終末の日
太陽は、五十億年余りで燃え尽きてしまうと小学生の時に本で読んだ。
そうなれば当然地球は終わりだ。当時の俺は、とっくに自分が死んでいる時期であるにも関わらず、怖くなって泣いてしまったのを覚えている。
よせばいいのに更に読み進めると、そもそも太陽は少しずつ膨張していて、五十億年後の消滅を待たずとも、二十六億年も経てば地球と太陽の距離が近くなりすぎて、地球は生物の住めない星になってしまうということが分かった。俺にとってこれはまさに傷口に塩だった。
しかしまあ、その日図書館から帰って夕飯を食べてゲームをして、し過ぎて母に怒られてふて腐れる頃には、そんなぶっ飛んだスケールの恐怖なんてキレイに忘れ去っていた。そしてその恐怖を思い出すことは、ついに一度として無かった。
終末の日──この日までは。
西暦二一四三年。その一報が日本を駆け抜けたのは、五月の爽やかな朝だった。
--地球に、滅亡の危機が迫っています。
テレビの全チャンネルが同じ内容を報じた。世界中で同じようなニュースが流れた。瞬く間に、リアルもネット上も大変な騒ぎとなった。
当初こそ、「どういうこと」「ドッキリ?」「【悲報】地球滅亡」「いいぞもっとやれ」「よくわからんけど会社行ってくる」などなど、ネット上での反応は呑気なものが目立った。なぜ俺がそれを熟知しているかと聞かれたら、不本意ながら、起きている時間はほとんど端末をいじっているほどのネット廃人だから、としか言えない。
結局、人類がこれを「マジなんだ」と気づくのに、そう時間はかからなかった。テレビやデジタル新聞、インターネットなどのメディアが、繰り返し繰り返し、真面目な顔で「地球は滅亡する」と伝え続けたからである。
理由は、半年後に地球を横切るはずだった超巨大彗星にあった。歴史上類を見ない規模であったことから、多くの特集が組まれ、見頃の日時やイチオシ観測スポットが紹介されるなど、話題となっていた。
のちに、《インフェルノ彗星》と名付けられる。
そのインフェルノ彗星は、地球の公転軌道上にはカスリもしない計算だった。ところが、毎日インフェルノ彗星を観測していたアメリカの専門機関は、その日、いつものように彗星を追跡して目を疑った。
インフェルノ彗星は、爆散していた。
原因は追求されなかった。その究明よりもまず、地球の危機回避に全霊の時間と労力と英知を注ぐ方に専念したからである。
惑星や隕石と衝突したか、星の最期に巻き込まれたか。何かしらの理由でインフェルノ彗星は粉々に砕け、軌道を変えた。問題は、無数の隕石の散弾となったインフェルノ彗星が、地球の公転軌道上にジャストミートしてしまったことである。
こうした天文学的確率の悲劇によって、地球は滅亡の危機に瀕した。人類がとった行動は、大きく分けて三つ。
一つは、地球滅亡の未来を回避しようと奮闘した者。彼らは人々から、敬意を持って《地球防衛党》と呼ばれた。彼らの半年間をカメラが追いかけるだけで、全米が泣く映画が10本は撮れたに違いない。世界中の頭脳と技術が集結した《地球防衛党》は、続々と集まる有志によって規模を拡大しながら、隕石群から地球を守る方法を必死に模索したが、結果だけ言えば、地球滅亡の未来は避けられなかった。
一つは、運命を受け入れた者。残り半年間を好きに生きようとするか、もしくは、自ら死を選んだ者たちがこれに当てはまる。おかしな団体による集団心中も流行ったし、犯罪もめちゃくちゃ増えた。
地域の人間や芸能人たちがイベントやコンサートを各地で主催したり、毎日狂気的なお祭り騒ぎだった。真っ昼間から酒を浴びるように飲むやつなんてかわいい方で、スラムから流れてきたクスリでキマってるやつらがいたり、家から出たらすぐそこら辺で男女が絡まり合ってたり、とにかく世界中が無法地帯になった。
俺も、どちらかというと運命を受け入れた側の人間に分類されると思う。といっても小心者なので、悪いことや淫らなことにはとても手を出せず、朝から晩まで生き甲斐のゲームに明け暮れた。ゲームで知り合った人たちと、「俺たち死ぬんだね」「実感わかない」「少し怖い」なんて、詮無い会話を交わして過ごした。
その日が近づき、流れ星が雨のように夜空を翔けたり、近海に隕石が落ちたり、魚や鳥の死骸が大量に発見されたり、異常現象が頻発するようになったが、いつログインしても、ゲームの世界は変わらなかった。昨日と同じ、チープな青空のカラーリングをディスプレイ越しに眺め、能天気なBGMを聴くと、無性に心が安らいだ。
その日まで、残り1ヶ月と迫り、運命に抗おうと懸命に戦ってきた《地球防衛党》が、いよいよ匙を投げ始めた。隕石群の規模は、地球の科学力でどうこうできるレベルを最初から超えていた。全て悪あがきに過ぎなかった。それでも、全力で戦ってきた彼らの姿に励まされ、彼らを応援することで理性を保ってきた人間は、地球には想像以上にいたのだった。
《地球防衛党》が諦めたことで、支えを失った人類のそれからは、地獄としか言えない。地球は混乱と混沌を極めた。多くの血が無意味に流れた。多くの人間がただの獣に成り下がった。
そんな時であった。地球を守ろうともせず、かといって、運命を受け入れようとも決してしなかった、第三の人間が声を上げた。
それが俺の父、葛城 慎司だ。
父は得体の知れない男だった。というのも、実の息子である俺でさえ、ほとんど顔を合わせたことがなかったのだ。最後に会ったのは俺の10歳の誕生日。彼は自作だというPCゲームのデータを、俺にプレゼントしてくれた。
それこそが、俺をゲームとネットの世界に引きずり込んだ元凶。《ユートピア》というタイトルの、オープンワールドのアクションRPGゲームだった。あれから六年経つが、未だにあのゲームを超えるグラフィック、シナリオ、操作性、そして物語を進めるごとに加速する興奮と感動を提供してくれるゲームには、未だに出会えていない。
だから俺が知っていたのは、父がどうやらゲームの開発をしているということぐらい。その割には稼ぎも一切なく、母が女手一つで俺たち二人兄弟を育ててくれたし、あれだけ凄いゲームを作る会社でありながら、その《アルカディア》という会社はどう検索してもヒットしなかった。当然、一つの製品も世に出してはいなかった。
そんな父の名前で、ある日、インターネット上にこんな投稿がされた。
『人類諸君。旅に出よう。滅び行く地球から、第二の世界へ。理想郷へ』