決着──フルカウンター
大剣と【イグナイトドライブ】のコンビネーションは、盲点とも言うべき秀逸な組み合わせだ。突進速度こそ細剣に劣るものの、あれほどリーチがあれば至近距離での回避は不可能。威力も細剣の比では無い。
俺がどんな突進スキルを使用しようとも、さっきのように当たり負け、ノックバックによる隙をつかれるのが関の山。
刀は、大剣の攻撃力と短剣の身軽さを共存させた最強ランクの武器である。しかし純粋な武器衝突において、その軽さが大剣に後れを取る要因となってしまう。
血の色を発する大剣が迫る。エンケの鬼のような気迫を一身に背負った紅の槍は、俺の攻撃全てを跳ね飛ばして俺を貫くだろう。ビリビリと大気を震わすその威圧感が俺を萎縮させる。
「──【フルカウンター】」
俺は目を伏せ、呟いた。刀を抜くまで俺が愛用していた《短剣》スキル、その最終奥義を俺は細剣同様コンバートしていた。
読んで字の如く、カウンター系スキル。発動から0.2秒間の間に攻撃を受けた場合、そのダメージを全て無効にして敵に跳ね返すスキルだ。
俺は勝利を確信しながらも、どこか勝負から逃げた感を拭えなかった。
突進の勢いを殺した俺の全身が淡いブルーに発光した。体がシステムによって動かされ、刀を握った左手と左足モモがピッタリ体に付くように曲げられる。
それは誰の目にも分かる受け身の構え。エンケの目が驚愕に見開かれ、恐らく本能的にスキルのキャンセルを行おうとした。
しかし、一度発動したスキルに中断は有り得ない。だからスキルとは諸刃の剣なのだ。
俺は最初から打算的にエンケに突進していた。エンケが通常攻撃をしかけてくるなら突進スキルを、何かスキルを発動する素振りを見せたなら──カウンタースキルを。
「この世界での戦闘は、じゃんけんに似たところがあるね。剣道の本質にもそれはないでもないけど」──向こうの世界で既に日本を代表する高校生剣士だったケントが、以前言っていた言葉の意味が、今少しだけ分かった気がする。
エンケの漠々たる思い全てを乗せた渾身の突きは、俺に接触した瞬間、システムという名の無慈悲な力によってあっさり掻き消された。切っ先は俺の腕に触れたところでピタリと止まり、代わりに俺の体が凄まじい速度で動く。
この洗練された所作も稲妻の如き速度も、決して俺の強さ故では有り得ない。ただ、正しいタイミングでコマンドを入力しただけの事象が産んだ仮想の武力だ。
空いた右手の拳に全身の全てのブルーが集中する。濃密な青い効果光を纏った拳は、俺の意思になんら左右することなく自動で振りかぶられ、そして高速で閃いた。大技をキャンセルされたエンケの無防備な胴を、拳は唸りを上げて鎧ごとぶち抜いた。
目を見開いたエンケは何かを悟ったように目を閉じ、直後砲弾じみた勢いで無茶苦茶に吹き飛んだ。バトルフィールドの外壁に直撃し、数え切れない光の飛沫となって爆散する。
その威力が、エンケの思いの丈を表しているようだった。
『WINNER Setuna!』と文字の形をした効果光が弾け、フィールドが同じく粉砕して消える。エンケが光と共に復活したのは、ハルカが駆けつけたのと同時だった。
俺は、いったい何を口にしたものか分からなかった。勝負には勝ったが、俺は大事なことを見落としていたのだった。これまでずっと、こんな簡単なことに気づかないでいたのだ。
ここは文字通りゲームの中なのだ。決闘などとヒロイックに言ってみても、男同士の拳のぶつけ合いとはほど遠い。プレイ時間とセンス、ただの技術がものを言う──児戯。
そこに強さは介在しない。俺はゲームに勝っただけで、ハルカをエンケから奪ってしまったのだ。俺と決闘しろ──などと、よく真顔で吐けたものである。
ハルカの方を一度見た後、筆舌に尽くしがたい表情になったエンケは背を向けて歩き出そうとした。俺は何を言おうとしたのか口を開いた。
「エンケ、俺……」
「──セツナ」
そう、名を呼ばれた。今までガキとしか呼ばなかった俺の名をエンケは初めて呼んだのだ。俺の全身を電流が駆け抜けた。
