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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第一章《Utopia》
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断罪の力



 オリジナルスキル【断罪の蒼炎インフェルノ・ブルー】には、どうやら面倒なことに発動条件があるらしい。



 それが"感情"であることを、俺は何となく察していた。



 ゲームの中で何をメルヘンなことをと思われるかもしれないが、このユートピア・オンラインにおいて感情とはシステム上に明記された要素の一つである。ワタルが話していた、感情パラメータというヤツだ。



 ハルカを一目見て分かるほどにボロボロに痛めつけたあの獅子──【狩人の知識】曰くレベル64、名をアダストファング──に、俺が確かな怒りを覚えた直後だった。



 あの時と同じように、腹の内側がカッと熱くなった。俺の中で、何かが「解き放て」と叫ぶ。引き金の引き方は、何故だか手に取るように分かった。



 上手く説明できない。どうして右手を思うがままに動かせるのか説明できないのと同じようなことだと思う。つまりこの炎は、既に俺の体の一部なのだ。



 このスキルが発動したのは、あの日ヒヒの群れを相手取った時以来か。説明書のないゲームだ、まだまだ謎の多いスキルに違いはないが……



 いくつか、分かったことがある。



 敵の咆哮攻撃を相殺した俺は刀を抜いて地を蹴った。普段なら到底出せない速度と瞬発力により、俺は一瞬で、一歩で獅子の懐に到達する。



 このスキルの特徴。一つは、発動中のステータスの超強化。



 獅子の顎に蓄えられた金色の鬣を右手で鷲掴み、ぐいっと引っ張る。すると、これほどの巨体が重い手応えと共にぐらりとこちらに引き寄せられた。



 ストレングスもアジリティも、そして恐らくは運気や魔法攻撃力なんかのステータスまでが、この炎を纏っている状態に限り格段に上昇する。これが一つ目の恩恵だ。



「ぉぉぉぉォォオッ!!!」



 引き寄せた獅子の鼻っ面に、俺は渾身の力を込めて左手で握った刀を突き刺した。痛快なサウンドエフェクトを撒き散らし、獅子が悲鳴を上げながら仰け反る。



 この一撃で倒せると踏んだのだが、しぶといことに辛うじてHPは残存していた。赤く染まった残り僅かのバーを睨み、俺は仰け反りすぎて二足で立っている状態の獅子を追撃にかかる。柔らかい腹が丸見えだ。



 しかし、いくらなんでもそう簡単にはいかなかった。



 HPの色が変わったことでアルゴリズムが変換され、獅子の攻撃パターンが更に凶悪になる。瞳の色を緑から深紅に変えた獅子は、驚くべきことにあの仰け反り状態から強引に脱した。上向いていた顎を引き戻し、俺に向かってその顎門を押し開く。



 人が三人は入れそうな巨大な口内が、俺の炎もかくやという目映さのライトエフェクトで満ち始めた。赤紫色の効果光は飽和寸前の様相で獅子の口内で輝く。



「逃げて────ッ!!!!」



 背後で響いた彼女の怒鳴り声はもはや悲鳴だった。そんなことを言われても、もう俺は地面を蹴って空中にいる。



 獅子の紅の瞳がしてやったりと細められた。直後、甲高い爆音。



 視界が紫一色に染まる。獅子の口内を満たしていた光が解放され、それは極太のレーザーとなって俺を喰らい尽くす。



──ブレス攻撃だと!?



「……なんちゃって」



 俺の履く丈の短い空色のブーツが、俺の意思に連動して眩い白光を放った。装備項目《靴》、装備名《アクロバットブーツ》。



 ランクBのレア装備アクロバットブーツ、その固有スキルこそが【二段ジャンプ】である。空中に一度だけ不可視の足場を展開できる素晴らしい能力だ。



 蒼炎の恩恵。その二つ目が情報解析能力の加速だ。



 俺が目を凝らせば、それはより鮮明に見える。俺が耳を澄ませば、それはより明確に聞こえる。



 俺が集中すれば、敵の動きはより遅く見える。



 完全奇策の不意打ちブレス攻撃を、俺は先読みしたわけでは当然無い。実際予想外すぎて死を覚悟した。だが──



「おせえ」



 前にもこんなことがあったな。そんなことを思いながら俺は【二段ジャンプ】で更に高く跳躍した。俺の残像を飲み込んだレーザーは眼下を駆け抜け、岩壁に直撃して爆音を奏でる。



 脳天がら空き。



「【飛竜落とし】!」



 大上段に振りかぶった刀が、強烈なグリーンの光を帯びる。空を絶つ勢いで振り下ろされた刀の切っ先から、まるで落雷の如く翡翠色の閃光が放たれた。



 真下に駆け抜けた閃光は硬直した獅子の脳天を貫通。俺が獅子の頭の上に着地した直後、その足場は氷を砕くような音と共に四散した。



「わ、と、うわっ!?」



 華麗にヌシを葬り去った俺だったが、足場が突如粉砕したことでぐわりと大きく体勢を崩した。金色の飛礫が四方八方に飛び散る中、俺は地上八メートルから真っ逆さまに落下する。



 同時、俺を包んでいた蒼い炎も白煙と共に消滅した。かなり豊富に余っていたはずのSPがもう切れてしまったらしい。さっきの大技の消費もデカいが、何よりオリジナルスキルの燃費の悪さは常軌を逸している。



