決闘
ギルド《赤い星座》とは、ザガンに対する復讐、という目的の一致により創立された武闘派集団であったと俺は認識している。
つまり目の前でハルカを真剣な目で諭している炎髪の男も、ザガンに対して何かしらの私怨を抱えている……はずだが。
俺の目からは、この男にその類いの黒い感情は見て取れない。ハルカを一目見た時に感じた仲間意識を感じることができない。
「なにを言ってるのエンケ……ここまできて止めるだなんて、そんな……」
ハルカは混乱の絶頂にあると見えた。俺の方から何かして助けられたらと思うのだが、何を言えば良いものか分からない。この問題は、ヨソ者の俺が首を突っ込むには荷が重すぎるように思える。
「……じゃあ、なんであなたは私を追いかけてこんなところまで来てくれたの? 仲間のサポートも無しで、あなたのレベルじゃかなりキツい旅になったでしょ……?」
俺に言わせれば答えなど出ているに等しい問いをハルカは本気でエンケに投げかけた。この女、信じられないレベルの鈍感である。
「……相変わらずニブいな」
聞き取れるかどうかのぎりぎりの声でエンケが代弁した。その表情は諦め、呆れ、もしくはうんざりといった感じに落ち込んでいる。
だがエンケはきっと、そんなところも含めてハルカが好きなのだろう。
そうとも知らないハルカは必死で頭を悩ませている様子だ。埒があかないと思ったのは俺とエンケ同時だったようで。
俺が教えてやろうと思う直前、エンケが顔を真っ赤にして叫んだ。
「お、俺はな! あの日お前に助けられたときからずっと、お前のことが好きだったんだ! ザガンの復讐なんて一ミリも興味ねえし、正直めちゃくちゃ怖いけどよ……それでもハルカと一緒にいられるなら、そう思ってギルドに入ったんだ、俺はッ!!」
俺の目の前で、ここまで男らしい告白をしたエンケを俺は少し見直した。俺には到底できないことである。
ハルカは「……へっ?」と、頭の片隅にさえ予想していなかったと取れる滑稽な反応をしたかと思うと、途端に顔を熟れたリンゴのように染めた。
ハルカは散々取り乱した後、目をそらして「きゅ、急にそんなこと言われても……」と消え入るような声でなんとか絞り出した。
急にもクソもないだろうが、この様子じゃあ本気で気づいていなかったらしい。
国籍も違う。年齢は恐らく俺達より五つは上であると思われる。そんなエンケの赤い瞳には、一縷の濁りさえ存在しない。
エンケの瞳に不覚にも萎縮された体をなんとか動かし、俺は初めて一歩エンケに向けて進み出た。ここが俺の出る幕でないことくらい、分かっているはずなのに。
エンケが訝しげに俺を見る。彼としては、後はハルカの返事を待つだけのつもりだったろう。──そうはいかない。
「エンケ、だったよな」
「……なんだ」
俺から見ても、美男美女で似合いのカップルである。付き合いも俺に比べたら随分長いはずだ。
それでも、ここで黙って行方を見守るだけじゃ、きっと後悔するだろうと思った。
「俺と、フリーバトルしろ」
唐突な決闘の申し込み。エンケは忌々しそうに目を見開いた。
彼からしたら、俺は突如沸いたお邪魔虫でしかないだろう。この見てくれだ、ギルド内では一番可能性があったのかもしれない。
「なんだと……?」
「悪いけど、久しぶりの再会なんだ。このまま置いてけぼりくらうのはどうにも避けたい。俺が勝ったら、ハルカは今日一日俺の貸し切りってことでどうだ」
我ながら寒々しい台詞だが、出た言葉は全て本心だ。俺はこの後、ハルカに手を引かれて街を案内してもらい、ハルカの宿だが家だかに招かれ、熱いミルクティーをご馳走になる予定だった。半分以上は妄想だったかもしれないが、重要なのは俺がその時間を密やかに楽しみにしていたということ。
ハルカがイエスと言ってしまえばそれは全て無かったことになってしまう。いや街の案内はしてくれるかもしれないが、それはそれで複雑な気分になるというか、それじゃ意味が無いというかともかく!
