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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第一章《Utopia》
22/167

ハルカ



 照りつける陽光を物ともせず、軽快に砂上を駆け抜ける十騎の騎兵の姿があった。



 先頭を走るのは、美しい白馬に乗った赤毛の少女。まだ年端もいかない十代の若者と見受けられるが、その顔つきは精悍な騎士のそれだった。



「ハルカ! 馬が疲弊している、一度止まろう!」



 後方を走る仲間の言葉にも少女は耳を貸さない。くるりと強気な顔を後方に向け、ハルカと呼ばれた少女は一喝する。



「なにを悠長な! ザガンは今にも逃げてしまうかもしれないのよ!?」



 振り向いたハルカは、砂漠地帯の厳しい陽を浴びてその容姿の美しさを一層際立たせていた。



 日焼けを知らない肌をプリプリと苛立ちで張り詰めさせて、厳しく眇められた目を仲間に向ける。



 正論を言ったはずの仲間は可哀想に、しょげ返ってしまった。



「ハルカ! 危ない!」



 その更に後方、立派な黒い毛並みの駿馬に跨がる炎髪の男が叫んだ。ハルカは訝しげに眉をひそめて前方に視線を戻し──そして目を剥いた。



「えっ!?」



 一瞬前までは延々と続く平坦な砂の大地だったはず。だが今ハルカの目に映るのは、進行方向目と鼻の先でばっくり口を開いた巨大な流砂。目算で直径十五メートルはくだらない。



 沼や湖とでも例えるべきその大きな砂漠の棺桶は、まるで獲物を今か今かと待ちかまえていたかのように、ハルカの接近と同時にその姿を現したのだ。



 余りに突発的な出来事に為す術なく突っ込んだ白馬とハルカは、流砂の傾斜をごろごろ転がり瞬く間に飲み込まれていく。



 ズブズブと沈んでいくハルカの指先が黄金色の砂に埋もれていくのを、後人達はただ声も無く見守るのみ。



「なんてことだ……」



 男の呟きはむなしく風に流された。流砂はまるで腹を満たしたかのように消滅し、後には更地となった砂の大地だけが残された。



────────────────────────────

───────────────



 夢を見ていた。



 あの日以来何度見たとも知れない悪夢だ。その夢の中で、ハルカはいつも無力だった。



 黒いボロを纏った男。汚い歯がフードの隙間から覗くそのいかれた男は恐ろしく強く、ハルカは手も足も出ない。



 歯の隙間から気味の悪い笑い声を漏らしながら、男はハルカの体に手を伸ばす。世界が音を立てて崩れ去り、男の背景は無数の蟲が蠢くように闇がとぐろを巻く。ハルカの恐怖などそっちのけで、男の干涸らびた手は迫る。



 そして、一息に距離を詰めた手の平がハルカの華奢な首を鷲掴みにした。



「いやぁぁぁぁぁっ!!!」



 漫画みたいに悲鳴を上げて、ハルカは悪夢から覚醒した。もう毎日のように繰り返す悪夢だというのに、一向に慣れてはくれない。



 上体を跳ね上げるようにして目を覚ましたハルカは、バクバクとうるさい胸を押さえて滲んだ涙を拭った。



「……私、どうしたんだっけ」



 頭が何かを整理する前にハルカは顔を上へ向けていた。きっと、自分は高いところから落下したのだということを体が覚えていたのだろう。



 仰いだ上方には青空はなく、十メートルもの高さに土気色の天井が覆い被さっていた。そうだ、自分は流砂に飲まれて……



 ハルカは歯噛みした。あれほど仲間や馬に無理をさせながら、とんだドジを踏んだ。今頃仲間達はどうしているだろうか、そう考えると胸を裂かれるような痛みを覚える。



 目線を平常に戻すと、ハルカのいる場所は両脇を土壁で囲まれた褐色一色の洞窟のようなところであると分かった。横幅、天井ともにかなり広く、隠しフィールドにしてもあまりに規模がデカい。



 流砂の下にはどうやらこんな迷宮がフィールド設定されていたようで。問答無用でゲームオーバーが確定する系統の、今となっては悪辣極まりないフィールドトラップでなかったのはせめてもの救いだった。



 飲み込まれた時、否応無しに気が遠くなる感覚があった。強制的に《気絶》状態になる設定がされていたのだと思われるが、一体どれくらいの間気を失っていたのだろうか。ハルカは半ば茫然自失としながら上を見上げる。



