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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第一章《Utopia》
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運命の出会い

 後方を気にするようにして全力疾走する少年は、ハルカのことに気づきもせずに真横を風の如く通り過ぎていった。凄まじい速さだったが、ハルカはそのスピードに感動している暇はなかった。



 本能的に体が動き、ハルカは少年の後を追って地を蹴った。直後、目の前の闇からヌッ、と巨大な影が姿を現す。



 鼓膜が破れるような大音響の雄叫びを上げて迫り来るそいつは、何より規格外のサイズをしていた。



「有り得ない……!」



 パラメータ補正全開でダッシュしながらハルカは息を呑んだ。



 獅子だ。全長八メートルを超える怪物。



 この砂漠そのものを司る神であるかのように、砂漠の砂のようなきめ細かい黄金色の鬣はハルカの知るライオンより数倍の量感がある。



 頭部の周囲だけでなく、前脚から胴の半分あたりまでをタップリと覆うそれは分厚い毛束が剣山のようにそそり立つほどのボリュームだ。反面、それに隠された皮膚は全て光を通さないかのように黒い。



 前を走る少年は一体何をしでかしたのか、かなりご立腹の獅子は口が裂けてしまいそうなほど大顎を開いて吼え猛る。唾液をまき散らすその口の中には分厚い紫色の舌と、触れるだけで切れそうな恐ろしい歯が敷き詰められている。



 獣の息づかいが首筋にかかるほどの至近距離は広がるどころか少しずつ縮まっている気がする。漆黒の皮膚に二点、目の位置で爛々と光るエメラルド色の球体がギョロリと動いてハルカを捉えた。



 システム補正の限界を超えてハルカは走った。自分でも信じられなかったがハルカは一時的に獅子を引っぺがし、前を土煙を上げながら新幹線のような速度で走る少年に追いついた。



「ちょ、ちょっとそこの君! 止まって! いや止まらないで聞いて!」



「え?」



 黒い少年だった。肌はむしろ白い方かもしれないが、随分と見ないで久しい真っ黒な髪と瞳。髪型は快活なウルフヘアーだが本人の印象はどちらかと言えば弱々しい。



 ブーツとインナーの色だけが鮮やかなスカイブルーで、彼を彩っているのは黒とその蒼の二色のみ。防具の類いは見受けられないが、左上腕部にやたら存在感のある銀色の腕輪が目立つ。



 どこか女性的な線の細さも相まってとても強そうに見えないが、涼しい顔でこれだけの速度を出すとはただ者ではない。



 そうでなくても、この少年はハルカが『レベル40オーバーの化け物』と感じた存在なのだ。



「ねえ、これなんて状況!? ここどこ!? あいつなんなの!? あなた誰、何者!?」



 こんな迷宮でまさかプレイヤーに会えるとは思えず、ハルカは安心感も相まって普段より口数が増えていた。とにかく聞きたいことが多すぎた。



「驚いたな……俺の他にアリバン砂漠を歩くようなプレイヤーがいたなんて。しかもあんたも流砂に落ちたんだよな、てことは。いやーもう他人とは思えん」



 なんだこの男は、とハルカは唖然とした。こっちは限界を超えて走り続けているというのになんて呑気で緊張感がないんだろう。



「悪いな、巻き込んじまって。あれはここのヌシだ。あいつを倒さないと脱出できないわけだが、寝てるところをちょっかい出したらこうなった。いくらなんでも分が悪いと思って逃げてるとこだ」



 ヌシ。聞き覚えのある響きだった。確か、夏風のオアシスで水の番をしている麦わら帽子を被ったNPCがこんなことを言っていた。



『この辺りのどこかに《ダンジョン》の入り口があるらしい。そこにはフィールドでは手に入らないような宝が眠っているが、強力な《ヌシ》が居座っていると聞く。妙な欲を出さないことだな』



 つまり、ここはダンジョンと呼ばれる隠しフィールド。どうやらハルカはイベントのフラグを立ててしまっていたらしい。



 脱出、及びイベントのクリア方法はヌシの討伐。そしてクリア報酬はレアアイテムといったところだろうか。



「あんなやつ、倒せるわけないじゃない……!」



「んー、同感。でも倒さなきゃ一生ここから出られないぜ。ダンジョン内では転移もコールもできないからな」



 何やらハルカよりはこの状況について詳しそうな様子。加えて、こんな超スピードをふざけたような悲鳴を上げながら出し続けるほどの圧倒的ステータス。ハルカはこの少年を頼らない手は無いと断じた。



