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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第一章《Utopia》
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心の四原色

 目の前の青年は若干二十六歳にして、世紀の大発明者であった。俺は素直に尊敬の眼差しを送る。



 いかに精緻なグラフィックで美しい世界を完全表現し、脳の命令を忠実に変換して違和感の無い運動を可能にしたとしても、ここまで俺がこの世界を"現実"に感じてしまうのは、きっとこの世界が人の心を理解するが故だったのだ。



 ワタルは、この理想郷を理想郷たらしめた立役者の一人であり、父が全幅の信頼を置く優秀な部下なのだ。その実感がようやく湧いてきて、俺は妙にこの場に座っているのが恐れ多く感じてしまうのだった。



「いかんせん、バーチャルリアリティという技術は初めての試みだったからね。ユーザーにどんな精神的負担を強いるのか知れない。僕は理系上がりじゃなくて、専門は臨床心理学だから、プレイヤーのメンタルヘルス機能の開発を葛城さんから全面的に任されていたんだ」



 アルカディアの構成人員は十名に満たないと聞いている。ワタル曰く、なんでも、この技術が確固たる現実味を帯び安全性をきちんと立証できたなら、父は日本のテクノロジー系の大企業にでも売り込みに行く予定だったようだ。



 アルカディアの仕事は、完全手探り状態の仮想世界創造技術の裏付けを作ること。そのため父は、日本中を渡り歩いてこれと思う人材をスカウトし、専門分野も考え方もバラバラな彼らの様々な角度からの考察を纏め上げてついに理論を完成させた。



 正確には、完成まで本当に間近だったようだ。終末の日が五年遅ければこの次世代ゲームは大々的に世に出回っていたという話だったが、それはつまり、父が大企業を口説き落として莫大な資金と人員の援助を得てこのゲームを量産するまでに必要とされていた期間だった。



 たった三週間で十万ものハードを形にできたのは、製造理論だけは既に九分九厘完成していたからに他ならない。



「葛城さんが突然家に来たときは驚いたなぁ」とワタルが昔を懐かしむような表情で呟くと、傍らのアリシアもクスクス笑った。どうやら二人はその頃から一緒に暮らしていたようだ。



 俺は、アリシアの膝に抱えられて俺を物珍しそうに見ている小さな少年に目を向けた。アッシュベージュの短髪に水色のまん丸い瞳。まだ四歳程度だと思われるが、他人の俺が家に上がっていてもこれだけ大人しくしていられるのは二人の教育が良いためだろう。



 ワタルの紹介によれば、彼の名はトオルといって、まあ見ての通り二人の間にできた子供だ。わんぱく坊主だとアリシアは言うが、そうならば今はもしかして人見知りをしているのだろうか。



 トオルを見ていると、俺はなんだか親にも似た心境になって、冷水に浸したような心が少しずつ温もるのを覚えた。同時に、親が子を思う気持ちの漠々たるやを少しだけ理解し、母を見捨て父を欺き続ける俺の罪深さを強く認識した。



 しかし俺は、俺のしようとしていることがもしかしたら、彼のような小さな子が無邪気にフィールドを駆け回って遊べる時代を作る一助になるのではないか、そうも考えて少し力をもらえたのだった。



 ワタルは、彼の研究成果に対する俺の反応が余程嬉しかったのか、人の感情を分析するその仕組みについて簡単に説明してくれた。



「言葉にするのは簡単なんだけどね。僕は人の感情を大きく《喜》《怒》《哀》《楽》の四つに分けて考え、人の心はこれら四つの比、総量によって全て説明できることを発見した。全ての色がたった三色から作ることができるのと同じように。僕はこれを、《心の四原色》と名付けた」



 ワタルの話は非常に俺の好奇心を刺激した。俺の息を呑んだ反応が更に気分を良くしたのか彼は若干顔を上気させて説明を追加する。



「ここから一気に専門的な話が増えてしまうから、例を挙げるのは一つにしようか。ポテトチップスなんかを食べていると、ついつい思った以上に食べ過ぎてしまうことってセツナ君はないかい?」



 もちろんある。しかし、それが脳と心の関係を知る上でヒントになるとは思いもしなかった。



「あれは情動と呼ばれる現象で、脳が快いと思う行動──つまり、《喜》や《楽》の数値が上昇しやすい行動は、脳自体がそれに近づこうとしたり、それを更に求めたりして命令を出す。だから手が止まらないなんて表現があるわけだけど。人がどんな行動をしたとき脳がどんな反応を示すのかというデータは、僕が研究を始める前から多くの研究者によって蓄積されていたんだ。まさに今言ったみたいなことを研究してくれていた過去の偉人達だよ」



 ワタルは、それをデジタルデータが統治する世界でも説明、再現できるよう、感情を四つの要素に分けてそれらを数値で表したという。だんだん複雑化する話に少しずつ置いて行かれている感覚はあるが、俺は必死でワタルの話に食らいついていった。



「例えば、ユーザーがログイン中に何か深い悲しみを感じたとしよう。二十四時間ユーザーの脳はハードカプセル内のスキャナーが監視しているから、それによってシステムは、このユーザーはこれくらい悲しんでいるんだ、と分かる。システムは《哀》の数値を即座に適量上げることで、プレイヤーは本来なら再現不可能な、涙を流すという行為を許される」



 自分の目からこぼれる涙がシステムによって強制的に流されている仮想の液体であると思うとなんだか身も蓋もないが、それくらいしなければこの世界では泣くことも、羞恥に頬を染めることも、逆に怒りで顔を真っ赤にすることもできなかったということなのだ。ワタルの発明は本当に偉大である。



 その四つの感情の数値は《感情パラメータ》と名付けられ、常に監視下にある脳の動きと連動して増減する仕組みだそうだ。



 俺は、腕を軽く伸ばしてメニューパネルを静かに開いた。突然のことにワタルが眉を寄せる中、俺は先程ワタルにも見せた画面をもう一度展開する。



 それはオリジナルスキルの詳細画面だった。【断罪の蒼炎】の説明文冒頭には、こうある。



 曰く──強い憎しみの心が生み出した、地獄の業火。



「憎しみ……。《怒》と《哀》の数値がそれぞれ七百と四百以上で、比率が7.14:2.86から8.43:1.57の間にある時に、この世界ではその感情は憎しみとされる。現実の脳の動きを見ても、それはほぼ同じことが言える。けど……まさかこの世界でその感情が生まれることはないと思っていた」



 ワタルが口惜しそうに吐き捨てる。ザガンという存在がなければ、俺達の感情パラメータはずっとおめでたい色を維持していただろう。



「つまり君のその力は……憎しみの感情がそのオリジナルスキル制作者の設定したラインをぶっちぎったことで解放されたということだね。……皮肉な話だ」



「何がです」



「オリジナルスキルは、ほぼ全てが葛城さんによってデザインされている。彼は、君がその力を得ることを果たして予想しただろうかと思ってさ」



 ワタルの悲しげな表情。俺は心配無用を伝えるべく笑顔を作った。



「ザガンを皆殺しにするために力をくれた、親父に感謝しなきゃですね」



 その言葉に、ワタルの表情は痛々しいほど強ばったのだった。

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