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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
最終章《Real》
122/167

待つ者

 本日のスペシャルゲストはこちら──じゃねっつの!



 レガリアの長い廊下をハルカは大股で歩いていた。口をへの字に曲げて不機嫌を隠そうともしない。



 ハルカがこの空飛ぶ要塞に来てから、一週間が経過しようとしていた。毎日欠かさず数えているから即答できるが、セツナが摩天楼の迷宮に潜って今日で十日目だ。



 中では十ヶ月が経過する計算。ダンジョンに潜っているプレイヤーとはコールやメッセージの連絡はもちろん、死亡通知さえ届かないので安否が確認できない。



 セツナ達が無事なのか、既に攻略は失敗してしまったのか。何一つ把握できないハルカに残されたのはただ待つことだけ。



 一応、ここでできた友人のリンドウらと共に毎日フィールドに出て狩りをして、レベルだけはコツコツ上げているが、それで気を紛らわしているのもそろそろ限界が近かった。



 そんな折り、今朝いきなりセツナの父親──シンジからコンタクトがあり、初対面にも関わらず挨拶もそこそこにこう言われた。



『今から最終決戦の作戦会議をするから君にも来て欲しい』



 ひたすら待ちの一手を強いられていたハルカにとってそれは心躍る誘いに違いなかった。ついにアルカディアが動くのだ。自分も彼らや、ザガンの皆と共に戦えるのだ──そう思ったのに。



「なんでよ……セツナのお父さんの分からず屋!」



 思い出しただけで怒りが再燃する。かつかつ廊下を踏みしめながらハルカは窓の外の景色を睨み付けた。今日も相変わらず美しい青空だ。



 粛々と進められた会議の中で、各々の仕事、持ち場が着々と割り振られていった。リンドウなんかは、その実力が認められ特攻副隊長という重役に据えられた。



 他の志願兵も一人一人適性を考慮した采配がなされ、ザガンの皆も戦力として組み込まれた。そこにアルカディア研究員が加わった布陣。隙は無いかに思われたが、ハルカだけがそれに納得できなかった。



 ──なんで私の名前がどこにもないのよ!



 ハルカ一人だけが、なんの仕事も与えられずレガリアでの待機を命じられたのだ。当然ハルカはシンジにくってかかったが、彼は涼しい顔で。



『君は足手まといだから戦わなくていい。ここで指揮を執る俺と一緒に留守番だ。ああ、肩が凝ったら呼ぶから』



 あっけらかんと言い放ったのだ。ぶっ飛ばしてやろうかと思ったが他の研究員のいる手前思い留まり、現在に至る。まったく、セツナの掴めなさは父親譲りだったらしい。



 ただシンジの場合、その掴めない雰囲気を確実に意識的かつ作為的に作り出しており、しかも内心で面白がっているのが透けて見えるから数段タチが悪い。



 ヒロキは「あの人、ムカつくけど判断が間違ってたこと一度もないんだよね。信じてやってよ」とフォローを入れてくれたが、ハルカの気は収まらなかった。



 ──だってあいつ、私のこと足手まといって! 肩揉み要因だって言ったんだから!



 自惚れでも何でもなく、ハルカはこのレガリアで確実にボリュームゾーン以上の実力者だ。シンジがそれを分かっていないはずがない。



 つまりシンジは、建前だと一瞬で分かる理由を並べてハルカを戦力から外した。本当の理由を教えてもくれずにあしらわれたのが、ハルカは許せなかったのだ。



「お、ハルカー! 機嫌悪そうだけどどうしたんだよ?」



 遠目に見えた人影が、元気よく手を振ったかと思うと無邪気にハルカの元まで駆けてきた。茶髪の三つ編みを尻尾のように揺らしながら、愛くるしい顔をハルカに近づける。



「リンドウ……あなたはいいわね、最前線だなんて」



「ん、なんの話だ?」



「ううん。今夜には知らされると思うわ」



 首をかしげるリンドウ。──今夜、いよいよ本格的に全てが動き出す。



 その渦中にいられない蚊帳の外のハルカは、今日はシンジのお望み通り部屋でふて寝してやろうと思っていたところだ。



「リンドウはこれから訓練? 毎日良くやるわね。レベルが上がるわけでもないのに」



「おいおい、レベルを上げなくたって、筋トレすれば筋力は少しずつ上がってくんだぞ? むしろ俺にとったら、ケーケンチなんてちゃちな数値貯めて突然強くなった力の方が、なんか体に馴染まないっていうかさ」



 いかにも武闘派らしいセリフだ。実際強い彼がそう言うのだから、彼にとってはそうなのだろう。



「それに、今日はなんと! 憧れのアルカディア研究員様が直々に、俺に戦闘を教えてくれるんだとよ! あぁ、幸せ……」



「わあ、よかったね! そういえばリンドウはアルカディアの大ファンだったもんねえ。で、ちなみに誰が?」



「驚くなよ! あの、シンジさんだ! ものすごく忙しいって聞いてたけど、今朝初めて会ったんだ。噂通り、四十過ぎとは思えない若々しいお姿だったぜ……くそう、セツナのやつあんなかっこいい親父がいるなんて羨ま……」



 リンドウが溌剌とその名を口にした途端、ハルカは完全にリンドウの話に興味を失っていた。



「そ、間違って殺しちゃわないように気をつけてね」



「あ、あれ、ハルカ?」



 まだ話途中だったリンドウにつれなくまたねと言ってから、ハルカは自室に向かってさっさと歩き出した。



「もう、どいつもこいつもシンジシンジって! 皆あいつに騙されてるのよ!」



 更に大股で足を速めながらハルカは不満を口にしていた。



 リンドウほど極端な者は稀だが、ここに集った志願兵達は皆、シンジを我らが大将、不動のリーダー、もしくは救世神でもあるかのように深く崇拝している。



 確かに、シンジはこれまで多忙を理由に志願兵への露出がゼロに等しかったから、彼らの中のシンジのイメージは、シンジが志願兵を募る際に行った演説に強く依存している。



 ハルカは当時ザガンに軟禁、もとい匿われていたので、その演説を生で聞いてはいない。ものの、彼の演説ならまだハルカが地球にいた頃、終末の日がニュースで告げられた直後世界中に流れたテレビ放送が記憶に新しい。



