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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
最終章《Real》
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懐かしのゆりかご

 十日ぶりに踏んだメルティオールの雪道も溶かすほどに、ハルカの全身は発火寸前の高熱を帯びていた。



 ──やっちゃったー!



 最悪、最悪だ。隣を距離を空けて歩く、気まずそうなトーリをハルカは睨みつける。こいつのせいでとんだ恥をかいた。



 こと、男女の仲に関することについてかなり鈍感である自覚がハルカにはあった。その性質のせいで大切な仲間を悲しませ、辛い別れを経験したこともある。



 だが。この男の無神経さはそんなハルカを凌駕して余りある。同じザガンのコーメイに言わせれば「壊滅的に女心が解らない」のだ。



 まだ親しくなかった頃に、一切の悪気無く髪の匂いを嗅がれたときは驚きのあまり悲鳴も出なかった。



 トーリといれば翻弄されるのはハルカの方で、いつも無意識に振り回してしまう側のハルカとしてはそれにめっぽう耐性が無い。今日の一件は極めつけの事例と言える。



 せっかくこんな容姿をしているのに、本人がこんなでは今までろくに恋人もできなかったことだろう。



 そう考えて、それがそっくりそのままセツナと出会うまでの自分にも当てはまることに気づいた。なるほど似た者同士である。



 まあ、ハルカは、トーリのカッコいいところ、見た目以外でも少しだけ知っているが。



「ハルカ……そ、その、悪かったよ」



 今更自分のしでかした罪の大きさに気づいたらしきトーリは、ハルカに負けず劣らず赤い顔で詫びてきた。目を合わすことはできないらしい。



「悪かったってなにがよ」



「俺に言わせるのかぁ……? 勘弁してくれよ」



「先に言わせたのはそっちでしょ!!」



 ふん、とそっぽを向く。実際勝手に先走ったのはハルカの方なので言わせたというのはかなり冤罪くさい。



「う……その、語弊のある言い方をしちまったこと、悪かったよ。他意は無かったんだけど完全にセクハラだよな」



 うな垂れるトーリ。他意は無いとか言うな、それでは先走った自分の立つ瀬が無い。



 元よりどっちが悪いとも言えない事件であり、むしろ白黒付けようとすればするほどお互いが悶える泥仕合だ。ここは痛み分けで折り合いを付けるのが良い。



「……ご飯」



「え?」



「ご・は・ん! 奢って。それで許したげる」



 全然痛み分けじゃない提案だったが、トーリは救われたように苦笑した。



「やた! ねえなに食べたい? あ、あそこは? ほら、一週間前ぐらいに一緒に行ったところ。トーリ君すごく気に入ってたでしょ」



 提案したのは、ハルカの贔屓にしている小さなお食事処だ。名前はゆりかご。ヨシシゲという温かい店主が一人で経営しているプレイヤーショップである。



 だが、その提案にトーリの顔色が露骨に曇った。



「あ、あそこは、ちょっと……」



「え? なんでよ。トーリ君、カレーチャーハン食べて泣いてたじゃん」



「いや、飯は最高に好きなんだけど、今はダメだ。やめとこう、な?」



 妙に鬼気迫る表情で懇願してくる。意味が分からないが仕方ない、そういうことなら違う店にしよう。



「でも、せっかく久し振りにこの街に来たんだし、挨拶だけでもしておきたいな。ここからすぐ近くだし」



「え、いや、それは」



 しどろもどろになるトーリ。だがこんなご時世だ、縁起の悪いことかもしれないが親しい人には会えるときに会っていた方がいい。



 どうせハルカはこれからずっとあの空中要塞に引きこもっていなければならないのだ。今日はお忍びで抜けてきたが、こんなことも最終決戦が始まれば流石に自粛せざるを得ない。



「ねえ、いいでしょ? 食べたいものはトーリ君に合わせるから! ね、お願い?」



「う……わ、わかったよ」



「やった!」



 なぜトーリがここまで頑なに渋るのか分からなかったが、了承は得た。ハルカは久し振りに知人に会えることで機嫌を良くし、スキップに近い足取りでゆりかごに向かった。



 背後からトーリがアンデット系モンスターのゾンビみたいな調子でついてくる。



「お店、ちゃんと儲かってるのかなぁ」



 そんなことが少しだけ心配になった。店を経営することは、このゲームの王道的醍醐味の一つに設定されているとはいえ現実とほぼ同等に難しい。



 セツナと初めて行ったときも、この間トーリと訪れたときもハルカ達以外に客の姿は無かった。



 あんなに美味しいのに……やはり、こんな危険な世界じゃプレイヤーは呑気に外食しようとも思えないのだろうか。



 ──もしかして潰れちゃってたりしないよね。トーリの様子と辻褄が合ってしまう悪い予感に、ハルカの足が自然と速まる。



 とうとう駆け出したハルカは、最後の角を右に曲がった。曲がった先の奥にはあの可愛らしいログハウスがあるはず。



 ガバッ、と勢い良く曲がり角から飛び出し──その先に広がっていた光景に絶句した。



「え……?」



 見間違いかと目をこすって再び向けた視線の先には、以前の三倍ほどに巨大化した立派な木造ハウス。確かに店先の看板にはゆりかごと書いてある。



 前より収容人数は格段に増えたはずなのに、全面ガラス張りの壁の向こうは超満員。



 それに飽き足らず入り口からほぼハルカの立っている辺りまで三十名は下らない数の人が長蛇の列を成しているではないか。



 ──めちゃくちゃ繁盛してるー!!!!?



 ガヤガヤと騒がしい人々の熱気に呆気にとられていると、追いついてきたトーリが何故か安堵の声を出した。



「お、すごい人だな! これじゃあ挨拶なんて無理だろ、残念だなあ!」



 全く残念そうじゃない。しかし彼の言うことももっともだ。ここは諦め──



「あれ、トーリじゃん。バイトさぼってなにやってんだよ」



 背後から聞き覚えのある声が飛んできた。トーリの背筋がビシーッと跳ね上がる。



 そこには、黒いエプロン姿の美青年が立っていた。



 栗色のパーマヘアに縁の細い眼鏡。彼はコーメイ──トーリと共に、ハルカをあの城から逃がしてくれた恩人だ。会うのはトーリ以上に久し振りになる。



「コーメイ君!? うわっ、会いたかった-! こんなとこでなにしてるの? それにそんなカッコ……」



 ザガンのローブ姿しか見たことが無かった分、洒落たカフェテリアの店員のようなエプロン姿は新鮮だった。コーメイによく似合っている。



 当のコーメイは、形のいい目をパチクリさせてハルカを見つめた後、とびきりの意地悪い笑顔をトーリに向けた。



 ──あ、あれは悪いこと考えてる顔だ。好むと好まざるとに関わらず、一ヶ月もあの城で世話をされた仲なのでそれくらいのことは分かってしまう。



「ははーん。トーリ、お前バイトさぼってハルカちゃんとデートなんていい身分だなぁ」



「よ、よりによって一番見つかりたくない奴に……! なあ頼む、このことは皆には」



「丁度良かった、見ての通り今日は大忙しなんだよ。トーリは当然連れ戻すとして──ハルカちゃんにも手伝ってもらおうかな」



 柔らかい、しかし有無を言わさぬ笑顔をハルカに向けるコーメイ。



「……へ?」

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