 天井の隙間から、サラサラと音を立てて落下する砂と一緒に黄金色の陽光も入ってきているから、外はまだ明るいと思っていい。



 だが、人一人が通り抜けられそうな巨大な穴は天井部には見当たらない。自分は確かにあの辺りから真下に落下したはずなのに。



 つまりこれは、設計者の設定した特殊な移動方法の一つなのだろう。逆説的だが、この天井を突き破っても元の場所には戻れない。そもそもフィールドの基盤であるこの天井は破壊不能物質に指定されているはずだ。



 となれば、元の場所に帰る方法はなんだろう。洞窟は前にも後ろにも続きがあり、やんわりと曲線を描きながら奥へと伸びている。



 見知らぬ場所に一人隔離されたこの状況に、ハルカは純粋な不安と恐怖を覚えた。真っ先に、仲間にコールすることを思いつく。



 しかしメインメニュー画面を展開したハルカは、ただただ狼狽することになる。



「え……?」



 デジタル時計が表示されているはずの箇所が、見慣れないデザインで塗り潰されている。赤い長方形の枠に囲まれた赤文字『ERROR』──



 不安が一気に加速した。フレンド一覧画面へと祈るような気持ちで指を走らせるも、フレンドへコールするための選択肢の部分は全て同じ『ERROR』の赤文字が烙印でも押すように潰していた。



 時計のバグ。仲間との通信不可。ハルカは藁にもすがる思いで貴重なアイテム『転移玉』をマテリアル化し、叫んだ。



「転移、《夏風のオアシス》へ!」



 だが、認証音は鳴らない。いつまで待っても全身を光が包むこともない。ハルカは絶望し、ペタンと小ぶりの尻を地につけた。



 転移という便利な瞬間座標移動ファンクションは、厳密に言えばユートピア中のどこにでも移動できるわけではない。



 各地に存在するチェックポイント、つまり以前までならゲームオーバーの後プレイヤーが蘇生する予定だった場所にのみ転移が可能である。例外として、選択したフレンドの目の前に転移先を選択することもできる。



 ホーム登録されている住居、つまりは自宅や五大都市の門の前はもちろん、一度でも宿泊していれば世界中のどの宿屋にでも移動できる。



 砂漠の都デザーティアから北方向に広がる超広大な砂漠《アリバン砂漠》には、全部で四つのオアシスが存在しそこをマッピングすることで転移が可能になる。



 ハルカが詠唱した第二オアシスは流砂に飲まれた地点から最も近く、恐らく仲間達もハルカが転移してくると踏んでそこに集まっているだろうと予想した。



 しかし、肝心のハルカがそこへ向かう手段を奪われてしまった。時刻も確認できず仲間との連絡方法も取り上げられ、極めつけの転移不可という非常事態。ザガンがまたしても仕様をいじくったのか、それともこの特殊フィールドがそれら全てを無効化する空間として設定されているのか。



 どちらにせよ──これは、まずい。



 ハルカはただひたすら途方に暮れた。寝ても覚めてもザガン討伐にのみ意識を向けていたハルカは、飲み水も食料も十分な補給を怠った。当時は煩わしくしか思っていなかった仲間たちの忠告が今更になって後悔の杭を打つ。



 過剰な強行軍に不満を募らせた仲間のために自分の分を惜しみなくくれてやっていたせいで、ストレージに飢えを凌げるようなアイテムがいつの間にかパンかす一つ無くなっていたことにハルカはようやく気づいた。



 思い出したように腹の虫が空腹を告げた。悲鳴を上げておへその辺りを押さえる。



「……どうしよう」



 不覚にも涙が滲みかけたが、ハルカもそこらの女の子より数倍はタフだと自覚している。気合いで引っ込め、とにかく動いてみようと立ち上がる。



 前と後ろ、どちらかに出口があるかもしれない。勘で前を選択したハルカはなるべくエネルギーを消費しないよう小走りで駆け出した。



 色気のない土壁に囲まれたこのフィールドは、灯りという灯りは天井の小さな穴から差し込む陽光だけ。蛇行する洞窟の先はぽっかり闇の穴が浮かんでいて様子が分からず、目視できるのは十メートルが限界だ。



 突然モンスターと鉢合わせるなんて可能性もある。スキルは消費SPに比例して使うとそれなりに疲れて腹も減るのだが、避けられる危険は避けるに越したことはない。



 ハルカは目を閉じ、ジョブスキル【シックスセンス】を発動させた。



 このスキルの最大の特徴はエフェクトが存在しないことである。音声認証による発動が基本のウェポンズスキルに対し、ジョブスキルは意思が引き金になる。有り体に言えば使おうと思った瞬間には発動しているわけだ。