「……ねえ。君、強いの?」



 じっと少年の横顔を見つめる。ターゲットタブがついて彼の名前が表示される。



 セツナ。不思議な名前だと思った。



 何事にも興味なさげだった、超然的な物腰の少年の表情に僅かにハルカへの関心の色が挿した。初めて目が合った。



「俺も丁度、同じことを聞こうとしてたとこだ。俺は強いぜ、あんたはどうだ?」



「強い……と思う」



「決まりだな」



 セツナの手が伸びて、ハルカの手を掴んだ。



「え、ちょっと……!?」



 全力疾走の最中だというのに、唐突に手を握られたことに不意を打たれドギマギする。そんなハルカをよそにセツナはもう手を離していた。彼の手には、ハルカが握っていた閃光玉が光っている。



「ひとまず仕切り直そう。ハルカ、しばらくコンビとしてよろしくな」



 ほんの少しだけ楽しそうにも見える表情でセツナは急停止した。ギャルルルと地面を滑走してスピードが幾分緩んだところで、手中の閃光玉を思い切り地面に叩き付ける。



 自分の名前を呼ばれたことを意外に感じながら、ハルカは反射的に目を閉じる。



 眩い閃光が瞼の向こう側で弾ける。すぐ後ろまで肉薄していた獅子が悲鳴を上げて足を止めた隙に、二人は揺れが止んで走りやすくなった道を疾走した。



 閃光玉は、モンスターを強制的に《盲目》状態にする。数秒でそれは回復するが、その間にモンスターの視界から消えてしまえばあちらに位置を特定されることはない。余程大きな音を出したりしない限りは。



「はぁ……っ、はぁ……っ」



「大丈夫か? 俺のスピードについて来れたヤツはあんたで二人目だ」



 素直に感心している様子のセツナに見下ろされる。ハルカはかなり走った先の壁にもたれ掛かって座り込んでいた。やがて微かに、獅子の足音と唸り声が遠ざかっていく気配を感じた。どうにか撒けたらしい。



「も、もう走れない……」



「よく頑張りました。まあ焦らず休めよ。少しずつ傾向と対策ってやつを練っていこうぜ」



 疲労困憊のハルカはセツナの呑気な言葉に反論することもできず、ずりずりと背中を壁にこすらせながら真横に倒れた。



「疲れてるかもしれないけど、飯は食ってた方がいいぜ。スタミナの最大値元に戻さなきゃ」



 プレイヤーのスタミナはレベルによって最大値が上昇し、運動中は常にその数値が減っていく仕組みになっている。最大値から減るにつれて疲労を感じ、歩いたり、寝転んだりしている時にその数値は回復していく。



 しかしこの数値は、睡眠や食事を摂らないと二時間に一回のペースで最大値が減少するのだ。それだけ早く疲れるようになるので食事や睡眠はきちんと取るのが狩りの鉄則である。



 しかし、生憎ハルカには口にできるアイテムがない。



「大丈夫……少し休んだらもう平気だから」



 ハルカは力なく横たわりながら、目の前で胡座をかいて話題を探すように遠くを見つめている黒衣の少年についてぼんやり考え込んだ。



 考えれば考えるほど不思議な少年だ。まだ成長期を終えていない、幼さの残る顔立ちは客観的に言えば"可愛い系男子"で、生意気な性格でもしていれば似合いそうなのだが……



 彼は出会ってからというもの一度も少年的な笑顔を見せていない。飄然とした態度を崩さず、まるで地獄でも見てきたかのように大人びている。この状況を危機とも思っていないかのような様子に、ハルカは少し気味悪さを覚える。



 何よりは、彼の強さだ。数値的な話ではない、【シックスセンス】によって直に感じ取った彼自身の危険度。



 この爽やかな少年の中には、怪物と断言して良い黒い何かが巣くっている。殺意とか、憎悪とか、そんな存在をごちゃ混ぜにして濃縮したような闇がある。



 ハルカが感覚的に少年を人間だと気づけなかったのは、きっとそのせいなのだ。



 考えながらふと、ハルカは急激な寒気を感じて身震いした。このフィールドは炎天下の砂漠に比べれば随分涼しいと感じていたが、夜に近づくにつれ気温は顕著に低下を始めたようだ。真冬もかくやという冷気が洞窟内に立ちこめる。



 ハルカの装備はステータス補正こそ優秀であるものの体温調節ボーナスが乏しい。自分を抱くようにして丸くなるが、食事を摂ってないことも祟ったのか症状はどんどん悪化していく。