同じ電流でも、エンケの大剣によってノックバックを受けたあの時の衝撃とは根本から異なる、それはとても温かい衝撃だった。
「完敗だ。そんなに強いお前になら、ハルカを任せられる」
「……こんなの、強さじゃない。ゲームの腕前如何で強いとか弱いとか、滑稽だ」
スキルも、刀も、炎も、俺の能力を示すステータスという数値も、積み重なるモンスターの討伐数も。それら全ては、今まで俺が強さと信じて疑わなかったものだった。
だがこんなもの全部まやかしだ。俺という人間が本当に持つ強さじゃない。例えばこれが現実での殴り合いなら、年齢でも腕力でも体格でも劣る俺がこのエンケに勝てるはずがないのだ。
「いいや」
柔らかく、しかし確固たる否定。エンケは顔だけ振り返った。赤い瞳が初めて、真の意味で俺を見ていた。
「ハルカを護るために、ザガンを滅ぼすために必要なのは、お前のその強さなんだ。頭のキレ、反射神経と反応速度、豊富な知識とそのゲーム勘。運動神経と戦闘センスも文句なしだ。そして、高いレベルとレアな装備。全部ひっくるめたそれらが──この世界じゃ"強さ"って呼ばれるんだ」
今日、エンケがくれたこの言葉こそ、これから後生俺を支えることになるのだった。俺はそのことを既に漠然と悟っていた。
再び前を向いたエンケに、辛抱の限界が来たとばかりにハルカが叫んだ。涙で割れた懇願だった。
「待って! あなたには、謝りたいことがいっぱい……本当に、いっぱいあるの……」
その中には、エンケの気持ちに対する応えも含まれているのだろう。エンケは今一度振り返ると穏やかに笑った。
「お前が謝りたいことなんて全部簡単に想像がつく。……俺は、まだハルカを護るには力が足りない」
今度こそ前を向いたエンケのその背中を見て、俺は儲かれが二度と振り返らないだろうことを悟った。ケントを斬ってでも無理矢理セントタウンから飛び出そうとしていた、あの日の自分を思い出す。
エンケの気持ちが俺には痛いほど分かる。──護りたい存在に護られる悔しさなら、痛いほど。
あの日俺の前に立った弟の背中を夢に見ない日は無い。エンケは今日まで、ハルカを護るための力を必死の思いで付けてきたのだろう。それでも、まだ自分は護られる側なのだと自覚してしまった。
俺から見れば十分以上に強いエンケは、それでも今俺やハルカに自分が加わることを自分に許せない。
俺の憧れる強さを、エンケは持っているのに。
「そもそも、セツナが負けたら二度とハルカの前には現れないという話だった。俺がそうしないのはフェアじゃない」
恐らくは精一杯の建前であろうそれを、ハルカは当然飲み込めない。彼女には分からないのだ、敗北と失恋の痛みが。
彼女にとって、エンケは大事な仲間。それがエンケには辛い。それが分からないのだ。仕方のないことではあるが、残酷だ。
「待って、エン──」
尚も引き留めようとするハルカを、俺は横から片手で遮った。二人の仲を引き裂いてしまった俺が果たすべき使命は、今エンケが教えてくれた。
俺を強いと言ってくれたエンケが与えた使命。
「ハルカは、俺が護る。あんたがもう一度俺に挑みに来るまでは、絶対にハルカに傷一つ付けさせないと誓う」
俺が一人旅を止めて、これからハルカと旅を共にすることになったのはこれが原因だった。けれど、こんなものはきっかけでしかなかったのだろう。
いつもの俺なら、ハルカを強引にエンケに押しつけて旅を再開しただろうし、そもそもエンケに決闘を申し込んだりしない。
だから、エンケにハルカを託され、これを無碍にすることなどあってはならないと思ったのは、ただのきっかけに過ぎない。
俺はたぶんずっと前から、ハルカに惹かれていたのだから。
二週間会えなかっただけで寂しさを感じた相手はハルカが初めてだった。細剣スキルの会得は、それを紛らわすための手段だった。ハルカと共闘することを考えただけで胸が躍るのだった。
「ちょっと、何バカなこと……!」
俺を押しのけてエンケを追おうとするハルカを俺はあらん限りの力で抑え続けた。
いつの間にか降り出した雪の中に、エンケの背中が消えるまで、ずっと。