 攻撃系のウェポンズスキルと違いジョブスキルはほとんどが戦闘補助系。ハイスピードかつシビアな戦闘を快適に楽しむ上で、攻撃技のようにジョブスキルをいちいち口に出すことは障害となりかねない。



 ジョブスキルの発動条件はそのことを憂慮した仕様であると知り合いのアルカディア研究員から聞いたことがあった。



 そのため、主に対人戦ではスキルの、特にジョブスキルの読み合いはかなり重要になってくる。よほど詳しいプレイヤーなら、エフェクトを見ただけでそれがどんなスキルなのか分かるという。



 ところがジョブ《ヒットマン》のジョブスキル【シックスセンス】は、発動しても何も演出が起こらないため見た目ではまったく発動が察知できない。



 しかし効果はというとまったく対人向けではなく、索敵系のスキルだ。半径五十メートル以内にいるモンスター及びプレイヤーの存在を察知することができる便利な力だが、残念なことに対人戦で日の目を見ることは少ない。



 とは言え今回のような未知のフィールドを探索するなんて状況下においては、このスキルはかなり心強いものになる。それでなくても世界が救いようもなく変わってしまった現在、危険なフィールドを駆け回っているハルカには【シックスセンス】は最大の生命線と言って良い。



 発動すると、ハルカは周囲の生命反応の存在を"感覚的に"察知する。マップに記されるわけでもないのに、あ、あの方向何メートルの距離にいるな、というのが無根拠に分かるのだ。まるで見えているように。



 この土気色の迷宮で、ハルカはモンスターの存在を複数感知した。これも感覚的にだが、その生命反応がどれだけの力量を持っているのかもおおよそ感じ取ることができる。



「なに、これ……」



 辟易した内心を隠せず震えた声が漏れた。どいつもこいつも、明らかにアリバン砂漠の平均レベルを逸脱しているではないか。



 そして畳みかけるように──今まさに索敵領域に侵入した新たな反応。ただならぬ悪寒が走りハルカの足が否応なく止まる。



 推定レベル──40、オーバー。



 そんな化け物が前方から、かなりの速度でこちらに迫ってきているのだ。



 ハルカのレベルは36。故郷のデザーティアでは敵がいなかった。それは数値云々だけでなく、ハルカ自身の身体能力と戦闘センスが他の追随を許さない領域にあったから。



 そんなハルカは、迫り来るレベル40オーバーの化け物と交戦する覚悟を決めた。一対一なら手も足も出ないほどの相手ではないと判断したためでもあるが。



 久しぶりの強敵に高揚していたのだと指摘されたら否定はできない。女の子らしさとはほど遠い趣味だが、ハルカはこの世界での戦闘が決して嫌いではなかった。



 だが。



 そいつの動きを完全に把握するために奮発して再発動した【シックスセンス】が、驚愕の事実をハルカに伝えた。



 二匹目だ。



 さっき感知した化け物のすぐ後ろをピッタリくっついてこちらに向けて迫る反応がもう一つ。



 レベル、60オーバー。



 いくらなんでも間違いだと思った。敵の力量は所詮ハルカが感覚的にそう感じただけなので、【シックスセンス】の情報は些か信憑性に欠ける。



 しかし、少なくともさっき感知したレベル40オーバーのヤツよりやばそうなのは間違いない。



 ハルカは逃走を画策するが、いかにも遅すぎた。前方から凄まじい地響きと怪物の咆哮が聞こえる。全身の肌が粟立つ恐ろしい唸り声だった。



 もう、スキル無しでも感じる。圧倒的な存在が迫ってきていることが。ハルカは悪態を吐いて抜剣し、スカートのポケットから閃光玉を取り出して遁走のタイミングを図る。



 ──と、ハルカは、獣の唸り声と地鳴りに似た足音に紛れて何か聞こえることに気づいた。



 獣の咆哮に比べてかなり高音の声。それは──人の悲鳴、のようにも聞こえるような……



「うわぁぁぁぁ……」



 微かに聞こえる、男にしては高く、女にしては低い声。ハルカは更に耳を澄ませた。



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」



 気のせいなどではない。声変わり途中の若い少年、そんな感じの……"人間"の叫び声。



 呆気にとられて構えた剣が下がる。そんなハルカの目の前の闇から、一人の少年が飛び出してきた。



「へ……?」

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