 目を固く閉じて懸命に寒さを忘れようとする。──と、何やら芳しい香りが漂ってきて、ハルカの鼻腔をくすぐった。猛烈に腹の虫が鳴る。



「ひゃっ……!」



「はは、やっぱ腹減ってんじゃん」



 羞恥のあまり一時的に寒さを完全に忘れるほど身体が火照った。ハルカは頬を染めて目を開け、照れ隠しに少年を睨む。



 僅かに口元を緩ませたセツナの手には、囂々と湯気を立たせる銀色の大鍋が握られていた。中身が気になってハルカは体を起こす。



 鍋の中をのぞき込んだ瞬間、芳香が顔を直撃した。クリーミーな香りの正体は、具だくさんのホワイトシチューだった。空腹と寒さに苛まれていたハルカには、セツナの鍋は何物にも代えがたい宝に見えた。



「君が作ったの?」



  ハルカはほとんど鍋を引ったくりそうになる寸前だったが何とか踏みとどまり、セツナに当たり障りのない話を振る。



「俺は料理はからっきしでね。これは母が作ってくれた」



 セツナの微笑みにノスタルジックな感慨の色が見えた。ハルカの胸がナイフで抉られたように痛む。



 母の手料理。ハルカが最も欲するものだ。もう二度と、味わえないものだ。



「そっか。じゃあ大事に食べなきゃダメだよ」



「何言ってんだよ。腹空かしてるやつの目の前で一人だけ弁当食うほど、俺は嫌な性格してないぜ」



 心外だとばかりに眉をひそめるセツナの顔を、ハルカは目を丸くして見つめた。



「私も、食べていいの?」



「当然。取り分け、鍋は皆で囲った方が美味いだろ」



 まだ、出会って間もない希薄な関係。お互いの出身地も国籍も、レベルも武器もジョブも誕生日も、本名だって知らないのに。



 ハルカが逆の立場なら、素性も知れない輩に暫定パーティー契約を交わすことはおろか、食事を共にするなんて考えもつかない。ただでさえ今の自分は生身の肉体ではなくて、目の前の少年は本当は遠く離れたところで横たわっている。



 言わば、ネット上ですれ違っただけの関係に過ぎない自分に持ち物を分け与える彼は、理解に苦しむ存在だった。



 だが。恐ろしく冷たい何かを飼っているとばかり思っていた彼の温かみに触れて、ハルカは妙に軽やかな気持ちになったのだった。



 差し出された器になみなみと注がれたシチューの温もりを、ハルカはしっかりと受け取った。



 ニンジンやじゃがいもがごろごろ入ったとろみの強いシチューは、今まで味わったどんな仮想料理より美味だった。



 矛盾と虚構でのみ構成されていると信じ込み、恨みさえしたこの世界でハルカは久しぶりにここが仮想世界であることを忘れられた。



「あ、ありがと……ごちそうさま」



 綺麗さっぱり完食したハルカはシチューを注ぐ前と同じ状態になった白い器をセツナに感謝を込めて返却した。この世界の仕様として、皿やカップなどのアイテムは料理アイテムによって汚れることがない。



 食事中ハルカはセツナと一言も会話を交わさずにひたすらがっつき続けたのだが、その沈黙が少しも苦痛でなかったことに自身驚いていた。セツナはといえば、ハルカの見事な食べっぷりに大きな目を丸くして感心している様子だった。



「よっぽど腹が減ってたんだなぁ。それだけ美味しそうに食べてくれたら俺も嬉しいよ」



「う……でも本当に助かったよ。このまま死んじゃうのかと思ってたから」



 大袈裟だなと苦笑する少年はやはり年齢不相応に落ち着いているように思えたが、楽しそうに笑ってくれるとほっとする。



「自己紹介、まだだったな。俺はセツナ。セントタウン出身だ。訳あって旅をしてたんだが……お互い不運だったな」



 照れ笑い、なのか分からないがセツナは困ったような表情で頭をかいた。



「そうね……。ここは、夏風のオアシスでNPCが話してたダンジョンなのかしら。セツナ君は彼には会った?」



「いや……オアシスなんてのは見た覚えがないな。そのNPCも記憶にない。けど、ダンジョンっていう隠しフィールドがユートピアの各地に設定されてるのは知ってる」



 そこそこの情報通でもあるらしいセツナの話が確かなら、これはイベントというよりは裏ストーリー、もしくは隠し要素の一種である可能性が濃厚だ。となれば、クリア難易度はかなり高いと考えて良い。



 ハルカはセツナを正面から見つめた。セツナが不思議そうに見返す。



 ここからの脱出に、彼の力は不可欠だ。少しだけ素直になって言い換えるなら、彼と一緒にいることは一人でいるよりよっぽどハルカを幸福にする。興味の絶えない、この謎めいた少年ともう少しだけ話がしたい。



「遅くなっちゃったけど……。ハルカです。これからよろしくね」



 照れくささを我慢して何とか言い終わると、彼は満足そうに笑った。胸の奥で温もりが一度脈打った。

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