 テレビに映っていたのは鼻血で汚れた顔だった。それがなんだか滑稽で、パニックに陥りかけていたハルカは冷静さを取り戻すことができたのを覚えている。



 実際、彼の演説は見事だった。認めたくないが超一流の口である。彼は最強のセールスマンで、同時に最凶の詐欺師。



 裏打ちのある説得力は本物だが、騙しているのと紙一重な部分もある。これは批判ではなく、ハルカに言わせれば最大級の賛辞だ。



 そんな彼の演説を聞いて今では三百名近い数の志願兵が集まっているのだし、演説中のシンジのあのカリスマ的なオーラは、リンドウを始めとする志願兵の崇拝ぶりも納得させるほどのものがある。



 だが、実際に会ってみればどうだ。会議には遅刻していくし(一緒にいた自分まで遅刻してしまったのが一番許しがたい)言うことはいい加減だし、全てを分かったような目をしてろくにこっちには説明を寄越さない。



 あんなのについていくヒロキ達は大変だろうと思いきや、彼らまで漏れなくシンジを尊敬している風だ。全くもって理解しがたい。



 しかも、セツナが危険きわまりない迷宮に潜っているのは、元はといえばシンジがそそのかしたことだったと言うではないか。実の息子にそんなことを強いるなんて、信じられない。



 シンジに対する憤りは、そんなセツナに会えない苛立ちも起爆剤として働いたかもしれない。



 せめて命を懸けて戦っている彼のために、ハルカも戦いたかったのに。ただ大人しくしていろ、と言われたのだ。



 気づけば自室の前まで来ていた。危うく通り過ぎそうになったところを慌てて踏みとどまり、荒々しく扉を開く。



 ベッド付近の床に人が座っていたので、ハルカは最初部屋を間違えたかと思った。



「よ」



 思考フリーズ。軽い感じで挨拶を投げてきたのは、決して軽い感じでここにいてはならない人物だった。



「と……トーリ君!!?」



「お邪魔してるぞ。この部屋なんかいい匂いするな。アロマでも焚いてんのか?」



 くんくん空気を嗅ぐ、オレンジ色の頭髪をした息を呑むほどの美青年。



 彼の名はトーリ──ハルカの命の恩人の一人だ。



「ど、どうやってここに入ったの?」



「シュウさんって分かるか? あの人とメッセージのやりとりしてるんだけど、ちょっと会いたいやつがいるって言ったら入れてくれた。ほら、こないだの非常口から」



 中からのみ開けることができる非常口のことだろう。ハルカの部屋からほど近く、前回トーリがここから城に帰ったときもそこを利用していた。



「トーリ君、随分信頼されてるのね……」



 いくら協力関係にあるとは言え、彼は一度アルカディアを襲撃した人間だ。あっさりと懐に侵入を許したシュウは、ハルカの印象として、本来優しいが決して隙のある人間ではない気がする。



「シュウさん、いい人だよな。俺達のこと、仲間として信用してくれてる」



 トーリははにかむように笑った。以前より自然に笑えている彼に、ハルカも嬉しくなった。



「そっか。本当に頑張ってるんだね。えらいよトーリ君は」



「お前のおかげだよ。今日、別に特別な用件は無いんだけどさ……ちょっと久しぶりに会いたくなって」



 目をそらしながら立ち上がったトーリは、久し振りに並んでみるとかなりハルカより背が高い。



「うん。私も、元気そうな姿見れてほっとした。ちょっとイライラしてたところだったし……」



 トーリに愚痴を聞いてもらおうかと顔を伺う。彼は丸くした琥珀色の瞳でハルカをじっくり観察した後、妙に納得顔で言った。



「へえ、確かに欲求不満って顔だな」



「はあ!?」



 顔が爆発したように熱くなる。一体どんな、どんな顔してた私!?



 トーリは含み笑いで少し顔を近づけた。思わず身構える。顔の熱よ速やかに去れ!



「図星かよ、ホント分かりやすい奴。そんなに溜まってんなら俺が出してやろうか?」



「い、いくらトーリ君でも怒るよ! 絶対、絶対ダメ!」



 確かに、ようやく思いの通じ合った彼とは付き合ってたったの一週間で離れ離れになり、それから一度も会わずにいる期間もそろそろ四十日を突破する。



 図星かよ、を即座に否定できなかったのが悔しいところだった。



「なに動揺してんだよ。ちょっと気晴らしするだけだろ?」



「ちょ、ちょっと!? トーリ君はどうか知らないけど私にとってはまだファーストっていうか、大事にしたいっていうか、そもそもセツナ以外の人ととか有り得ないからー!」



 熱は去るどころか追い焚きされる一方だ。夢中のあまり大声でとんでもないことを叫んでしまったが、部屋の扉は閉まっている。レガリアの部屋は全て最上質設定の防音壁だから外には聞こえていないはずだ。



 はあはあと呼吸を整える、暖房器具のような体温のハルカを、トーリはきょとんとした顔で見下ろしていた。



「……なに言ってんだ?」



「……え?」



「俺、気晴らしにここから外へ連れ出してやろうか、って言ったつもりだったんだが」



 いっそ殺してくれという痛々しい沈黙が、室内に満ちたのだった。

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