう。



 ……しかし、ということはハルカもまだ行ったことのないエリアにこれから連れて行かれるということだよな。



 それって、案内じゃなくね?



「細かいことは気にしない気にしなーい」



 俺の些細な疑問は笑顔で一蹴された。これではただの観光ではないか。そうだとしたら、それはまるで──



 デート、みたいじゃないか。



 そう自覚して、途端に足が地面を離れて浮いたような感覚を覚えた。俺はそういうのには、めっぽう慣れていないんだ。



 そんな俺のことなどお構いなしで、ハルカは俺を実に色々なところへ連れ回した。



「あ、見て見てケーキが売ってるよ!」



「あ、サンタのぬいぐるみかわいー!」



「キャー! あれ見てあれ!」



 やれあれを見ろそれあれを見ろ、ハルカの要求に全て律儀に従った俺はあまりの情報量に目を回してしまった。



 しかし、当初こそ困惑面を貼り付けていた天の邪鬼な俺だったが、次第にそれは苦笑いに変わり、そして気づけば満面の笑みを浮かべていた。彼女と過ごす時間は全くもって退屈しない。



「ハルカ」



 不思議そうに振り向いたハルカの顔に、植え込みに積もっていた雪を固めて軽くぶつける。ふわふわの綿雪で拵えた玉はボフンと拡散してハルカの顔を覆った。



「ひゃうっ!?」



 滑稽なその格好に俺は思わず、腹を抱えて笑った。そんな自分に驚く暇さえなかったと思う。シュンやケントと子供のように走り回っていたあの頃が蘇るような、体中の毒素が抜けるような笑いだった。



「むっっかつくっ! やる気!?」



 ハルカがごしごしと、ベージュ色をした厚手のコートの袖で顔を拭うと、現れた素顔は挑戦的に微笑んでいた。



「よし、こーい」



「いくわよー」



 のほほんとしたかけ声を交わした後、赤い毛糸の手袋を植え込みに突っ込んだハルカは、一粒一粒がアイテム認定された雪を凝縮して雪玉という名の投擲アイテムとし、見事なフォームで振りかぶると筋力補正全開の剛速球を俺目がけてぶっ放した。



「そりゃぁぁぁぁあっ!!」



 ごうっ、と風を切り裂きながら迫った雪玉は完全に腰を抜かした俺の顔スレスレを掠めて素っ飛んでいき、煉瓦造りの壁に衝突して盛大に破裂した。



「わ、悪かったよ……」



 女の子との微笑ましいボール投げの応酬を期待した俺が間違っていた。ハルカは「次はセツナの番だよ」とウインク。やる気満々かよ。



 中身は意外にも戦闘狂の素養が色濃いハルカ。俺もどこかへ封じ込めていた童心に火が付き、「後悔するなよ!」と笑って立ち上がる。



 その日、俺とハルカは近所迷惑の通報により保安官NPCが駆けつけるまで雪合戦という名の銃撃戦を続け、挙げ句興奮冷めやらずNPCを返り討ちにしてしまいシステムによって第三主街区の立ち入りを禁じられる羽目になった。



 メルティオールの門まで強制転移された俺達は、俺達を締め出したこのゲームのメインシステム《アルカディア・システム》への悪口の数々を並べ立てて盛り上がり、やがてお互いすっかり毒気を抜かれた様子で朗らかに笑い合った。



「いやー、笑った笑った」



 柔らかい雪に体を預け大の字に転がる二人がそう言いながら吐く息は白かった。



 当時は、二度と笑うことすらないのだろうと思ってさえいたというのに。俺はあの頃に回帰したかのような心持ちを味わっていた。シュンと、ケントと、笑い合っていたあの頃。



 今なら、心からケントに詫び、力を貸して欲しいと言えそうだった。合わせる顔が無いと思い、いやむしろ、会う必要も無いとさえ思っていたのに、俺は随分と変わってしまった。



 隣で荒い息を整えながら楽しそうに笑っているハルカを横目にそっと見つめる。彼女が、俺を変えたのだ。



 まだ一日二日の関係である少女に、なぜ俺はここまで傷を癒されているのだろう。



 ハルカはひとしきり幸せそうに微笑んでいたのをやがておもむろに立ち上がり、温かい飲み物でも買ってくると言って去っていった。



 彼女の背中が遠ざかっていく。小さくなっていく背中を眺めている内に、俺はどういう了見か、無性に不安になってしまった。



 もう、これっきり、ハルカが帰ってこないのではないか。



「ま、待てよ、俺も行くから!」



 気づけば背中を追っていた。ハルカという少女はどこか、気まぐれな妖精のように朧気な存在。まるで自分が見ている幻であるかのように、俺は錯覚することがある。



 見目の美しさに加え、彼女にはどこか、吹けば消えてしまいそうな儚さがあるのだった。

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