雪山に轟く雷鳴
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ちょっとした大冒険だった。
ゴールを目の当たりにした今、僕は感極まりかけながらこの三日間を振り返る。
極寒、強風、豪雪と三拍子揃った五十層の探索は、予想を超えて過酷を極めた。野を越え山を越え、あるいは滑り降りながら、道無き道をひたすら進む旅。
幸いヌシと遭遇することは無く、そういう意味では安全な旅だったが。それでも二日目の昼過ぎにホットポーションが底を尽きると、そこから輪をかけて生きた心地のしない冒険になった。
肌を切り刻むような寒さ。覚束ない視界。隆起と陥没の激しい地形を雪が覆い尽くしているため転倒は日常茶飯事だった。
ただ、寒さはテントに入れば凌げるし、鍋を作ってカレルと(セツナの分身も食べないけど隣に座ってくれた)囲めば身も心も温まった。休息も最低限とプラスアルファはとるように心がけたし、辛く厳しい旅とは言えても絶望的なサバイバルとまでは言えないだろう。
けれど。真の苦しさは「本当にこの層に目当ての素材は存在するのか?」という、一歩雪を踏むごとに膨張していく疑念だった。
僕達はずっとありもしないものをバカみたいに探し続けているんじゃないのか。
マップ上で点滅する僕らのアイコンが、どれだけ歩いてもほとんど進まないことに苛立った。丸二日かけて踏破した距離はたったの八十数キロ。
雪に足が取られるこの地形では当然なのは分かっていても、まだフィールドを半周もできていないと考えると無性に虚しくなって、テントの中でひっそり震えた。
僕もカレルも諦めかけていた。会話は随分減っていたし、かといって周囲を見渡す視線も決して必死では無くなっていた。疲れてしまっていた。
その瞬間だった。
「あ……あーーーーーーーーっ!」
少し前を歩いていたカレルが、傾斜を登り切ったところでこんな風に絶叫したのだ。この時僕らはダメ元で、崖に近い斜度の雪山を登っていた。仮想酸素も薄いし、もうほぼ頂上に近かったろう。
両手に握ったピッケルを駆使して急な傾斜を登頂し、カレルの背中に追い付いた僕は──その向こう側に広がる絶景に言葉を失った。
そこは光の筋が雨のように降り注ぐ、色とりどりの草花で満ち溢れた桃源郷だった。
登り切った瞬間に気温が変わった。
全身を柔らかく包み込むような春の暖かさだ。ぶくぶくに着込んだこの耐寒装備では暑すぎるぐらい。
暖色の羽を広げて蝶が飛び交う下に、一面広がる花畑。それはまさに、七色のグラデーション鮮やかな花びらの絨毯。
それが見渡す限りに広がっているのだ。まるでユートピア・オンライン全種の草花をコンプリートして色別に並べたかのような規模。圧巻だった。僕らはしばらく、ただただ目を奪われていた。
「カレルさん、ここって……!」
「あぁ! 見つけたんだよ俺達! よっっっ……っしゃぁぁぁぁッ!!!」
僕らは飛び上がり跳ね上がり全身で喜びを表現した。──これで、これでソラちゃんを助けられる!
これだけ広ければ安楽草もバラバラ薔薇も必ずある。僕は走り出しそうなのをぐっと堪えて、まずはセツナへコールをかけた。
丸二日間もソラの面倒を頼みっぱなしだ。いち早く彼にこのことを教えてあげたかった。
一コールも待たずに応答があったことに驚きつつも僕は画面の向こうへ興奮を伝えた。
「セツナさん! 見つけた、見つけました!! 花の咲くエリアを発見したんですよ!!!」
『本当か!?』
セツナの声が跳ねた。ついで、興奮冷めやらぬ口調でソラにこの旨を伝える声が聞こえる。
本当なら分身の目を介してセツナにもこの素晴らしい景色を見せてあげたいところだが……生憎、彼がお供につけてくれた分身は二十四時間で活動限界となり、消滅してしまっていた。
『丁度、見切りを付けてお前達を呼び戻そうか迷ってたところだったんだ。……そうか……よかったぁ……!』
どさり、と重い音が聞こえてきてギョッとする。
「どうしたんですか!?」
『あぁ……悪い、ちょっと気が抜けて……転んだだけだよ、心配ない』
背景音の設定をお互いオンにしているため、セツナの声だけではなく、セツナが立てた音や風の音、ソラの声なども僕は聞くことができる。
転んだって……マシな嘘も吐けないくらい消耗しているのか。どうしてそんなに。
「……なにかあったんですか?」
『いや、詳しくは帰ってきてから話そう。さっさと目当ての素材を集めて転移で飛んでこい。ソラも待ってるってよ』
消えいるような音で、言ってません、とソラの声が聞こえた。彼女の声をコール越しに聞いたのは初めてで、思わず心臓が元気になる。




