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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第一章《Utopia》
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強襲

 いつの間にか、森林地帯だった。



 ダンジョンから脱出し、残りの砂漠地帯百キロあまりを徒歩で踏破し、野を越え山を越え断崖絶壁をよじ登り、道無き道を進んで正規ルートより格段に時間を短縮して俺はとうとうここまで辿り着いたのだ。



 限界まで疲労を蓄積させたせいか、俺はもう周囲に気を配る余裕も無くなっていたようだ。陰気な湿地を抜け、いつの間にかこんな森に足を踏み入れていたことに気づかなかったのだから。



 木は全て、雪を純白の笠のように被っている。それが、ここが大きく今までと気象設定の異なる区域であると告げていた。



 開きっぱなしのマップ画面。もう随分前にワタルが記してくれた赤丸印は、俺を示す光点と重なっている。



 白銀都市メルティオール。目的地はもう目と鼻の先だ。



「やっと……ついた……」



 あんなに嫌いだった、森に入ってから急に襲った寒さを旧友のように歓迎する。到着の安堵と同時に視界がホワイトアウトし、俺は前のめりに倒れ込む。





「──おっと」



 女の声。すぐ耳元で響く、その清らかで可憐な声を聞いた途端、俺の意識は水をぶっかけたように覚醒した。俺は柔らかい何かに受け止められていた。



 俺の顔のすぐ横で、俺に微笑む整った顔がある。およそ二週間ぶりに見る彼女は、相も変わらず美しかった。



「久しぶり、"セツナ"!」



 頭ばかり覚醒したが、全身は寧ろ驚愕と安心感で力が入らなくなっていた。最後の約束を覚えてくれていたハルカは、へなへなになった俺をしっかりと抱えるように支えてくれた。どさくさに紛れてちょっとハルカの背中に両腕を回してみる。



「長旅お疲れ様。マップを見てもうすぐ会えるのは分かってたんだけど……到着が待ちきれなくて来ちゃった」



 容貌の美しさは変わらないが、雰囲気は以前より随分と大人び、余裕が生まれているようにも見えた。



 再開を心待ちにした少女の花のような香りに酔いしれるも、女の子にすがり付いているこんな姿を誰かに見られては情けない。その理性が辛うじて勝り、俺は名残惜しさを感じながらハルカから離れた。



「二週間ぶりかぁ……ホントに久しぶりね」



 感慨深そうに呟く。俺にとってはそれの倍近い体感時間だった。雪国風の分厚い毛皮の白コートに美しい深紅の髪が良く映える。



「元気そうだな。ハルカはあれから、ギルドの皆とは合流できたのか?」



 俺の言葉に、ハルカは一瞬だけ表情に陰を落とした。俺は本能的に、マズいことを聞いてしまったのだと悟る。



「ギルドはね、もう無いの。でも気にしないで! 私が気にしてないんだから!」



 彼女の言葉は強がりではなさそうだった。そういうことなら俺もとやかく言うべきではないだろう。



「仕方ないよね。地上では一ヶ月も経ってたんだから。コールもできないし、死んだと思われたって不思議じゃないよ」



 ハルカとの会話は、俺にあの日の鮮烈な記憶を蘇らせた。ハルカと出会ったあの迷宮の記憶。そして別れの記憶。



 信じられない話だが、俺達が砂漠の迷宮に迷い込んでいたあの数時間の間に、地上では一ヶ月が経過していたのだ。



 その理由は、ダンジョンとはそういうところだから、としか説明のしようがない。時間の経過速度が、フィールドとダンジョンでは別々に規定されているのだ。



 まるで童話の浦島太郎だ。その間ハルカは音信不通だったわけだから、ギルドメンバーがハルカは流砂に飲まれて死んだのだと判断しても誰も責められない。



 フレンド一覧画面で虚しく存在するその名前を見続けるのも忍びなく、ハルカの仲間達が一斉にハルカをフレンドから削除したとしても、それは仕方がないことだろう。



 ハルカが地上に出たとき、ギルド《赤い星座》は毎月の納金をリーダーのハルカが怠ったため、という理由でシステム的に消滅してしまっていたらしい。



 ギルドという集団は恩恵が大きい分、維持費が設定されている。メンバー数に応じてそれは増加するため、普通はギルドメンバー全員から毎月集金して、リーダーがそれを代表して支払う。



 だが一ヶ月異空間を彷徨っていたハルカに納金手続きは不可能だったし、外でそれほど時間が経過しているなんて思いもしない。



「じゃあ、かつての仲間とは全員音信不通ってわけか」



「そうなの。元々私達も、目撃証言を下にこの都市を目指していたから、ここで待ってればいつか会えると思ってたんだけど」



「一番乗りが俺で悪かったな」



 俺の不平に、ハルカは楽しそうに笑ったのだった。



 俺は、ダンジョンに落ちたこととそこから復帰したことを報告するために、脱出後すぐワタルにコールした。その時、「え、生きてたの!?」となぜか驚愕され、その時に事情を知った。



 さすが研究員というべきか、ダンジョンの時間設定について彼は詳しかった。そんな意味不明な設定をしたのはほぼ間違いなく父、シンジであるだろうということも彼から聞いた。



 面白いと思えばどんなことでもする。そういう男らしい。



 俺は当時、大きく肩を落としたものだ。一ヶ月も時間を損した気分になったからだ。他の奴らにレベルを抜かれてしまっていないかなどと一瞬でも考えた俺は我ながら救えない。



 実際、ダンジョンでの経験値取得効率はフィールドよりかなり高いのは間違いないのだが、さすがに三十倍とまではいかないらしく。ダンジョンに落ちずに一ヶ月を勤勉なレベル上げに費やした場合と比べれば、遅れ分がゼロとは言えないようだった。



