鋼鉄の男
エンケは苛立たしげに眉間の皺を深くすると、分厚い大剣を両手でしっかりと握り、隙のない中段に構えた。俺の主観だが、大剣やメイスといった重量級の武器は対人戦に向かない。ケントのように片手で大剣を扱えるほどの圧倒的筋力値があれば話は逆転するが。
武器は全て、レア度に比例して要求筋力値が上昇する決まりになっている。簡単に言えば、レアな武器ほど重い、というわけである。
俺の刀はAランクの超高ランク武器だが、武器タイプ《刀》はそもそもが三振りしかこの世に存在しないため、またAランクしか存在しないため例外的に、使用者にとって最も最適な重さになるよう設定されている。
重すぎず、軽すぎず。体感的には木刀より少し軽いといった感じで、俺がどれだけレベルを上げて筋力値が上昇してもその体感重量は変わらない。
だが、大剣とは元々重量級の武器であるため、筋力値に自信のないプレイヤーはレベルに見合わぬ低ランクの大剣に甘んじることになる。
ゲーム的なバランスをとるために、ダガーなどの軽量武器はレア度が高くとも重量級武器に比べて攻撃力をかなり低めに設定されている。
見たところエンケの剣はなかなかのレア度で、両手でしっかり腰を落として構えていることからもエンケの体感重量はそこそこありそうだ。あれでは素早く接近し、フェイントを一つ入れて頭や首などの急所を斬りつければ呆気なく勝負が付きそうである。
隙が多い分絶大な攻撃力を誇る大剣は、本来パーティーでのボス狩りで重宝する。対人戦なら俺に分があるだろう。対大剣ならケントとのフリーバトルでも慣れている。
ドームの中心で、『BATTLE START!』の青文字が弾けた。両者の全身にぐっと力が籠もる。
先に動いたのは俺だった。
点在する木の間を縫うようにしてエンケに接近する。フリーバトルフィールド内に侵入したオブジェクトは、モンスターやプレイヤーなどの生命体以外であればそのままバトルフィールドの一部として扱われる。
エンケも動いた。木の本数はそれほど多くなく、半径二十メートルのドーム内に十五本ほどである。見晴らしの良い舞台であると言える。
俺は低い体勢からエンケに突進した。スキルではなく、俺の意思で刀を動かしての初撃。対してエンケは、大剣を薄いグリーンに輝かせて振りかぶった。スキルだ。
「【エルスラッシュ】!」
俺の読み通り、それは単発の重攻撃スキルだった。大剣はその性質上連撃系のスキルは少ない。
必殺の威力を孕むグリーンの閃光が落ちてくる。俺はこれまで意識的に抑えていた速度を急激に上げ、その一撃を僅かに左側にステップを踏むことで回避した。
言い方が悪いが、エンケは戦いにおいてまるで素人だった。ここまで単独で辿り着いたというのだから少しはやるものと思っていただけに拍子抜けの結末である。
あれだけ重い武器であるにも関わらず無謀な先制攻撃。しかも硬直時間のあるスキルでの攻撃だ。いきなり勝負は決まった──かに見えた。
無防備なエンケの頭部に、俺は遠慮なく一撃をぶち込んだ。しかし響いたのは、勝利を知らせるファンファーレではなく。
この上なく硬いもの同士が衝突したような、鈍い金属音だった。
「な……」
絶句。
葉桜の刃は、エンケのこめかみ部分で受け止められていた。エンケの髪の毛と瞳を除く全身が、漆黒に染まっていた。
薄ら光沢を放つその皮膚は、まるで金属のように見える。自分のアバター体の材質そのものを変化させるスキルなど聞いたことがない。
これはもしや──俺の思考は腹部に襲った凄まじい衝撃によって中断された。
「う……ッ!!」
エンケの右拳が俺の腹に食い込んでいた。拳は鋼鉄のように硬かった。凄まじい衝撃に俺は嗚咽を漏らしながら後方へ吹き飛ぶ。
フリーバトルという制約内においてのみ、プレイヤーは以前と同程度の痛覚レベルを有することになる。それが単にザガンが書き換えを忘れていたのか、敢えてそのままにしたのかは定かでないが。
だから腰が抜けるような痛みを覚えることはなかったが、俺はそれ以上に強烈に狼狽えていた。エンケのHPは一ミリも減少していない。
俺が、先手をとられた……?
俺のHPは二割ほども一息に消滅していた。あの全身の皮膚を鉄のような材質に変えるスキルは防御だけでなく攻撃にも有効らしい。
「……その力、まさか」
「知られて困ることでもないしな、教えてやるよ。【守護者の鎧】。俺のオリジナルスキルだ」
やはり。まさか俺の他にその力を持つ者に出会うとは思っていなかった。
「ここに来る途中、一度運悪く狼型モンスターの群れを引っかけてな。死にかけた。だが、まさに殺されるというときこの力が発現した。……『大切なモノを護りたいという思いが具現化した力』だと、説明文にはそうあったな」
護りたいという、思い。このスキルの発動条件はそれということになる。
今、エンケはハルカを護るために戦っているのだ。差し詰め俺は、エンケからハルカを奪おうとする悪役か。そう思うと苦い笑いが漏れる。
悪役だろうとなんだろうと知ったことか。闘いは始まった、もう俺には勝ちへの執着しか頭にない。
「なめてた。本気で行くぞ」
「俺はガキの吐くその台詞が一番嫌いなんだ」
言って、エンケは全身を元の肌色に戻した。あのスキルの欠点は、恐らく素早さの低下。維持にもSPを消費するだろうから発動は攻撃を受ける直前と、敵を殴る瞬間だけといったところだろう。
蒼炎は強い憎しみを感じないと発動しない。あの力に頼ることなくこの男に勝たねばならないのだ。これは全く楽じゃない。




