いざ砂漠へ
翌朝。ワタルとアリシアとついでにトオル、三人に惜しむように見送られて俺はメルティオールへ向けて旅立った。
俺が昨日アリシアに案内を頼んで揃えたアイテムは、大量の飲み水と携帯食料、そして《クーラーポーション》なる回復アイテムだ。なんでも、飲めば体感気温を下げて高温地帯特有の状態異常になりにくくなるらしい。
VRゲームの先駆けである本ソフトは、状態異常の概念も従来と同レベル程度では済まされない。何しろ画面の向こうでキャラクターが毒や麻痺に苦しむのとはワケが違い、このダイブ型ゲームで状態異常を患うのは俺たち自身の肉体だ。
毒を受ければ本当に気分が悪くなるし、麻痺を受ければ体が痺れる。体調とシステム上の状態異常は密接に直結している──これはこの世界を旅する上で決して忘れてはならない摂理なのだ。意識から外すと手痛い目に遭う。
例えば俺がクーラーポーションを飲んでいなければ、五分と経たずに《高温やられ》、十五分もすれば《脱水》を患うだろう。どちらもスタミナゲージ減少速度が増加するマイナス効果がある。
それに連動して俺本人も頭がぼーっとしたり喉が渇くといった、まさしく砂漠地帯を移動したら被るであろう症状が現れる寸法だ。本当に有り難迷惑な徹底ぶりである。
それを防ぐためのクーラーポーションなわけだが、効果は三十分で切れてしまうためこまめな摂取が必要だ。念のため最大数の99個購入した。
クーラーポーションといえば、もう一つ、俺がアリシアに勧められて購入した品がある。それはカテゴリで言えば《乗り物》アイテムだ。今、俺はそれに乗って灼熱地獄と化した砂漠地帯を疾走している。
アリシア曰く《魔導バイク》と名のつく代物。驚くほど高価だったが徒歩で百キロの砂漠完走など冗談じゃない。
黒光りするフォルム。二股に分かれたハンドル。夜間に自動点灯するライト。一見して少し古い型のバイクに酷似しているが、制作者の意向としてはあくまで科学ではなく、魔法の力で動いているらしい。俺としてはどっちでも一向に構わないのだが。
ただ、そのいらんこだわりのせいでこのバイクは俺のSPを原動力として走るのだ。最高時速は百キロ以上という優れものだがそこが難点である。
そのため長時間の使用はできないが、何より座っているだけで進むので楽で良い。これに関しては例外的に、SPを消費しても疲労感を感じないようで僥倖だった。
運転方法もミニゲーム目的で簡略化されているらしく、レーシング系のゲームをプレイする感覚で運転できる。
出発して一時間ほど経過した現在では、運転にも慣れ、およそ三十キロもの道のりを走りきっていた。あと百キロも走れば砂漠を抜ける。
じりじりと焦げ付くような陽光が容赦なく砂の大地に降り注ぎ、空気が大きく歪んでいるほどだが、クーラーポーションの効果と向かい風のお陰で俺はそれほど暑さを感じていない。
しかし、一向に変わらない景色に半ば嫌気がさしてきてはいた。サボテンの一つでもあればまだ色気があるというものだが、まったく、この終わりのない地平線もそろそろ睨み飽きた。マップを確認しながらでなければ進んでいるのかすらも体感できない。
砂煙の巨大な尾を引いてかれこれ一時間、変わらぬ景色の中を走り続けた俺の集中力は思っていた以上に限界を迎えていたらしい。
目の前を横切ろうとした非アクティブ状態のサソリ型モンスターに気づかず、俺は派手に衝突した。
「うわっ!!」
バイクから投げ出された俺は砂の大地に頭から突っ込む。強引に頭を引っこ抜き、犬みたいに顔をぶんぶん震わせて髪に絡まった砂を払い、さてバイクはどこにいったかなと上を見上げると。
我が愛車はまさに、空中で木っ端微塵に粉砕したところだった。──俺の貯金の一割が!!
鉄くずの雨の中俺は愕然と肩を落とし、ショックのあまり脱力して砂の大地に身を投げ出した。頬を埋めるきめ細かい砂は炉にくべたように熱く、肌がチリチリ痛むがそれに頓着する気力も無かった。
その時、地につけた耳が奇妙な音を拾った。
ザザサザザ……ザザサザザ……──砂の滑る音、のように思える。
おそるおそる後ろを振り返る。その正体を目にした俺は引きつった悲鳴を喉の奥から絞り出した。
「ひっ……!!?」
俺を飲み込まんと大口開ける、巨大な流砂。俺のすぐ背後で展開したそれはどんどん直径を増し、既に俺の腰辺りにまで流砂の端が迫っていた。急な傾斜にがくんと下半身が飲み込まれる。
「ちょっ!? うぉぉぉぉぉおっ!!」
必死で両手両足を回転させるが、サラサラの砂の大地はそれらを全て空回りさせる。仮想の重力に従って落下する体を俺はどうすることもできなかった。
とうとう足首が沈み込み、そこからはあれよあれよという間に体がずぶずぶ沈み込んでいく。首まで砂に埋められた俺は酸素を求めて必至に真上を仰いだ。空が綺麗だった。
え、これ、死ぬのか?
思考が最悪の結末に辿り着いたとき、俺の視界は暗転していた。服の中に砂が大量に入ってくる感覚を不快に思いながら、俺の意識は深く深く沈んでいった。




