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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第一章《Utopia》
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理想郷


 突拍子も無い主題に続いて、話の詳細と、いくつかの動画のURLが添付されていた。


 父が語ったのは、一つの報告と、一つの提案。



『世界で初めて、幾万人の意識を収容できる広大な仮想世界を創った』という報告。



『希望する者は、我々と共にその世界に移り住み、人生をコンテニューしないか』という提案。



 事細かに記された詳細と、添付されていた動画は、どちらも父の語った世迷い言に信ぴょう性を持たせるものであった。それでもこれが正常な時代であれば、さすがに鵜呑みにする人間は少なかっただろう。


 父の投稿は、拡散性の高いネットの世界で話題となるや、瞬く間に世界中に拡散された。メディアにも積極的に顔を出し、父は顔と名前を売った。四十も半ばという年齢を感じさせない、背筋の伸びた長身の色男。黒髪をぴっちり整えて、研究者らしく白衣を羽織っていた。


 テレビに映る、六年ぶりに見る父の姿は、世界を救う英雄そのものだった。


 地球滅亡の未来を変えようとする者。運命を受け入れる者。父はそのどちらでもなかった。葛城慎司は、人類が移り住む、もう一つの世界を創ろうとした。


 そして、実際に創り上げてしまった。


 父は二十年かけて、VRゲームの開発に命を懸けてきたと語った。それが完成間近というところに来て、地球滅亡のニュースが飛び込んできた。


『私は、やっと形になりかけている自分の研究を諦めたくありませんでした。そして、もっと諦めたくなかったのは、私のゲームを楽しんでもらえたはずの、皆さんの笑顔と命です。以上の理由から、私は、私の世界を、皆さんを救うために使えないかと考えるようになりました』


 後に、聞かなかった者はいないとまでされる、葛城慎司の30分に及ぶ演説の一部だ。精悍な雰囲気とは裏腹に父はフランクで、同時に、恐ろしいほど口がうまかった。彼の言葉には、どれも絶対的な説得力があった。カリスマ。その言葉が、ぴったり似合う男だった。


 時にジョークを交え、軽快に語る父の夢物語を、弱りきった人類が最後の希望としてすがったのは自然な成り行きと言えた。シンジという名前は、世界中で希望の象徴となった。


 そこから世界は、音を立てて回り始めた。シンジの語る大規模な仮想世界と、その世界に意識ごとフルダイブする技術の理論自体は既に完成していた。シンジは世界屈指の頭脳と技術が集結した《地球防衛党》に声をかけ、その理論の実用化に向けて協力を要請した。


 人類の存続を懸けた、ゲームのプレゼンである。父は見事に地球防衛党を口説き落とし、二十年かけた父の研究は、世界一の技術者たちの手で、最速、最高品質で現実になった。それを支えたのは、続々と手を挙げた有志の技術者だけでなく、作業所で缶詰になって夜通し働く技術者たちに毎晩食事を振る舞いに駆け込んだ飲食業の人々や、必要な資源を世界中から大車輪の勢いで運び込んだ運送業の人々など、とにかくたくさんの人間だった。


 父の夢が、絶望にあえぐ人類に前を向かせた。


 父は最初から明言していた。理想郷には"定員"があると。一席でも多く増やすよう全力は尽くすが、残された時間では、どんなに多く見積もっても10万人が限界だと。そして理想郷の地を踏むことのできる人間の選定は、アルカディアの社員5名とその家族以外は、公平に抽選で決めさせてもらう、と。


 自分が乗れるとも全く分からないノアの方舟を、人々は必死に創り上げた。地球防衛党のリーダーはこう語った。『葛城慎司のぶっ飛んだ話に付き合うのは、最高の現実逃避だった。いい歳こいたおっさんが、最後にバカやれて良かったよ』。人類を理想郷へ導く舟は、完成した。


 抽選は家族が離れ離れにならないよう世帯単位で行われ、激烈な競争を勝ち抜いて抽選によって選ばれた家には、招待状が送られた。


 葛城家は、アルカディアの研究員である父の家族ということで、無条件で招待状が届いた。優越感がなかったと言えば、嘘になる。最低限の相手にだけ別れの挨拶を済ませてから、俺たち家族は、舟へ向かった。


 舟は東京の地下に造られていた。頑強なシェルターだ。一目見てわかるほど、厳重に厳重を重ねた警備体制だった。受付に招待状を見せ、真新しいエレベーターに乗って地下に降りた俺たちが見たのは、だだっ広い鋼鉄製の大部屋に整然と並べられた、無数の黒いカプセル。


 大の大人が横になれるほど広いカプセルの中で、俺たちは余生を過ごすことになる。コールドスリープに近い、栄養を摂取する必要のない冬眠状態となって、意識だけ仮想世界にダイブするのだ。


 地球はやがて、隕石によって人の住めない環境になる。選ばれた人間だけがログインし、他の人間が全て死に絶えた後は、無人のシェルターがAIによって全自動で稼働し続ける。同じくAI運営の無人原子力発電所によって、電力は永劫(まかな)われる。


 抽選によって選ばれた10万人あまりの人間には、シェルターの警備や受付、その他雑務が割り振られた。シェルターで働く人間は、理想郷に行ける人間のみ。そうしないと、権利を横取りする人間が後を絶たなくなる。


 俺たち家族は最初に招待状が届いたし、日本在住だったからほとんど一番乗りだった。しっかり働いて、同じく幸運にも権利を勝ち取った人々をどんどん迎え入れた。向こうの世界で一緒に暮らす仲間だから、お互い、積極的に会話を交わして友好的な雰囲気だった。中にはすごく怖い人や、近寄りがたい感じの人もいたけれど。


 一週間で、集まった招待状の数が、発行した数の一致した。全員集合だ。満を持して父が現れて、俺たちに簡単な説明をした。いよいよ、カプセルに乗り込む段になった。


 母と弟と、三人並んで隣り合わせのカプセルが割り当てられた。音を立てて、一斉に10万のカプセルが開いた。凄まじい光景だった。乗り込む直前、白衣のポケットに手を突っ込んだ父が、超然とした含み笑いで近づいてきた。


 母が涙を浮かべて父に抱きつく。母が離れると、父はちょっとだけ緊張したような顔で、俺と弟の頭に手を置いた。


「楽しめよ」


 たったそれだけ。俺は、父に心を見透かされたような気がしてたじろいだ。不謹慎かもしれないし、こんなこと言ったら、抽選に外れた人たちに殺されそうだが、俺は--六年ぶりにプレイする父のゲームを前にして、心が踊って仕方がないのだ。


 カプセルに横たわり、音声案内に従って初期登録を進めた。いざ、地球と永遠の別れが近づいてきたことを実感して、俺の口は自然に動いた。


「ありがとう」


 まるでそれが、ログインの合言葉だったみたいに、瞼の奥で色とりどりの色彩が弾けた。


 体がゆっくり下に落ちていくような感覚。もう二度と、浮かんではこれないのだろう。一瞬、未練のようなものが去来し、すぐに巨大な好奇心に飲み込まれた。


 間も無く、俺の意識はふわっと溶けて、真下へ。深く深く下へ、勢いよく潜っていった。

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