 だがそうは言っても、俺の現在のレベルは71。ワタル曰く、ザガンやアルカディアを除く一般プレイヤーの中では間違いなくトップクラスの数値だという。



 それも当然だろう、こんなご時世だ。まだ懲りずにレベルを上げてる奴なんて相当奇特な人間である。



「とりあえず、街まで行きましょう。ここからもう五分もかからないわ」



 見に見えて上機嫌なハルカに手を取られ、俺は引っ張られるように前に歩き出した。ザガンの目撃情報が集中しているというこの場所まで、とうとう来たのだという実感がようやく湧き、そして手から伝わる温もりが、俺が一人でないことを教えてくれる。



 久方ぶりの幸福な気持ちを台無しにしたのは、にやける俺の鼻先を掠めて木の幹に突き刺さった、一本の矢だった。



「……なんだよ、いきなり」



 ここまでの過酷な旅は、俺をより淡白でつまらない人間にしていた。疑いようもなく俺を狙って矢が飛んできたというのに、俺は恐怖など一握も感じることなく苛立っていた。



 ハルカもさすがといったところか、自らの後ろを駆け抜けた矢に敏感に反応し、すぐさま矢の飛んできた場所へ顔を向けた。俺も目だけをそちらに向ける。



 今まさに矢を放ったようなポーズで立つ、炎髪の男。木製だが大きく立派な弓に二の矢をつがえて引き絞り、それは真っ直ぐ俺だけに向けられる。



 髪と同じ、燃えるような赤い瞳には、どういう了見か深い憎悪が垣間見える。初対面のはずだが、この礼儀のなってないプレイヤーは俺を殺す気のようである。



 ファー付きのフードを垂らす黒のロングコートを着込んで防寒抜かりなしといった様子の男は、しかし鼻先がしもやけで赤くなっている。相当前から俺がここを通りかかるのを待っていたことになる。ご苦労なことだ。



 プレイヤーネーム、《エンケ》。日本人とは明らかに作りの違う整った顔立ちからも分かる通り、この男は外国人だろう。



 意外だったのは、ハルカがこの男のことを知っている風だったこと。



「エンケ……!?」



「久しぶりだなハルカ。生きてると信じていた」



 どういうつもりで今弓を構えているのか、ハルカはそれを問い質したいに違いない。それを阻止するかのように被せられた、エンケの言葉はあくまで穏やかだった。



 最初に登録された彼の声の特徴を維持したまま、システムによって自動翻訳された日本語となってエンケの言葉は俺達の耳に届く。外国人が異様に流ちょうに日本語を操る様は、まるで吹き替えの映画を見ているようだ。



「……おい」



 第一声とは似ても似つかないドスの効いた声。それが誰に向けられたものかは消去法で当然一人に絞られるわけで、俺自身も承知していた。



「呼んだか?」



 俺の口調は無意識に、鋭く、挑戦的な色を帯びた。突如現れた喧嘩腰の男に、なめられても面白くない。



 人を食ったような態度が気に入らなかったのか、エンケは「ガキが」と吐き捨て露骨に苛立ちを露わにした。百八十を超える長身と、重装備の上からも分かる引き締まった体躯、更には針山のように逆立った赤髪の所為で中々の凄みがある。



 エンケは顎を反らせて俺を精一杯見下すと言い放った。



「そいつはウチのリーダーだ。返せ」



 傲慢無礼な態度に俺もカチンと来る。そもそも問答無用で矢を放ってきたのは向こうなのだから、【峰打ち】で半殺しにしても正当防衛だよなぁ、というところまで算段を付けたほどだ。



 見かねて止めようとしたのか、開いたハルカの口から何事か漏れる前に、エンケがハルカに向き直る。



「お前は絶対ここに来てると思って、俺も昨日メルティオールに辿り着いた。そしたらさっき、宿の窓からお前が走って街の外へ向かうのを見た。やっと会えたと思って後を追ってみりゃあ……そこのガキはいったいなんだ」



 口振りから判断するに、この炎髪灼眼の青年はハルカの元ギルドメンバーか。隣で狼狽えるハルカに、助け船を出すことなど出来ようはずもなく俺は行方を見守る。



「な、なにって……彼とはダンジョンで知り合ったの。あの時落ちた流砂はダンジョンの入り口だったの。エンケ、なに怒ってるのか知らないけど弓下ろして、ね?」



 エンケは不満げに弓を下ろし、未使用となった矢を背中の矢筒に納めた。しかし目は完全に納得していない様子で俺を睨み付けている。



 ハルカは何が何だか分からない様子で、エンケとの再会を喜ぶこともできず俺達を交互に見るのみだ。



「そ、そうだ! 他の皆はどうしてるの? エリックやライトやバンは元気?」



「知るかよ。あんな奴らのことなんて」



「え……?」



 どうにも穏やかではない。ハルカの話を聞いて俺は和気あいあいとしたギルドを想像していたのだが。



「そんなことより。俺はお前を迎えに来たんだ、ハルカ。もう一度ギルドを創ろう。今度は俺達二人だけの」



「ちょ、ちょっと待って? エンケ、なにを言っているの?」



「いや、むしろ……もうザガンへの復讐なんてよそうぜ。俺はお前のためを思って言ってるんだ、ハルカ」



 エンケの言葉の残酷さは、ハルカを狼狽させるに余りあるもののようだった。

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