 これでは【二段ジャンプ】も使えない。流石に死にはしないだろうが、この高さから落ちたら普通にかなり痛い。そして相当カッコ悪い。



「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



 ぐんぐん加速する落下速度。来たるべき衝撃に備えて身を固くした俺を、柔らかい何かが受け止めた。



 ふわっ、と甘い香りが広がって俺の鼻に届いた。



「……あざす」



 決まり悪さから目を見ることもできず礼を言う。頭上で、ハルカの呆れたような視線が降り注いでいるのを感じる。



「へ?」



 思わず間抜けな声が漏れた。逸らしていた俺の顔を、ハルカはそのひんやりした滑らかな指で無理矢理ぐいっと引き寄せて自分の方を向かせたのだ。可憐な顔がすぐ目の前にある。



 まるでさっきと真逆の状態である。あろうことか俺は女の子にお姫様だっこされているのだ。



「な、なんだよ……」



 ハルカはじぃーっと俺に真顔を向ける。呆れているようにも、訝しんでいるようにも、照れているようにも見える表情。



 青みがかった深いグレーの瞳に思わず吸い込まれかけたとき、ハルカは「ごめんなさい!」と言ってがばっと頭を下げた。緋色の髪の毛が揺れてびっくりするくらい良い匂いが拡散する。



 俺の胸から腹辺りにハルカの顔が埋まった形だ。何を謝っているのか知らないが、なんでも許すから俺を降ろしてほしい。



「勝手なことして、迷惑かけて……結局全部君が尻ぬぐいしてくれて……本当に、ごめんなさい!」



 俺の印象として、多少頑固そうなイメージがあった彼女だが、これほど素直に頭を下げることはきっと珍しいことなのだろう。俺はしどろもどろになりながらもなんとか許す旨を伝え、どうにか無事降ろしてもらうことができたのだった。



 ヌシが爆散した地点に、いつの間にやら巨大なクリアブルーの魔方陣が浮かび上がっていたことに気づいたのは、俺が心臓の高ぶりをようやく落ち着けた後のことだった。



 半径二メートルほどの正円。幾何学模様の魔方陣はその光を遙か上空まで伸ばし、さながら氷の円柱だ。



 普通に考えて、外に出るための転送装置だろう。俺とハルカは互いに顔を見合わせ、にっこり笑い合った。



「そういえば、俺とハルカは別の流砂に飲まれてここに来たんだよな」



「そうだけど、それがどうかしたの?」



「いや、このまま俺達があの魔方陣を踏んだら、俺とハルカはばらばらに転送されちまうんじゃないかと思って」



 自分でふと思いついて、それを口にした直後、俺の胸に奇妙な物寂しさが去来した。



 俺は多分、まだこの少女と一緒にいたいのだ。単に、長い一人旅で人肌恋しくなっていただけなのだろうが。



「……そうね。そっか、そうだよね」



 ハルカもその表情は寂しげだった。一刻も早くここから脱出したがっていた彼女にしてはそれは意外な反応で、それを嬉しく思う自分が不思議だった。



「フレンド登録しておきましょうよ。転移玉だってあるんだし、いつでもまた会えるわ。ザガンについての情報も共有したいし、ウチのギルドの皆も紹介したいしね」



 異論のあるはずもなく、俺はハルカとフレンド契約を交わした。今やワタルを除いて黒一色となっていたフレンド一覧画面に一つの花が添えられた。



「ドロップ品の分け前はどうする?」



 俺はそう聞いた。パーティー契約を結んでいなかったために、現在あのヌシからドロップしたアイテムはラストアタックを与えた俺の方にレアなものが集中しているはずだった。



「このままで良いわ。働き的にも当然でしょ」



 そうは言うが、俺としては反則的なスキルを使ってしまった手前気後れがある。彼女が生身であの獅子のHPを半損させていた事実の方に驚愕しているぐらいだ。



「そうか。じゃあ、また会ったときは何か奢らせてくれ」



 その提案にハルカは満足したようで、満面の笑みを浮かべて頷いた。その笑顔に目を奪われた隙に、ハルカはもう背を向けていた。



 俺は思わず、その背に手を伸ばしかけた。何がここまで彼女を引き留めたがっているのか自分でも分からない。



 だが、魔方陣ギリギリでくるりと振り返られ、俺はぎくりと硬直した。別れを惜しむような表情と、それでも強い決意の籠もった瞳を見て何も言えなくなった。



「先に行くね。君と出会えて良かった。また必ず会いましょ」



「……ああ、必ず」



 再会を誓い合う。それまでお互い、決して死なないようにと。



 俺達はしばらく見つめ合っていた。お互い、顔に浮かべていたのは微笑だった。



 どれくらい経ったか、ハルカが再び背を向けた。今にも、彼女は光の向こうに消えてしまう。俺は気づけば叫んでいた。



「待って!」



 ハルカは耳を貸さず、淡い青が飽和する光の中に飛び込んだ。ハルカの全身が神々しく透き通り、青に同化していく。



 彼女が振り返った。聞こえているのかどうかも分からなかったが、俺は構わず叫んだ。



「俺のことは、セツナでいいから!」



 ハルカのリアクションは、一気に密度を増した光によって遮られた。青が平常の色を取り戻したとき、魔方陣の上にはもう誰も立っていなかった。



 尾を引いて消えた鈴の音が、言いようもない喪失感を俺に与える。俺は開きっぱなしのフレンド一覧画面に目を落として、彼女の名前をそっとなぞった。

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