勝手に口が動いたのだから仕方が無い。
「俺が負けたら、二度とハルカには会わないよ。これで、どうかな」
首を縦に振りかねている様子のエンケに、もう一押しとばかりにとんでもないことを言ってしまった。いつの間にかハルカを懸けた決闘みたいになっている。あながち間違いでは無いのかもしれないが、無性に恥ずかしい。
ハルカは「……ん?」と、文字通り目を丸くして呆れ返っていた。
「……いいだろう」
そしてとうとうエンケが乗ってきてしまった。もう後には退けない。俺はメニューパネルを開く。
フリーバトル申請。俺から届いた果たし状をエンケが即座に受理し、ハルカを懸けた決闘が始まる。
「や、やめてよ二人とも! どうしてそうなるわけ!? 君もなに勝手に決闘申し込んでんのよこの戦闘狂!」
酷い言われようだ。とは言え、突然初対面の男に決闘を申し込む俺にその素養は無いとは言えないか。
尚も説得を続けるハルカは、次の瞬間悲鳴と共に俺達から急激に遠ざかった。予定されたフリーバトルフィールド内に侵入していたため、強制的に座標移動させられたわけだ。
見えない高速の動く歩道でもあるかのように、ハルカはぐいーんと遠ざかる。そして俺達とハルカの間に展開した水色のドームによって、ハルカは完全に俺とエンケから遮断された。
「……決闘、受けてくれてありがとう。俺の我が儘に付き合ってくれたことに感謝する」
エンケはふん、と鼻を鳴らし、「お前のためじゃない」と一蹴した。
「白黒付けろってなら望むところだったからな」
「ああ。オプションで、デュエルフィールドを防音モードに設定しておいた。中の声はハルカには聞こえない。……何か、言いたいことがあるなら聞く」
そう言う俺の視線の先では、エンケが弓を消し自分の身長程もある大剣を出現させていた。
見たところ、実用一本の簡素なバスタードソード。だが肉厚の巨大な刃はルビーのような光沢を放つ深紅の色をしており、華美な装飾こそ無いものの明らかなレア武器であると分かる。
エンケは大剣の握り心地を確かめるように柄を数回弄んだ後、不審げに歪められていた唇を開いた。
「剣で語る、なんてキザなことは言いたくないしな。この際だから言っておく。……お前も、どうせあいつらと同じなんだろ」
「あいつら?」
「ウチの元ギルドメンバー達だ。あいつら、口ではハルカに合わせてザガンへの悪罵を調子よく吐いていたもんだが、実際はハルカ目当てに加入しただけの腰抜け共だった」
エンケの語る真実は、ハルカが知ればどれだけ傷つくことか知れない、残酷なものだった。だからエンケは、今ここで俺だけに明かしたのだろう。
そしてそんな奴らと、俺を同じだと思っているのだろう。
心外に思う俺の表情から察したのか、エンケは悪びれることもなく肩をすくめる。
「思ったことを言ったまでだ。なんせハルカの前ではザガンに対する呪詛のレパートリーに事欠かなかったギルメン達が、ハルカが流砂に落ちた途端に豹変して言った言葉を聞いちまった」
ぎりっ、と。音を立ててエンケの歯が食いしばられた。
そして。俺にとっても衝撃の、ハルカを見捨てたかつての仲間の言葉をエンケは防音ドームの中で吐露した。
『ザガンザガンって、馬鹿じゃねえの。ちょっと可愛いからって夢見過ぎなんだよ』
ザガンを潰そうなんて腹の底から思う奴がどれだけ少数派で、異端者か。分かっていたつもりだったがこれには堪えた。
自分の野望に一種の矜持さえ抱いていた俺は、改めて自分が孤独な存在であると認識した。
「俺はギルメン達を全員半殺しにした後、副リーダーの権限で除名した。それほどに腹が立ったからな。バンもエリックも、もう二度と俺やハルカの前に姿を現すことはない」
エンケ自身、その表情には痛々しいまでの悔しさが滲み出ていた。かつての仲間を斬るのは本意で無かったに違いない。
ハルカの仲間達は自由になった体を、何かしがらみから解放されたような心地で転移の効果光の中に踊らせたことだろう。彼らを責めることはできないのかもしれない。
俺がケントを斬り捨てて一人で旅に出たのは、まさしくこの状況を憂慮したからだった。俺が抱くザガンへの復讐心をケントに同程度期待することはしたくなく、またとても難しいことだと感じていた。
だからハルカがギルドを持っていると俺に言ったとき、俺は密かに期待していた。真に目的が一致し、団結してザガン討伐を成し遂げるべく前進する集団が、存在するのかもしれないと。現実は残酷だ。
大多数の人間は、ザガンが憎い以前に、怖いのだ。人々の間で神格化されていたアルカディアを崩壊させたような集団なのだから無理もない。
「俺だって、腹の中ではあいつらと同じで、ハルカ目当てにギルドに入った。……だが、俺はあいつらとは違う。ハルカのためなら命も惜しくない」
エンケの声には強い力が宿っていた。この男は本気で、ハルカのためだけに今日まで力を付けてきたのだろう。
俺が引くべきなのだということは、誰の目から見ても明らかだろう。俺はエンケと違ってハルカを愛しているとかでもないわけで、そもそも、俺はケントを斬ったあの時から誰かの手を取る資格を失っている。
その覚悟さえ無しに、この一途な男と剣を交えて良いのだろうか。
戦う前から皮算用だとは思うが、正直俺が同じ一般プレイヤーに後れを取るとは思えない。俺が勝ってしまったら、それはそれでとても罪深いことなのではないか。
ましてハルカ本人はこの決闘を些かも望んではおらず、俺が勝ったところでハルカとの関係が俺の望むように好転するとは全く限らない。勝敗云々に関わらずハルカのエンケの告白に対する返事は決まっているはずだからだ。
悪い癖で今更ながらぐるぐると逡巡し始めた俺の口が、なぜか勝手に動いた。
「……俺もだ」
「なに?」
「──俺も、ハルカから手を引くわけにはいかない」
滑り出た言葉に、俺は自分で驚いていた。しかし妙に心地良く口が回る。
「ハルカと俺の関係は、傷の舐め合いなのかもしれない。互いの復讐のために利用し合い、ついでに、孤独を忘れるために群れてるだけで。エンケが想像してるような関係では全くない」
群れから追い出された獣は、同じ境遇の違う種の獣と共生することがあるという。
今の俺とハルカはそれなのだ。決して良好な関係とは言えない。
それでも。
今ここでハルカを取り上げられることを全力で拒絶する自分がいる。
「ハルカは、俺に必要だ」
高らかな抜刀音を響かせ、俺は腰の龍刀を抜き放った。




